TS魔王ルドラちゃんの救世譚

小弓あずさ

第1話 新たな時代へ

「おお!話は本当であったのか!この容貌、この風格、この威圧感!まさに伝承どおりだ!一点だけ全く異なる箇所も有るが……めでたい!」


「……なんだ、これは」


 ここはどこだ。

 私は勇者一行との決戦に挑み、敗れたはず。

 なのになぜ生きているのだ。

 ……いや、その前にこれはなんだ。人間の王宮だというのはわかる。こやつらに生き返らせられたというのも察せる。

 しかし、この高度な技術はなんだ。


 異界より呼び寄せた生体兵器にも勝るとも劣らない技術、か。

 あるいはこちらが勝っているのか?


 この技術力、なかなかに興味が湧くな。ちょうど、大魔王のつけた『首輪』も取れている。

 勇者たちが倒したのだろう。


 ……欲しいな。


 となれば、やることは一つだ。

 前回は途中で大魔王に支配され、駒として使われてしまったが、今回こそは……いや、待て。

 大魔王の首輪は取れたが、別の首輪がかかってはいないか?


「異国の王よ。貴殿が私を蘇らせたのだろう。それについては感謝してやろう。だが、これはなんだ。……貴様ごときがこの私を支配しようというのか!!」


 ……やはり。口から出てくる声にも違和感ばかりだ。

 おそらく、私の体は少女のそれとなっている。

 そしてなにより、今の私はかつてのように縛り付けられている。

 おそらくは命令には逆らえないといった類の呪い。

 

 こやつごときが起こせる奇跡とも思えんが……なんだこれは。意味がわからぬ。


「お、落ち着いてくだされ。魔王殿のご不快、承知しております。しかし、我らも手段を選んではいられないのです」


「手段、だと?……私に何をやらせようとしている。それと、『殿』ではなく『様』だ。いつから私が貴様ごときの目下となったというのだ」


「そ、それは申し訳ありません……。コホン、では説明させてもらいます。この世界は魔王様が死んでから2000年以上を経た時代なのでございますが、今この世界では異星より襲来した『ドラゴン』と呼ばれる侵略者が暴れておりまして……我らの力だけでは対抗するのは難しく、劣勢に追い込まれていたのです。しかし、古代より生きているという賢者殿が現れ、我々に叡智を授けてくださったのです。それが、魔王様を復活させ、従属させるという魔法で……」


「……敵は魔の勢力ではないのか?」


「はい。人と魔の全面戦争は2000年前のあの戦争で終わりでございます。無論、小競り合いや国家規模の争いはありますが、魔王が世界の敵となるなどということはなくなりました」


「やつらは平和を掴み取ったのか。フフ……うむ、認めてやろう」


「それはありがたく……」


「お前を認めたわけではない。勇者一行の力と勇気を認めたのだ。で、ドラゴンとはどのような存在なのだ。口ぶりからして、我らの時代にもいたアレらとは違うのだろう?」


「……奴らは星々を移動し、その惑星の命や技術を喰らい、宇宙の旅を続ける化け物たちなのです。モンスターのドラゴン族と似た容姿をしている個体が多いことから名付けられたのですが、実態は別物です。今、人類及び魔族の領土はこの地方一帯と遠方にある超大国のみとなってしまいました。それほどに恐ろしい力を持っており……我らは今にも滅ぼされかけているのです」


 この技術力を持っていて、なお抗えない化け物か。

 それであれば、私を従属させてまで使おうとする気持ちもわかる。

 ……そうだな。ああ、一つ恩返しをしてやろう。

 義理や恩義というものはどうでも良いと思っていたが、勇者たちに対しては返したくなった。こだわりたいのだ。


「それで、魔王である私を利用しようと?隷属の魔法をかけてまで?」


「……そうなります」


「そうか。では、私の代わりに大魔王を滅ぼした勇者たちに礼を返してやらねばな。……良いぞ。私の力を存分に使うが良い。ドラゴンどもを殺し尽くすまでは力を貸してやろう」


