8話 新月の答え合わせ

「人為的、だろうね。この呪いは」


 屋敷に帰って、公爵の発した第一声がそれだった。


「何でそう思ったんですか?」


 私はイレルさんの話を聞いて、本当に呪いなのではと考え始めていた。しかし公爵には別の解釈があったようだ。彼はいつもの完璧な笑みを浮かべると淡々と答える。


「風の音」

「風の音?」

「そう、イレルさんは風の音だけは聞こえたって言っていただろう? でも新月のあの日、風なんて吹いてなかった」


 なぜ分かるのか、そんな考えがありありと顔に出ていたんだろう。公爵は言葉を付け足す。


「うちには気象観測が趣味の執事がいてね、その日はその子に付き合ったんだ。新月だから暗かったけど風はなかったよ」

「き、気象観測が趣味? なんて頭の良い執事さんなんだ……」


 絶対私より頭良い。それになんてオシャレなんだろう。私の趣味なんて「銭勘定」だよ⁉


「……ん? でも風の音は聞こえてたんですよね? でも風は吹いてないって、それ矛盾になりません?」

「そうだね。ただ、風みたいな音が出る物があるなら、矛盾にはならない」


 ついてきて欲しいと言う公爵の後を混乱した頭のまま追う。行き着いた先は彼の部屋だった。倒れた公爵を運んだ時を思い出し、少し緊張してしまう。

 公爵は……と思えば、机の引き出しを漁って何かを探していた。


「あぁ、あった。ご主人様、これだよ」


 見つかった物が私の前に出される。それは短めの棒にしか見えない。見てて、というジェスチャーをした公爵は、その棒に口をつけ息を吹く。すると――ヒュオッ‼ という風を切るような音が鼓膜を揺らした。


「うわッ! 何か出た! というか音! 風みたいな音がしましたよ!」

「吹き矢っていう物でね、銃が無かった時代はよく使われていたらしい。飛ばした針の先に毒を塗ったりもするんだって」

「……てことは!」

「おそらく風の音の正体は吹き矢で、呼吸困難や痙攣は針に塗ってあった毒が原因だろうね」

「はい……あ、でもイレルさんだけ無事だったのは何ででしょう? 運良く当たらなかった、なんてわけじゃないですよね」

「うん、僕が彼にどんな服を着ていたか質問したことがそこで繋がると思う」


 イレルさんはその日、首まですっぽり隠れてしまう程分厚い生地の上着を着ていたそうだ。この領地は南に位置しているので比較的暖かくそんな上着は不要なのだが、東洋の取引先からサービスでもらったらしい。あまりにも美しい刺繍が施されたそれを自慢したくて、暑さを我慢して着たとのことだった。

 だが、それがどうして繋がるのか。

 公爵が再度吹き矢を吹く。放たれた針が高級そうなカーテンに当たり、ぽろりと情けなく床に落ちた。


「あれ? 刺さってない? さっきは刺さったのに」

「カーテンの生地が厚いからね。当たり所が悪いと刺さりもしないんだ」

「生地が厚い……あ! そういうことか!」


 イレルさんは分厚い生地の上着を着ていた。おそらく公爵の部屋のカーテンよりも厚いだろう。だとすれば刺さらなかったのも頷ける。加えて新月の夜だ。露出している部分にのみ狙いを定めるのは難しかったことだろう。だが、だからこそイレルさんだけは呪いから逃げ延びられたのだ。庭師が言っていた北の商人が無事だったのも同じ仕組みかと今なら分かる。北から来たのだ、きっと厚着だったのだろう。

 それにしても、何で公爵はこんなことを知っているんだろうか。ふと疑問に思ったが、別に今知らなければいけないものでもない。一旦端に避けておこう。

 何はともあれ、解決に随分と近づいた!

 そう思ったのは私だけではなく、公爵も同様のようだった。


「さぁ、謎は解けたし対抗する手段も見つかった。あとは呪いに乗じて犯行を行っている人間を捕まえるだけだけど、どういう手立てで行くかな……」

「あ、それなら私に案があります」


 悩む素振りを見せる公爵に、挙手をして名乗りを上げる。

 呪いの解決がここまで進んだのは、間違いなく公爵のおかげだ。知識の量は言わずもがな、足を使った調査だって頑張ってくれていた。ならここからは、私が体を張る番だろう。


「多分この案なら九割近く成功すると思います」


 震えていたイレルさんの姿を思い出す。あのような人がこれ以上増えないように、一刻も早くこの問題を解決しなければならない。それに――

 公爵を見る。私をご主人様と呼ぶ変態さん。完璧な笑みの中に濁った感情を持ってる人。本当は、不格好に笑う人。

 ――頑張りすぎたこの人が報われる未来であって欲しい。

 私は自分の案を伝えるため、今より少し公爵に近づいた。

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