第107話 制服屋にて

 ……この世界の服、着るのが難しい。

 ただ穴に顔や腕を通したり、羽織ってボタンを留めたりすれば着れる服とは違ってどうして背中の布に紐を通して結ばないといけないんだろう?


 貴族令嬢風の服だけがこういう構造であると信じたいけれど、私がこの世界に現れた時にどういうわけか着ていた服もこんな構造だった……。


「チエ、着れないよな? 手伝うぞ」

「いや、まだなんとか……」

「手は届いてるが結ぶのはさすがに厳しいと思うぞ? 貸してくれ」


 ヴィクトールが紐を取り上げる。

 じ、自分1人でまともに服が着れない人間になってしまった。


「やり直した方がいいな。だいぶ乱れているぞ」

「ヴィクトール、楽に着れる服はないの?」

「そういう服は男向けだな。貴族女性用の服は常に誰かの手伝いが必要な服になっている」

「なぜそのようなことに……?」

「どういうわけかそうなっている、としか言いようがないな。俺もそこまで疑問に思ったことはない。こういった服を1人で着る裏技もあるが……」

「あるの?」

「風の魔力が必要だな」

「……私には無理、と」


 つまり私は衣食住の衣と住は他人に依存しないと生きていけないの?

 ……この世界、私に厳しすぎない?


「そうだな。大人しく俺に世話されてくれ」

「……平民の服なら」

「もう平民じゃなくなるからそんなことは考えなくていいぞ。後48日だな」

「わざわざ数えるの?」

「もちろん数えるぞ。俺とチエが結婚する大切な日だからな」


 さよなら独身の日まで残り48日……。

 私の人生設計だと死んでも独身のはずだったのにな。

 どうしてこんなことに……。


「さて、髪も整えよう。……昨日は解かれてしまったが、今日は制服を着るとなると、……そうだな」


 ヴィクトールが長考し始めた。

 昨日みたいなポニーテールで良いんじゃないかな……?

 ダメなの?


「よし、こうするか」


 服を着るのに邪魔だから前に流しといた私の後ろ髪をヴィクトールが後ろに戻した。

 ……どんな髪型にされてしまうのだろうか?








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 ……真っ黒焦げの海老天2つ、ではなく緩く編まれた三つ編みが2つできている。

 委員長にありそうなきっちりした三つ編みではなくあくまで緩い三つ編みだ。

 どのようにしてこれができたかは理解できなかったけど、なんかなった。


「制服を着るからな。こういう髪型で良いだろう。横の髪も良い感じに出てるな」

「…………」


 よくわからないけれど、なんだかいい感じになったらしい。

 ヴィクトールの身支度も整っているし、そろそろ朝食の場に行くのかな?


「それじゃあ朝食の場に行こう。チエ、俺の腕に手をかけてくれないか?」

「……こうするの?」

「ああ、それでいい。歩きにくいだろうから俺を支えにしてくれ」

「……? うん」


 今まではなかったその姿勢はなんだろう?

 一応この靴も慣れたといえば慣れたけど、段差とかは転びそうだ。

 使えるものは使っておこう。

 ヴィクトールがゆっくり歩き始めたのでそれに従う。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 朝食の場に向かう前に行く場所はユーリちゃんやクラリスさん、コルドリウスさんがいる客室に寄ることだ。

 客室に寄る前に部屋から出てきたセラ様に少し驚かれたけれど、特になんの問題もなく3人を迎えに行くことができた。

 ヴィクトールとセラ様は王城から飛び出た関係で、メイドの配備がされていないとのことで私達で迎えに行く形になっている。

 ……本当は私も客室の住人なんだけどね。


「あ、主様……? どうしてこんなに幼く見える髪型に?」

「制服を買うのに自然な髪型だろう?」

「未就学児と見せかけるなんて酷いですわよ! フユミーお母様は立派な17歳ですわよ!」

「とは言ってもこの服装で制服を買いに行く以上はそうした方がいいだろう?」

「学園の制服は平民も買えるのでそこまで幼くする必要もないと思いますけど……、主様が可愛らしいので……、ではなく、これで婚約しているのはヴィクトール王弟殿下も正気が疑われるので主様は私が支えます!」


 ヴィクトールの腕に添えた私の手をクラリスさんは持っていって、クラリスさんの左腕と組まされた。

 だいぶくっつくけれど動きやすいのだろうか?