 私が言い終わると、周囲の者共は歓喜に沸いていた。

 嗚咽混じりに感謝を述べてくるものもいた。

 よく見ると、魔族の者も数人混じっているな。エルフやドワーフもか。


 どうやら今の時代は私では想像もつかない世界のようだな。


「だが一つ、私を蘇らせる術を授けたという者の名を知りたい。どうせ知らぬ者なのだろうが、名前くらいは知っておきた……」


 言い終わる前に、見覚えのある顔が目の前に現れた。

 そして思いっきり抱きついてきた。


「ハハハ、生きていたのか。久しいな、ピュライよ。……お前より背が低くなったというのは気に食わんぞ」


 ピュライ……魔王軍四天王であった幻術魔、ドルイド種の魔族だ。

 元は大した力を持たなかったが、気まぐれに力を貸し与え、使い方を教えてやったところなかなかの才能を発揮したゆえ取り立てた。

 私が大魔王に完全に支配されなかったのはこやつの幻術によるものであるし、力も性根も認めている。


 しかし、変わらんな。

 ただ、前はスキンシップは激しくなかった。むしろ、引っ込み思案だったのだがそこは違うか。

 ……それでも私に対する愛情がやたらと重かったのだよな。

 愛の重さはスライムの血が混ざっているせいか?それにしても少し暴走しがちだったのだよな。混血の影響か?今はどうでも良いことか。


 そうだな。今はそれは良いとして、背が低くなったことは実に気に食わない。

 全身を抱き潰されるようになっている。威厳も何もあったものではないな。


 ……おい、いつまで抱きついている。


「そろそろ離れろ馬鹿娘」


「……あ」


 優しく振り払うと、ピュライは悲しそうな表情をしてこちらを見つめてきた。

 ……境遇を考えれば悲しいどころでは済まないのだろうな。

 しかし、私は魔王だ。人目をはばからずいちゃつくなど言語道断。


 そも、こやつは妻でもなければ恋人でも愛人でもないからな。

 付き合ってやる義理はない。


「……またあとで、だ。我慢はできるだろう?」


「……うんっ!だいすきまおーさま!」


 こやつ……喋り方が昔に戻っているな。

 四天王になった頃にはもう少しまともな喋り方をしていたし、この時代の者達には賢者と呼ばれていたくらいだからまともな口調くらい演じられるはずなのだがなあ。

 周囲の者共も驚いているようだし。

 まあ、そこは語るのは野暮、か。


 しかし、抱きつかれたことでよくわかった。


「あとで愛でてやるのは約束だから破らんでやろう。しかし、契約(パス)は貴様に繋がっているが……これはどういうことだ?」


 私はどうやらピュライの命令に逆らえなくなったらしい。

 いや、ある程度は逆らえる。自由の効く範囲も多い。

 だが、致命的なところでこやつに隷属させられている。

 ……気に食わんな。まともな理由はあるのだろう。しかし、それを聞くまでは許せぬ。


「だって、まおーさまがまた操られたら悲しいから……」


 だから、最初から支配権を自分のものにしておこうというわけか。理屈は適っている。

 他の方法もあるが、これが一番手っ取り早くて効果もあるだろう。

 私個人としては気に食わんが、操るのがこやつであるというのならばなんとか許せる範囲ではある。

 大魔王などという気に入らん化け物とは違って、信頼しているし信用もしているからな。

 

 原動力が愛と何かを守るためというまともな理由であることも素晴らしい。

 私にはそのような感情はあまりないのだが、だからこそその手の感情が強い『戦士』には惹かれてしまう。

 ……ああ、いい女になったな。

 容姿の方は少しばかり成長したに留まっているが、苦労をたくさんしてきたのだろう?

