第10話 カタツムリは測る

「今日は健康診断がありますので、時間になったら体育館にカードを持って集合して下さい。手早く順番を守って行動して下さい」


 朝のホームルームで担任の先生から今日の予定を聞かされる。


 健康診断。毎年、体の成長の記録をするイベント。中学校に入っても、それは変わらないようだ。


 多様な人種の婚姻による、多様な身体的特徴を持つ僕たちの健康診断は、とても時間がかかる。似たような種族の子は学年も関係なくある程度纏めて測定した方が効率が良い為、学年ごと、男女ごと、というのが難しい。


 スラグ系日本人である僕は、同じくスラグ人の身体的特徴を持つ人と同時に健康診断を受ける。男女、学年関係なく列に並び、仕切りの奥で計測。終わったら次の測定場所へ向かう。これを繰り返す。


 この学校にも僕と同じような生徒は結構いる。列の長さは大体30人くらいだろうか。僕の前の人は何年生だろう。後ろ姿だけだと性別もよく分からない。


 列が進むのを待っていると、後ろの人からヌルヌルと声をかけられた。


「なあ、お前1年か?、男?、女?」


 多分男の人だと思う、比較的がっしりとした体つきの人が僕に話しかけてきた。


「はい、1年です。まだ分化してないです」


 この人は多分もう分化しているんだと思う。


「そうか俺は2年の貝剝かいむきだ。多分今日一日、一緒に回るだろうから、同じスラグ系同士、よろしくな」


 そう言って、手を差し出してくる。僕もその手を取って握手を交わした。


「1年の貝被かいかぶりです。こちらこそよろしくお願いします」


「それにしても、まだ分化していないんだな、かなり遅い方だと思うけれど」


「やっぱり遅いですよね。そろそろだと思うんですけど」


 周りのスラグ系の人たちを見ても、なんというか、中性的でどちらとも言えない見た目をしているのは僕だけのようだ。大体の人は小学校卒業までに分化を済ませてしまう。


「分化って、唐突に起きるんですよね。貝剝先輩の時はどうでしたか?」


 デリケートな話題かもしれないけれど、この人なら聞いても答えてくれそうだ。


「オナニーしてたら分化したぞ」


 赤裸々すぎる!?


「先輩、ちょっと声が大きいです」


「まあ、でもその通りだしなあ、みんなそうだと思うぞ」


 心なしか、僕たちからみんな距離をとり始めた気がする。当たり前だ。これじゃあまるで、ここにいる僕以外の人がみんな経験者みたいな言い方だ。実際そうなのかもしれないけど。恥ずかしいに決まっている。


「男になりたい。女になりたいって強く思った時に分化するってことだし、そういうことなんだろうな」


 逆に、まだ分化していない僕はそういうことをしていないのが周りにバレバレっていうことなんだろうか。逆にそれも恥ずかしいけど。


 クラスメイトがある日突然分化した状態で学校に来たら。つまり昨日の夜そういうことをしましたってことになるのか。恥ずかしすぎる。この話題はやめよう。


「先輩は、大きめの殻なんですね」


「ああ、でかくするのが楽しくてな、ちょっと後悔してるけど」


 首を回して背中の巻貝を確認する。僕の巻貝は小さめだ。そこまで手をかけなかったから、成長していない。身動きの邪魔にはならないけれどその分収納が少なくて、不便な時もある。


「大きいと、色々入れられて便利ですよね、緊急時は中に入れるし」


「俺くらいの大きさなら、一応入れるぞ。普段の生活では全くそんな機会はないけどな」


 ヌロヌロと笑って先輩が頷く。


「それにしても、ダマスターの列が近くになくてよかったよ。あいつら怖いからさ」


「ダマスター?何かあるんですか?」


 マイナネルータ先輩の種族だ。怖いってどういうことだろう。


「ダマスターの連中の、俺たちスラグを見る目がな。大盛りのレタスやキャベツでも見るような目で、俺たちを見やがるからな」


 確かにマイナネルータ先輩は、僕のことを食べたがるけれど、怖いと思ったことはない。他のダマスターは、僕たちのことをそういう目で見てくるのだろうか?


「ダマスターは少ないけれどこの学校にも3人くらいはいるからな。お前も気をつけろよ、あいつらは食欲だけで俺たちを見る。いつ噛み付かれるかとヒヤヒヤするんだよな、近くにいると」


「貝剝先輩は何組ですか?」


「俺か、俺はA組だけど」


「じゃあ、マイナネルータさんの隣のクラスですよね?あの人、僕には優しかったですけど」


 貝剝先輩が苦虫を噛み潰したような顔をする。


「優しい?騙されてるんだよお前は。俺たちスラグはみんな、ダマスターに嫌悪感を抱くように本能に組み込まれているはずだ。なんたって天敵だからな」


 なんだろう。マイナネルータ先輩のことをそういう風に言われると、なんていうか。すごく嫌だな。


 彼女は、倒れた僕を背中に乗せてまで、介抱してくれたんだ。悪く言わないでほしい。


「天敵、ですか」


「ああ、本星では、500年くらい前まではずっと、スラグはダマスターの食糧庫だったんだ。植民地じゃない。食糧庫だ。実際にそういう名前をつけられていたんだよ。奴らが連合に加入した際に、そういう支配的な構造の解体がされるまではな」


 そういう話は聞いたことがなかった。父さんからもそんな話はされていない。


 僕は自分の祖先に対して、少し不勉強だったかもしれない。日本人として生きるつもりだから、これまであまり興味を持てなかった。


 でも、考えを改めた方が良いんだろう。これからも僕は先輩と関わっていく。何も知らないでいるわけには行かない。


「なんなら、別のダマスターを遠くから見てみたらいいぜ。1年にもいるぞ、確かE組だ。近寄りたくないから、前に調べて知ってる」


 E組か。


 昼休みにでも、見に行ってみよう。






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