第17話 カタツムリは招く

「ここです」


 近場の駅から徒歩10分、学校からは20分。


 閑静な、特に何も無い住宅地の中心で立ち止まり、マイさんに我が家を紹介する。普通の一軒家だ。本国では貝殻の形をしているのが一般的らしいけど、郷に入りては郷に従えと言う言葉があるように、日本では日本の建築基準に従わなければならない。その分内装は多少スラグに過ごしやすい環境になっているが、母が純日本人なので控えめになっている。


「ただいま、母さん、お客さんを連れてきたよ」


 玄関に入って、帰宅を告げると同時に来客を知らせる。家族には事前に話しているのでトラブルも起きないと思うけど、ちょっとだけ不安だ。でも僕よりもマイさんの方が不安だろうし、緊張しているだろうから、僕が態度で見せてしまうわけにはいかない。


「おかえりなさい。えっと、こんにちは。塗道の母で、透子です。透明の透に子供で透子。息子がいつもお世話になっております」


 特に特徴の無い黒髪ボブの30代女性が僕の母だ。マイさんの姿を見てすぐに挨拶をしてくれた。失礼のない無難な対応で助かる。


「初めまして、マイナネルータ・ダマスター・テュロスです。こちらこそ息子さんにはいつもお世話になっております。この度はお招きいただきありがとうございます。こちら、つまらないものですが……」


 慇懃な挨拶と礼でマイさんが返す。マニュアル通りで落ち着くけど、マイさん大分緊張してるな。大丈夫かな。


「あらありがとう。ゆっくりしていってね、塗道、リビングにお茶を用意するからまずはそちらに案内して、パパもいるから」


「分かった、マイさんは付いてきて」


「はい、わかりました」


 固いな、友達の家に来るのにこんなに緊張しなくてもいいと思うけど。まあ僕も人を家に招くのは初めてだから、作法が分からなくて若干緊張してるけど、こんなものなのかな。


 マイさんを連れてリビングに案内する。戸を開けて中に入ると、父さんがソファーで格好を崩してヌルヌルしていた。くつろぎすぎていて安心するのと同時に、恥ずかしくなる。


「父さん、お客さんが来たよ、ちゃんとして」


「おお、君がマイナネルータさんだね、いらっしゃい。父の滑郎です。握手が出来ないのは許してくれ」


 体を起こして、立ち上がって礼をする。僕みたいに四肢があるわけではないので立ち上がるという表現が適切かどうかは分からないけど、体の前方を起こしているから間違ってはいないはずだ。


「マイナネルータ・ダマスター・テュロスです。息子さんにはお世話になっております」


 マイさんが礼で返すけど、それを聞いて父が首を傾げている。何だ、トラブルか?


「テュロス、テュロスってもしかしてあのテュロスかい?」


「えーっとおそらくはご想像の通り、そのテュロスです。次女になります」


「塗道、聞いていないぞ」


 父さんが僕を睨む。何か問題でもあったのだろうか。


「何、どうしたの?」


「テュロス家のご令嬢を連れてくるとは聞いていない。心臓が溶けるかと思った」


「すみません、ヌルミチくんには説明しておりませんでした」


「何、どういうこと?」


「そうですか、それなら仕方がありませんな。塗道、この方はダマスター本国評議会のマーレン・ダマスター・テュロス現議長の娘さんだ」


 え、マイさんお嬢様なの?


「とてもそんな風には見えない……」


「こら!なんて失礼なことを言うんだ、すみません、愚息が余計なことを。庶民派で親しみやすいという意味です」


「ふふっ、構いませんよ、気楽に接していただいた方が、私も嬉しく思います」


「別にマイさんが良いとこのお嬢様でも関係ないよ」


「関係あるんだ、テュロス家は、連合加盟の立役者で、当時の革新派の旗頭だった。スラグ解放はテュロス家の功績だ。テュロス家がいなければ我々スラグは今も植民地支配を受けていたかもしれないし、私もお前も生まれてすらいなかったかもしれないんだぞ」


「そうなんだ、それはともかく少し落ち着いて、マイさんそこ座ってちょうだい」


 なんというか、父が女子中学生に頭を下げているのは嫌だ。家主として自信を持って対応して欲しい。


「どうしたの?」


 母がお茶菓子を持ってやってきた。父さんがマイさんの生まれを早口で説明している。ふむふむと母が頷くが特に驚きもなく対応するようだ。良かった。


「あらあら、それは大変ね、マイナネルータさんは紅茶で良かったかしら?」


「構いませんお母様、出来ればマイとお呼びください」


「お母様ですって、パパ今の聞いた。ええ、それじゃあマイちゃんって呼ぶね」


 母とマイさんは順調に仲良くなっているようで何よりだけど、なんだか外堀を埋められているようでもやもやする。僕は部活の先輩を紹介するのであって、恋人を紹介する訳ではないんだけれど。


 マイさんと母がおしゃべりを楽しんでいる間、僕は父にひたすら礼儀とテュロス家の功績を言い聞かせられている。礼儀も何も、食って食われる関係なんだよね。これがバレたら大スキャンダルで全国ニュースになりそう。この秘密は墓まで持っていくことになりそうだ。もしかしたら墓ではなくマイさんの腹の中になるかもしれないけど。今上手いこと言った気がする。誰にも伝えられなくて悲しい。


「そろそろ部屋に上がるから、部活の打ち合わせしなきゃいけないし」


「じゃあ、お昼時になったら降りてきてね」


「くれぐれも間違いのないようにな」


 父の言葉に内心で既に手遅れだよと返しながら、マイさんを連れて2階の僕の部屋へと向かう。






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