第11話

 背後で足音と怒声が聞こえきた。小竜が去ったことで外に出てきた人達だろう。カイルのしでかしたことを責め立てているようだ。リーズにも声をかけてくる人もいたが、答える余裕などなかった。


 街の護衛官が駆けつけてきて、カイルがつれていかれる。まだ何か訴えているがどうでもいい。どうせ、腹の立つようなことだろう。それにカイルは貴族だ。捕まったところで、たいした罪にも問われることなく放免されるに違いない。


 なんでカイルが生き延びて、ジルが死んでしまったのか。リーズが余計なことをしなければ、例えばそう、せめて店の地下にさっさと逃げて閉じこもっていたら。


「私の、せい」


 真っ暗な谷底に落ちていくような、気持ち悪い感覚が満ちていく。

 顔を両手で覆い、うずくまる。


 どれほどそうしていただろうか。


「嬢ちゃん、大丈夫か」

「え、えぇ」


 さすがにずっとここに座り込んでいるわけにもいかないかと、顔を上げる。声をかけてきたのは護衛官だった。眉を寄せて、難しそうな顔をしている。


「お嬢ちゃん。さっきまで青年が倒れていたと思うんだが、どこに行っちまったのか分かるかい? あの傷で動けるとは思えないのだが」


 その言葉にジルの方へ視線を戻す。すると、ジルの姿が消えているではないか。服だけを残して。


 もしかして、という希望の火が心に灯る。

 リーズは飛びかからんばかりの勢いで、ジルの服をつかむ。けれど、服の中はもぬけの殻。何もなかった。ただ、大量の血で汚れた服があるだけ。


「どうしたことだ。撃たれた奴がいないんじゃ、あの貴族を捕縛できないぞ」


 護衛官が困ったように腕組みをして考え込んでしまった。


「被害者が存在しない、つまり加害された事実も存在しないことになるのですか」

「相手は貴族だからな。明確な証拠がなきゃ逃げられちまうよ」


 護衛官は小竜が飛び去った風圧で転がっちまったかななど言って、捜索すると告げて去って行った。


 もし風圧が原因ならばリーズだって飛ばされているはず。いったい、ジルはどこに? 生きているからこそいなくなったのか、それとも特異体質の影響で消え去ってしまったのか。


「私ってジルのこと、何にも知らなかったんだ」


 ずっと文通していたのに、特異体質のことは教えてくれなかった。そりゃ、魔法薬の副作用と言っていたから、心配を掛けまいと思って黙っていたのかもしれないけれど。


 不意にスカートの裾が揺れた気がした。だが、後ろを振り返っても誰も居ない。


「あれ? 風で何かが当たっただけかな」


 首を捻りながら、姿勢を戻しジルの服を眺める。


「……ぃじゅ、りいじゅ」


 何か聞こえた。

 小さい声で、どこか舌っ足らず。必死さも感じるその声は、下から聞こえている。

 まさか。

 足下を見ると、リーズが着ていたマントの塊がうごうごと動いていた。


「ジルなの?」


 半信半疑ながらも、うごめくマントはジルの傷を押さえるために使ったものだった。


 塊ごと抱え上げ、バナナの皮をむくかのごとくマントをめくっていくと、そこにはふくふくとしたほっぺの天使のような赤ん坊。まだ一歳にも満たなさそうな乳児だが、すでに顔つきは驚くほど整って可愛らしい。これがジルでなくて誰なのだ。ジル以上に美しい赤ん坊などいるはずがない。


「ジルなのね」


 今度は確信を持って声をかける。

 赤ん坊なだけに言葉では返ってこないだろうが、何かしらの反応があるはず。そう思って赤ん坊を見つめる。


「そお、われはじるだぞ」


 舌っ足らずのくせに、妙にはっきりとしゃべった。


 とりあえず早く隠さなくては。この赤ん坊がジルだと誰も信じないだろうし、親が見つからない孤児扱いされてしまうだろう。こんな美しい赤ん坊なら引き取りたいという人が山ほど出てくるに決まっている。

 そう思い、リーズはマントごと抱えて、物陰へと移動した。


「良かった、生きてた」


 ジルが無事だったことに感動しつつも、赤ん坊がしゃべるのは少々怖い。ジルだと知らなければホラー案件だ。


「しぬとあかごまでもどるからいやなんだ」

「えっ、死んだの?」

「しんだぞ。われはふしだからな」


 ふしだから……不死だから、か。


 なにそれ、初耳すぎるし、そんな凄いこと本当にあるのだろうか。

 でも、生きているならもう何でも良い。


「よく分からないけど、私、頑張って育てるから!」


 ジルが体を張ってくれたから、小竜はあれ以上暴れることなく去ってくれた。ジルがリーズを助けてくれたのだ。だから、今度はその恩を返そう、そう思う。


「かんしゃする。はやくおおきくなって、りいずとらぶらぶこいびとせいかつをまんきつするんだ。こんなちいさくてはりいずとこいびとどうしのあれもれもできないからな」


 なんだろう、文章が長すぎてうまく聞き取れなかった。けれど、どうも幼子が言うとは思えないことを言っていたような気がする。


「ごめん、もう一回言ってくれる?」

「りいず、あたまをなでてくれ」


 どう考えても違う文言だ。だが、まぁいいかと諦め、リーズは腕の中の赤ん坊を抱え直す。そして、壊れないようにそっと頭を撫でた。すると、ジルは嬉しそうに目を細め、リーズにすり寄ってくる。


「うむ、これはこれでわるくない」

「ジルは甘えん坊ね」

「りいずにだけだ。ほらもっとぎゅっとしろ」

「はいはい。仰せのままに」


 軽口を叩きながら、リーズはジルを潰さないように抱きしめる。本当は生きていてくれたことが信じられなくて、体が震えているのだ。抱きしめた腕から、頭を撫でた手から、ジルにはきっと知られているだろう。だけれど、ジルがそれを指摘することはない。それが心地よかった。



 翌朝、リーズのベッドで起きたジルは三歳くらいの幼児に成長していた。


「え、育つの早くない?」


 ジルが大人になるまで育児をしていくつもりだったので、肩すかしをくらった気分だ。


「われがまえに怪我をしたときは、すこしたてば戻っただろう?」

「言われてみれば」


 そんな会話をして一週間、ジルの幼少姿、少年姿があっという間に過ぎていき、もう元の青年姿になってしまった。


「あーあ、もう少し可愛いジルを見ていたかったのに」

「リーズは、我の子ども姿を好きすぎるぞ」


 いじけモードに入ったのか、ジルは店の隅に座り込んでしまった。


 青年姿のジルは麗しすぎて、直視するのには適さないのだ。だが、ふてくされているジルは、大人でも可愛いなと思う。でも、それを言ったら調子に乗りそうなので、リーズは沈黙を選ぶのだった。




(了)



**********


中編コンテスト参加作のため、ジルの不死が分かったこの部分で一度完結とします。

ジルが何故不死になったのか、どうしてリーズを溺愛しているのか。

生きる時間が違う二人がどう向き合っていくのか。

はたまたリーズに構ってもらえるならプライドなどドブに捨てて甘える男ジル、彼の残念なイケメンぶりを今後の展開で紡いでいく予定です。

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幼馴染が美少女ではなく美青年に育っていたうえ溺愛してくるんですが?! 青によし @inaho

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