第18話 却下
ネフィスのXX個体である『
広い会議室には、長方形に並べられた机と座り心地の良さそうな革張りの肘掛けが付いた椅子が6つあり、その内の5つの席に研究員が座っている。長方形の席の片側には、若い女性職員のラダ=ハンプバークとリンダ=ハイゼルが座り、その対面には強面の中年男性のアラン=アクセルロッドと、フォーミュラの副所長を務める最年長50歳の男性である
そして、そのメンバーの横顔を正面に見据える形で座るのが、白い髪と白い肌、そして紅い瞳が美しい
だが、席はもう1つ、アクセルロッドの左隣が空いている。孤島『
「
顔に深い皺の刻まれた
「これまでネフィスだけを集めて、その生態を観察してきましたが、有用なデータを得る事は出来ませんでした。アーキタイプという不確定要素を加える事で、何か変化が起こる可能性はある。そう判断したのです」
「万が一、実験に支障をきたす事になったらどうするつもりだ?」
「実験への影響が出る前に、シュトライヒ博士に命じて即時、アーキタイプを処分します」
「それならば良い。頼むから、邪魔だけはするなよ、小娘」
傲慢不遜な態度で
ただ、
「相変わらず怖いわね〜、副所長のくせに、誰に口利いてるのかしら?」
「貴様こそ、どの立場でこの私に口を利いてる?」
「あら、ごめんなさい。副所長様。はい、あたしは謝ったので、ちゃんと所長に謝ってください?」
「貴様などいなくとも、研究に支障はないのだぞ? ラダ。あまり舐めた口を利くのなら、貴様を実験の材料にするぞ」
「きも〜、あたしの身体弄るって事?? アーキタイプのあたしが何の実験材料になるというのかしら?」
リンダとアクセルロッドは、ラダと
「やめなさい、2人共。言い争いを続けるのなら、会議は中止します」
2人の口論を見かねた
「始めてくれ」
ラダは不貞腐れ、頬杖をつく。
「時間が勿体ないので、早速本題です。まず、
依桜が部屋の明かりを遠隔操作で落とすと、指名されたラダは、自身のノートパソコンを操作し、依桜の正面のスクリーンに被検体の情報が投影した。
「はーい。先程も少し話があった通り、一昨日
「『澄川カンナ……。22歳。エクセルヒュームか。……体内の氣を操り、索敵や攻撃に利用可能。
「興味深い個体だが、XX個体はもはや飽和状態。これでは新たな変化など期待できんだろ。現在の
「はい、これが
「相変わらず、比率が偏ったままだな。パイドパイパー外のXYX個体は、
「はい。仰る通りです」
「エクセルヒュームの優秀な個体だが、まだ
「
「ともかく、状況は依然変わらず、被検体の死傷者はなし。新たな繁殖もなしか」
「ええ。被検体は2班に別れ、相変わらず脱出用のクルーザーの燃料や食料を探し、島の探索を続けてますね」
ラダの報告を聴き、つまらなそうな表情で
すると、
「アーキタイプはパイドパイパーに受け入れられたのか? ネフィスは自分より劣等なアーキタイプを見下す習性があるはずだろ」
その質問には眉間に皺を寄せたリンダが眼鏡をクイッと上げて答える。
「アクセルロッド博士、全ネフィスがそういう思考とは限りません。
「だが、一般論だ」
すると、リンダとアクセルロッドの口論を、
「ハイゼル博士。大丈夫です。会議の場では、私への気遣いは不要。ありがとう。アーキタイプがパイドパイパーに受け入れられているのかどうか、報告を続けてください」
「結論を申し上げますと、アーキタイプはパイドパイパーのネフィスに受け入れられています。すでに数体のXX個体とは仲が良さそうだとの報告が上がっています」
「という事は、もしかしたら、アーキタイプくんとネフィスちゃんのどれかが行為に及ぶ可能性は高いよね。たとえアーキタイプくんが紳士で手を出さなくても、ネフィスちゃん達は我慢できないんじゃないかな? 妊娠の可能性がない異性なんて、最高の
