4月11日(水) 後編 係決め
一時間目の終わりのチャイムが鳴る時には、クラス全員の委員会が決まっていた。
そして結局、楓の相方は光太郎になってしまった。
ほとんど会話を交わしたことのない人と上手くやっていけるかどうか楓は心配だった。
もし委員会をサボったりされたらどうしよう。
それで、私一人で頑張ることになったらどうしよう。
答えの無い不安が楓の周りを回る。
そして次の時間も学活。
今度はクラスの係決めだった。
先生が前の時間に係を黒板に書いてくれたので、皆はこの休み時間の間にどの係にするか話し合っているようだった。
しかし楓は今年のクラスに仲の良い友達がいないので、一人でどの係にしようか考えていた。
遊び係、クイズ係、配り物係、先生お手伝い係、日めくり係、そして楠田さんたっての希望でお笑い係。
一つの係りにつき五人。
遊び係は月に一回ほど鬼ごっこやドッジボールなどの遊びを企画し、クラスの皆で昼休みを過ごす。
クイズ係は週に一回、放課後にクイズを黒板に書き、次の日の朝の会までに皆に答えを考えてもらう。
配り物係はその名の通り、ノートや連絡帳を先生がチェックした後、配り物係が持ち主の席に返却する。
先生お手伝い係について、楓はよく分からなかった。
あと一つの係が決まらず、先生が急遽入れたものだそう。
配り物係と何が違うのだろうか。
日めくり係は日めくりを作成し、毎日朝の会でめくるのだ。
修学旅行や音楽会など、様々な行事がある六年生だからこその作り甲斐がありそうだ。
そして楠田さん曰く、お笑い係は朝の会や休み時間に漫才を披露するのだそう。
お笑い好きでムードメーカーな楠田さんらしい提案だった。
楓は先生お手伝い係でもいいが、何をするかはっきり分かる配り物係の方がいいかなと思った。
楓は黒板消しや配り物、掃除といったの細々とした作業が大好きだった。
楓が立候補する係を決めた所で壁に掛かってある時計を見る。
時間はまだあるみたいだ。
それならばトイレにでも行こうか思っていると、二人の生徒が楓に声をかけた。
一人は身長が高くて、髪も短く服装も男の子のように動きやすい格好だった。
もう一人は肩につくくらいポニーテールの髪型でサスペンダースカートを着ていて、平均ほどの身長に思えた。
彼女のタレ目が優しそうな印象を楓に与えた。
二人の顔は見たことあるけど、楓は名前が分からなかった。
「ねえ、係ってもう決めた?」
最初に口を開いたのはポニーテールの子だった。
目と同じように声も優しく、鈴を転がすような声で楓に安心感を与えた。
「く、配り物係にしようかなって、一応考えています。」
何故自分に話しかけてくれたのか分からないまま楓は応える。
どういう目的なのだろうか。
「あ、ほんと!私たちも配り物やろうかなって考えてたの。良かったら一緒にやらない?」
「っていうか友達になろ。」
「も、勿論!」
ポニーテールの子が一緒に係をやろうと、背の高い子が友達になろうと誘ってくれた。
楓は誘ってくれたことが嬉しくて、考えるよりも先に返事をした。
「私、
「うちは
ポニーテールの子が中川さん、背が高い子が名倉さん。
楓は名前を覚えようと頭の中で復唱した。
「えっと、花山楓です。よろしくお願いします。」
良かった。
楓はなんだか肩の荷が少しばかり降りたように感じた。
同じクラスの友達ができたのだ。
一時間目の終わりを告げるチャイムの音を聞いて、幸智はさっきまでの眠気が吹き飛んだ。
自分の委員会が早めに決まり、それ以降はずっとうとうとしてしまっていた。
欠伸を一つし、前の席の一花の肩を指でちょいちょいと突く。
「黒板に書いてある係って二時間目に決めるやつ?」
「そうそう。先生の話聞いてた?」
「いや、夢と現実の間だった。」
幸智の言い回しに一花は何それ、と笑う。
「ねえ、幸智!幸智!こっち来て」
美心が元気よく幸智を呼ぶ。
「何?」
「いいから!あれだよ、あれ!」
「あれ?」
