第20話 カタツムリとマイマイカブリは契約する

「事案です」


 マイさんがいつものように壁際で凹んでいるので、嬉しくなってしまった僕は彼女を責める。


「僕は許可していません」


 ごめんなさいごめんなさいとうわ言のように呟いている。


「前半はマイさんの成長に何の関係もありませんでした」


 ごめんなさいから、許してくださいに変わる。


「食欲0、性欲10でした。知ってますか、アレ、ペッティングっていうらしいですよ。愛撫です愛撫」


 なんでもします、許してください。


「おまけにハメ撮りみたいなことまでして」


 ……。


「アフターに至っては、スプラッタ画像です」


 ……。


「ムショ入り前に何か言い残すことはありますか」


「だってヌルくんが誘うから!こうして欲しいって言うから!」


「言ってません、曲解です。自分の欲望を叶えるために都合の良い解釈をしないで下さい。変態のマイナネルータ先輩」


「うわぁあああ」


 泣き崩れる先輩は可愛い。




 ⬛︎⬛︎⬛︎




「そろそろお暇しようかな」


 マイさんにそう言われて時計を見ると17時前だ。そろそろ帰らないと夕飯に間に合わなくなるだろう。別に家で食べて行っても何も問題はないだろうけど、帰りが遅くなるのは良くない。


「送りますよ」


「じゃあ、お願いするね」


 2人で1階に降りて、父と母に帰ることを告げる。2人とも態度がよそよそしかったりしたらバレていたかもしれないけど、そんな風にも見えないので大丈夫だったんだろう。


「送っていくんだろう?」


 父の問いに頷いて返す。


「またいつでもきてねマイちゃん」


「はい、近いうちにまた」


 マイさんのことだし、多分連休中にもう1回くらいは遊びに来ることになるだろう。


 父と母の2人して玄関まで見送りに来る。さあ家を出ようかというところで、ドアを吹き飛ばす勢いでつむりが帰ってきた。


「おーずいぶんと長いことお楽しみだったみたいですね、捗りましたか?」


「あ、えっと、その、はい……」


 頬を染めて、照れながら口籠る。


 マイさん、その反応は可愛いですけど良くないです。


「あらあらまあまあ」


「塗道、まさかお前……」


「いえあの、私が悪いんです、私の方から……」


「ストォォォップ!はい、マイさん帰るよ!つむりお前後で覚えてろよ」


 マイさんを押しやって、逃げるように家を出た。




 ⬛︎⬛︎⬛︎




 マイさんの手を引いて、人気のない場所を探す。この辺りだと、河川敷の橋の下あたりなら都合が良いだろう。


 目当ての場所に到着した。目論見通り人はいない。多少大きな声を出しても構わないだろう。


「マイさんは、もう少しポーカーフェイスを覚えたほうが良いです」


「だって……」


「ウチの家族にバレるのは別に良いんですよ。恋人だってことにすればいくらでも誤魔化せますから。恥をかくだけで済む」


 マイさんの手を握って目を合わせて話す。マイさんはわかっていない。


「でも、本当のことが明らかになったら、大変なことになるのはマイさんなんです。僕はどう言い訳したって被害者で、マイさんは加害者になってしまう。僕はそんなのは嫌だ」


 そうなったら僕はもうマイさんと一緒にはいられないだろう。口牙さんとの別れより、よっぽど酷い結末が予想できる。


「だから、改めて契約内容の確認をします」


「契約?」


「そうです。マイさんが僕を食べるのは成長のためですよね?」


「初めはそうだったね」


 じゃあ今は違うのか。深くは突っ込まないけど。


「だから、マイさんが大人になるまでは、僕を食べても良いです。でも、大人になったら、食べる、食べられるの関係はお終いにしましょう。先輩後輩の関係だけが残る。そうしないと、いつまでもリスクを抱えることになってしまう」


「……」


「それでいいですね?」


「……よくない」


「マイさん」


「嫌だもん、そんなの。契約内容に追記の必要があります!」


「追記?何を付け加えるんですか?」


「私は、ヌルくんのことが好き」


 突然、マイさんに告白された。


「優しいところも、厳しいところも、サディスティックなところも、本当は虐められるのが好きなくせに隠しているところも、美味しいところも好き。」


 畳み掛けるように次々と、僕に感情をぶつけてくる。マイさんの体から、薄桃色のもやが立ち昇る。


「でも、ヌルくんは私のことが好きじゃないよね」


「それは……」


 僕は自信が持てないだけなんだ。マイさんのことは、多分好きだ。好きだけど、だったらなんで……


「なんで分かるのか、教えてあげよっか、分化がまだだから」


 図星だ。


 男と女に明確に分かれる分化がまだ僕には起こっていない。


 マイさんのことが好きなら、僕は男になるはずだ。でも僕は未だに、どちらにもなりきれないでいる。


「それに、私がヌルくんのことを好きだと言っても、それを疑っている」


 それも、図星だ。


「私のヌルくんのことが好きな感情が、食欲由来の可能性を考えている」


 食べたい、美味しい、自分のものにしたい。恋愛感情とそれらをごっちゃにして、仕分けができなくなっているんじゃないかとは思っている。


「好きだっていう気持ちを信じてもらえないのはすごく寂しいよ」


 胸が苦しい。僕はマイさんにそんな顔をさせたいわけじゃない。させないために、関係の改善を図っているんだ。


「でもこれに関しては信じてもらうまで続けるしかない。だから、大事なのは最初の方。ヌルくんには、私を好きになってもらう」


 何を言っているんだ。


「私が大人になるまでに、ヌルくんを大人にしてみせる」


 いつものマイさんじゃないみたいだ。夕日に照らされて、薄桃色のもやを立ち昇らせている、どこか幻想的な姿でマイさんは宣言した。


 僕に恋をさせると。


「契約内容は、《《甲が成人になるまでの間、乙は甲に肉体の一部を与える。この関係性を恋人(仮)とする。ただし、甲が成人になるまでに乙が成人になった場合、契約の延長を行い、婚約する。期間は永年とする。これでいいよね?」


 なんだかややこしいが、僕これプロポーズされてる?婚約とか出てきたけど。


「返事は?」


「え、あ、はい。わかりました」


「言質取ったからね」


 マイさんがポケットからスマホを取り出してみせる。わざわざ録音していたようだ。念入りで隙がないね。


 僕がこの、の真実を知ったのは、全てが終わった後になるのだった。






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