第32話 カタツムリと運動会3

 5本目の指がカリンさんの口から離れる。どこか呆けたような表情のカリンさんは、頭が回っていないのだろう、ありもしない6本目の指を探して、僕の右手の中をこねくり回す。


「あれ、ない、なんで……」


 なんで泣きそうになってるんですか、カリンさん。


「はい、カリンちゃんそこまで。最初の指に戻って咥えて」


 言われるままに僕の指を咥えるカリンさん。その瞬間に僕の頬をマイさんがぺちんとはたく。クエスト達成のウィンドウが現れる。やっと終わった。このマスだけで5分以上経っている。


「カリンちゃん、終わりだよ、終わり。口を離して、そう。良い子だね、また今度だよ」


 カリンさんが名残惜しそうに僕の指から口を離す。僕の右手はカリンさんの涎でべちゃべちゃになってしまっていた。


 カリンさんは薄桃色のモヤをまとったまま、半覚醒状態だ。なんで黄色じゃなくて薄桃色なんですかね。


「はいカリンちゃん、ダイス握って。そーれ」


 4だ。


 変なのがきませんようにと祈りながら、僕たちは進む。


 カリンさんがまるで人見知りの幼児のように、僕の手に縋りながら歩く。しばらくはこの調子だろう。正気に戻った時の反応が楽しみだ。


『100メートルダッシュ。タイムに応じてポイント進呈』


 やっと運動会らしいのがきた。


 フィールドが切り替わって、簡易の100メートルコースが現れた。開始までのカウントダウンが始まっている。


「カリンさん、正気に戻ってください、走りますよ」


「え、あ、はい、わかりました」


 どうやら間に合ったようだ。良かった、要介護者を抱えて走るのは流石に辛いもんね。


 スタートと同時に3人で全力ダッシュする。一番はマイさん、少し遅れて僕とカリンさんがゴールした。息を切らしたので膝に手をつこうとしたが、左手はカリンさんと繋がっているし、右手はカリンさんの涎が乾き切っておらずベトベトのままなのでなんとなく膝に触れたくない。


「はぁ、はぁ、見てくださいよカリンさん、はぁ、これ、なんだと思いますか?」


 僕はカリンさんの目の前に右手を差し出して見せつける。


「はぁ、ふぅ、これって」


「そうです、カリンさんが、僕のこれを、こんなにしちゃったんですよ」


 ベトベトの指同士を擦り合わせると、ねちゃぁ、と音がして指の間で涎の橋がかかる。早く拭いて欲しい。


「私のせいで、はぁ、彼氏さんのが、こんなふうに、なるんですね」


「ええ、はぁ、だから、責任をとって欲しいんですよ、汚しちゃった責任を、はぁ、はぁ」


「ストップ、なんか卑猥だからさっさと拭くよ」


 マイさんが横から入り込んでハンカチで僕の指を拭き始めた。良かった。やっと手が使えるようになった。


「次は私、ダイススロー、5!」


『クライミング、崖を登れ。タイムに応じてポイント進呈』


「あちゃー、流石に手を繋いだままじゃこの崖は無理だね」


 フィールドは切り替わって、目の前に角度で60度くらいはありそうな崖が現れた。


「このくらいならなんとかなると思います」


「え、ほんとに?」


「はい、マイさん、僕の靴を預かってください、カリンさんは手を繋いだまま、背中にしがみついてください、腕3本使って全力で。マイさんはカリンさんにしがみついて」


 2人が僕の指示通りに動く。


「それじゃあ、上りますよ、多分カリンさんが1番大変だと思いますけど、頑張って下さい」


 右手の、手のひらを壁面に平行に貼り付ける、足も同様に、平たい部分を貼り付けるようにして登っていく。


「すっごい、2人背負って腕1本だよ!信じられない!」


「これは驚きました。彼氏さんは何か特殊な技術でも会得しているんですか?」


「ただの種族特性ですよ、張り付くのは得意なんです」


 片手が塞がっているので多少登りにくさはあるけれど、2人背負うくらいならまだ余裕がある。多分スラグなら誰でもできると思う。そんなに威張るようなことじゃない。


 高さ10メートルくらいの崖を登り終えて、2人を下ろす。


「私の彼氏はすごいでしょ、カリンちゃん羨ましい?」


「ちょっとドキドキしました」


「2人とも誉めすぎですよ、次行きますよ、3です」


『ヌルミチがカリンの指を咥えながら、マイがヌルミチの指を咥える。5分維持すること。ポイントプラス10、資金10000獲得』


 だから、どんな、絵面だよっ!


