第48話 カタツムリは怒られる
「あたま?」
「……はい」
股間じゃないの?そういう流れだったじゃん。僕の困惑を共感して欲しくて、カリンさんに目をやるけど、どうやらカリンさんも状況が掴めていないようだ。首を傾げている。
もしかしてマイさんが嘘を吐いている?いや、もやから判断しても嘘は吐いてないと思う。じゃあほんとに頭が食べたいんだ?
「ここが好きなんじゃないの?噛み跡がいっぱい付いてるし」
僕はぬいぐるみの股間を指差す。
「そこは2番目です、1番は……あたまです」
あ、2番目ですか、はい。
でもなんとなく分かった。よし、大分横道に逸れたけど軌道修正しよう。元々マイさんへの詰問はついでで、カリンさんが寂しそうだったからフォローしようとしたんだった。
咳払いして誤魔化す。ぬいぐるみのズボンを履かせて、カリンさんに押し付ける。
「カリンさんはぬいぐるみで我慢してね、僕には触れられないけど。感謝してよね」
「ありがとうございます」
カリンさんは僕に礼を言ってからぬいぐるみを愛おしそうに抱きしめる。羨ましい。
気を取り直して、ベッドへと戻る。
「おいで」
マイさんを呼ぶと足取りが重そうに僕のところへやってきたので頭を撫でてあげる。目を細めて喜ぶので、先ほどの件を蒸し返して曇らせてあげよう。
「あたまが食べたいんだ?」
喜びから反転して、泣きそうな顔になる。温度差が気持ちいい。癖になりそうだ。
「うん、食べたいと、ずっと思ってたの」
敬語になったり戻ったり、情緒不安定だね。
「どうして食べたいの?」
「食べれば、ヌルくんと一緒にいられるから」
「そうだね、それは幸せだろうね。僕がいいよって言ったら、マイは僕の頭を食べるの?」
「……食べ、ない」
迷ってる迷ってる。
「どうして?美味しそうに見えるんでしょ?」
「食べたら、ヌルくんが死んじゃう、死んじゃうのは嫌」
「分からないよ、再生できるかもしれない。1回試してみる?」
絶対死ぬけど、面白そうだなとは思う。僕も大概狂ってるな。
「……」
本気で迷ってるね。背中を押してあげようかな。
「多分僕を丸ごと食べたら、マイは大人になれるだろうね。僕がマイを大人にするんだ。それはとても光栄なことだよ」
「……たい」
「うん?」
「食べたいの」
「……そっか」
「でも我慢する、いなくなっちゃうのは嫌だよぅ」
堰を切ったように、マイさんが泣き出した。シーツにポタポタと涙が溢れる。
その後もいつまで経ってもマイさんが泣き止まないので、僕はカリンさんを手招きして、2人でマイさんを慰めながら眠りについた。
◽️◽️◽️
「あれはよくないです」
僕はカリンさんに正座させられていた。マイさんは正座した僕に抱きついて離れない。
「私もまいも、少なからず本能を我慢してヌルミチさんと付き合っています。正直、私も何度か全部食べてしまいたいと思ったことがあります。知られたら不安にさせるでしょうし、私も嫌われたくないから言いませんが、綱渡りをしているような気分です」
カリンさんが目を伏せながら告白する。
「でもそんなことが出来るはずがありません。犯罪だとかではなく、あなたを失いたくないからです」
一転、僕を睨みつける。罪悪感が僕の胸をギュッと締め付ける。
「そんな状態のまいを煽って、さらに自分の命を差し出すようなことをするのはやめてください。もしまいが踏み外してしまったら、まいは自責の念に苛まれ後を追うでしょう。私もです。誰も幸せになりません」
「本当に、申し訳ありませんでした」
「分かってもらえたならいいです。そして、私のことも慰めて欲しいです。まいの取り乱しぶりが目立ちますが、私だって動揺しているんですから」
頭を上げると、カリンさんがポロポロと涙を流していた。
抱き寄せて、3人で身を寄せ合う。僕も、気づけば涙を流していた。ごめんなさい、ごめんなさいと繰り返して。
不安にさせたのは悪いと思ってる。煽ったのも、酷いことをした自覚はある。
でも、気づいているんだ。僕自身の本当の気持ちに。
マイさんやカリンさんが僕を食べたいのを我慢しているように。
僕だって我慢しているんだ。
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