第41話 カタツムリと動画
「しっかり映ってるねー」
放課後の異文研の部室で、僕たち3人は携帯端末から投射される映像を鑑賞していた。先日の運動会の動画記録だ。カリンさんとマイさんに指を舐められながら、カリンさんの指を舐めている僕の姿が映し出されている。相変わらず最低な姿だ。ちなみ家族には散々追求された。つむりは視聴制限がかけられて不満たらたらだった。
「食べているところはなんとか誤魔化せてますね。不幸中の幸いです」
なお父と母にはバレていた。事前にマイさんが僕の家に遊びに来ていなかったら心配されていただろう。息子が画面の向こうで知らない人に食べられていたら普通は発狂する。発禁レベルのスナッフビデオだ。
「そこは流石に気を使ったよ。俯瞰視点からは手首が絶対に見えないようにヌルくんに引っ付いてたからね。そこは良いんだけど……」
マイさんが隣に座っているカリンさんを見やる。カリンさんは頭を抱えて俯いている。多分僕がスズキに言われたようなことを、誰かに言われたんだろう。舐められた側の僕も散々問われたけど、舐めた側のカリンさんはなんて言われているんだろう。
「カリンさん、周りになんて言われました……?」
傷口に塩を塗ることになるかもしれないが、情報共有とすり合わせのためにも確認しておいた方が良いだろう。
重苦しい空気の中、カリンさんが口を開いた。
「シマカリンさんがああいうことをするとは思わなかった。シマカリンさんあの子は彼氏?え、彼氏じゃない、彼氏じゃないのにずっと手を繋いでたの?しかも指舐めてたよね?え、彼女はあっちの子?なおさらどうして?もしかしてシマカリンさんてそういう子だったの?」
俯いたままぶつぶつと呟くカリンさん。うん、まあそういうことを言われるだろうね。僕も言われたし、言い訳に苦労した。というか言い訳出来なくて逃げ出した。
「私は彼氏だからで済んだし、カリンちゃんがしたことに関しても興奮するよねで親しい人はみんな納得してくれたから、特に問題はなかったけど……」
カリンちゃんの場合はね……と後に続く。
「……2年かけて作り上げた私のイメージが1日で崩れました。明日にはもっと広範囲で話が広まってしまって、私は痴女の寝取り女ってレッテルが貼られるんです。あ、レッテルじゃなくて事実でしたね、ふふふ」
ああ、カリンさん相当だねこれ。正直、指を舐めていたのは自業自得だからなんともいえないけど、流石に同情する。
「記録自体は申請して身内以外非公開にしたけど、何があったかは広まっちゃうからね、まあカリンちゃんが悪いんだし、ヌルくんは巻き込まれた側だから気にしなくて良いよ」
僕にはどうしようもないので頷くしかない。あとは言い訳の選択肢を増やすくらいしか出来ないけど、どうしたものか。何かいい方法はないだろうか。
「カリンさんはなんて言い訳したんですか?僕は正直、言い訳に困ったので無言を貫いたんですけど」
「一通り聞かれたところで倒れて、保健室に連れて行かれたので答えていません」
「大丈夫だったんですかそれ、倒れた時にぶつけて怪我とかは?」
ふるふると首を振られたので安心した。それならば良かった。それに……。
「倒れて誤魔化した形になりましたし、みんな遠慮してもう追求されないんじゃないですか?また倒れられたらと思うと聞けないですし」
「そうでしょうか?明日教室に行ったら、ガヤガヤしていた教室がいきなり静かになるんです。私が机に向かうと、卑猥な落書きとか描かれてるかもしれません。もう教室に行きたくないです……」
心配しすぎだと思うけど……。
「倒れたと聞いたときは心配しましたけど、結果的にファインプレーだと思いますよ。そこまで心配しなくても大丈夫です。なんだったら僕のせいにしましょう。女の子2人侍らせてる時点でヘイトを集めているので今更ですし」
「貝被さんは、お優しいんですね。人の指を勝手に舐めて、勝手に食べる痴女を庇うなんて。いいんです、罰だと思って受け入れます。考えなしな私が悪いんですから」
ああ、これはもうダメだ。この状態を治す特効薬みたいなものはないし、時間が傷を癒すのを待つしかないね。
「そういえば、カリンさんは部活には入っていないんですか?部室に誘ったのは僕たちですけど、悪いことしちゃったんじゃないかって思ってたんです」
「私は3年なので、部活動の所属義務はもうありません。ですので気になさらなくて結構ですよ。今は毎日家に帰るだけです。2年までは裁縫部に入部していました」
「へえ、部活の義務って2年までなんですね、知りませんでした。それに裁縫部っていうことは、得意なんですか?」
上手く話題を変えることが出来た。これ以上湿っぽい空気になっても良くないし。カリンさんをいじめるのは楽しいけど、ちょっと僕の趣味とは状況が噛み合わない。
「そうですね、裁縫部に入る前から嗜んでいたので、それなりには」
「ヌルくんぬいぐるみはカリンちゃんが作ってくれたんだよ、私が撮った写真を見ながらね」
「あれってカリンさんが作ったんですか!嗜むっていうレベルじゃないですよ、モデルの僕が言うのもなんですけど、かなり出来が良かったです」
てっきりマイさんがどこかに発注したんだと思ってた。
「えっと、嬉しいですね、そう言ってもらえると。ありがとうございます」
カリンさんが頬を指で掻いて照れる。
「カリンちゃんは女子力高いからオススメだよ、裁縫以外にも、料理も上手だし、気立ても良くて、美人さん。一家に1台、シマカリン。どうですか、いまならなんと、一括なら腕4本でご購入頂けます。分割の場合は日々指3本の1年払いです」
「買います、分割で」
腕4本もないからね。
「お買い上げありがとうございます、良かったね、ヌルくんのところに行っても、元気でね」
「本当に行っても良いんですか?」
「ごめん、私を1人にしないで、寂しい」
「仕方がない子ですね、大丈夫ですよ、しばらくはまいの面倒を見てあげますから」
なんかイチャイチャし始めた。カリンさんが調子を取り戻し始めてくれたようで何よりだ。
「マイさんも僕のところに来れば問題ないのでは?」
冗談を引き延ばしてみる、どうなるかな。
「ヌルくんはえっちな子だね、私たち2人とも欲しいなんて」
「僕にはまだ性欲が無いのでよく分かりませんね」
「……ヌルくんは分かってないね。ヌルくんはまだでも、私たちにはあるんだよ?」
あれ、なんだこの空気。僕は応手を間違えたのかな。いきなり湿度が上がったぞ。
マイさんが僕をじっと見つめている。カリンさんは黙って顔を背けている。
なんだこの空気。
「……まあ、おいおいだね。今はまだ分からなくても良いけど、我慢するのも辛いんだよ」
ていうか、私たちって、カリンさんも?え、仮にそうだとして、それって良いの?それこそ倫理的に良くないよね?僕、マイさんの恋人だよ?
「えっと、そろそろ食べますか?」
じめっとした空気に耐えかねてお茶を濁す。
お茶を濁したつもりなのに何故だかマイさんがカリンさんを押さえつけている。
「カリンちゃんダメだよ耐えて。無自覚でやってるから、まだダメだよ。本当に痴女になっちゃうよ!」
「据え膳を食べないのは失礼に当たると教わりました!ここなら証拠は残りません、まいも覚悟を決めてください!」
なんだかよく分からないけど今日はお食事会は無くなったみたいだ。
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