「クラリス、お前……」

「さあ、主様行きましょう! 成人している主様をここまで幼くしたヴィクトール王弟殿下はどうかしていますのでわたくしと行きましょう!」

「今私、何歳に見えているの?」

「やっぱり9歳くらいに見えますね!」

「8歳も下……」


 顔に苦労が刻まれていないということなんだろうな。

 年相応に見えないの、やっぱり問題あるよ……。

 どうにかならないのかな?


「フユミーお母様、大丈夫ですわ! フユミーお母様はしっかり大人ですわよ!」


 髪型を黒いリボンの髪飾りでツーサイドアップにしたユーリちゃんが正面から優しく抱きしめてくれたけれど、たぶん身長のせいでここまで幼く見えるんだろうね。

 この世界の女性の平均身長は170センチ代のような気もするし……。

 そんな平均身長だからその平均に10センチ以上は達していない私が幼く見えているはず。

 日本だったら服装さえしっかりしていれば少なくとも年相応には見えているはずなんだけどな。


「フユミヤは確かに俺と同じ年齢なのはわかってはいる。だが俺はフユミヤと共に年を取っていくことが叶わなかった……。だから制服を買いに行くところからだな……」

「その理屈はおかしいですわ。制服を買いに行くのは普通は親と一緒ではなくて?」

「……俺がフユミヤの父親か」

「ヴィクトール王弟殿下、やはりどうかしていますよ……。兄上、是正ぜせいされるべきではないのでしょうか?」

「いえ、わたくしはヴィクトール王弟殿下が幸福であればいいのです。どこにも問題はありません」

「フユミヤ、俺のことをお父様と呼んでくれるか?」

「……父親と結婚する娘はおかしいと思うけど」


 想像の方向性がおかしくなってしまったヴィクトールから目を背け、クラリスさんの左腕に添えた右手がクラリスさんの服の袖を握ってしまう。

 ヴィクトールが少し気持ち悪いかな……。


「行きましょう主様、早く朝食を食べて制服を買いに行きましょうね」

「クラリスさんが今着ているのは学園の制服なの?」

「そうですね。王城でもたまに見かけるくらいですが、着てみました」


 クラリスさんが着ている学園の制服は黒地に金色が部分部分としてある、どちらかというと学生服より軍服の雰囲気を放っていた。

 女子でもパンツスタイルが許されているようでスラックスを身に着けている。

 前衛で戦うからだろうか?

 そうなると後衛で戦う私は動きやすいスカートの制服を探すには必要がありそうだ。

 膝丈のスカートが丁度いい気がするからそういうものを探してみようかな。


「フユミヤ? クラリス?どうして俺を置いていこうとするんだ?」

「主様はわたくしがエスコートします。ヴィクトール王弟殿下は頭の調子が少しよろしくないようなのでわたくしが変わります」

「俺は正気だ! フユミヤを返せ!」

「いいえ、返しません。今日の主様はわたくしがお世話します!」

「今日もだろう! それは!」

「お兄様にクラリス、喧嘩しないで朝食の場に向かいましょう? フユミヤ、おなか空いているわよね?」

「……うん」


 ここで正直にお腹が空いていないと言うとこの口論が続きそうなので、とりあえずおなかが空いたとは言っておく。

 有効かどうかはわからないけど……。


「それでは急いで朝食の場に向かいましょう! 主様、歩く速度を少し上げますね。転びそうでしたらゆっくり行きましょう」

「うん」


 クラリスさんは止めてくれたようだ。

 歩き始めたので、それに着いていく。


「フ、フユミヤ? 俺を置いていくな……!」

「お兄様の自業自得ね〜」

「ですわね。同じ年のフユミーお母様を娘扱いしたのはさすがにまずいですわ」


 ヴィクトールが縋ってくるような勢いでこちらに寄ってくるがあえて無視する。

 さすがに結婚が決まっているのに真似事でも私を娘として見るのは良くない。


 ヴィクトールを後ろにつきまとわせながら食堂へ向かった。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 制服屋は6番街にあった。

 そのすぐ近くには学園、ブロッサンゼリア学園がある。ブロッサンゼリア学園は王城より大きい建物で、どちらが王城かわからなくなるくらいは荘厳な建物だ。

 荘厳ではあるけれど、王城よりだいぶ古びた雰囲気を放っているから王城と言うより歴史的価値の高い建物だ。

 昔はここが王城にしていたということもありえそうだけど、どうなんだろう?


