第14話 カタツムリは相談する

 マイさん変態事件の翌日、火曜日の放課後。


 僕は部室でマイさんと2人で、文集の内容について議論を重ねていた。


「スラグとダマスターの問題は一旦置いておいて、他にインタビュー出来る種族の方の当てはありますか?」


「うーん。実はないんだよね、困ったことに」


 マイさんが軽い調子で答える。もっと真剣になって欲しい。


「理想の条件は、多種族からの偏見が強くて、実情は止むに止まれぬ事情があったりして、周りに周知することで関係改善が望める種族なんだけど。そもそもそれを調べるところからスタートするわけで。時間をかけて調べても、公開するのに向かない内容だと没になっちゃうんだよね」


 最初から研究テーマとしてぴったりな種族を引き当てるのが難しいんだ。数打ちゃ当たるで行くにしても、部員は2人しかいないし、徒労に終わるのは避けたい。調べることは無駄ではなくても、公開できないよりは、やっぱり調査した内容を公開してみんなに知ってほしい。


「今までの発表内容を教えてください。家に帰ってから目を通します。文集のバックナンバーくらい残ってますよね?」


「あるよー、あそこの段、左から順に新しくなって、全部で10冊かな」


 壁際の書棚を先輩が指差すので近寄って手に取る。厚みはそこまでないが数が多い。読み切るまで3日間はかかりそうだ。とりあえず今日は3冊だけ持って帰ろう。


「借りて行きますよ。ところで、先輩は確か来週は校外学習で3日間いないんでしたよね?」


「うん、よくわからないけど、工場見学とかが予定に入っていたと思う。実際のところ生徒からしたら、旅館でみんなで泊まるのが主目的だよね。新しい学年になってクラスも変わったから、親交を深める目的もあるみたい」


 それが終わったら、そのままゴールデンウィーク、僕は5日間の休み。マイさんは実質8日間、学校に来ないことになる。


「あの、マイさんは大丈夫なんですか?」


「えっと、なんのこと?」


 ああ、気づいていないな。教えてあげたほうがいいかな。僕も少し困るし、ゴールデンウィーク中に何回かは会っておきたいし。


「マイさん、校外学習に行ったら、8日間はお預けですよ。耐えられますか?」


 空気が凍った。


 マイさんから絶望感が溢れている。まあ1日お預けしただけでもしんどそうだったし、それが8日間ともなるとね。


「えっと、お弁当とか」


「どこの世界に自分の体をちぎって弁当に入れる中学生がいるんですか、ホラーだし、ナマモノだし痛みます。絶対にやりませんよ」


「凍らせてクーラーボックスに入れて持ち運べば」


「ホラーなのは解決していないし、荷物になるし、見つかったら事件です」


「一緒に校外学習に行こう」


「無理です。僕は1年なので」


「……どうしてそんないじわるするの?」


「意地悪してないです。無理なものは無理です」


「じゃあ私、行くのやめる。ヌルくんと一緒にいる。そっちの方がいい」


 ちょっとドキッとした。


 マイさんのわがままは子供らしくてとても可愛いのでいつまでも付き合ってあげたいけれど、そうも言っていられないので、そろそろ代案を出してあげよう。


「まず、校外学習の3日間はどうやったって無理なので諦めてください。ゴールデンウィークの5日間も、学校は入れないはずなので、会うのであれば校外ですね」


 マイさんは渋い顔で静かな抵抗を見せるけれど、それくらいは我慢してもらわなければ話にならない。


「ゴールデンウィークはマイさんが良ければ、家に来ますか?」


「ファ!?」


「ファってなんですか、家族に紹介したいので来てもらえると僕にとっても、都合がいいんですが」


「私、ダマスターだけどいいの」


「家は父と妹がスラグの血を引いてますけど、他種族に偏見はないはずですよ。妹に至ってはブラキマイラ星人の親友がいるくらいですし」


「嘘、寄生種族の?」


「将来は結婚する勢いですね、分化もそれで決めてしまうみたいですし」


「私、そんな国際色豊かなご家庭でヌルくんに紹介されちゃうんだ」


 もじもじてれてれマイさんが始まった。揶揄うチャンスだ。


「母は娘が1人欲しいと言っていたらしいです」


「それって……」


「妹が生まれる前の話ですが」


「……」


 無言でポカポカと僕を叩くマイさん。可愛い。


「そういえばヌルくんは分化はまだなんだよね」


「まあ、そうですね。声変わりもしていないですし」


「私は、ヌルくんには男の子になって欲しいな」


 ぐいぐい来ますね、今のところそんな気はないんだけどな。


「マイさんは嫌がる少年を食べちゃう悪いお姉さんですもんね、自分の性癖に素直すぎると友達失いますよ」


 怒るかと思ったらマジで凹んでる。可哀想なのでここら辺でやめてあげよう。


「どうしますか、連休初日にとりあえず来てみますか。僕の部屋ならおやつが出ますよ」


「行く」


 食いつきが早すぎて笑っちゃう。


「10時くらいに駅で待ち合わせて、お昼は家で食べましょう。その後は文集の内容を詰めて、適当な時間になったらおやつを食べてください。文集については1件当てがあるので、連休までに僕の方で取材してみます」


 こんなとこかな。1日目はサービスだ。2日目以降はどうしよう。放っておいた方が面白いかもしれない。マイさんが本当に我慢できないのであればあちらから提案してくるだろう。そうすれば僕の方が優位になれて楽しそうだ。


 この日は部活はこの辺で打ち切って、いつも通りマイさんのおやつタイムになった。指3本の通常ロットに戻ったのでマイさんは物足りなさそうにしていたが、特別なメニューは特別な日にしか出さないからね。毎日やってたらネタ切れでマンネリしちゃうし、しょうがないね。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る