4月11日(水) 前編 委員会ぎめ

連日の快晴とは違って少し曇り気味の空。

その空の下を幸智は最高学年として、登校班の班長として、他学年からは冷静に列の一番前を歩いていたように見えた。

しかし、実際はその真反対で心臓がいつもより早く鳴っているのを幸智は感じていた。

緊張で出てきた汗をまだ冬を纏った風が冷やしてくれた。

幸智が今日こうなっているのは、学活の授業があるからだ。

それの意味するところは委員会と係決めをするということなのである。

元々幸智が与田光太郎のことを好きになったきっかけも委員会で、できることなら今年も同じ委員会になりたいのだ。

かっこいい同級生がいることは知っていたが、去年初めて体育委員の集まりで関わった。

顔が格好良くて運動神経がいいだけでなく、気遣いがすごく、そんな所に幸智は惹かれていた。

髪をミディアムまで切ったときにも他の男子と違ってさり気なく褒めてくれた。

友達に言われるより何億倍も嬉しかったのを幸智は覚えている。

けれども今年は去年とクラスメイトが違うので、誰か体育委員被ってしまう可能性があるのだ。

一緒に委員会活動できるかどうかの緊張で幸智は高揚していたのだった。

何なら今年は係も一緒がいいなあ。

「幸智ちゃーん。」

同じ登校班の五年生の琴奈が声をかける。

琴奈は副班長で列の一番後ろにいるので、大きな声で幸智を呼んだ。

「なにー?」

振り返って後ろの列を見る。

「海ちゃんが疲れちゃったみたい。」

幸智は目線をほぼ対等な琴奈から下に向ける。

幸智のすぐ後ろにいる一年生がしゃがんでしまったいるのが目に入る。

幸智よりもずっと低い身長だったので気が付かなかった。

どうしようかと幸智は思った。

一年生だからまだ三十分ほどかかる道のりに慣れていないのだろう。

新しい荷物たちに長い道のり。

最初は疲れてしまうものだ。

海の大きくてまだまだ綺麗なピンク色のランドセルが黒いアスファルトを隠していた。

仕方ないと思って、幸智は海と同じようにしゃがむ。

「海ちゃん、私がランドセル持つから一緒に学校行こ?」

まだ幼稚園児で幼い弟を思い出しながら声をかける。

けれでも、海は動こうとしない。

何がだめなのか幸智には全く分からないし、これ以上何をすれば良いのか見当もつかない。

同じ登校班の皆が困っている。

このまま止まってしまえば遅刻してしまう。

どうすればいいものか……

「あれっ、幸智?」

途方に暮れてると道路を挟んで向かい側から声が聞こえてくる。

「亜紀!」

幸智は泣きそうな声で幼馴染で親友の亜紀(あき)を呼んだ。

親同士の仲が良く、保育園からの仲で近所に住んでいた。

しかし、登校班では一緒になれなかったのだ。

亜紀は朝早く起きることが苦手で、遅刻の常習犯。今日も登校班に置いていかれたようだった。

横断歩道を渡り、小走りで列の先頭の幸智に近づく。

「1年生が疲れちゃったみたい。」

「あ、ほんとだ。」

「どうすればいいと思う?」

「えー、この子なんて言うの?」

「海ちゃんだよ。」

「海ちゃん、歩くの疲れちゃった?」

「……うん。」

今ままで一言も返さなかった海が地面に顔を向けたまま返事をする。

もしかしたら亜紀が優しく、聴き心地の良い柔らかい声を持っていたらかもしれないと幸智は思った。

「そっか、じゃあ私がおんぶするから一緒に学校行こ?」

「じゃあ、私が荷物を持つよ。海ちゃん、ランドセルと手提げ貰うよ。」

幸智はそっと肩にかけてあるピンク色のランドセルを海の肩から引き離した。

そう言って亜紀はしゃがみ背中を海に見せる。

海はゆっくりとした足取りで亜紀の背中に乗る。

幸智を含め登校班の皆がホッとした。

そのまま亜紀と登校班は学校に向かってゆっくりと進み始めた。


幸智が六年四組の教室に辿り着いたのはチャイムが鳴る五分前だった。

さっきまで窓際で話していた幸智の友達である美心、一花、清香、英美が一気にドアの前で息を切らしている幸智の元へ行く。

「おはよう幸智!ぎりぎりだね〜。」

「幸智ちゃん大丈夫?」

「何があったのよ。」

「幸智さん、深呼吸しましょう!」

幸智は自分の席に向いながら事情を説明する。

「いや、一年生が途中で疲れちゃってさ、亜紀がその子をおんぶして、私がランドセルと手提げをもってって……」

幸智は時折大きく空気を吸っては吐く。

「そっか今日から一年生がいるのか。」

「え、美心ちゃんいなかったの?」

「うん、ってことは美心のところ今年は一年生無しか〜」

「それで幸智は遅れたの?」

一花が幸智の前の自分の席に座って話を戻す。

「それもあるけど、一年生を教室まで送り届けたら今度は学校嫌だ、帰りたいってごね始めて……なんとか教室に入ってくれたら、私が今度は遅れると思って階段ダッシュして……」

幸智は水筒のお茶を飲んで話し続けた。

春とはいえどまだ涼しいので、水筒のお茶は温くて、幸智は物足りなさを感じた。

「それは大変でしたね。」

「良く四階まで一気に走れるね。」

「そりゃ、ポートやってるからね。」

英美は大変な思いをした幸智に同情し、一花は幸智の身体能力に驚く。

話に区切りがついたところで、タイミング良くチャイムが鳴る。

幸智は大急ぎでランドセルから連絡帳を出して開き、黒板にある明日の時間割と宿題を書き始めた。


一時間目は幸智の予想通り、学活という名の委員会決めだった。

先生からの説明も終わり、それぞれが委員会に立候補する時間がやってきた。

なりたい委員会名の下に生徒たちは自分のネームプレートを黒板に貼る。

ネームプレートの後ろには磁石がついて、カチッと

いう音がそこらかしこから聞こえてきた。

そして、この学校では全員何かしらの委員会になる必要があるのため、自分はこれにするだの、ネームプレートを忘れただの様々な会話がいつも以上に教室を賑やかにしていた。

その中で静かに、一人で座って緊張している生徒がいた。

ああ、どうしようか。

毎年同じことなのに緊張してしまう自分が嫌になる。

花山楓(はなやま かえで)は震えながら自分のネームプレートを掴んで待機していた。

楓は委員会活動が始まったときからずっと学級委員に立候補している。

なぜそうなったのか最初の経緯をよく覚えていないが、ここまで続けらたのだから今年も学級委員になりたいと思っていた。

けれでも皆の前に立つのは何年経ってもどきどきしてしまうし、もし他に立候補する人がいたらどうしようかと考えていた。

できる事なら争わずに、平和的に自分の委員会が決まればいいいいなと思う。

いつもだったら自分の背中を押してくれる友達がいるのに、今年は仲の良い人が一人もいなく、その事実が更に楓の自信を奪っていた。

とりあえず、今はクラスメイトが黒板にネームプレートを貼り終えるまで待っていた。

しばらく立って黒板を見るために顔を上げる。

ああ、良かったまだ誰も学級委員に立候補していない。

胸を撫で下ろした楓はゆっくりと席を立ち、黒板の前まで行く。

「楓ちゃんは今年も学級委員?」

楓は声のした右後ろにすぐさま顔を向けた。

「うん、そのつもり。」

「真面目だね。」

「そ、そんなことないよ。」

ここで会話は終わったが、楓の中での緊張は加速した。

ビックリした……

話しかけてくれた子は幼稚園が同じだった結子(ゆいこ)だ。

けれでもクラスがなかなか同じにならなくて少し疎遠になっていた。

結子は楓が去年、学級委員だったのを知っているようだった。

彼女の親は病院を経営していて、そのせいか結子自身も頭が良く、バレエも習っている文武両道な生徒。

楓の尊敬する同級生であった。

話しかけてくれた嬉しさで顔が熱くなるのを感じた。

不安以外の理由でドキドキしてしまった。

楓は黒板の前まで立ち、そっとネームプレートを黒板に貼り付ける。

ネームプレートの裏の磁石が黒板にパチっと音を立てた。

なんとかなったと楓は席に戻り、緊張で溜め込んでいた息を吐き出す。

まだ何名か黒板の前で友達と話し合ってる様子だが、どうか他に立候補する人はいないでくれと楓は心の中で願って席に戻った。

黒板から目を逸らすために机の中から国語の教科書を出し、それを読むことにした。

「え、こうたろー学級委員やんの?」

「記念にね。てか俺真面目だし。」

「嘘つけ。こいつがクラスの代表とか終わってるって。」

楓はまたもや心臓がドクドクと激しく鳴り始め、それと同時に冷や汗をかいた。

声から推測するに、学級委員に立候補しようとしているのは、与田さん……そして今彼と一緒に会話していたのは岡田さん…

一昨年に同じクラスメイトだったが、特に絡みもなかった人だ。

ただ、いつも岡田さんとか模倣的な生徒とはほど遠い、素行の悪いとつるむ彼に楓は苦手意識を持っていた。

岡田さんはすぐ先生に反抗するし、授業中の邪魔も多くてあまり好きなタイプではなかった。

だからこそ変に絡まれても可笑しくない。

もしできれば、金城さんの方がいいのだけれど…

金城さんは私と対照的にいつもクラスの皆に声がけしてくれるし、人前に出るのも平気な人。

まさに理想的な学級委員だと思う。

楓は去年、彼と一緒に委員会活動をして、声を出す場面では彼に頼りきりだった。

「え、与田くん、体育委員やらないの?」

「うん、高松がいるだろ。」

「えー、与田くんとが良かったかも」

「あっそ、どんまい。残念でした。」

「うざいんだけど。」

淡白な光太郎の口調に幸智は軽く笑いながら返答する。

この会話が聞こえてしまった楓の方は申し訳無さで冷や汗が止まらなくなった。

もしかして、小林さんは与田さんと同じ委員会が良かったのでは?

今すぐにでも変えたいけど、もう岡野さんが委員会に立候補した時点で受付は終了しちゃったみたい。

ああ、もう時を戻すことはできない。

大人しく時の流れに身を任せるしかない。

楓は頭を軽く抱えた。

「じゃあ、花山さん」

先生に名前を呼ばれ、急いで顔を上げる。

皆がこちらに注目ししてきて恥ずかしい、顔が熱くなる、手が震える、汗も出てきた。

「学級委員としての意気込みを前でお願いします。」

「は、はい。」

今年の先生はどうやら立候補が被っていない生徒でも前に言って意気込みを言う必要があるらしい。

そして他のクラスメイトがその人が相応しいかどうか投票で決めるらしい。

楓は席を立って黒板の前まで歩く。

皆が横目で私を見る。

大丈夫、大丈夫。

思ったことをそのまま言うだけだから。

頭を必死に回転させながら何を言うべきか考える。

あっという間に教室の前にたどり着いてしまった。

先生のように皆の前に立つ。

先生と教壇は窓がある左側に捌けられていた。

「静かにしてー。」

森先生が手を叩きながら喋っていた生徒たちに注意する。

先生の鋭い声が生徒らの声に割り込んだ。

さっきより幾分か静かになって楓の声量でもみんなに聞こえるようになった。

「自分の名前を言ってから意気込みね。」

森先生はさっき注意したままの鋭い声で楓に話しかけたがその口調は一転して柔らかかった。

楓は頷いて息を吸う。

緊張を紛らわすために手を前で組む。

互いの手を強く握った。

緊張をなんとか両手に抑えようとした。

「は、花山楓です。去年も学級委員でした。だから去年の経験を生かしつつ、今年は修学旅行や卒業式など様々な行事があるので、えっと、皆を引っ張って行けるように頑張りたいです。」

言い終わって礼をすると教室が拍手で包まれた。

良かった、特に何事もなく終わった。

楓では安心のため息をつき、自分の席に戻っていった。

「はいじゃあ、皆伏せてー。」

先生が皆に呼びかけて楓も含む全員が机に顔を伏せる。

「岡田さん、伏せてください。」

「はいはーい。」

名指しの注意に少しばかり笑いが起きる。

「じゃあ、花山が学級委員に相応しいと思う人は手を挙げてください。」

楓は不安で一杯だった。もし、皆が手を挙げなかったらどうしよう。

けれでも、小林さんが学級委員に立候補できるチャンスだからいいのか?

なんて、思ったりしたけども結局、過半数の人が手を挙げたことで、楓は今年も学級委員になることができた。

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