 後で思いっきりかわいがってやるぞ。


 仕方ないので怒りは鎮めた。


「よかろう。許す。だが……この体はなんだ?なぜ私は少女となっている。これはお前が仕組んだのだろう。……言え」


 だが、もう一つ聞かねばならないことがあった。

 魔法によって今の己の体の情報を脳に叩き込んだが……これが酷い。

 身体能力や魔力、私のチカラなどはそのままだ。

 微塵も衰えてはいない。

 おそらくはこやつが仕組んだのだろうが、ドルイド固有のチカラも感じられる。おそらくは既に使用可能だ。

 そのチカラの影響によって若干では有るが、強くなっていると言えるだろう。


 だが、体がおかしい。

 かつての容姿に近い見た目ではある。宙に浮いた六枚の白い羽はそのままだ。

 自信に満ち溢れたような顔立ちや威厳もそのまま。

 己ですら認めざるを得ないほどの圧倒的な美しさも、腰まで伸びた金色の髪もそのまま。


 ……かつての印象をそのままに、少女の容姿になっているのだ。

 死者を復活させる力をこやつも使えたが、生前そのままというのは不可能だったし私ほどの実力者ともなればチカラのみを残したゾンビとして蘇らせることが精一杯だったろう。


 だが、こやつはそのまま復活させるどころか性別までいじっている。


 よほど強くなったのだろう。

 私に及びかねないほどの素晴らしく強力な力の波動を感じる。

 弟子の成長は嬉しいが、わざわざこの体にした理由がわからない。


「せっかくまおーさまを支配できるんだから、せっかくならかわいがりたくて……。今の時代の技術なら女の子同士でも子供は作れるって聞いたからいいかな?っておもったんだー」


 ピュライは能天気に、アホなことをのたまっていた。


「……おい、何を考えている。身の危険を感じるぞ。兵士ども、こいつを私の部屋には近づかせるなよ」


 と、ここまで口にして別に受け入れても良いことだと考え直す。

 私は子を作ることがなかった。

 私にも欲はある。行為自体は当然していたが、生まれないように手を施していた。

 ……後ろ暗いことをしていたわけではないぞ?魔王とは言え、己の子が生まれそうになったらさすがに我が子が可愛く感じてしまうだろう。できぬよ。


 なぜ作らなかったかと言うと、己の子ならば素晴らしい力と野望を秘めていると確信していたからだ。

 追い落とされるのは望まんからな。


 ピュライに関しては、彼女の方も素晴らしい力を持っていたから、何かしらの手段で打ち消されるのも怖かったし、生まれてくる子も下手すれば大魔王を超えるほどの存在かもしれないゆえに行為自体を避けていた。

 

 無論、私の子が己を超えるほどに強くなるなんて言うのは妄想に過ぎん。

 蛙の子は蛙とはいうが、実際に私ほどの実力になる可能性は皆無と言えるだろう。

 しかし、かつての私はその妄想に取り憑かれていた。

 いや、それは今も変わらない。


 だが、世界征服の野望はもう捨てたのだ。

 この時代では魔王というのも『異名』であって『立場』を示すものではない。


 ならば、ドラゴンを殲滅できる確率を上げるために子を成すのも悪くはないかもしれない。

 私ほどになるとは限らずとも、素晴らしい実力者になる可能性は十分にあるのだからな。


 ……いや、今はまだピュライを前線からは下げられぬ。

 力が必要だ。


「子を成すのは全てが終わってからだ」


「……うう」


 ピュライは涙目になって悲しげにこちらを見つめてきた。

 人間で言えば20ほどの容姿のはずなのに、妙に言動や所作が幼いゆえにあまりキツく言えない。

 昔からそうだ。こやつには妙に甘くなってしまう。


「だが、あとで抱き潰してやるゆえ……楽しみにしていろよ?」


「……!!!やったあ!」


 思わず妙な約束をしてしまった。

 今の己の体、女の体には慣れていないのだが……まあ、どうにでもなるだろう。

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