第24話 カタツムリはビビる

「え、マイさんって留学生なんですか?」


 部室での何気ない会話の中で、衝撃の事実を知った。


「そうだよ、言ってなかったっけ?」


「初めて聞きましたよ」


「けほっ、この学校に今在籍しているダマスターはみんな留学生だよ」


 古い資料をダンボール箱から取り出して、舞い上がるほこりに咽せながらマイさんが僕に答える。資料整理をして、要らないものを廃棄するためだ。来週の頭は紙類を捨てる日なので今週中にまとめておく必要がある。


「私も含めて3人だね、1人は私と一緒に暮らしてるよ。3年のシマカリン・ダマスター・ミュロイ先輩。カリンって呼んであげると喜ぶよ。立場上は私の従者で従姉妹だね」


 従者で従姉妹?


 大物政治家の娘ともなると、侍従まで付くのか。世界が違うのを感じる。


 先輩が古びた雑誌や、誰が残していったのか分からない教科書などをゴミとして選別していく。僕はそれを紙ヒモでまとめる係だ。


「今度紹介するよ、大丈夫、彼女は少し心配性だけど、良い子だから」


 従者だから、主人の身の回りの世話をしたりするのだろうか。マイさんを甲斐甲斐しく世話する先輩か。可愛い妹みたいな存在と仲良くする、何処の馬の骨か分からない僕。うん、嫌われてそうだな僕。大丈夫かな。


「もう1人は?」


「あー、1年のベーゼブルーさんだね、女の子。あまり面識はないね、親同士の折り合いが悪くて」


 珍しくマイさんの歯切れが悪い。多分仲があまり良くないのだろう。一応、この前のことを言っておいた方がいいかもしれない。


「1か月前にマイさんが校外学習で留守にしてた時があったじゃないですか」


「うん?そうだね、それで?」


「マイさんが留守の時に、部の説明を聞きたいと尋ねて来ました」


「ほうほう、それで?」


「僕はマイさんに、表面的な情報だけで人を判断してはいけないと教わりました。マイさんの言葉に感動して、そういう人間になりたいなって」


「……」


「でも、どうしても怖くて、都合が悪いから日を改めてと、追い払ってしまいました……ごめんなさい」


「そっか」


 マイさんが作業の手を止めて、僕を見る。


「すみません、異文研所属の僕が、人を選ぶような真似をしてしまって」


「でも、怖かったんでしょう?それなら仕方ないよ」


「だけど」


「ヌルくんは、ちょっと誤解しているよ」


 マイさんが、僕を慰めるように頭に手をやって、優しく撫でる。申し訳なさと、情けなさで、少しだけ、涙腺が緩む。こんなことで泣いていては、僕はいつまで経ってもマイさんに相応しくはなれないというのに。


「私が言いたかったのは、自分で経験したわけでもないのに、悪いイメージだけを周りに言いふらしたり、振り回されたりしないでってこと。ヌルくん自身が体験したことなら、どう感じても、感じた情報からどう判断しても良いと思うよ。ヌルくん自身の感覚を否定することは私には出来ないし、多分ある程度の確度で、スラグは私たちを判断する事が出来る」


「そう、なんですか?」


「うん、だからそんなに自分を責めないで」


 見上げると、薄緑のモヤが立ち昇っていた。これはなんだろう、優しい感じがする。


「それにね」


 薄緑が消え、薄い黒に変わる。これは、不安、だろうか。


「その感覚は、私も感じているんだ。あの子には近寄らないで」


 優しく微笑んでいたマイさんの表情が、深刻なものに変わった。


「何か、あるんですか?彼女に」


 マイさんが不安を感じるような根拠が。


「ヌルくんが、安全に学校生活を送るためだから、少し話そうか。休憩にしよう。お茶を淹れるね」




 ■■■




「私たちダマスターは成長するための栄養を食べることで得る。その栄養が最も多く含まれているのがスラグ人の体。これは知ってるよね?」


「身を持って知っていますね」


 苦笑いで答える。毎日食べられているからね。


「1齢幼人から2齢幼人になるのが大体10歳、成人になるのは大体13歳なんだ」


「マイさんはこの間まで1齢だったと考えると、だいぶ遅いですよね」


 15歳を目処に成人になれるチャンスが失われるわけだから、本当にギリギリなんだね。大変だと思う。


「そう思うよね、でも別に遅くはないんだ。普通なんだよ私は。では」


「現代?」


「そう、さっき言った、10歳と13歳っていう目処は、、つまりスラグの植民地化中のものであって、現代では13歳、15歳での変態が基本、栄養摂取の手段が限られるようになったんだから、当然成長も遅れるよね」


 そのくらいの差があると、当時の保守派の反対も強かったんだろうな。マイさんのご先祖に感謝しろと父に口を酸っぱくして言われたけど、改めて実感した。


「多分だけど、ヌルくんはベーゼブルーさんの姿を見ていないんじゃないの?」


 その通りだ。姿も見ずに怖がっているのを知られたくなくて、そういう話は避けていた。


「そう、です」


 バツが悪くて、少し小声になってしまう。マイさんは特に気にした風もなく続ける。


「彼女はね、もう成人なの。11歳の時には既に」


「え?」


 それっておかしくない?


「おかしいと思うよね、スラグ人の確保に困っていなかった加盟前ですら成人になるのは13歳が目安なのに、言い方が悪くて申し訳ないけど食糧不足の昨今にも関わらず11歳で成人になっている」


 それってつまり。食べてるって事?


「私も今は人のことを言えない状況ではあるんだけど、彼女はいつからだろうね。ちなみに、保守派の流れを汲む家系です。トリアス家は。だからウチと仲が悪い」


「植民地の継続に意欲的だった保守派に、友好的なスラグなんているんですか?」


「それはスラグのヌルくんが一番わかっていることだよね」


 違法な手段で嫌がるスラグを確保して、定期的に食べているってことか。


 留学先でおやつが限られている彼女は今どんな心境で、僕たちをどういう目で見ているんだろう。減量中のボクサーにとってのラーメンみたいなものかな。


「近寄らないことにします。マイさん、僕を守ってください」


「恋人を守るのは当然だよね」


 なんとも情けないが、僕はマイさんに泣きつくしかないのであった。




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