第20話 水は貴重です


(本日2本目)


 リーダーというのはダンジョン前広場でポーターの募集をしていた大柄な女の人だった。

 コーツはリーダに手を振りながら大声で呼んだ。


「ノイニー。おい、ノイニー!」

「騒々しいね、コーツ。ポーターの仕事は終わったのかい? だったらさっさと持ち場に戻りな」

「仲間に対してそんな言い方はひどいじゃねえか」

「なにが仲間だよ。ギャンブルで金をすって、借金を返すために装備を売るようなバカなんて仲間じゃないよ」


 えぇっ……、コーツの事情ってそんなことだったの? 

 典型的なダメ人間じゃん。

 なーんだ、さっきはかっこいいと思って損しちゃったよ。


「まだ怒ってるのか? まあ、そんなことよりダチのカンタを紹介するぜ。こいつ水魔法が使えるんだ」

「なんだって!」


 あれ、水魔法と聞いてリーダーのノイニーさんも驚いているな。


「だから、僕のは水魔法じゃないってば」

「細かいことはいいんだよ。ほれ、さっきのをやってみせてくれ」


 さっきのって洗浄水? 

 まあ別に減るもんじゃないし、見せるくらいはかまわない。

 僕は指先からじょぼじょぼと水を出してみせた。


「本当に水魔法じゃないか!」

「ノイニーさん、さっきも言いましたが水魔法じゃありませんって。それと、僕の出す水はぬるくて、しかも美味しくないですよ。だいたい、これがどうしたっていうんですか?」


 コーツはあきれたように僕の肩を叩いた。


「お前は自分の価値をぜんぜんわかっていないんだな。水魔法が使える奴ってのは極端に少ないんだよ」

「だから? 僕は攻撃魔法なんて使えないよ」

「そんなことはどうだっていいんだよ。いいか、ダンジョンの中で水っていうのはとても貴重なんだ」


 水魔法が使える人間がいれば荷物が少なくなること、汚れたときや負傷した傷などを贅沢に洗い流せることもできる。

 そういった事柄をコーツは熱く説明してくれた。


「カンタはどれくらいの量の水を出せる?」

「さあ、試したことがないからわかんない。でも、かなりの量は出せると思うよ」


 洗浄水はマッサージほど魔力を消費しないのだ。


「やっぱりお前るはデキル奴だぜ! これで自分の真価がわかっただろう?」

「まあねえ……」

「もうお前は冒険者になるしかないぞ。な、俺たちのチームに入れ!」

「え~……」

「なんだ、不服なのか?」

「だって、僕の本業は美容魔法師だもん」


 それに危ないことはなるべくしたくない。


「そういやそうだったな。さっきのマッサージもよかったぜ。あんなのが使える奴が仲間にいれば探索だってスムーズになるだろうなあ」


 それまで黙って僕らの話を聞いていたノイニーさんが口を挟んできた。


「マッサージとか美容魔法っていうのはなんなんだい?」

「おう、カンタはジョブ持ちなんだよ。マッサージっていうのはカンタのスキルだ。ノイニーもやってもらえよ、ぶっ飛ぶからよ!」


 本当は一回500ミルトなんだけど、今日は特別にしてあげるとするか。

 ひょっとしたらいい宣伝になるかもしれないからね。


「疲労を軽減するスキルですよ。試してみます?」

「へんなところを触ったりしないか?」

「肩と背中だけです」


 今日はね……。


「じゃあ、やってもらおうか……」


 僕はノイニーさんの肩に指を置いた。

 へえ、ノイニーさんはコーツよりさらにレベルが高そうだ。

 たぶん、鬼女たちくらいのレベルはあるぞ。

 さすがはチームのリーダーだ。

 だったらレベル2からはじめてみようか。

 肩や背中のマッサージをしてあげるとノイニーさんはとても喜んでいた。


「カンタ、本当にうちのチームに入らないかい? 戦闘要員でなくて後方待機としていてくれるだけでいいよ」

「お話はありがたいですけど、やっぱり僕の本業は美容魔法師です。またポーターを募集するときは雇ってもらうこともあるかもしれませんが」

「ああ、カンタが来てくれるんなら特別ボーナスを出すよ」


 僕は冒険者たちに気に入られてしまったようだ。

 でも、一緒に探索する気にはなれないな。

 美容魔法師としての活動がうまくいかないから、いまはバイトをしているだけだもんね。


 一日の仕事が終わり、僕らは地上に戻ってきた。

 ノイニーさんは1900ミルトの報酬よりずっと多い3000ミルトを僕に渡してくれた。


「いいかい、またポーターをするときがあったら、絶対に私のところへ来るんだよ」

「わかりました。ノイニーさんもマッサージが必要なときは来てくださいね。僕はだいたいここらへんで商売をしていると思いますので」


 チームの人と別れると、僕はやぶの中に隠しておいた看板を引っ張り出した。

 これからが夜のお仕事である。


「マッサージはいかがですか? 疲れが取れるマッサージですよ!」


 今日もお客さんはいないなあ……。


「カンタ、ただいま」


 リゲータもダンジョンから戻ってきた。

 よかった、どこにもけがはないようだ。


「お疲れさま。ほら、座って。マッサージをしてあげるから」

「え~、なんだか悪いなあ……」


 申し訳なさそうな顔をしながらも、リゲータはまんざらでもなさそうだ。

 いそいそと岩に座ると僕に背中を向けた。


「それでははじめます」


 痩せた肩に僕の指が触れるとリゲータは甘えた声を出した。


「カンタのマッサージは本当に最高。一日の疲れが消えていくようだよ。みんなもやってもらえばいいのにね」

「そうだねえ。いまならお客さんが少ないから、特別丁寧にやるんだけどなあ」


 そんな僕らの会話が聞こえてきたのだろう。

 冒険者らしきおばさんが話しかけてきた。

 巨大な盾を持っているところをみると、職業はタンクだろうか? 