「主様、学園の建物を見る前に、制服ですよ! 制服! 制服にもいろいろありますから1番似合う制服を追求しましょうね!」

「またいろいろ着せ替えるの?」

「そうなってしまいますけれど、制服は着るのが楽ですよ」

「1人で着れる?」

「着れますね!」

「今後は制服を着ようかな……」

「フユミヤ、それはムリだ」

「……うーん」


 学生が着る服だからね……。

 でも1人で着替えられる服、欲しいな……。


「今はとりあえず制服屋に入りましょう! 制服まで後少しですよ!」


 クラリスさんに連れられるがまま、制服屋に入る。

 表には中学や高校にあるような男女に分かれた制服が展示されていたけれど、クラリスさんが着ていた制服とは一致しているものがないような気がした。

 組み合わせ、どれくらい自由に選べるのだろうか?


「……わー」


 制服がとにかくいっぱい並んでいる。

 なるほどこれは組み合わせがたくさんあると言えるね……。

 1つ1つを見れば、襟に丈に袖にと色々な組み合わせでとにかく黒字に金色があしらわれていて特定の紋様があることの他はなにも統一されていないことがわかる。


 とりあえず着るなら襟元は首を覆って、袖は長くて、スカート丈もそれなりに長い制服かな……。


「制服、買うんですかぁ?」

「はい、そうですね。彼女が着ます」

「なるほど……、来年に入学する予定の平民ですかねぇ? 養子入りが入学と同時くらいにする貴族、といったところでしょうか?」


 ……み、未就学児と間違われている。

 やっぱり幼く見えるんだ……。


 私達に話しかけてきた店員さんは中性的な雰囲気のするどちらの性別か区別のつかない声で話す、薄い赤い色の髪を首につかないところでバッサリと切っている人だ。


 店員さんの性別は気にならなくはないけれど、まずは制服だ。


「とりあえず制服を買わせてくれ。今日中に作れるか?」

「もちろん作れますよぉ〜。特急料金はいただきますがね」

「それは構わない。組み合わせももちろん選べるか?」

「それももちろん選べますよぉ〜。そうなりますと1000万リーフかかりますがいいんですね?」

「構わん。俺が支払うからな」

「私払える……」

「俺が出すからな」


 ……結局私のお金を使わないんだ。

 たんまりあるのに……。


「それではお嬢様の制服をお仕立てしましょうか。基となる制服を着ていただきますので試着室へご案内いたしますぅ〜。こっちですよぉ〜」


 店員さんが案内してくれるのでそれに従う。

 それにしても試着できる服屋が多いな……。

 ここは制服屋だけれども。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 通された先は狭めの廊下で、突き当りがそれなりに先にあって、左右合わせて16部屋分の扉があった。

 ……待つ人が待てないような?


「さて、皆様にはこの部屋に入っていただきましょうか。部屋の真っ直ぐ先に着替えていただく場所があるので、そちらで着替えを行ってくださぁ〜い」


 扉の先を覗くと6畳1間くらいの部屋のさらに先に扉があった。

 確かに着替えられそうだけれど……。


「それではわたくしが主様のお着替えを手伝いますね!」

「ひ、1人で脱げる……」

「まあまあまあ! ここは遠慮しないでください。それでは主様、行きますよ〜」


 クラリスさんに連行される形で着替え部屋の方へ向かう。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 着替え部屋も同じような構造をしているけれど、突き当たりに制服がぶら下がったたくさんのハンガーが金属の棒にぶら下がっている。

 ……どれを着ればいいんだろう?


「主様、まずは服を脱がせますね」

「うん」


 クラリスさんが背中の紐の部分をするすると解いていく。

 ここさえなんとかすれば脱げるから脱いでしまおう。

 服を上に持ち上げる。


「あ、主様! 御髪が乱れます!」

「直せばいいんじゃ?」

「そうですね! わたくしが直しますね!」

「後は制服を着るだけだけど、どう着たらいいの?」

「途中まで着てみてください。少し難しいところがあるのでそこに関しては手伝いますね!」

「うん、ありがとう」


 とりあえずハンガーにかかっている制服を1つ取る。

 一見サイズは合わなそうだけど、魔力の力で着れそうな気もする。

 とりあえずやってみよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る