第19話 カタツムリは招く3

 家族4人にマイさんを加えた5人で昼飯を済ませて、僕たちは部屋に戻っていた。


 飯の前につむりに「ご飯の間は笑わせるなよ」と言い付けていたのでつむりは比較的大人しくしていたが、マイさんが肩を震わせて思い出し笑いしそうなのを耐えているのが横目に見えたのでハラハラさせられた。


 つむりはまた外に遊びに行ったようだ。いつも通りなら夕方までは戻ってこないだろう。


「えっと、部活の話なんですけど。僕の方で当てがあったので、インタビューしてきました。事情のある方なので、名前とかはマイさんにも教えられないです」


「うん、名前とかは重要じゃないから、問題ないよ。ごめんね、入部してすぐにこんなに働かせちゃって」


「いえ、やりたくてやっていることなので。僕とも関係が深くて、思い入れのある方だったので、どうにかして結果を残したいと思います。


「だった?どういうことかな?」


「多分もう、会うことはないんだと思います……あ、亡くなったわけではないですよ。インタビューしたのは昨日ですし。でも、事情があって、もうお話は聞けませんね」


「……そっか。じゃあ、頑張って纏めないとね」


「はい。とりあえず、テープおこしもまだでしたので、それから始めればいいんでしょうか?」


「音源があるんだ?それなら、まずは文字にしてからだね。とりあえず聞いてみよっか。自動で文字起こしできるアプリがあるから、そんなに苦労はしないと思うけど」


 先輩がスマホでアプリを起動してテーブルに置いた、僕もスマホの再生機能をオンにする。お揃いのキーホルダーがテーブルの上で並ぶ。なんかいいね、こういうの。


 そこから、僕のスマホから昨日のインタビューが流れる。僕もマイさんも、それを黙って聞いた。口牙さんの昔語りと、時折入る僕の質問、それに返す口牙さん。インタビューの途中で、泣いてしまう口牙さん。僕たちはその音声を、黙って聞いていた。そうやって1時間が経過して、再生が止まる。


「ここまでですね」


「……うん」


「アプリは上手く機能したみたいですね。良かった」


「ヌルくん、この人とは、そういう関係だったの?」


 まあ、インタビューの内容から読み取れば気づいてしまうか。気になるだろうし、しょうがないよね。もう会うこともないし、マイさんにはどこの誰だか分かる事もないし。言ってしまってもいいか。


「そういう関係、と言ってしまうと、誤解が生じそうなのではっきり言いますね。僕は定期的に彼に血を吸わせてあげてました。小学校5年生から、昨日まで。彼からそれ以上を求められたことはありません。代わりと言ってはなんですが、僕はお菓子やお茶をいただいてました。対等な友人関係です。僕が未成年だという点を除けば全く問題ない。まあそれが唯一で最大の問題でもあったんですけど」


 血を吸う。これだけだ。性的なことは何一つされていないし、僕が体調不良で提供を拒むこともあったけれど彼は無理強いしなかった。


「僕が彼に出会ったのはこの街に越してきたばかりで、不安で誰も頼れずに学校をサボりがちだった時です。多分、彼も最初は打算があって、僕に声をかけたんでしょうね。彼も友達が欲しいと言って僕に近寄ってきたんですけど、今考えれば嘘だったんだろうと思います。傷が治って痛みが消せるスラグ人は都合が良かったんでしょうね」


 どう考えても変質者の手口だったもんね、あれ。共感させて間合いを詰める感じが。


「でも、初めはそうだったとしても、僕が彼によって救われたのは間違いありません。結果的に、血を提供する以外のことは求められなかったし、一線を守っていたんだと思います。彼が僕にどういう感情を抱いていたかは、彼にしかわかりませんが」


「じゃあこれを纏めるのは、恩返しになるのかな?」


「そう出来ればと思っています」


「私も、出来るだけのことをするけれど、ヌルくんメインでやった方がいいだろうね、一緒に頑張ろう」


「よろしくお願いします」


 その後、起こした文字の確認と、細かい誤字修正。前半の要点を纏めるところまでやって、休憩することにした。長時間、慣れない姿勢で肩が凝ってしまった。くるくると腕を回して体をほぐす。


