第45話 カタツムリは英語が弱い
「もう大丈夫みたいです。胸の
「私は、ただ好き放題しただけのような気がします」
僕もだいぶ余裕が出てきたみたいで、バツが悪そうに伏し目でもじもじとしているカリンさんを見ると、少し揶揄いたくなってきた。
「確かに欲望丸出しでしたね」
僕の言葉に対して、顔を真っ赤にして反応を返す。ここまで分かりやすいといじり甲斐があって僕も楽しくなってくる。
「前から思っていたんですけど、カリンさんもマイさんも、僕を食べる前に僕で遊びますよね。早く食べたいだろうに、時間をかけてまですることじゃないと思うんですけど。食べる前の方が熱が入っているように見えます。どうしてですか?」
「それは……だって、すごく気持ちよさそうにしてくれるから」
やられた。予想外の一撃がきた。
逆に僕の顔が熱くなってくる。恥ずかしさが熱になって昇ってくる。
僕の様子を見て、カリンさんがこの機を逃さんとばかりに攻勢に出る。
「私とあなたとの関係がただの食事で終わるのは勿体無いです」
ぐい、ぐいと、仰向けに寝そべる僕の腕にしがみついてにじり寄る。逃さないという意思がカリンさんから伝わってくる。
カリンさんの匂いが濃くなる。
「業務的に事を終えて、さようならは寂しいです、あなたはそっちの方が良いですか?」
顔と顔の距離が近くなる。30センチもないくらいだ。
「いえ、僕は」
「もらうばかりじゃ、対等な関係とは言えません。私はあなたに喜んで欲しい、気持ちよくなって欲しい、気持ち良さそうな顔がみたい」
もう、触れ合いそうな距離まできている。お互いに顔は真っ赤だろう。ここだけ周囲より温度が高いに違いない。
「私も、気持ちよくなりたいです、して欲しいです」
僕も気持ちよくしてあげたい。
「対等な関係になりませんか?」
「対等って……例えば?」
「恋人です」
ダメなんだ、それは僕が許せない。
「僕には彼女がいます」
「知っています。私にとっても大切な人です」
それなら分かるでしょう。僕たちはマイさんを裏切らない。悲しませない。
「まいを悲しませたくないんですね。私もそうです。でも同じくらいの大きさで、私はあなたを好いています」
好き。カリンさんが僕のことを好きだと言ってくれた。
「私のことは嫌いですか?」
嫌いじゃないです。そう答えて逃げることも出来るけど、それを聞かれているわけじゃない。そのくらいのことは僕にも分かる。
僕は嘘を吐きたくない。
「好きです」
「嬉しいです……飛び上がってしまいそうなくらい、嬉しい……」
でも、恋人には出来ないんだ。
「恋人が2人いても良いじゃないですか、まいだって許してくれますよ」
「マイさんが良くても、僕が許せないんです。マイさんが他の誰かを好きになったとき、僕はそれを許したくない。カリンさんも同じです。だから僕は……」
「自分に厳しいんですね、そういうところも素敵です」
目を瞑って味わうように余韻を楽しんでいる。今の問答で、カリンさんは何を得たというんだろう。
「それでは、恋人は諦めます。あなたの信念を曲げてまで、欲しい関係じゃありませんから」
残念そうにしているけど、多分これで終わりじゃない。
「ペアでどうでしょうか?」
「ペア?」
「私たちの関係性です。誰かに聞かれたら、カリンさんは僕のペアですと答えてくれれば良いです。恋人よりも大分敷居が低くなったと思いませんか?ポーカーと一緒です」
確かに、そう言われれば、そんな気もしてくる。ペア。ペアなら良いか。スリーカードもあるし。
「それも駄目であれば、席を争わなければいけませんね」
恋人の座を奪い取るっていうこと?それは嫌だ!
僕のせいで2人が不仲になるのは耐えられない!
「カリンさん、ペアが良いです。僕たちはペアです」
「嬉しいです。ヌルミチさん」
カリンさんが僕の名を呼ぶ。あなた、貝被さん。そこから明らかに距離が縮まった。
「ペアのヌルミチさんと、キスがしたいです」
カリンさんが僕にお願いする。あの真面目で、敬語が似合う、お嬢様然としたカリンさんが、僕にキスをしたいと、そう言っている。
「キスをして欲しいです」
再度、要求される。あくまでも主体を僕にしたいようだ。
ペアであれば、キスだって問題ないだろう。
僕はカリンさんの頭に手をやって、僕に寄せる。これ以上寄せたら、触れ合ってしまう。触れ合いたい。
僕たちの口が触れ合う。僕たちは今、キスをしている。
舌で感触を確かめる。僕の頭の中で、カリンさんの形が明確になっていく。
僕が舌を伸ばしてカリンさんを求めると、カリンさんも僕を欲しがる。お互いの舌が求め合って、淫靡な音が辺りに響く。カリンさんが吸い付いてくる。僕も真似をしてカリンさんのを吸う。口を使ったコミュニケーションが楽しくて、いつまでも遊んでいられる。
息が辛くなってきたので一旦離れると、カリンさんも辛かったのだろう。僕たちはお互いに大きく息を吸い込む。それを見て、2人して笑ってしまった。
「過呼吸になってしまいます」
「そうしたら今度は僕が、カリンさんを介抱してあげるよ」
それを聞くと、我慢できないと言わんばかりに僕にむしゃぶりつく。カリンさんが欲望を隠さずに僕を求める姿は、普段とのギャップを感じさせて僕を興奮させた。
「好きです。大好きです」
「僕も好きだよ」
その後も、教室の中が夕暮れで赤く染まるまで、僕たちはキスを続けた。お互いの唾液でヌルヌルのベタベタになってしまった顔を見て、僕たちはまた笑いあった。
後片付けを済ませて、教室を出ようというときになって、カリンさんが言った。
「そういえば、ペアを日本語訳するとどうなるか知っていますか?」
「ペア、対とかですか?」
「そういう意味もありますけど、私たちの関係だとこちらが適切ですね」
そう言ってカリンさんがスマホの検索結果を僕に見せてきた。そこにはこう表示されていた。
『つがい、夫婦』と。
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