第38話 カタツムリの打ち上げ2
「それじゃ、はじめよっか」
ぬいぐるみはクローゼットに隠されてしまった。騒ぐ僕たちを呆れるような目で見ていたカリンさんも一緒に、僕たちは3人ともベッドの上で事の始まりを待っていた。客観的に見て、危うい絵面だ。道徳的に緩いというか、淫猥な雰囲気がしている。ただのお食事会なのに不思議だ。うん、不思議だ。
「カリンちゃんはどこが食べたい?」
マイさんが純粋な笑顔でカリンさんに尋ねる。ビュッフェで料理を選ぶかのような気軽さだ。
「私は、どこでも構いません。余ったところでいいです」
遠慮しているんだろうけど、お土産のドーナツを選ぶ感覚で答えないで欲しいな。
「まだ、私も足を食べたことがないんだよね。だから初めては、カリンちゃんにあげるよ」
僕の体が切り売りされていく。牛みたいな扱いだ。ちなみに僕はホルモンが好きだ。ハツとかレバーも。
「ハツとかオススメですよ」
ふざけてみるけど、2人とも無表情だ。滑った。
「食べたことあるけど、スラグ人のはあまり美味しくないよ」
マイさんが僕のブラックジョークにブラックジョークで返す。怖いです。ゾクゾクします。
誤魔化すために、僕は靴下を脱ぐ。他人の家で靴下を脱ぐって、なかなかない経験だ。布団に触れると冷たくて気持ちいい。
素足になって、僕は体を投げ出す。マイさんが枕を持ってきて僕に渡してくれる。
「マイさんの匂いがする」
つい、口から溢れてしまった。マイさんが顔を赤くしている。匂いがどうとか、それ以上のことを散々しているんだから今更だと思うけれど、いちいち反応してくれて初心なところが可愛らしい。
「えっと、どのくらいまでなら大丈夫?カリンちゃんにはいっぱい食べて欲しいけど、無理がない範囲で」
「肩までなら2本くらいですね。脚なら膝まで2本。2人で分けてください、僕は高みの見物を楽しみます」
そのくらいまでなら、仮に食べられても体力を消費して回復出来ると思う。マイさんとの経験から判断すればだけど。
「じゃあカリンちゃんは脚、私は目を食べるね」
なんでだよ!腕を食べる流れでしょうが!
「今のは腕の流れでしたよね。なんで目なんですか?」
「見物したいっていうから」
「尚更ですよね?嫌がらせですか?」
「ヌルくんが喜ぶやり方を私は覚えちゃったから」
にやにやしないでください。
「良いですけど、また幼くなるかもしれないから、変な催眠はかけないでくださいね」
「そしたら責任を取るから安心して」
やる気だよこの人。まじで反省しないな。
何を言っても、結局僕は食べられる側だから、抵抗は無意味だ。任せる。
「じゃあ、いただくね」
マイさんが僕の大触角2本を束にして、一度に口に含む。目の前が真っ暗になる。
「私も、いただきます」
カリンさんの声が聞こえる。遅れて、僕の右足の親指と人差し指が、水気を感じる。口に含まれたようだ。手の指なら、自分で口に含むことも出来るし、したことがあるけど、足の指でしたことはない。必要性が無いし、何より手よりも不衛生なイメージがあるからだ。
そんな場所を他人に舐められるのは、気恥ずかしい。普段感じない感触がむず痒い。
目の前は真っ暗だ。そんな状態で僕の体が少しずつ無くなっていくのはやっぱり怖い。
ふと思った。2人には僕の気持ちを理解して欲しい。食べられるのって、結構怖いんだぞっていうことを知っておいて欲しい。この機会に実況してみよう。喋っていれば少しは気も紛れるかもしれない。
「真っ暗で何も見えません」
返事はない、2人とも口が塞がっているから仕方ない。結局僕の独り言になってしまう。でも続ける。
「カリンさんが、僕の足の指を口に含んで、今消化液を流し込みました。足を舐められた経験がないので、恥ずかしいです。足を舐めるなんて不衛生なことをカリンさんにされるとは思いませんでした。こんなことになるなら、綺麗に洗ってくればよかったと後悔しています」
目の前が明るくなった、マイさんの顔が見える。どうしたんだろう。口から離したようだ。
「ヌルくん。それすごく良いから、もっと話して欲しい。カリンちゃんも嬉しそうにしてる」
実況がお気に召したようだ。このくらいで良ければいくらでもしてあげよう。
「マイさんが聞きたいなら、僕が普段どう感じながら食べられているのか、教えてあげますよ」
再び暗闇が訪れる。
「消化液を流される時、ちょっとだけ不安になります。自分の体が少しずつ、変化していくのが分かるんです。溶けて、柔らかくなって、別の形に作り変えられるような気がしてくるんです。カリンさんの口の中で、僕は別の生き物に改造されちゃうんです。怖くて、でもどうしようもない、動けないし、僕が暴れても、カリンさんは止めてくれない。分かるんです。マイさんだって、カリンさんだって、結局は僕を無理矢理食べちゃうって」
骨をかじる音が聞こえてきた。マイさんもカリンさんも、聞いているのかいないのか。僕を食べるのをやめない。
「でも怖いばっかりじゃないんです。ちょっというのが恥ずかしいんですけど……気持ちいいんです」
2人とも口が止まる。
「マイさんは、痒いところを掻いてくれるような気持ちよさを感じます。少しずつ食べるからかもしれません」
多分、食べ方で変わるんだと思う。
「カリンさんは、吹き出物を潰したときのような解放感が気持ちいいです。恐る恐る食べているからでしょうか。圧力を少しずつ加えて、最後に一気に潰すようにして僕を食べますよね」
2人とも、さっきより勢いよく食べ始めた。
僕の独り言に返事をしているみたいで面白い。
「飲み込まれた時は、精神的な満足を感じます。僕の体は、喉を通って、食道を経由して、胃に落ちます。胃に落ちた僕は、そこでどろどろに溶かされちゃいます。腸に言って、栄養として吸収されて、マイさんやカリンさんの血肉になります。そしたら僕はもう、僕じゃなくて、マイさんで、カリンさんです。受け入れてもらったような、認められたような気持ちになれます」
見えないけれど、2人とも嬉しそうだ。2人とも、僕をごくんと嚥下して返事をしてくれた。
マイさんが僕のお腹の上から移動するみたいだ。
「カリンちゃんちょっとよけて、私もそこ食べたい」
「嫌です。彼は私のです」
「何言ってるの?」
お、なんだ。喧嘩か?
「今日は私の日だって、お嬢様は言っていました」
「私が食べないとは言ってない」
「彼を気持ちよくしてあげるんです。私の方が気持ちいいって彼が言ってました」
「どっちが上とか言ってないよ」
「私の方が、描写説明が1行多かったです」
カリンさんおかしくなってるな。フォローしようか。
「マイさん、戻ってきて」
「でも」
「ちゅーしてあげるから」
「わかった」
素直でよろしい。
カリンさんに脚を食べられながら、僕はマイさんの気が済むまでおもちゃにされるのだった。
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