第37話 カタツムリの打ち上げ

 正直やり過ぎた。


 僕の悪い癖だ。いじめるのが楽しくなって歯止めが効かなくなる。


 ごめんなさいごめんなさいと泣くカリンさんを抱きしめながら、僕も謝る。嘘だよ、食べられるのは僕も気持ちいいよ。やりすぎちゃってごめんねと繰り返し謝る。


 少しして落ち着いたタイミングで、カリンさんが僕を非難する。


「お嬢様にも、このような仕打ちをしているんですか?」


 ぐうの音も出ない。出ないけど答えなきゃいけない。


「ここまで酷いことはしたことはありません」


「ではなぜ、私にだけこんな……」


「……泣き顔が可愛くて、いじめたくなりました」


 反省している時は嘘は吐かず、正直になることが僕の処世術だ。怒られてもそれ以上叱られることはないし、後から嘘がバレると反省も疑われてしまうから。


 僕が正直に話しているのにカリンさんはなぜか頬を染めて顔を背ける。僕に顔を見せないまま、立ち上がって背を向ける。


「部屋に戻ります。お嬢様に泣き腫らした顔を見られるわけにはいきませんので」


「マイさんに報告しないんですか?」


 断罪される覚悟だったし、申し訳ないと思っているので、構わないんですけど。


「……味について、お嬢様には秘密にしないといけませんから。あなたはお嬢様を喜ばせたいんでしょう?お嬢様が戻られましたら、私もシャワーを浴びるので入れ違いになります。お伝えください」




 ⬛︎⬛︎⬛︎





「それにしても、ポーカーの時のヌルくんはすごかったね、ルールは分からないけど、あんなふうに1人勝ち出来るものなんだね」


「僕は例の能力で見えるので、ある程度はブラフとか見破れますからね」


「なんですか?例の能力って?」


 ああ、いい機会だからカリンさんにも伝えておこう。カリンさんなら、知られても問題ない。


「5月の初めあたりから、人の感情が、色の付いたモヤで見えるようになったんですよ。怒っているのとか、不安を感じているのとかが分かるんです」


「そんなことが可能なんですか?」


 カリンさんが訝しげな顔で僕を眺める。


「可能なんだよね、すごいことに」


 マイさんがジュースを飲みながらうんうんと頷く。


「ちなみにマイさんは、お腹が空いて我慢できなくなってきていますね、少しずつ黄色味が濃くなってきています」


「……わかってるなら、そろそろ満足させて欲しいな」


 ジュースをテーブルに置いて、マイさんが身を寄せて僕にしなだれかかる。


 可愛いというか、もはや誘惑しているよね。カリンさんが目のやり場に困っているけれど良いのかな。


「別に良いですけど、ここで始めるんですか?僕、マイさんの部屋に行きたいな。この間もそうでしたけど、マイさんの匂いがして幸せな気持ちになれるんですよ」


 黄色が桃色との狭間で揺れている、ちょろすぎて心配になる。


「じゃあ、行こっか」


「では私はこの辺りでお暇しますね」


 立ち去ろうとするカリンさんにマイさんが待ったをかける。


「何言ってるの?カリンちゃんはもう時間がないんだよ。今日の打ち上げはカリンちゃんのために開いたんだよ?」


「あの、私は今日は」


 もう味見をしちゃってるから、遠慮してるんだね。別に気にしなくても良いと思うけど。


「僕に遠慮しているんなら、気にしなくても良いですよ。マイさんで慣れていますから」


「カリンちゃんがいないと、逆に私が気になって食べれないから。一緒に食べよ」


 僕を食べるか食べないかで揉めている2人を見るのは面白い。


 しばらく揉めていたけれど、絶対に折れないマイさんに、カリンさんが根負けして、打ち上げからお食事会に移行した。


 マイさんの部屋に行く。前回はカリンさんが眠っていた布団は片付けられたのか見当たらない。普段から一緒に眠っているわけではないようだ。あの時は幼児退行した僕がいたから、何かあった時のための特別な対応だったのだろう。


 マイさんのベッドは、以上に大きい。前回は突っ込まなかったけど、明らかに一般家庭用じゃない。聞いてみたら、キングサイズということらしい。横になっても体が収まるなんて僕の常識じゃ考えられない。さすがはお嬢様だ。


 そのベッドに、なんか人くらいのサイズの置物が置いてある。なにこれ。


「じゃーん!等身大ヌルくんぬいぐるみだよ!可愛いでしょ!」


 僕だった。


 いつ、どうやってサイズを測ったのか知らないけれど、僕の形をした大きなぬいぐるみが、僕たちより先にマイさんのベッドでくつろいでいた。ウチの学校の制服を着ている。若干引いてしまった。どうやって作ったんだろうこれ。マイさんの手作り?それにしてはクオリティが高いような。注文したのかな。しかもこれ……。


「なんか、噛み跡みたいなのがついているんですけど……」


 ぬいぐるみの至る所に、ちょっとよれたような、噛み跡が付いている。場所は様々だ。首、腕、手、足。気になったので、興味本位でぬいぐるみのズボンを脱がそうとベルトを外しにかかると、マイさんが大きな声で僕を止める。


「だめっ!見ちゃだめ!ヌルくんのえっち!」


「僕が僕のぬいぐるみの服を脱がしてもなんの問題もないでしょう、観念してください」


「ぜーったいにだめ!私のヌルくんに触れないで!」


 マイさんが力づくで僕を止めにかかる。よっぽど見られたくないようだ。僕の力ではマイさんには勝てないので渋々引き下がる。


「僕のぬいぐるみに普段どんな酷いことをしてるんですか?正直に言ってくれたら、ぬいぐるみの代わりに本物が相手しますよ」


 自分でも何を言っているのかよくわからない。


「嫌われたくないから言えない。墓の中まで持ってく」


「それじゃあ僕は墓に入れないじゃないですか」


 可哀想だけど仕方がない。僕のぬいぐるみよ、僕の代わりにマイさんの欲望の捌け口になってくれ。そしてマイさんと一緒に墓に入って、マイさんが死んだ後もマイさんの相手をしてくれ。





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