第3話 カタツムリはお願いされる

『部室は、西棟3階の突き当たりにあるから』


 マイナネルータさんに教わった場所に僕は向かっていた。


 西棟は全ての部屋が文化系部室になっているようだ。通り過ぎる部屋の扉に、それぞれポスターだったり、ただのA4のコピー用紙だったりするけれど名前が書いてある。『園芸部』、『宇宙カルタ部』、『星間戦争部』。様々な部活動があるんだなあとぼんやり考えながら歩く。やがて廊下の突き当たりまで辿りついた。


『異種族文化部』


 ノートを引き裂いてメモ書きしただけの、全く手の混んでいない雑な表札だ。


 扉を3回ノックする。すぐに反応が返ってくる。


「どうぞー!」


 扉を開けて中に入ると、目に見えるところには誰もいなかった。


 普通の教室の前半分だけ、何も物がない空間。後ろ半分はバリケードのように椅子や机が並べられて、バリケード全体がブルーシートで覆われ、教室の半分あたりで壁ができている。窓際の一部分だけ通路のようになっていて、のれんというか、足元までのカーテンのようなもので仕切られている。まるで子供の作った秘密基地というか、レンタルビデオ店のアダルトコーナーみたいだ。


「奥まで入ってきてー!」


 どうやらマイナネルータさんはあの仕切りの向こうにいるみたいだ。

 仕切りの手前まで向かう。一応、改めて声をかける。なんか他人の部屋に入るみたいで妙に緊張する。


「貝被です。入ります」


「どうぞ」


 カーテンをめくって中に入る。


 その空間の様相は、ちょっとおかしかった。手前には生徒用の机が4つ並べられて、1つの大きなテーブルが作られている。あとは、書類や小物が置かれた書棚が置いてある。それはいい、特に問題ないのだ。この空間のちょっとおかしいところは、一番奥に置かれているあれだ。


 ベッドが置いてある。


 中学校の部活ではベッドが標準装備なのだろうか。


 ベッドの上には、マイナネルータさんが腰掛けている。白いシーツのベッドの上に、真っ黒な綺麗な肌のコントラストが映える。変に緊張してしまう。


「いらっしゃい。ようこそ異文研へ」


「異文研?異文部じゃないんですか」


「3年生が卒業しちゃって、人数が減って私だけになったから、研究会に格下げになったの、合わせて名前も異種族文化部から、異種族文化研究会に変わっちゃった」


 先輩が沈んだ表情でぼやく。


「だから表札も新しいのに変えなきゃないんだ。でもイブンケンの方が、イブンブより語呂がいいからそこは良かったかも」


 先ほどまでと打って変わって、頬を綻ばせて笑う。コロコロと表情が変わって、可愛らしい人だ。


「……ところで、お礼のことなんだけどね」


 先輩がなんだかもじもじしている。


 そういえばお礼をしにここに来たんだった。何がいいだろうか。帰りにお菓子でもご馳走するのが無難だろうか。先輩が好きな食べ物はなんだろう。できれば好きなものを奢ってあげたい。


「はい、それなんですが……」


 何か食べたいものはありますか?と続けようとしたけれど、先輩が割り込んできた。


「お願いがあるの」


 先輩の方から要望があるのなら、それに越したことはない。僕にできることであればいいけれど。


「初めて会った時から、いいなって」


 え?


「あのね私を」


 え?


「私を大人の女にして欲しいのっ!」


 えええええええええええええええええ!?


 どういうこと!?ベッドがあるのってそういうこと!?


 先輩と一緒に僕も今ここで大人になっちゃうの!?


「先輩、僕たちまだ出会ってすぐですし、そういうのはもう少し親交を深めてからというか、女性がそういうことを軽々しく口にしてはいけないというか、とにかく考え直してください!」


 なんだか早口になってしまったけど、良くないよそういうふしだらなのは!僕たちまだ中学生ですよ!


「……?。あっ!ごめん違う!いや違わないんだけどそういう意味じゃなくてねっ!」


 先輩は黒い頬を真っ赤に染めて慌てながら叫ぶように弁解する。


 なんだ、誤解なのか。良かった、先輩は見た目通り清楚で可憐だった。性にふしだらな人じゃなかった。


「君はスラグ星人の血を引いているんじゃないかな?」


「僕はスラグ系日本人ですね。父がスラグ生まれ、母は日本人です」


「やっぱり。私みたいなダマスター星人は、スラグ星人と密接な関わりがあるんだ、知ってる?」


「いえ、僕の家は父が婿入りしていますし、あまり父の実家とも連絡をとっていないので。父からも特にそのような話は聞いたことがないですね」


「えーっと、じゃあまずはダマスター人の体の成長について説明しなきゃだね」


「体の成長ですか」


「うん、ちょっと恥ずかしいんだけどね」


 首の辺りを指で掻きながら、先輩が説明を続ける。先輩が手振りで僕に座るように促したので、ベッドの対面にある椅子を借りた。


「ダマスター人は卵、1齢幼人、2齢幼人、成人の順に変態して、大人になるんだ」


 ああ、先輩はそういうタイプの成長の仕方をするんだね。


 僕は生まれたままの姿で、少しずつ大きくなっていくだけだから、あまり面倒や不便は感じない。体の形がいきなり大きく変わってしまうタイプの人は、大変だろうな。


「私は……まだ1齢幼人なの」


 先輩は頬を染めて恥ずかしそうに身を捩る。ちょっと良くわからない。何がおかしいのだろうか。


「本当だったら、3年は前に2齢幼人になっていなきゃダメなの」


「多種族のことなのでよくわかりませんが、ダメってことはないのでは?」


 差し出口かもしれないが、人の成長なんて個人差があると思う。


「違うんだ、大体15歳までに成人にならないと、えっと、雌は子供が作れなくなるの」


「それは……問題ですね」


 流石にそれはまずいね、個性で済む話では無くなってくる。


「じゃあ僕は、先輩をその、大人にするのとどういう関係があるんですか?」


 なんというか、先輩を大人にするってパワーワードが脳裏にこびりついて離れない。なんとなく口に出すのを躊躇わせる。


「ダマスター人が成長するためには栄養が必要なんだけど、それが地球には少なくて……」


「なんだか、まだるっこしいですね、遠回しに言わなくてもいいですよ。結局僕は先輩に何をすればいいんですか?」


 死にかけていたところを助けてもらったのだ。求められるなら、それなりのお礼はさせてもらう。


「……じゃあ、率直に言うよ」


「どうぞ」


「……食べさせて欲しい」


「……?何をですか?」


「君の体を、食べさせて欲しい」


 黒い頬を真っ赤に染めて先輩が恥ずかしがりながら言う。


「初めて会った時から、いいなって思っていました。君を食べさせてください」








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