 時間はもう15時を過ぎたところだった。そろそろかな。


「ヌルくん、あのね……」


 きた。


「ああ、そろそろ帰る時間ですか。校外学習のレポートもありますもんね」


「えっと、そうじゃなくて……」


「心配しなくても、家の近くまでは送りますよ。最近は物騒ですし、が出るかもしれませんからね」


 マイさんが見るからに動揺して、うっすらと涙を浮かべ始めた。いいね。


「お願いだから、そんなふうに言わないで」


「どうして?マイさんも怖いですよね?に体を好き放題されるのは。僕だったら、泣いちゃうと思います。助けて〜って」


 マイさんの側に身を寄せて、耳元で囁くように。


は嫌がる僕を組み伏せて、無理やり全身を舐め上げるんです。全身をの涎まみれにされても僕は抵抗できない。はこう思うはずです。弱みを握って、何度でも、楽しんでやろう。僕の霰もない姿を写真に撮ったは……」


 僕がそこまで言ったところで、マイさんは急に立ち上がって、部屋のドアまで近寄った。鍵がかかっているのを確認してから、僕の腕を強引にとって、ベッドへと押し倒す。


 両腕を押さえつけられ、馬乗りの状態で、今度はマイさんが僕の耳元で囁く。


「そういうのが好きなんだね、私はだから、両思いだね」


 ゾクゾクと、寒気が首筋を這い上がる。心臓がキュッと握りしめられたかのように縮まる。


 マイさん、そういうのすごく良いです。


 マイさんが残った2本の腕で、僕のシャツのボタンを外していく。上から順に、1つずつ、ゆっくりと。最後まで外されてしまった。僕の肌が露わになる。


 マイさんが僕の首元に舌を這わせる。初めはちょん、ちょんと、ただ触れるだけのように。慣れてきたのか、今度は鎖骨のラインをなぞるように、舌を使って撫でる。


「んっ……」


 慣れない刺激に、思わず声が漏れてしまう。マイさんは気をよくしたのか、鎖骨のラインから僕の鳩尾へと方向を変える。浮き出た肋骨を、1本ずつ丁寧に、時間をかけて舐め上げていく。僕の体が、ぬらぬらとしたマイさんの唾液で少しずつ汚される。


「美味しい……」


 肋骨を全て汚して満足したのか、マイさんの舌がお腹に向かって降りていく。


 肉付きの悪い僕のお腹を、舌を大きく広げて舐め上げていく。舌の根元のざらざらとした感触は、まるで僕の体を少しずつ削っているみたいだ。


 舌は僕のお腹を丹念に舐め上げた後、まるでデザートを楽しむかのように、あえて触れずにいたへそに近寄っていく。窪みの周囲を舌先だけで触れて弄ぶ。


「ふっあ、あっ、ん」


 くすぐったくて、声を抑えられない。僕の両手はマイさんに押さえつけられている。あまり大きな声を出すと、家族にこの情事が悟られてしまう。我慢しなければ。


「あ、ふぁ、ちょっと、ダメで、す。声が」


 我慢しなければと思えば思うほどに、くすぐったさに意識を持って行かれてしまう。マイさんには遠慮する気配がない。


 執拗なへそへの刺激をしている間に、マイさんのよだれがくぼみに溜まる。くちゅ、ぐちゅ、じゅぷと、淫らな水音が部屋に響き渡る。僕はもう抵抗する気も失せてしまって、口を半開きにしてことが終わるのを待つばかりだ。


 デザートを味わったマイさんは、スマホを取り出して、何やら操作してる。何をするつもりだろう。


「思い出は、記録に残して撮っておこうね」


 カシャ、カシャと、カメラのシャッター音が鳴る。シャツをはだけて、上半身を唾液で光らせた僕の無惨な姿が、永久保存された。


「まだビフォーだから、これからアフター」


 何を言っているのかよく理解できないが、まだ続くらしい。


「今日はここを食べるよ、いいよー」


 マイさんが僕のへそを指さして、声も出せない僕の代わりに勝手に了承する。悪いことを覚えてしまったみたいだ。こんな人じゃなかったのに。


 マイさんが僕のへそ周りに牙を立てる。消化液が注入される。夢見心地で、時間の感覚がわからない。どうやらもう僕のおへそは食べられてしまったみたいだ。マイさんが僕のお腹の上で、くちゃくちゃ、クチュクチュと音を立てながら、貪っている。


 あれは、なんだろう。


 マイさんの頭の上で薄桃色と、黄色のもやもやした霧みたいなのが浮いている。マイさんから立ち昇っているようにも見える。なんというか、悪いものではないようだけど。こんなのは初めてだ。


 なんか、急に眠くなってきた。


 薄れゆく意識の中で、カシャ、というシャッター音だけが、僕の耳に残った。






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