「これ誰も止められる人がいないよっ!ここでゲームオーバーだよ僕たち!」


 指フェチのやつが作っただろこのゲーム。


「これは私も咥えても問題ないのでしょうか?」


 問題大有りだよっ!


「私は4本の所有権を主張するよ。カリンちゃんはさっき5本味わったんだから1本で我慢して」


「致し方ありませんね」


 僕の指を巡って交渉がされる。僕の指の所有権は僕にあると思うんだけど。


「それじゃあいただきます」


 マイさんが僕の右手の小指に噛み付く。僕は咄嗟に痛覚を切る。


 マジかよ。


 こいつ、この場で僕を食べる気だ。狂ってる。


 仮想空間で食べてもなんの栄養にもならないのに。


「マイさん、本気ですか」


「んー」


 仮想空間で食べられたらどうなるんだろ、欠損治るよね。


「どうしたんですか?」


 カリンさんが怪訝そうな顔で訊ねる。僕は顔を寄せて小声でカリンさんに囁く。


「マイさん、消化液出してます」


「えっ!」


 カリンさんがギョッとしてマイさんを見ると、マイさんは僕らに向けてウィンクしてきた。頭がおかしいのだろう。


「……とりあえず、私の指をお願いします」


「何がとりあえずなのかさっぱりですけど。では、失礼します」


 ダマスターの鋭利な爪先は避けて、指の腹らしきところを口に咥える。


 とりあえずクエストクリアまでの体裁は整った。絶対に延長されるけれど。


 それにしても酷い絵面だ、カリンさんの指を咥えながら手を繋ぎ、マイさんに指を咥えられている。さらに……。


「いただきます」


 クエストに関係ないのに、カリンさんまで僕の親指を咥え始める。モラルハザード待ったなしだ。しかも……。


「ん……」


 カリンさんまで消化液を出し始めた。もう終わりだよこの国。


 ダマスターの美少女が2人、床に寝っ転がって僕の右手に群がっている。僕は美少女の指を口に咥えて、文句を言うこともできない。なお、少なくとも3世帯にこの映像は公開され、その気になれば他人も見ることができる。役満だ。


 僕はヤケクソでカリンさんの指を舐めることに本気を出す。もうどうなっても知らないからな!


 黒くて細いカリンさんの指を唇で優しく挟みながら、舌先で弄ぶ。もはや咥えると言うより愛撫だ。


「んっ、彼氏さん、くすぐったいです」


 他人の彼氏の指をしゃぶっている分際で、文句を言うなんてけしからん。


 指の腹をぐりぐりと舌で押す。うん、反応があると楽しいね。


「あんまり、刺激しないで、ください」


 あなたにそんなことを言われる筋合いはない。僕はあくまでゲームのルールの範囲でやってるんだ。必要も無いのに欲に従って僕の指を食べようとしているカリンさんに言われたくない。


 マイさんの咥えている僕の小指がこりこりと咀嚼され始めた。痒いところを掻いてもらう快感が、右手を伝って僕の脳へと伝播する。続いて、カリンさんが咥えている僕の親指がこりっと言う音と共に形を失っていく。マイさん以外に食べられたのは初めてだ、初めてだけど、あれ、結構気持ちいいぞこれ。


 カリンさんに食べられると、膨らんだニキビを潰した時のような、プチッとした快感がある。溜めて、溜めて、プチッと。溜めて、溜めて、プチッと。PRET2っていうお菓子がある、あれの両端に少しずつ圧力を加えて、ポキッと折れた瞬間の解放感に似ている。これまずいやつです。マイさんとカリンさん、2つ同時に別の快感が交互に僕の脳を責め立てる。あー。






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