*
オフィーリアと会えなくなってからというもの、世界は灰色と化していた。見るもの全てに嫌気が差してくる。これまで、彼女のことだけを考えて生きてきた。
『ここにいたんですね』
あの日。彼女と初めて会った日のことを思い出す。
王家の人間であること、そして将来、この国を背負わなければいけないこと、それらを全部捨ててしまいたくなった。城を抜け出したのは、ここにいては自分が自分ではなくなると思ったからだった。
幼いころから、王になるためだけに教育をされ、生かされて続けてきた。俺は、王にはなりたくない。その一心で走り続けた先が、オフィーリアがいる村だった。
とにかくなにもなく、そして寂れた村だった。こんな場所で生きられるのかと思ったほどだ。そんな場所で、俺という存在が浮いていたのもたしかだ。身なりが金になると思ったのだろう。ごろつきに狙われ、いよいよ逃げ場をなくしていたとき、オフィーリアが言った言葉が「ここにいたんですね」だった。
『すぐそこまでお父様が探しに来ています。一緒に戻りましょう』
悪そうな男たちに臆することなく、オフィーリアは微笑み俺の手を取った。その手が震えていることに気付いたとき、この子はとても怖い思いをしているのだと知った。
見ず知らずの俺を助ける勇気。そんなもの、俺にはなかった。
男たちは親の存在を疑ったが、あまりにもオフィーリアが穏やかさを装うものだから、諦めて去って行った。お父様が、もしかしたら国王なのかと怖くなったが、そんなことはなかった。「嘘をついてしまいました」そう言った彼女の笑顔に、俺は落ちていた。
とても短い間だった。国王に、俺が村に入り浸っているという情報が流れるまで、俺は毎日のようにオフィーリアのもとに足を運んだ。一緒にいられないことは分かっていた。
彼女の暮らしはとても裕福とは言えなかったからだ。それでも彼女は健気で、そして俺をどこまでも癒してくれた。
国王から、オフィーリアのことが知られてしまってからというのも、彼女とは二度と会うことは許されなかった。そのとき、彼女の両親が不慮の事故で亡くなり、オフィーリアが孤児院に入ったということも知った。すぐにでも駆け付けたかった。けれど幼い俺には許されるはずもなかった。
力をつけよう。彼女の隣に相応しい男にならなければならない。より一層、稽古に励み騎士団長という肩書を持つころには、王も俺を信頼していた。その間にも、オフィーリアのことを忘れなかった。彼女の一番近くにいるリリーという少女を知ったときはチャンスだと思った。彼女を利用しよう。俺という名前を伏せ、オフィーリアの近況を知らせる手紙を送るように伝えた。彼女にはとても感謝している。
何度かオフィーリアを見にも行った。もちろん遠巻きではあったけれど、彼女の姿を見ることで自分を奮起させていた。いつか迎えに行くよ。そのときが来るまで、君はずっと、他の男のものにはならないで。
オフィーリアに近づこうとする男の情報が入れば、すぐに始末した。取引を持ち掛ければ、男たちは簡単にオフィーリアを諦めた。それぐらいの気持ちでしかない男ばかりだった。
だが、リチャードは違った。オフィーリアを一目見て惚れ、執拗に彼女へ付きまとうようになった。オフィーリアには気づかれないような距離で。見ていて腹立たしかった。すぐに始末することもできたが、俺の計画に必要な男のようにも思えてきた。
オフィーリアを俺だけのものにする。
その計画に、あの男を使おう。結婚を申し込ませたのも、今ならオフィーリアが結婚を考えるかもしれないと、ブラックウッド家をそそのかしたからだ。リチャードはすぐに動いた。とても滑稽だった。
俺との再会を、オフィーリアは疑うこともなかった。俺が今までオフィーリアを見てきたことも当然知らないようだった。それでいい。今は──。
足音が聞こえてくる。ああ、彼女だ。やはり来てくれた。
ここまで全て、君を手に入れるための計画だと話したら、どんな顔をするのだろうか。あえて距離を取ったことまで計算だったとすれば。
それでも、俺は彼女がほしい。どこまでも、彼女だけを求めている。
会えなくなる期間はたしかに灰色でしかなかったが、数日の我慢だと言い聞かせた。
あとはリリーやイアンが計画通りに動いてくれるだろうと見込んでいた。やはり二人を残しておいてよかった。素晴らしい協力者たちだ。
「アーロ」
扉越しに彼女のか弱い声が聞こえる。待っていた、このときを。きっと君は、俺に愛を囁いてくれるだろう。そうしてくれないと困る。だってこれほどまでに愛しているのだから。
「オフィーリア、愛しているよ。どこまでも」
そっと囁いてから、俺は扉へと近づいた。
もうずっと、離さない。だから俺と結婚しよう。そう言えば、どんな顔をするだろうか。
婚約者のフリをするはずが、なぜか最強の騎士様からずぶずぶに愛されました 依志間ろと @ishimaroto
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