軽い感じでラダが言うと、リンダは下劣な者でも見るかのような目で睨みつける。
「確かにそれは可能性は高いが、被検体の性欲を無意味に発散させてしまうとなると、実験には悪影響だな」
腕を組みふんぞり返っていたアクセルロッドが言った。
「もう2年近く観察してるのに、ネフィス達は自己処理ばかりで、子作りをしないじゃないですか? アーキタイプが1人性処理要因として入っても、繁殖実験には影響ないですよ、アクセルロッド博士」
ラダが答えると、今度は
「強い繁殖本能を持っているにも関わらず、自然下での繁殖はなし。ネフィスは完全に性欲を制御できるという事だ。このままでは、莫大な資金を投入したというのに何の成果も得られない。ならば、別のアプローチとして遺伝子の突然変異誘発実験の方を進めるしかないな」
「と言うと?」
「『
『
ラダとリンダはその名称が議題に上がると、待ってましたと言わんばかりに襟を正す。
「どういう計画?」
「
「うわぁ……残酷な実験だこと……それを
「簡単な事だ、ハンプバーク博士。
「あら、てことは、
「幾日もせぬ内に死ぬ個体が、どのような刺激で延命するか分からぬだろう。それを突き止めるのが我々の仕事だ」
平然と話す
「
アクセルロッドは手元のノートパソコンを操作し、スクリーンに詳細を投影すると、計画の説明を始めた。
「被検体への恐怖と絶望の与え方だが、方法はパイドパイパーへの襲撃。無駄に多いXX個体を数人、他の被検体の前で惨殺する。個体同士の関係性を考慮し、どの個体を殺害すれば効率よく絶望を与えられるかは検討してもいいかもしれない」
「殺しちゃうんだ……せっかく苦労して集めたのに」
「ここまで何の成果も得られていない以上、そうせざるを得ないだろう」
冷酷にも
「殺戮には、我々が開発した生物兵器である『アダム』と『イブ』を使う。この2体は、寿命の近いネフィスを様々な薬物で強制的に延命したものだ」
「え? 薬物で延命ができたの? それ絶対ヤバい薬でしょ?」
「まあな。通常、人に使うものではない。延命だけを目的にしているから、被検体への他の負担は考慮していない。ただし、薬物を与え続けるだけで半永久的に生きながらえる事が可能となった。戦闘能力も高いまま維持する事に成功している。この2体ならば、パイドパイパーのネフィスを殺害する事は可能だろう」
「待って、絶対リスクあるよね? そんな薬漬けの化け物」
「外見はおよそ人ではなく、凶暴性が増し、言葉を理解できず、理性はない。ただ目の前の動くものへの破壊衝動のみで行動する本物の化け物。故に、対象を選別して殺すように命じる事はできない。そうですよね? アクセルロッド博士」
「その通りです……
「それが事実ならば、貴方々が構想している計画は実現できないですね。アダムとイブをパイドパイパーに解き放ち、特定の個体のみを狙って殺害させる事など到底不可能。むしろ、被検体が全滅する可能性の方が高いです。そのようなリスクの高い計画を認めるわけにはいきません」
すると、
「この計画を否定するならば、他にいいアイディアがあるのでしょうか?
「絶望と恐怖を与えるというコンセプトは悪くありませんが、アダムとイブを使うのは時期尚早でしょう。全ての被検体が死ねば、実験そのものが出来なくなりますからね」
「では、アダムとイブ以外を使って被検体を殺すと?」
「犠牲は最小限に。それに、何事にも“段階”というものがあります。
「
「あくまでも、私たちの目的はネフィスの寿命をアーキタイプと同等まで延ばす事。それを忘れないでください」
ABYSSの箱庭~新人類ネフィス達はその遺伝子強化された頭脳と戦闘能力を駆使し、絶望の島からの脱出を目指す~ あくがりたる @akugaritaru
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