第9話 カタツムリは悩む
学校からの帰り道。口牙さんと偶然出会ったので、部屋にお邪魔することにした。
今日はチーズケーキとコーヒーの組み合わせだ。僕が口牙さんに出会うときはいつも誘われるし、大抵は僕も受け入れるのだが、毎回お菓子をご馳走になっている。このチーズケーキは保存がきくようには見えないし、前回のクッキーも美味しかった。コンビニとかで売っているような感じでは無かったし、専門店で販売しているものだと思う。
だからこそ疑問なのだが、僕が訪れるときに都合よくお菓子のストックがあるのっておかしくないだろうか。偶然僕を道端で見つけて、偶然タイミングよくお菓子が冷蔵庫に準備されている。それも毎回。ほとんど毎回ナマモノだし、そんな偶然が2年間も続くだろうか?
もしかして全て計算づくで、準備した上で僕を探しに街中を歩き回っているんじゃないだろうか。そんな馬鹿な想像をしてしまう。
「ヌルミチくんはいつになったら分化するんだろうね」
一般的に、僕や口牙さんみたいな雌雄同体の種族が、成長して男女に分かれることを分化という。
出会ってから、何度同じ話をしただろう。それくらい、僕の分化は遅い。一個下のつむりも遅いので、遺伝的なものなのかもしれない。僕の分化が遅いと、つむりも不安になるだろう。現に僕は、本当に大人になれるのかと心配になり始めている。
「口牙さんのときはどうでしたか?」
何度も繰り返した話題の割に、これまで踏み込んで聞いたことは無かった。毎回、僕の愚痴で終わっていたからだ。この機会に聞いてみよう。
「えっと、うーん。言葉を選ばなきゃいけないねこれは」
なんだか口牙さんの歯切れが悪い。言いづらいことなんだろうか。
「体が変わったことを実感するよ、男になれば声変わりもするし、あとはまあ、機能的にもね。子供が作れるように体の機能が変化したのが分かる」
「曖昧ですね、具体的にどう変わったんです?」
「あまり詳しく聞かないでくれ、ボクにだって恥ずかしいことはあるんだ。何事も経験だよ」
納得できない。納得できないけど答えてもらえないなら仕方がないだろう。
僕の不満げな態度を見てとったのか、口牙さんが咳払いをしつつ会話を続ける。
「キミは男と女、どっちになりたいんだい?」
自分の中で何度も議論を重ねたけれど、それに関してはまだ結論が出ていない。
「どちらにもなりたいと思ったことがないんですよ。僕はただ、この不安を解消したいだけなんです。大人にさえなれれば構わないというのが正直なところです」
「キミは心の成長が遅いんだろうね、体の方はもしかしたら間に合っているのかもしれない」
「心ですか?」
「そう、体の成長速度、体のギアが回るスピードに対して、心のギアの回りが遅いから、弾かれてしまって噛み合わないんだ」
左手の人差し指の先と、右手の指先を向かい合わせにしてくるくると回す。回転の遅い右手が、速い左手に弾かれる。器用なことをする人だ。
「心の成長なんてよく分かりませんよ、瞑想でもすれば良いんですか?」
「そんなことを言っているうちは、まだ子供だっていうことだよ」
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