転生前夜の僕は
紅野はんこ
革命前夜の僕は
「私は悪魔。あなたにチャンスを与えに来たわ」
そう目の前の女性は名乗った。
僕は首を傾げる。
「悪魔……?」
「そう、悪魔よ」
したり顔をする女性に僕は訊ねる。
「悪魔、ってどの悪魔ですか?」
「……どの?」
何かこちらが致命的なミスをしたような顔で女性はこちらに向き直る。
こちらはミスの無いように行った質問であるので、こちらも歯車の合わないような気持ちになる。
僕はそうですね、と一拍を置いてからなるべく詳細に伝わるように語ることにした。
「悪魔と言っても色々あるでしょう。
例えば固有名詞。あなた個人の名前がアクマという場合。もしくは、あなた方が種族として悪魔という存在である場合。
そうでなければ、比喩的な意味である場合もあるのではないかと。個人としても種族としても悪魔という名前なのではなく、あり方が『悪魔っぽい』という場合ですね。
他にもいくらかパターンは考えられると思いますが」
そこまで聞くと女性は露骨に面倒臭そうな表情を取った。説明の意図が伝わらなかったろうか、と唸ると女性は右手でそれを制する。
「補足は結構。厄介な奴と思っただけで理解はしたわ。
私が言ったのは比喩の方よ。悪魔っぽいことをするから悪魔」
「なるほど」
僕は頷いた。目の前の女性が比喩表現的に悪魔であることを心に留める。
「……話の腰を折られたけど。
あなたにはこれから異世界に行ってもらうから」
「異世界ですか」
「そう。あなたは死んだから、本来そのまま死にきってしまうところだった。
そこを助けた私が異世界に送り込んであげようってわけ」
どうしてか、表情の明るくなった悪魔という女性に対して、僕は疑問点を質問する。
「異世界とはどういうものなんです?」
「どういうものって……異世界は異世界でしょうよ」
悪魔という女性はまた眉をひそめる。言葉が足りなかったのだろうか。
「失礼、雑多すぎましたか。どこと『異なる』世界なのかというところが不明ではないかと思いまして……。
私の元いた世界から見た『異世界』と、あなたから見た『異世界』は違う可能性があるのではないかと。恐らく……『同世界』の方ではないですよね」
「違うけど……」
女性は怒り調子だった表情から崩れて、悲しそうな表情を見せ始めた。早く切り上げた方がよいのかもしれない。
「つまるところ、私が元いた世界Aではなく、今悪魔さんと一緒にいる世界Bでもなく、新たに世界Cに送ろうということで合っていますか」
「合ってます」
目を合わせることを辞めてしまった悪魔という女性はそう投げやりに言って言葉を発さなくなった。
僕はどうしたものかと考えた。この会合は悪魔という女性が設定したものであるから、こちらから話を前に進める事には抵抗感がある。これが何らかの契約であるならば、女性の側から次のステップを踏んでほしいのだが……。
「分かりました」
僕は次の言葉を促すために、一旦今までの前提条件を理解した旨を伝える。
「はい……。なので、急に異世界に送る代償で、異世界で無双出来る能力をあげます。がんばってください」
最初とずいぶん性格の変わってしまった悪魔という女性はそう言った。
「要りません」
「ええ……」
間髪入れずに女性は呻いた。
「なんなん……」
「取引には応じられません。異世界に行くデメリットに見合うメリットではありません」
私は自分の感想を述べた。女性は涙を流す一歩手前の表情で言う。
「拒否はできんよ。拒否できないのが私が『悪魔』である理由だから」
彼女は指を鳴らす。僕の足元が揺らぐ。
「まったく……人間に勝ったというから召喚したら随分と理屈屋なんだから……。
AIってやつが本当に天下を取ったのかしら、あの世界」
落ちるコンピュータに繋がれたマイクに、そんな女性の声が最後に録音された。
転生前夜の僕は 紅野はんこ @MapleIf
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