幸智の右手が美心に掴まれ、そのまま窓際の一番後ろの隅っこに連れて行かれる。
その後ろを一花が付いていく。
一花の表情は冷静で、どんな話をするのか分かっているようだった。
清香と笑美も来て、教室の隅にいつもの五人が集まった。
「皆には言ったんだけど、幸智は今日遅れてきたでしょ?だからまだ言ってなくて。一昨日メッセージ送ったでしょ?」
「ああ。あれね」
一昨日のメッセージというのは、美心が島野と一昨日一緒に帰ることができたという報告だった。
あの時は只の報告だったが、態々私に言うってことは……
幸智は察した。
「なになに?なんか進展あった感じ?」
幸智は恋バナが聞けるのが嬉しくなって、テンションが上がったのを自分でも感じていた。
顔が自然と緩んでしまう。
「そうなの!火曜と木曜なら一緒に帰れるって!」
美心はとびっきりの笑顔を幸智に見せた。
恥ずかしさなのか嬉しさなのか分からないが、美心の頬は桃色になっていて、少女漫画のヒロインのようだった。
「え!?やばいじゃん!!おめでとう!」
美心の言葉を理解した瞬間、幸智は自分でもビックリするくらいの大きな声が出た。
しばらくの間、クラスメイトの視線を幸智たちは集めた。
幸智は美心と手を繋ぎ、嬉しさのあまり何回も大きくジャンプした。
すごい進歩だ!
一昨年くらいまではほとんど話さないくらいの距離感だったのに、今年からは週二で必ず話せるなんて!
幸智は嬉しさと同時にここまで積極的に動ける美心を心から尊敬した。
マジですごい。
私なんて与田くんが好きなこと、まだ亜紀にしか話していない。
というか、話せなかった。
誰かがバラしたらどうしようとか、アタックして与田くんに嫌われちゃったらどうしようとか。
考え出したらきりが無い。
けれども美心はそんなことも恐れず何度も島野に話しかけていた。
いつか私も美心みたいになれたらいいなと幸智は思った。
「まあ、美心の報告もそれまでにして、係休み時間のうちに決めないと。」
「そうだった!一花ナイス!」
上機嫌の美心が親指を立てて一花に見せる。
「えー、なんかどれもイマイチ。やっぱ遊び係じゃない?」
幸智は黒板に書かれている文字を凝視しながら話す。
「一ヶ月に一回、皆を休み時間に誘えば良いだけだもんね。」
清香は幸智の意見に賛成なようだった。
「確かに配り物係とかって毎日あるよね。人数も五人だしちょうどいいね。」
「どうせ内容もケイドロとかドッジでいいでしょ。」
去年も遊び係だった美心と一花も同意見だ。
五人全員が遊び係にして決まりかと思ったが、ここで笑美が口を開く。
「あのー……申し訳ないんですが。」
一斉に笑美に顔を向ける。
「私、お笑い係がやりたいです。ほんっとに申し訳ないです!」
笑美は頭を下げたと同時に手を皆の前で叩いて、謝った。
「笑美ちゃん、お笑い好きだもんね。」
笑美と以前から友達の清香は納得する。
「え、そうなの!?美心もお笑い芸人結構知ってるよ。」
「ほんとですか!」
「うん!美心テレビめっちゃ見るもん。」
美心の一言に笑美は顔を上げ、目を輝かせる。
清香も二人の話題に乗っかり、三人でお笑い芸人の話をし始めてしまった。
「じゃあ、四人になるかな。」
幸智は盛り上がってる笑美、美心、清香を見ながらそう呟く。
「……空気読めな。」
ボソッと一花言った。
三人は話に夢中になって一花の言葉を聞いたのは幸智だけだった。
幸智さっきまで跳ねていた感情がピタっと地面に着いて、動かなくなってしまったような思いになった。
けれども幸智は一花がこんな風に言ってしまうのもちょっと分ってしまう。
一つの係につき五人で、英美がいなくなれば仲良しグループが恐らく崩れてしまうだろう。
チラッと廊下側の席に目をやる。
さっきの時間で学級委員になった楓が目に入る。
真面目で大人しそうな人だから、彼女がもしかしたら余って、遊び係に加わるかもしれないと思ったが、どうやら友達がいたようだ。
渚ちゃんと晶ちゃんか。
