ある程度の願いが叶う砂時計

惣山沙樹

ある程度の願いが叶う砂時計

 僕の兄は酔っ払った変なテンションで変な物を買ってくることが多いのだが、今回は砂時計だった。


「見てくれしゅん! めちゃくちゃ綺麗じゃね?」

「ああ、うん……そうだね……」


 別に見た目は平凡だ。よくある感じのガラスの本体。水色の砂。グーグル検索すればトップに出てきそうなくらいごく普通である。


「で、いくらしたの」

「五万円」

「五万円!?」


 確かに兄はお金には余裕があるが、たかが砂時計で五万円。兄は言った。


「これ、ただの砂時計じゃないんだってば。三分間、砂が落ちきるまで願い事をし続けたら、ある程度なら叶うんだって売ってた婆さんが言ってた」

「ある程度って何?」


 アホらしいが兄のアホはいつものことなので、今回も付き合ってやることにした。


「よーしやるぞ。ある程度だからな。あんまり大きい願い事はやめとこう。靴ずれが治りますように……靴ずれが治りますように……」

「あっこの前買った革靴?」

「そうだよ見事に靴ずれしたよ。治りますように……」


 僕は兄の足を確認した。かかとの部分が赤くなっていた。


「地味に痛そうだね」

「治りますように……治りますように……」


 三分間というのはけっこう長い。僕は途中で飽きたのでスマホでパズルゲームを始めた。


「うぉぉぉ! 治ったぁ!」

「えっ?」


 兄のかかとを見ると、確かに綺麗になっていた。


「瞬! これ本物だぞ! 瞬もやってみろ!」

「うーんどうしよう。ある程度だよね。ある程度の範囲が全然わかんないよ」

「靴ずれと同レベルならいけるぞ」

「もうちょっと上を試そうか。むちむちEカップの水着のおねえさんが膝枕してくれますように」


 僕は砂時計を傾けてイメージした。むちむちEカップの水着のおねえさんを。水着の色は砂時計と同じ水色にして、色白黒髪ポニーテールの設定で三分間お願いし続けた。


「……ダメかぁ。Fはやりすぎかと思ったからEにしたんだけど」

「Dならいけるんじゃね?」

「よし!」


 今度はDにしてみたがおねえさんは現れてくれなかった。C以下にするのは嫌だったのでおねえさんは断念した。


「瞬、人間出すの自体が無理なんじゃないか?」

「動物にしてみようか。兄さん何がいい?」

「猫」

「猫かぁ。兄さんやってみて」

「猫……茶トラ……メス……」


 猫もダメだった。


「兄さん、生き物全般がダメなんじゃないかな」

「死人はどうだ。母さん出てきてくれるかな」

「こわいからやめて」


 もう深夜になっていたが、僕と兄は「ある程度」のラインを探るために色々やってみた。

 結果、お風呂のタイルの黒ずみが消え、電池の切れた兄の腕時計が動き、なくしていたリモコンのフタが見つかった。


「すげぇな瞬! すげぇ! すげぇ!」

「僕たちとんでもない物手に入れちゃったね!」


 飛び上がって喜んだのだが、それがいけなかった。


「あっ」


 兄の手が砂時計にあたり、テーブルから落ちて割れてしまった。


「ああー!」


 ガラスの中から水色の砂が飛び散り、もうどうにも直りそうにない。


「もう! 兄さんのせいでしょ! せっかくある程度の願いが叶うようになったのに!」

「俺のせいにすんなよ! ある程度の願いなんて別に叶わなくてもよかったんだから要らねぇよこんなもの!」

「僕、壁紙の押しピンの跡がなくなるかどうか試したかったのに!」

「しょうもねぇ! あーしょうもねぇ!」

「兄さんのバカー!」


 バカと言ってしまったのが悪かったのか右ストレートをまともに受けた。

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ある程度の願いが叶う砂時計 惣山沙樹 @saki-souyama

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