 二の腕の筋肉の盛り上がりから見ても前衛職であることは間違いなさそうだ。


「そんなに気持ちいのかい?」

「うん、すごいんだよ! 今日は地下三階からレッドボアの肉を引き上げたんだけど、その疲れだって吹っ飛んじゃうんだから」


 リゲータは持ち前の人懐っこさで返事をしている。


「料金は500ミルトか。けっこうするねえ……」


 汗水たらして働くポーターの給金は一日で1700くらいだもんな。

 そう考えればかなりの高値か。

 でも、僕だってマッサージを安売りしたくはない。

 だったらこうしてみよう。


「とりあえず試してみませんか? もし満足できなかったらお代はいりません」

「へえ、腕に自信があるんだね。おもしろいじゃないか。だったらやってみようかな」

「ありがとうございます」


 リゲータはピョーンと立ち上がりタンクのおばさんが鎧を外すのを手伝った。

 普段からポーターをやっているので、こういうことも慣れているようだ。


「失礼します」


 僕はおばさんの体に軽く触れ反応を確かめていく。

 これはなかなかの肉体だ。

 身体に宿る魔力も高そうである。

 おそらくレベル3のマッサージで気持ちいいくらい。

 やみつきにさせるにはレベル4以上が必要だな。


「素晴らしい身体です。さぞや高名な冒険者なんでしょうね」

「いやあ、それほどでもないよ。まあ、赤銅のセシリアなんてあだ名で呼ばれることもあるけどね」


 赤銅はこの人の肌の色に由来しているのだな。

 二つ名があるなんて、やっぱりセシリアさんは有名人なのだろう。


「それでははじめます」


 肩と背中のマッサージが終わるとセシリアさんは脚のマッサージも頼んできた。


「追加料金はきっちり払うから頼むよ。今日は歩きすぎて疲れているんだ」


 そういうとおかまいなしに地面の上に寝転んでしまう。

 豪胆な性格をしているのだろう。

 せめてマントかなにかあればよかったのだけど、いまはこれで仕方がないか。

 今後もこの商売を続けていくのなら、先行投資として敷物を買っておいた方がよさそうだ。

 ふくらはぎと太もものマッサージを終えるとセシリアさんは満足のため息をついていた。


「なるほど、本当に疲れが吹っ飛んだよ。値段はいくらだい?」

「それじゃあ、料金を払ってもらえるんですか?」

「これで気持ちよくなかったなんて言ったらアタシは大ウソつきのしみったれってことになっちまうからね。赤銅の名が泣いちまうってもんさ」


 セシリアさんは豪快に笑っている。

 本当に満足してくれたようだ。

 僕も久しぶりにレベル4を使ったからちょっとだけ疲れたな。


「それでは1000ミルトいただきますね」

「ああ、これで1000ミルトなら安いもんだ」


 セシリアさんは大銅貨をポンと渡してくれた。

 それからマッサージのために外した鎧をリゲータが手伝って身に着ける。

 リゲータがいい助手になってくれているなあ。


「今度は仲間を連れてくるよ。あいつらもきっと喜ぶだろう」

「セシリアさんのチームの方ですか?」

「ああ、我ら『連盟の星』の仲間をね」


 連盟の星と聞いて僕の隣にいたリゲータが飛び上がって驚いている。


「リゲータは知ってるの?」

「コボンのトップチームだよ。地下十層まで潜れるのは連盟の星くらいなんだから!」


 セシリアさんはニヤリと笑うと、軽く手を振っていってしまった。

 なるほど、コボンのトップチームか。

 体に触れたときにただ者じゃないと思ったけど、そういうことだったんだね。


「セシリアさんとお仲間が常連になってくれたらいいのにね」

「本当にね。リゲータのおかげで今日は4000ミルトも稼ぐことができたよ」

「私はなにもしていないよ」

「鎧の脱着を手伝ってくれたじゃないか」

「あれくらいどうってことないって」

「そうだ、今夜は少しごちそうを食べない? 美味しそうなシチューを出す酒場があったんだ。味は確かめていないけど、においは最高だった」

「リンガル通りのところの?」

「そう、それ!」


 リゲータは嬉しそうに目を輝かせる。


「私もずっと気になっていたんだよ! でも……高級そうなお店だよ。だいじょうぶかなあ?」

「たまには贅沢をしようよ。体の栄養だけじゃなく、心の栄養だって補給しないとね」


 ただ、リゲータの言うとおりあの店は少しだけ高級店だ。

 ドレスコードはないけれど、このまま行くのははばかれるな。

 少しはこざっぱりしないと。


「よーし、夕飯の前にシャワーを浴びていこう」

「シャワー? なにそれ」

「うーんとね……、とにかくついてきて」


 僕はリゲータを誘って人気のない樹々の間に移動した。


―――――――――――――――――――――――――――

近況報告にも書きましたが、表現の問題でBANされる恐れがあり、近くこの作品を削除する予定です。

更新もここまでです。

別の投稿サイトでは続ける予定ですので、続きが気になる方はそちらをご覧いただければと存じます。

詳しくは近況報告をお読みください。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。


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不運な僕が異世界で美容魔法師になって、伝説のサロンをつくるまで 長野文三郎 @bunzaburou

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