第6話 カタツムリは吸われる
「どうぞ、上がって」
「お邪魔します」
部屋に招かれた僕は、口牙さんに手を引かれながら、アパートとの一室にお邪魔する。
この部屋は、いつも変わった匂いがする。自分の普段の生活環境と違うからか、どうしても毎回気になってしまう。なんというか、落ち着くというか、眠くなるというか。そんな匂いだ。特別なディフューザーでも使っているのだろうか。
1DKの間取りで、玄関から入ってすぐにキッチン、バスルーム、トイレがある。扉を開けて奥には、8畳程度の広さの寝室兼リビングになっている。
「奥でくつろいでていいよ、今お茶を淹れるから」
言われるままに、奥へと進む。ここへは何度も招かれているので、今更緊張することもない。来客用の座椅子に腰掛ける。
手持ち無沙汰なので、部屋の中を眺める。前に来たのは2週間くらい前だったかな。始業式の直前だった気がする。部屋の内装は特に変化がなかった。
この部屋にあるのは、ベッドと、本棚と、テレビと、ローテーブルだけ。クローゼットの中には服などが入っているんだろうけれど、わざわざ人様の家の収納を開けて回る趣味は無いし、見たことはない。大学生の部屋と聞いて、最初に入った時は、大人の男性の部屋に初めて入るのもあってドキドキしたものだけれど、入ってみれば僕の部屋とそう大して変わらない普通の部屋だった。大人に対して過分な憧れを抱いていたのかもしれない。当時は少しがっかりしたのを覚えている。
「お待たせしたね」
そうこうしているうちに準備ができたみたいだ。紅茶の香りが、僕の小触角をくすぐる。
トレーに2人分の紅茶と、お茶請けにクッキーを乗せて、口牙さんがやってきた。
「ダージリンのファーストフラッシュが手に入ったんだ、誰かに味わって欲しくてね」
紅茶の銘柄は良くわからないけれど、確かにいい香りがする。
「いただきます」
一口、いただく。
美味しい。
「爽やかなのに、フルーティな感じがします。とても美味しいです」
「気に入ってもらってよかったよ」
クッキーを摘みながら、口牙さんと近況について、互いに報告し合う。
「ボクの方は、こんな感じかな。新しく始まった授業でも、なんとか友達が出来て、やっていけてるよ。ヌルミチくんは、新しい学校には慣れたかな?」
「なんとか。小学校の友達もクラスにいますし、新しいクラスメイトとも、少しずつですね」
5年生の時、結局僕にも友達は出来た。僕から話しかけることは出来なかったが、優しいクラスメイトたちは、そんな僕に話しかけてくれて、少しづつ仲良くなることができた。
「それならよかった。お互いに、上手く環境の変化に溶け込めているみたいだね」
にっこりと微笑む口牙さんは、とても知的で、カッコいい。僕にとって、口牙さんは孤独を救ってくれたヒーローで、同じ悩みを持った友達で、憧れだ。学校であった嫌なこと、悲しかったこと、嬉しかったこと。今までほとんどを口牙さんに相談、共有してきた。
僕は今日あったことを話した。熱中症で倒れてしまったこと。マイナネルータさんの名前は出さないけれど、女の先輩に助けてもらったこと。そして、先輩にお願いされて指を食べさせたこと。
僕の話を聞いて、口牙さんはうんうんと頷いていたが、食べさせたくだりで、神妙な顔になってから、僕に言い聞かせるように話した。
「ヌルミチくん、今の話は、誰にも言ってはいけないよ」
「食べさせた件ですか?」
なんとなく、僕もそう思っていた。今日の先輩との行為は、秘め事なのだと。
「そう。両者の同意があるとはいえ、人体を食べる、食べさせるっていう行為は社会的にアンモラルな行為だ。それが生きていく上で必要な行為だったとしても、今の地球の法律では、許されていない。もしバレてしまったら、社会は君たちの行為を許さないし、正論という言葉の暴力で君たちを攻撃するだろう。ボクには資格がないから止めないけれど。誰にも、話してはいけないよ」
「口牙さんと僕との関係みたいに?」
「ふふ、そうだね」
不敵な笑みを浮かべながら口牙さんが頷く。
「そろそろ、いつもの、もらってもいいかな」
「いいですよ」
了承し、僕は制服を脱いで、シャツ一枚になる。
座椅子に足を伸ばして座っている僕の上に、口牙さんが足を開いて乗った。
「いつもありがとう」
「どうしたんですか急に」
「キミの話を聞いて、改めて、自分の状況が恵まれているなと思ってね。感謝が足りないんじゃないかって」
「気にしないでください。口牙さんなら、いいですよ」
僕がそういうと、居ても立っても居られないという様子で、口牙さんが僕の首に噛み付いた。ほんのちょっとの刺激に反応して、僕の口から吐息が漏れ出てしまう。
「ぁっ」
口牙さんは僕の様子など気にせずに、僕の血を吸い上げる。
僕は黙ってそれを受け入れる。
地球人と世代を重ねて交配をした結果、体の性質のほとんどが在来日本人と同じになり、元のプラナイダ星人の性質は薄れていった。
唯一残ったのは、血を吸いたいという、本能だけだった。
血を吸わなくても、生活に支障はない。生きていく上で、必要ないらしい。でも長い期間を血を吸わないでいると、少し怒りっぽくなったり、暴力的な気質が強くなってしまう。口牙さんは幼少の頃に、この性質のせいで周りに溶け込めずに苦しい思いをしたらしい。
僕はそんな口牙さんの力になりたくて、定期的に血を分け与えている。
2人だけの秘密だ。
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