第25話 カタツムリは希望する
資料整理が終わった後。僕とマイさんはベッドに横たわってイチャイチャしていた。
僕がマイさんの口元に指を運ぶと、マイさんはチロチロと舌で僕の指を舐める。犬猫みたいに、ちょっとだけ舐めるのを繰り返す。庇護欲を刺激されるその仕草がとても可愛らしい。
マイさんも、僕の口に指先を運ぶ。勢いが強すぎて口に突っ込むような形になってしまった。そんなに必死にならなくても、ちゃんと可愛がってあげるのに。
2本の指先に交互に唇を当てる。僕と違って爪先が鋭利なので、取り扱いに神経を使う。舌は使わずに唇で挟み込むように、ハムハムと甘噛みして、マイさんの形を確かめる。
「好き」
「知ってるよ」
もう何回聞いたか覚えていないくらいだ。マイさんは僕への好意を隠さない。
「僕も好きだよ」
「足りない、もっと」
「わがままな先輩だね」
「早く、もっと」
「マイさんの事が好きだよ、大好きだ」
それまで舌先で遊ぶ程度だったのに、突然様相が変わった。空いた手で僕の指を拘束して、口に含んで味わうように僕の指を舐め始める。
ちゅ、ちゅぷ、水音が聞こえる。
「好きだよ」
僕の言葉に対して返事でもするように、マイさんが僕の指を味わう勢いが増す。
「飴玉になったみたいだ」
僕が思わず笑ってしまうと、舐めるのに夢中になっていたマイさんと目が合う。
「わたひだけのあめ」
舌足らずな口調で、僕を見つめながら独占欲を露わにする。僕の先輩。
「僕はマイさんのもの」
「うん、わたひの」
飴玉の僕に拒否権は無い。
■■■
「今日はどこが食べたいですか?」
最近、マイさんの好みが分かってきた。
マイさんは細い所が好みのようだ、尚且つ、筋肉の多い所。腕くらい太いところはあまり好まない。それでも食べ終わった後には必ず、美味しかったと言ってくれる。マイさんは礼儀正しいから食材への感謝を忘れない。
「あのね、1度聞きたかったんだけど」
「なんですか?」
「私ばっかりずるいと思ってたの」
「うん?」
「ヌルくんはどこを食べて欲しい?」
それは良くない。
「マイさんが選んでよ」
「ヌルくんの希望を聞いているんだよ」
「じゃあ指で」
「どうして嘘を吐くの?」
「嘘じゃないよ」
「ねえ、良い加減に認めようよ」
マイさんが僕を押し倒す。腕はフリーだ。拘束はされていない。
「認めるって……何を?」
冷や汗が吹き出す。まずい、追い詰められた。形勢は不利だ。
「食べられるのが、良いんだよね?」
「……」
「私はヌルくんを食べていると、食欲が満たされて幸せになる」
「……」
「でも、同じくらい、えっちな気持ちになる」
「……」
「ヌルくんは気づいてる?」
「何を……」
「ヌルくん、笑ってるよ」
慌てて口元を手で押さえる。
口角がほんのりと上がっている。
僕は、笑っていた。
「認めようよ、私は食べるとえっちな変態で、ヌルくんは食べられるのが好きな変態。ぴったしの2人。これは運命だよ」
僕に中身を見せてと迫る。
「今まで私ばっかりでずるくてごめんね、だから今日は選ばせてあげる」
僕の耳元で悪魔が囁く。
「ヌルくんはどこを食べて欲しい?」
なんて甘美な問い掛けだろう。答えてしまえば、僕はマイさんに中身を暴かれる。でも答えないことは許されない。マイさんは曝け出してくれている、なのに僕が曖昧なことを言えるわけがない。
何秒、何分経っただろうか。今後のマイさんとの攻守の関係とか、変わるかもしれない立場とか、そういうのが頭をよぎっては、抜けていく。結局残ったのは僕の願望だった。観念して僕は僕の望みを口にする。
「両目を……同時に食べて欲しいです」
ほんの少しの抵抗。小さじ一杯ほどの抵抗を混ぜる。
僕の答えを聞いたマイさんがニヤリと笑ってから答える。
