第42話 カタツムリと宙港と妹(仮)

「嫌だ、行きたくない」


「我儘を言わないで下さい、叔父様のお気持ちを察してあげて下さい」


 宙港ちゅうこう前で今更になってマイさんがゴネ始めた。道ゆく人がちらちらとこちらを物珍しそうに眺める。


「マイさんが運動会ではっちゃけなければ呼び出しなんてされなかったのに」


 僕とカリンさんは、母国に呼び出しを受けたマイさんを見送りに宙港ちゅうこうまで来ている。


 運動会での顛末を見たご両親から一度戻れと言われたマイさんは、色々と言い訳を連ねたが結局強制帰国しなければならず、今もこうして最後まで足掻いている。


「だって1週間は帰って来れないんだよ?その間私はヌルくんに会えないの。ヌルくんは嫌じゃないの?私が寂しさで浮気しても良いの?」


「マイさんはそんなことしませんよ」


「まい、大人しくすれば早めに帰って来れるかもしれませんよ」


「カリンちゃんはいいよね、私がいない間にヌルくんとイチャイチャするんでしょ、ずるい!」


 イチャイチャはしないと思うけど。くちゃくちゃごくんはするかもしれないけど。


「そのようなことはありません。ただ少し体を分けて欲しいとは思っていますが」


「それをイチャイチャっていうんだよ!いい?キスはダメだからね!浮気判定だからね!帰って来たら私がしばらく独占するからね!」


 散々喚き散らかしてから、マイさんはゲートの向こうへと消えていった。僕もカリンさんもため息をついてそれを見送った。


「ところでカリンさんは呼び出しを受けていないんですか?」


 話を聞いたとき、カリンさんもマイさんについていくのだとばかり思っていたので、残ると聞いたときは意外だった。


「もちろん私にも声はかかりましたが、いつのまにかまいだけ帰ることになっていました。まいはあのような態度をとっていますが、私を残すために色々交渉をしてくれたようです。私の両親にも上手く伝えるつもりなのでしょう。申し訳なく思います」


 なんだ、やっぱりマイさんはマイさんだったね。カリンさんを庇ってあげたんだ。


「マイさんのカッコいいところがまた知れて嬉しいです」


「これだけじゃありませんよ、まいの優しいところは。多分近いうちにでも分かると思いますが」


「どういうことですか?」


「……私たちの杞憂であれば、それに越したことはありません。明日以降、放課後は部室に伺っても良いですか?せっかくまいが譲ってくれましたし、遠慮してもまいの献身が無駄になってしまうので」


 おやつタイムですね。


「構いませんよ。マイさんのいない間に、大人になってびっくりさせちゃいましょうね」


「っ……あまりそういうことを言わないでくださいね。でも、驚いたまいの顔を見るのは楽しそうです」


 なんかカリンさんが悪い顔をしている。ちょっとゾクゾクする。


 その後はどこに寄るでもなく、自宅の最寄り駅まで2人で移動して駅で解散になった。




 ◽️◽️◽️




「おにーちゃんてモテるの?」


 夕飯を食べた後につむりの勉強を見てあげているときに、脈絡無くつむりに問われた。おそらく例の映像の件で、カリンさんとの関係を問われているんだろう。


 面倒な気配を感じながらも、つむり相手なのでそこまで気負わずに返答することにした。


「特定の人には好かれるみたい」


 流石に、カリンさんから若干の好意を感じてはいる。そのくらいの自覚はあるんだ。


 少なくても嫌いな相手の指を進んで舐めたりはしないだろう。ダマスター人の倫理観がバグっていない前提だけど。


 僕にあれだけのことができる人が、僕のことが好きじゃないなんて言ってたら、逆に心配になる。誰にでもそういうことをするってことだから、まともな人付き合いは出来ないだろう。そんな様子は見られないし、カリンさんにとって僕は特別なはずだ。


「マイちゃんは嫌じゃないのかな、わたしなら、嫌だけど」


 つむりはローちゃんひとすじだからね。


「あんまり嫌そうにはしてないんだよね、不思議なことに」


 マイさんが何を考えているのか僕にはわからない。僕とカリンさんが仲良くするのを歓迎、さらに言えば推奨しているところがある。


「おにーちゃんは誰が好きなの?」


「僕はマイさんが好きだよ」


「それなら、あの人は?」


「カリンさんのことは嫌いじゃないよ。マイさんほどじゃないけど好きだね」


「じゃあマイちゃんと結婚することになったら、カリンさんっていう人は諦めなきゃいけないね」


 ぐいぐい嫌なところを突いてくるなあ。もしそうなったらカリンさんが悲しむのは間違いない。でもそんなのは、どこにでもある話だ。カリンさんには悪いけど。ただ……。


「僕の感覚とは少しズレるから、あまりこういうことは言いたくないんだけど、夫婦が1人ずつじゃないといけないってことはないんだよ」


 法律的にも、夫に対して妻が2人いようが、妻に対して夫が50人いようが問題はない。種族の保存性の観点から、場合によっては伴侶が複数いることが推奨される場合もある。


「僕たちの家は、父さんと母さんの2人だけど。友達には母親が複数いる人もいる。だから、夫婦の前段階の恋人関係でも、彼女が2人いてもおかしくはないんだ」


 ただ、必要性がある種族はその理屈が受け入れられやすいけど、そうじゃない種族は、あっちこっちに手を出している軟派な人だというふうに見られる。


 ダマスターもスラグも、伴侶を複数持つメリットは無い。それに僕に伴侶を複数持ち、上手く仲介したりする甲斐性があるかというと……今の所自信はない。


 さらに言えば、僕が伴侶を複数もったら、マイさんが僕の他の人と関係を持っても、僕に咎める資格がなくなってしまう。法で禁じられているとかではなく、僕が嫌なんだ。自分の不貞に甘くて他人に厳しいなんて最低過ぎる。


 僕は僕以外の人がマイさんと仲良くしているのは嫌だ。


 ただ、カリンさんが他の男と仲良くしているのを想像してみると、どこかモヤっとするのもまた事実だ。


 僕は多分、カリンさんのことが好きになりかけている。あまり意識しないようにしているけれど、時間の問題かも知れない。


 僕が深くため息をつくと、つむりが笑いながら言う。


「モテる男は辛いね」


 笑えないよ。









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る