第15話 カタツムリは断る
マイさんたち2年生が校外学習に行ってしまったので、部室の留守を預かることになった。と言っても僕がすることは文集のバックナンバーを読むくらいだ。最初は3日くらいあれば読み終わると思っていたけれど、思ったより時間がかかってしまっていた。連休前に授業で課題をたくさん出されたので、それの処理に時間がかかってしまっているのも原因の1つだろう。
僕がベッドに横になりながらだらしなく文集を読んでいると、部室のドアがノックされて、声が聞こえてきた。バリケードのせいで少し聞き取りづらいが来客のようだ。
カーテンの仕切りを割って、ドアの方へ向かう。
「すいませーん。誰かいますか?」
こんな弱小部に用がある人がいるのだろうか。来客は初めてなので緊張するけれど、留守を預かっている身だし、きちんと対応はしなければいけない。
「はい、いますよ、今開けま……」
ドアに手をかけ、鍵を開けようとした瞬間に、寒気を感じた。
以前にも、感じたことがある。1年生のダマスターの気配だ。
なんとなく開けるのが嫌になって、僕はドア越しのまま会話を続けることにした。
「えっと、どちら様ですか?」
聞かなくても相手はわかっている。1年のあの子だ。
「1年のベーゼブルー・ダマスター・トリアスです」
E組の、嫌な感じのしたダマスター。マイさんとは違う、怖い感じがする女子。
「どのようなご用件でしょうか?」
探りながら応対して様子をみよう。
「どんな部活か気になったので、紹介して欲しいんですけど」
真っ当な理由だ。断る理由は無い、理由は無いけど。
怖い。
ただひたすら、怖い。
このドアを開けてしまったら、自分の命が脅かされるのが、感覚的に分かってしまう。
でも、開けないと失礼になってしまう。マイさんに言われた言葉を、思い出す。
『普通はね、頭の中で考えていることなんて、他の人にはわからないものなの。例えそれが害意に満ちたことでも、行動に移さなければ罪にはならないし、私だって、ヌルくんだって、邪な感情を抱くことはあるでしょう?ヌルくんが抱いた邪な感情一つだけで、ヌルくんの人間性を評価してしまうのは悲しいことだよ』
マイさんに、大事なことを教わったんだ。人を、表面的に判断してはいけない。
異文研の活動目的は種族間の相互理解だ。異文研の僕が、まずは勇気を出して受け入れないと、話にならない。
鍵に手をかける。開けなければ。開けて迎え入れて、椅子に座って、活動内容の説明をしなければいけない。
この部室で、僕を食べたがっている彼女と2人きりで。
彼女は嫌がる僕を押さえつけて、口を塞いで助けを呼べないようにする。腕の数で負けている僕に抵抗する術は無い。
マイさんなら、それでもいい。お互いに遊びだと分かっている。
でも目の前のこの人にそれをやられたら。
僕はマイさんを2度と受け入れられないんじゃないか?
……僕は、鍵を開けることが、出来なかった。
「すみません、今は会議中なので、後日改めて来てください」
すりガラスの向こうの彼女に、震える声を悟られないように意識して声を張って、断りを入れる。
「……会議中、ねぇ、ふーん、まあ、いいけど」
疑われている。僕しかいないことを知ってるのか?
「また来るよ」
足音が遠ざかっていく。嫌な気配も同じように、なくなった。
気がつくと僕は汗びっしょりで、表情が強張っていることに気づいた。手で口元をほぐそうとしても、筋肉が緊張しきっていて、まともに動かせない。
勘違いや、思い込みじゃない、あれは僕たちの天敵だ。あれから逃れるために、僕たちスラグはこの能力を手に入れたんだ。マイさんには悪いけど、どんな理屈を並べられたってあれを受け入れることはできないだろう。
その後僕は30分間、部室で過ごして、周囲を最大限警戒しながら部室を出て帰路についた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます