第108話 買い物は一旦終わり

「普通に着れたけれど……」


 なんかこう、タイトだ。

 パツンパツンになっている場所がある。

 意図的にそうしているのだろうか?


「そうですね。その部分は強調されないようにしましょうか。もしくは上着の留め具は留める必要はないので外してみましょうか!」

「うん、そうだね」


 クラリスさんに言われた通りホック状の留め具を全て外してみる。

 キツさからは解放されたけど、なんというか上着はきちんと着たいから悪いような……。


 他に気になる場所といえばスカート丈で太ももの真ん中よりやや上と気を使って座らないと大変になりそうだ。

 絶対に長くしてもらわないと。


「これで調整ができる状態になりましたね。1度この部屋から出ましょうか」

「帰りはさっきまで着ていた服を着るの?」

「……制服で帰りましょう! わたくしと主様でお揃いの格好がいいですからこの服はわたくしの鞄に収納しますね!」

「うん、ありがとう」


 私の鞄は服との取り合わせが悪いとのことでヴィクトールが持っているから、今荷物を持ってもらうのならクラリスさんにお願いするしかない。

 ……でも今回着た服ってどう受け渡しするんだろう?

 後9着あるからいいか。


「それでは主様、出ましょうか!」

「うん」


 クラリスさんが着替え部屋の扉を開けたので一緒に出る。


「無事に着れましたねぇ〜。それではいろいろ組み合わせていきましょうか」


 ……上着の留め具は外しているけれどそれはいいんだ。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 上着の胴の部分は緩めに裾は長めに、スカート丈は膝下にしてもらった。

 これだけはこうしてもらわないと往来を歩けない。

 他にもタイツを履いていないのでスカートが多少膨らむけれどパニエを入れてもらった。

 これで転んでも下着が直接見える事態が起こる確率は減らせるはず。


「主様、やはり布を増やしましたね。主様らしくていいと思いますよ」

「スカートのもこもこ、わたくしとおそろいですわね!」

「さて、次は細かいところですが、どうしますかねぇ〜? 上着はそちらの学生とおそろいにしても良さそうですが……」

「じゃあそれで」

「フユミヤ……」


 特にどういう制服を着たいかといった希望は先ほどの調整で条件を満たしたので後は適当にする。

 クラリスさんが制服を着てきてくれてよかった。

 ヴィクトールの視線が痛いけれど、私は露出度さえなければ服はなんでもいい人間だ。

 諦めてほしい。


「それでは合わせますよぉ〜。はいっ」


 店員さんが指を鳴らすのと同時に上着が変わっていく。

 襟の形や金のラインの部分がクラリスさんの制服そっくりに変わる。

 魔力ってすごいな。


「ふっふっふっ……、これで主様とおそろいです。もう調整は不要ですよね?」

「うん」

「それではこちら終わりと言うことで……」

「待て待て待て、フユミヤ、まだなにかないのか? 今ならリボンタイの色とか変えられるぞ」

「じゃあ黒で」

「違う、そうじゃない」

「……黒のほうがかっこいいような」

「主様! おそろいですよ! わたくしとおそろいにするのではないのですか?」

「うーん……」


 でも青色より黒の方が汎用性があるような……?


「そうね〜、黒の方がいいのではないかしら〜?」

「わたくしも黒でいいと思いますわ!」

「ど、どうして黒にするんですか? 気づかないでくださいよぉ〜!」

「うーん、店員さん、黒でお願いします」

「黒はお嬢様の髪の色にしますか?」

「はい、それでお願いします」

「それでは変えますねぇ〜。はいっ」


 リボンタイが無事に黒色になった。

 これでいいだろう。


「これで終わりでいいです」


 立ち上がって体を捻っても特にキツさを感じることはなさそうだ。

 年齢的にはキツいけれど……。

 これで学園には行けるようになったけど、あくまで図書館に行くため、だよね。

 そのためにわざわざ1000万リーフは金銭感覚がおかしいような……?

 私が着いていく意味ってそもそもあるのかな?

 日本語が読めるという点ならユーリちゃんでも十分問題ないよね?


「ほんとに終わりにしますよぉ〜? 後悔は、ないですよね?」

「はい」

「それではお代をいただきましょうか。ありますよねぇ〜? 1000万リーフ硬貨」

「あります。クラリスさん」

「待て、フユミヤ俺が払う」


 財布が服の中にある、……と言おうとしたところでヴィクトールに遮られる。

 ここまでしてもらうつもりはないんだけどな……。


 ヴィクトールが慌てて自分の財布を取り出して1000万リーフ硬貨を出してしまった。

 支払いが終わる前に……、


「クラリスさん、私のお財布がさっき着ていた服にあるから服を出してくれるかな?」

「はい、大丈夫ですよ〜」


 クラリスさんが服を出してくれたのでそれから財布を取り出す。

 制服のポケットも深めになっているので財布はポケットの底の方に入れた。


「……主様、小さい鞄を買ったほうが良さそうですね。さすがにそれだと落としてしまいますよ?」

「……そうだね」


 数億リーフは確実に入っているであろう財布を落としてはいけない。

 小さい鞄か……。

 ポケットよりかはマシかもしれないけれど、日本にいた頃だったら買うのは拒否していたけどな……。


「制服の購入も終わってしまったな……。予定ではもう少し掛かる予定だったが……、鞄を買いに行くか?」

「そろそろ時計も買った方が良いんじゃないかしら? それとももう1度髪飾りを買いに行くのもありよね〜」

「髪飾りはしばらくはいいだろう。鞄は俺が預かっているのを返せばいいから、時計だな」

「鞄、返してくれるの?」

「今出すから待っててくれ」


 鞄が手元に戻って来る。

 貴族令嬢風の服には合わないけれど、制服なら大丈夫なのかな?


「フユミヤの鞄はこれだよな?」

「うん、ありがとう」


 ヴィクトールが自分の鞄から取り出した私の鞄を受け取る。

 今はこの鞄に私の財布を入れておいた方が良さそうだ。


「それじゃあ、出るか。俺達が買った時計屋は何番街だったか、セラは覚えているか?」

「24番街のはずよ〜」

「24番街か。それじゃあ行こう」


 私達は時計屋がある24番街を目指してこの店から出ることにした。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 24番街は見覚えがある。

 確かドルケンルルズの丘に行った時に通った場所だ。

 全体的に光っていない黄金色の建物が特徴的な街並みをしている。

 成金っぽく見えてしまうのは色に対する偏見なのだろうか?


「確か店は時計塔の下にあるはずよ〜」

「時計塔の下か」


 時計塔、24時間刻みの大きな時計が高い場所にあるのが特徴的な長細い塔だ。

 大きい時計ではあるけれど、王城とかからは高い建物がある程度の遠さでなんだか高い建物がある、といった印象だったけれど、あまり見た目が凝られていない、結構雑な塔だ。


 黄金色の円柱をとにかく伸ばして、くすんだ水色の円錐の間に灰色の円盤を乗っけたような見た目をしているものに学校で見るような時計をくっつけました、そんな見た目をしている。

 観光地にはしづらそうだ。


 でも観光地にすると、時計が壊れてしまいそうだ。

 実際はどうなっているんだろう?


 用があるのは時計屋なので、時計塔の下にあるであろう店を目指して歩き始めた。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 時計屋、時計屋だ。

 建物の上側には時計塔より豪華な時計がやや傾いて置かれている。

 時計の数字は今までと同じようにこちらでの数字と同じアラビア数字だ。

 それから考えられるのは、やはり転生者が時計を作ったのだろう。

 24時間刻みではあるが時計がとても大きい関係で見やすい。


「これが時計屋だな。よし、中に入るぞ」


 時計屋の中はとにかく時計だらけだ。

 時計は透明なパネルで直接触れないようにはなっていて高級品だということはわかる。

 確か1億リーフはするって話だったよね。

 今回こそはなんとしてでも私がお金を支払わないと。


「……なんかぞろぞろしてるな? ってヴィクトール王弟殿下にセラフィーナ王妹殿下ではありませんか! お久しぶりですね。今回はどうされましたか?」

「時計を贈りたいヒトがいるが……」

「私が買います」


 今回はさすがに私が出ないとダメだ。

 押さないと奢られる。

 さすがに1億リーフ以上はする品は奢られたくない。


「えっと……、そちらの方は?」

「俺が時計を」

「3億リーフあれば時計は買えますかね?」

「贈りたいんだが……」


 ヴィクトールの話を遮って店主に1億リーフ硬貨3枚見せつける。


「が、学生が3億リーフ持っていやがる……。最近の学生はどうなっているんだ?」

「フユミヤ、金は出さなくていい。俺が出すから」

「さすがに今回は奢られるわけにはいかない。私もお金は持っているよ。それで、お店の方、買えますか?」

「買えるが、待ってくれ……。さすがにそれに合う時計はない」

「2億でも1億でも構いません。私は時計を買えればいいので」

「あ、あぁ。とりあえず店内の時計1つは確実に買えるからゆっくり見ていってくれ……」

「わかりました」


 私は透明パネルで仕切られたこの世界の時計、24時間刻みの懐中時計を見ることにした。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 どれも懐中時計という点では同じなのでこれにしたいと思うような物はない。

 どうしようかな……。


「フ、フユミヤ……、どうして俺に支払わせないんだ?」

「自分で支払えるから大丈夫。正直昨日からお金は私自身でなんとかなるから出したかった。今回支払うにはこうするしかない」

「俺でも払えるぞ? 今からでも俺に贈らせてくれないか?」

「1億リーフ以上の物はさすがに受け取るわけにはいかない。私が決める」


 なので急いで決めないと。

 ……この金色のやつにしておこう。


「お店の方、決めました。時計、出せますか?」

「あぁ。今出すから待ってくれぃ」

「決めるのが早すぎないか? じっくり決めてくれてもいいんだぞ」

「決めたからいい」

「フユミヤは即決しちゃうのね……。時間はまだあるのだから急がなくても良いのに〜」


 迷う暇はない方がいい。

 その時間で他のことができるし。

 昨日の貴族令嬢風の服で時間がかかったのは服の数の多さとウェディングドレスの試着の疲れのせいでうまく頭が回らなかったからだ。

 通常であれば私は迷わずに選べる方だと思う。

 たぶん。


 今回の場合だとこのままだと奢られる危険性もあるし、もうこれ以上は自分のことは自分でできるのにできないことは避けたいのだ。


「はいよ。お嬢さん、出したいのはどの時計だ?」

「左側の金色の時計です」

「1億3000万リーフになるが……、出せるか」

「はい、出せます。」

「本物だよな?」

「……これでどうでしょう?」


 1億リーフ硬貨を2枚魔力で両替して20枚の2000万リーフ硬貨に変えた。

 このまま13枚出せば問題ないので出す。


「本物だな……。厄災狩りの腕を買われて養子にでもなったのか?」

「それに関しては黙秘する」

「まさかヴィクトール王弟殿下の婚約者……、ではなさそうですね」

「いや婚約者だ」

「……はい? ど、どういうことでしょうか? ヴィクトール王弟殿下が婚約を……?」


 ……自分からそれを暴露するのはどうかと思う。

 お店の人が私とヴィクトールを交互に見る。

 そして視線を下に向けた。

 たぶん指輪を見ていそうだ。


「お、王家の方はいつも婚約が突然ですね……」

「そうだな」

「そ、それではこちらの料金受け取りましたので、こちらの時計、お渡ししますね」

「ありがとうございます」


 お店の人、手が震えているけれど大丈夫なのかな?

 時計、こんなに高いのなら王家の人とかよく使っていそうだけど、緊張しているのはどうしてなんだろう?

 ヴィクトールの婚約者だとわかった途端、私にも緊張しているし……。


 時計を受け取って蓋を開閉する。

 なるほど、閉じたら少し出てくるところを押せば蓋は開く。

 それでもって今は14時半を過ぎている。

 ……この時計、何分かはわからないんだ。

 もしかすると1時間が120分、1分が30秒なのかもしれない。

 でも懐中時計になるくらいまで小さいと明確な分数はわかりづらい。

 何分かにはそこまでこだわりはなかったのかな?

 収納場所は……、首にかけて服の中に締まっておこうかな。


「待て、フユミヤ。どうして首にかけようとする」

「かけられる鎖があるし、首にかけていいんじゃ……?」

「鞄か袖の中にでも入れてくれ。頼む」

「……?」

「あー……、とりあえず首は大事なんです。ヴィクトール王弟殿下は首になにかを贈りたいのでしょう」


 首が大事……、そういえばヴィクトールがこれを贈りたいとか言っていたはず。


「時止めの首飾りですか?」

「……お兄様?」


 時止めの首飾りの話題を出したら周りの空気が凍り付いたような、そんな気がした。

 そんなによろしくない代物なのだろうか?


「言いたいことは城で聞くぞ。会議室でも借りてな」

「ええ、そうね……。それじゃあ私達、失礼するわね」


 とりあえず店を出る。

 どうやら王城に戻るらしいけれど、時止めの首飾り、あまりよろしくないらしい。

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