第4話 カタツムリは嫌がる
「僕を、食べる」
口に出すと違和感がすごい。
「君を、食べたい」
先輩が繰り返して言う。
「……えっちな比喩ですよね?」
「ちっ、違うよ!そのままの意味!私そんなに破廉恥な女じゃないよっ!」
破廉恥なのと、暴力的なのと、どっちが良いんだろう。いや、暴力的というか猟奇的というか、とにかく。
「流石にそれはちょっと、死ぬのも痛いのも嫌です」
助けてもらった恩を命で返すのは本末転倒だと思います。
「死なないし、痛くしないから……」
「そんな無茶な」
「無茶じゃないよ、スラグ人は体の一部の痛覚を切って、失った部分も再生することが出来る筈だよ。心当たりは無い?」
確かに、それは心当たりがある。レタスやキャベツを包丁で切る際に、誤って指を切ってしまったことがあるけど、意識すればすぐに痛みは治るし、傷は塞がる。小さい頃から大きな怪我とは無縁だった。でも、全く痛くない訳じゃないんだ。100%の痛みが5から10%になるくらいには痛い。
でも傷を負うことは割としょっちゅうあるけれど、失ったことはない。未経験なので正直怖い。
「痛覚は和らげることができますけど、ちょっとは痛いですし、欠損した経験もないので流石に怖いです」
「じゃあ、まずは指の先っちょだけ、先っちょだけでいいから。お願い。大人にして欲しいな!」
「大声を出さないで下さい、いかがわしいことをしているみたいで……」
まあ、いかがわしいのは間違ってないから良いのか?いや良くないよこんなの!不健全だよ!
でも、僕が協力しないと、先輩は人として成熟できない。しかも時間制限がある、15歳までっていうことは、最短であと1年くらいしか時間が無いはずだ。その短い期間で2回の変態をしなければならないのは、本当に崖っぷちなんじゃないか?それを考えると、先輩が焦るのも当然かもしれない。
「まぁ、ちょっとだけなら……」
結局僕は折れてしまった。
先輩の境遇を考えれば、僕の指の1本や2本、再生するのだから安いものかも知れないし。
何より先輩が本当に必死で、涙目になっているのを見て、断れるはずが無いのだった。
「ほんとに!?食べてもいいの?やった!ありがとう!ありがとうっ!」
弾けるように一転して笑顔になる先輩。可愛いらしくて僕も満更じゃない気分になる。
きっと先輩は、クラスでも人気者だと思う。こんなに表情豊かで、素直で、可愛らしい女の子は、そうはいない。
「じゃあ、ここに座ってくれる?」
先輩がベッドの上を指し示す。僕は指示に従って、ベッドに近寄り腰を下ろす。逆に先輩は、僕の前に膝立ちになって、僕を見上げる。
「先輩が床に膝立ちなのは、悪い気がします」
「こっちの方が、食べやすそうだから。気にしないで。私は与えられる側で貝被くんは与える側だから」
ものは言い様ってやつだ。実際は奪う側と奪われる側なんだよなぁ。
「指、出してくれる?」
先輩が上目遣いで、僕を見上げながらお願いしてくる。なんだかいけないことをしているような気分になるけど、これは先輩が成長するために仕方なくしていることなんだ。他意は無い。
先輩に左手を差し出す。既に痛覚は遮断しているので問題は無い。先輩が僕の手を取る。
「初めてだから、今日は柔らかくしてから食べるね。最初に少し噛んでから、消化液を注入して、少し待ってから食べ始めます」
そういうと先輩は、愛おしむかのように恍惚とした表情を浮かべて、僕の手をその強靭で可愛らしい大顎へと運ぶ。僕に緊張が走る。
「いただきます」
カプ、と音がして、僕の親指に甘噛みする。先輩の口に覆われて、僕の親指が見えなくなる。
本当に、本当に些細な痛みが親指に走る。蚊に刺されたのかと勘違いしてしまうような、次の瞬間には消え去ってしまうような痛み。
そしてそこから、少しずつ親指に何かが流れ込んできているのを感じる。先ほど言っていた消化液だろう。とぷとぷと、流れ込むような音が聞こえる。自分の体の中に、他人の体由来の液体が入ってきているのは、なんだか気持ちが悪い。気持ちが悪いのに、それが年の近い女子で、しかも先輩のような可愛らしい子のものだと思うと、真逆の感情に反転する。
僕は今、食べられている真っ最中だというのに、なんだか不思議と気持ち良くなっていた。
僕の指を溶かすのに、もう少し時間がかかるようだ。待っている間の時間が辛くて、何かやれることを探す。手持ち無沙汰で落ち着かない。
目線が先輩の胸元に行く。膝立ちになったことで、黒くて逞しいデコルテと、セーラー服の間に、隙間が生まれてしまっている。先輩の白い下着がチラリと見えてしまって、罪悪感で僕は目線を逸らす。
目線を逸らした先で、今度は先輩と視線が合ってしまった。気まずい。
気まずいのに、僕は先輩から目を逸らせない。先輩も僕の目をずっと、観察するように見ている。僕の指を咥えたまま。
僕の心臓が、うるさいくらいに鼓動している。
先輩はなおも、僕の指を咥えたまま、僕から目を逸らさない。けれど少ししてから、硬さを確かめるように少しだけ強く、僕の指を噛んだ。
どうやら十分柔らかくなったようだ。先輩が一度、僕から口を離す。よだれやら、消化液やらでびちょびちょになった指が露わになる。さっきまで確かに僕の一部だったはずだし、今でも僕の指であることには変わらない。だというのに、僕はもう指が無くなってしまったような喪失感を感じていた。先輩のものになってしまった。僕はそう感じていた。
「お行儀悪くてごめんね、それじゃあ、改めて、いただきます」
指を咥える。
先端から、少しずつ、弾力を確かめるかのように、嚙り、削っていく。
痛くはない、痒いところを掻いているような感覚だ、振動を感じる。先輩の牙が食い込む度に、痒いところを掻いてくれる。気持ち良い。
先輩の口から、こりこりと、軟骨でも食べているかのような音が響く。その音は僕に、指が無くなってしまったという現実を教えてくれる。
くちゃくちゃ、こりこり、ごくん。くちゃくちゃ、こりこり、ごくん。繰り返される猟奇的なBGMを聴いて、頭がぼーっとしてきた。
気持ちいい、気持ちいいけど、この気持ちよさは絶対に体に良くない。現在進行形で体が失われているのだから当然だが、それとは違った意味で、精神に良くないと思う。快楽に身を落とすというか、何というか、戻って来れなくなる感じがする。
無限に続くような気持ちよさと陶酔感に浸って、僕は夢見心地だ。それなのに、もう時間だ、と急に終わりが告げられる。
「けふっ、……ごちそうさまでした。すごく、良かったよ」
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