「嘘じゃないけど、ホントでもないね」
ああ。ダメだった。マイさんにはお見通しだった。
「目隠しした状態で、私が好きなところを食べればいいかな?」
「それでお願いします」
もう、どうでもいいや。
「今日はヌルくんのためにいっぱい食べてあげる」
食べる、食べられる関係は終わった。
食べさせてもらう、食べてもらう関係の始まりだ。
「まずは邪魔なお目目を食べちゃいましょうねー」
2本の大触角が腕で1本にまとめられる。
「成長したから、消化液もパワーアップしてるんだよ」
マイさんの口が僕の視界を埋め尽くす。
パクリと、僕の両目が咥えられる。真っ暗だ、何も見えない。
僕は、暗闇が苦手だ。目が見えないというのは、体の動きを制限される。自分がどこにいるのか分からず、周りに誰がいるのか、何があるのか把握できない。不安が押し寄せてくる。
暗いのは嫌だ、闇が襲ってくる。暗闇は静かで、先が見えなくて、闇の中には何かがいて、僕をじっと、音を立てずに見つめている。
「もう、食べちゃったよ。ヌルくんのお目目、無くなっちゃった。もうずっと暗いままだね、ずっと、ずーっと、真っ暗のまま」
暗闇から声が聞こえる。僕に言い聞かせるように。お前は光を失ったよと。
「あ、あ」
嫌だ、暗いのは嫌だ。怖い、怖い、怖い。
「気づいてる?もう左腕も無くなっちゃったよ」
闇が僕に語りかける。左腕の感覚が無くなっていることに気付いた。動かす指が無い、手首も、二の腕も。無くなってしまっている。
「次は右腕だね」
くちゃくちゃという音だけが、闇の奥から聞こえてくる。闇が僕を少しずつ溶かし、咀嚼していく。しばらく経ってから、咀嚼音が途切れて、また闇が話しかけてくる。
「これで右腕も肩まで無くなっちゃったよ」
言われて右腕を動かそうとするけれど、動かない。
無くなっている。無いものは動かせない。
「もう、君が大好きなマイさんを撫でることも出来ないね」
「マイさんを、触れない?」
「うん、腕が無いんだから、当然だよね」
「嫌だ、マイさん!マイさん助けて!マイさんどこに行ったの!?」
「マイさんならもういないよ」
「なんで!マイさんはどこ!?」
「僕が食べちゃったから、マイさんはもういないよ」
「え?」
マイさんが、食べられた?
「マイさんはすっごい美味しかったよ。食べ応えがあって僕も大満足」
嘘だ嘘だ。マイさんが食べられるはずがない。そんなはずが。
「マイさんに会いたい?合わせてあげよっか?」
「会えるの?マイさんに会いたい!」
「そっか、じゃあ食べてあげる」
「え?」
「僕に食べられれば、マイさんに会えるよ。僕のお腹の中で」
「……」
「それでもマイさんに会いたい?」
「……会いたい、マイさんに会えるなら死んでもいい。食べて!早く僕を食べて!」
「どうしようかな、もうお腹いっぱいだしなー」
「どうして!?お願いだから僕を食べてよっ!早く早く!」
「食べて欲しいなら、頼み方ってものがあるんじゃないの?」
「え……」
「人に物を頼むときはどうすればいいか、お母さんに教わらなかったの?」
「お願いします!僕を食べて、マイさんに会わせてください!なんでもします!」
「よく言えました、ご褒美に食べてあげよう」
「ありがとうございます!ありがとうございます!」
「10秒数えたら君は僕に全部食べられて、次に気がついたら君の大好きなマイさんと僕のお腹の中で会えるよ。それじゃあ、いただきます」
僕はマイさんに会いたい一心で10秒を数える。
マイさん、マイさん、マイさん。
……あれ、今、何秒経ったっけ?
そこで僕の意識は途絶えた。
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