3話 ド変態公爵の屋敷には可愛いメイドさんがいる

 男はベンスルダトゥといった。

 腕っぷしに自信があり、勇敢な若者であった。

 村長の娘が攫われてしまったことを知ったベンスルダトゥは、無事助け出せた暁には娘を嫁にもらうということを条件に彼女を救い出す。

 しかし、村長は約束を守らなかった。裏切った末に、村で一番深い川にベンスルダトゥを突き落としてしまったのだ。

 それ以降その川付近では行方不明者が続出した。まるで溶けたかのように、服だけを残して消えてしまう。

 ベンスルダトゥの呪いだと恐怖した村民は彼の死体を供養しようと探し回ったが、魚に喰われたか流されたか、ついぞ見つかることはなかった。

 この言い伝えからその川は「ベンスルダトゥ川」と名付けられ、今でも悲しきベンスルダトゥの呪いが残っていると言われている。



◇◇◇◇◇



「この村長の人間性えぐいな。まずは信頼が第一でしょうに……」


 黄ばんだページから顔を上げる。もう本を読み始めて数時間経つだろうか、すごく疲れた。

 ソファーの背もたれに全体重をかける。高級そうな綿が固まった背中を包み込んでくれた。

 私は今、ソリタリウス領主の屋敷――アルレッキーノ公爵の屋敷に滞在している。

 公爵に怒鳴り散らかしたあの日、流石に謝罪でどうにかなるレベルを越えていたため商人組合に手を貸すという件も破談になったかと思いきや、出来るだけ速やかに問題を解決したいという彼の意向の元、私たちは本格的に協力体制となった。不敬罪に処されるどころか、問題解決までの衣食住は全て保障してくれることに加えて、解決後もソリタリウス領で商売をしていいと父に手紙まで送る太っ腹ぶりだ。

 思い返せば本当に、私にしか利益ないよなぁ……。

 気分転換をするために窓を開ける。すると、湿気の多い風に乗って声が聞こえてくる。少しだけ頭を乗り出した。


「あ、公爵だ」


 ここは二階だから庭の様子がよく分かる。美しい花々の前で、庭師と公爵が話していた。手入れの相談でもしているのか、こちらに気付く様子もない。その姿を何の気なしに眺める。

 ここ数日、公爵と生活を共にして分かったことがあった。

 まず一つ、予想以上に真面目だということだ。仕事はしっかりやるし、急な領民の押しかけにも丁寧に対応している。領民の暮らしを見て回ったりもしていた。それに加えてベンスルダトゥの呪いについての調査も怠らない。正直、尊敬すべき領主であることは間違いない。

 二つ目は器用だということ。この屋敷は使用人が四人しかおらず、しかもその内の三人が現在出払っているらしい。そのため食事は彼自身が作っていた。プロの料理人顔負けのラインナップで味は言わずもがなだ。「僕の作った料理がご主人様の細胞一つ一つを染め上げていくんだね」という気持ち悪い発言がなければもっと美味しくいただけたのにと悔やまれるところである。

 そして三つ目は――

 こんこん、と控えめなノック音が鼓膜を揺らす。「はーい」と返事をしながら扉を開けに行った。


「しゅ、シュンエイ様⁉ なぜエレンが開けるよりも早く扉を開けてしまうのですか⁉ こ、これではメイド失格ですぅ……」

「もし失格だとしてもその可愛さでチャラです! 売買契約書、持って来てくれてありがとうね、エレンちゃん」


 そう、三つ目は――とてつもなく可愛いメイドさんがいること!

 灰色のローツインテールは白い肌をより強調させており、この国でスタンダードなクラシックメイド服は幼い見た目の彼女とは少し不釣り合いだがそこがまた良い味を出している。きょとりとした黄金の瞳の下には大人もびっくりする程のクマがあるが、先日心配をしたら生まれつき目立ちやすい体質だと言っていた。

 まぁ色々言いたいことはあるんだけど、とにかく、とにかく――可愛い‼

 エレンちゃんの小さい手から渡される書類を受け取る。


「こちら、過去半年分の商人様から提出いただいた売買契約書となっています。……でも、こんなにたくさんの量を読むなんて大変では? もしもシュンエイ様が体調を崩されてしまったら……」

「大丈夫大丈夫! 私、健康で頑丈なのが取り柄なので! むしろ文字を見ると眠くなるタイプだから、しっかり理解して読めるかが不安かな」

「ね、眠くなったらエレンを呼んでください! すぐにお布団をご用意します!」

「もう眠くなってきました。メイドさん一発お願いします」

「め、目ぇギンギンじゃないですかぁ!」


 まずい、可愛すぎてちょっかいかけるおじさんみたいになってる。今までずっと末っ子だったから、自分より年下の子がいる生活に完全に舞い上がってるなこれ。……落ち着け、落ち着け私! やりすぎで嫌われたくないでしょ!

 そんな私を助けるように、来訪を告げるベルが鳴った。


「あっ! お客様が来てしまいました! で、ではシュンエイ様、名残惜しいですが、エレンはこれで失礼いたします!」

「うん、ありがとう。またお話しようね」

「しゅ、シュンエイ様が望んで下さるなら、ぜ、ぜひ!」


 ぱたぱたと早足で去って行くエレンちゃんを見送り、彼女からもらった売買契約書に視線を移す。膨大な量だ。ソリタリウス領は運河もあるし、国境とも近い。商売が盛んに行われているという褒められた証拠なのだが……。


「……それにしたって多すぎる。一週間で読み終わるかどうかってところかなぁ」


 いや、考えていても仕方がない。テーブルに書類を置いて、一番上にある古いものから目を通していく。まずは商人が行方不明になった――ベンスルダトゥの呪いが起こる前からどんな取引が行われていたか、何か不審な点はないかを調べないといけないのだ。行方不明者は商人だけという共通点以外何も分かっていない現状だからこそ手当たり次第に調査をしなければ。なりふり構っていられない。


「よし! やってやるぞ‼」

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