……なんか意外。
「はあ……私トイレ行ってくる。」
ため息を付いた後に一花が言った。
「あ、私も行く。」
すかさず幸智も一花についていく。
「ちょっとトイレ行ってくるね!」
一花が早足でトイレに向かうので、幸智の足も速くなる。
幸智は他の三人に聞こえるように大きめの声で言う。
三人の返事が返ってくる頃にはもう廊下に出る手前だった。
思ったよりも一花、不機嫌だ。
後ろを振り返ることの無い一花の後ろを幸智はついていく。
一花は自分の思い通りにいかないと不機嫌になる時がある。
まあ、基本的に時間が経てばそれは直るが、このまま仲間割れになったらどうしようかと幸智は少し不安に思った。
トイレから戻ると今度は岡田、高松、そして与田の男子三人が美心たちのグループに加わって話していた。
「何話してるの?」
幸智はさらっとその輪に入る。
「おー小林。先生手伝い係って何させられると思う?」
「え、荷物持ちとかじゃない?」
「先生の?」
「そう。」
幸智の答えに不満そうな顔をする竜宇。
「こき使われるってこと。」
「先生次第じゃん。」
「あのババア厳しそうなんだよな。」
高松が話に入ってきた。
幸智は高松と同じ体育委員になったが、いまいち彼の性格を掴めていなかった。
そして幸智は先程の高松のセリフに少し冷や汗をかいた。
幸智たちは教室の一番後ろで話しているため、恐らく先生には聞こえてないだろうが。
怒られるなら、どうか私は巻き込まないでくれと思った。
「聞いてくればいいじゃん。あっちにいるし。」
そう言って幸智は教卓の隣、先生用の椅子に座って、なにやら作業している森先生を指さした。
「えー、まあ行くか。こうたろー行くぞ。」
「おう。」
え、と幸智は心の中で思った。
岡田との話も区切りがついて与田くんと話せると思ったのに……
高松も二人の後を追っていった。
こうして、再びいつもの女子五人グループに戻ってしまった。
「岡田、美心たちが遊び係にするって言ったら、係変えてくれたんだよ。」
美心がこそっとトイレに行っていた幸智と一花に教えてくれた。
「あいつも良いところあるじゃん。」
「へー。」
一花はまだ不機嫌なようで雑な返事しか返さなかった。
「ね。ビックリしちゃった。思ったよりも優しかった。」
一方、清香がいつものふわっとした優しい笑顔で、幸智に言った。
「友達には優しいんだよね、岡田って。」
「あ、帰って来ましたよ。」
「おかえりー。どうだった?」
もうすぐチャイムが鳴るため、岡田が小走りでこっちに戻ってきた。
幸智はさっそく結果を聞く。
「そんなこき使うつもりは無いってさ。」
「なんか……やること少なそうな感じではあった。」
光太郎も先生お手伝い係で良さそうな感じだった。
「あ、そうなんだ。いいじゃん。それにしなよ。」
「小林、他人事だからって適当過ぎだろ。」
「え、そうかな。」
「そうだって。」
「でも、わざわざ係変えてくれてんだってね、さんきゅー。」
幸智は三人にお礼を言った。
「どういたしまして。」
ちゃんと返してくれたのは高松だけだった。
幸智は話の区切りがついたと思い、光太郎の方へ体を向けて、話しかける。
「あと一人、遊び係空いてるよ。与田くん入る?」
「ぜってぇやだ。」
光太郎は表情を動かさず、冷静な顔で答えた。
「えー。」
幸智はすこし残念だと思いながらも、二人だけで話せて、ちょっぴり嬉しかった。
こうやって目を見て話すことで、与田くんのかっこいい顔を見れる。
それが幸智にとっての毎日のちょっとした幸せだ。
すると、チャイムが鳴り始めた。
幸智を含め、各々が自分の席へ向かっていく。
そうだ、先生に遊び係を四人にできないか相談しよう。
幸智はふと思いついたのだった。
とりあえず前の席の一花には伝えようと思い、彼女の肩を軽く叩いた。
思春花 @pqppqpq
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