第106話 疲労困憊試着完了

 勝手に始まった戦いで選ばれた髪飾りが卓上に並べられる。

 他の売り物は別の場所に慎重に置かれるといった配慮をされているのは良いことだけれど、ここまで自由にやってしまっていいのだろうか?


 ……それにしても、青い髪飾りが多い。

 クラリスさんが普通の青色なのに対して、ヴィクトールが選んだ髪飾りはやや青緑色に寄った色をしている。

 贈り物、自分の瞳の色に似た色を贈る文化でもあるのだろうか?


「さあ主様! わたくしが選んだ髪飾りとヴィクトール王弟殿下が選んだ髪飾り、どちらの方が良いと思いましたか?」

「…………付けたらどうなるかがわからないからとりあえずどっちも買っておいた方が良いんじゃないかな?」


 このわけのわからない勝負もお茶を濁そう。

 髪飾りって髪に付けてこそどういう具合かわかるようなものだろうし、見た目だけで決めると思ったようにいかないこともある。

 不器用過ぎて付けることすらままならない、とかね。


「それはそうですけど……」

「あら、お兄様達。なにをしているのかしら〜?」

「……セラか。フユミヤの髪飾りを決めていたところだ」

「ねえフユミヤ、私達髪飾りを見に行くって約束をしたと思うのだけれど、忘れちゃったかしら?」


 その約束はした覚えがあるので頷く。

 覚えがあるだけだけれど……。


「私も髪飾りを選ぶわよ〜。それとお兄様、例の物は買っておいたから後で渡すわね」

「あ、あぁ……」


 ……セラ様、一体なにを買ったのだろうか?

 ヴィクトールにわざわざ持たせるほどの物が地下にあった覚えはないけれど、どういうことだろう?


「……お兄様達、青い髪飾りを中心に付けさせるつもりなのね。赤い色は同時に使うのは難しいからどうしたものかしら? 赤い色だけを使うのもありかもしれないわ」

「兄上の婚約者と間違われたらどうする?」

「なら私の婚約者と言い張るわ〜」

「……それはやめてくれ」

「女の人同士でも結婚できるんですか?」

「できるわよ〜。それなりに厳しい目では見られるけれど、錬金術を極めれば同じ性別でも子を成せるから問題ないのよ」

「……エッ」


 この世界、同性同士でも子どもができちゃうの……?

 嘘でしょ?


「残念だけど私は錬金術の才がなかったから子は成せないのよね〜」


 なら良かった、のかな?

 女性の婚約者か……。

 その方が安心できそうなことはあるのかもしれないけれど、同性同士で子どもはどうやってできるんだろう?

 そっちの方が気になってきたけど、あまり大声で聞くようなことでもないよね。

 錬金術となると自分のクローンをホムンクルスを作っていた人がいたけれど、ああいった感じで作るのだろうか?

 そうなると寿命が短い気がするけれど、それは地球特有の偏見なのかもしれない。


「でも、錬金術士のツテがあればできなくはないのよね……」

「セラ、フユミヤを狙うな。もうこの婚約は決まったことだからな?」

「わかっているわ〜。兄上が結婚まで決めてしまったもの。今は従うしかないわね〜」

「セラ様、まさかフユミーお母様を略奪する気ですの?」

「そんなことはしないわよ〜。ユーリ、私をフユミヤの夫として認めてくれるの?」

「複雑ですが、ヴィクトール様よりかは良さそうな気がしますわね」

「おっ、おい……、ユーリ?」

「冗談ですわ〜」


 声色は本気のように聞こえたけれど、本当に冗談なのかな?


「さて、私は髪飾りを選ぶのに集中しようかしら〜? フユミヤ、色々見たいからこっちに来てくれる?」

「わかりました」


 セラ様に言われるがまま、彼女の方へ寄る。

 ……ヴィクトールやクラリスさんが選んだ髪飾りと同じ系統なのかな?








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 色々な髪飾りを私にあてがっては悩んでいるセラ様。

 色は見た感じいろいろな物がある。

 贈り物は贈り主の瞳の色という説はもしかして違うのかな?


「フユミヤの髪はどの髪飾りにも合うわね〜。純粋に黒いからかしら?」

「でしたらセラ様、こうしませんこと?」

「とっても色とりどりだけれど、意外と合うのね〜。どういうことかしら?」

「虹色の並び順にしてしまえばなんとかなりますわ!」

「ニジ色……、見たことないけれど綺麗な組み合わせね〜」

「ユーリちゃん、虹色はさすがに派手なんじゃないかな?」

「わたくしが持ってきたのはこの組み合わせですわよ」

「……意外とそれぞれの色の主張は激しくないんだ」


 ユーリちゃんがまとめて持っている小さい花の髪飾りは奇跡的にどの色も主張が激しくない。

 綺麗な虹色グラデーションの並びになっているけれど、どうやってこれを髪に付けるのだろうか?


「これを編んでいる髪にまとめて挿し込めばなんとかなりそうですわ! もう1組ありますし、左右を赤にして真ん中を紫にしていくのもよさそうですわね! 塊でまとめても良さそうですわ!」

「すごいわね〜。じゃあ全部買っちゃおうかしら? 私もフユミヤの髪にいろいろ付けたいのよね~」

「それは俺の役目だ」

「いいえ、今はわたくしのお役目です」

「色の並び順、しっかり覚えられたかしら〜? 覚えられてなかったら調和が崩れると思うわよ〜」

「わたくしは覚えました!」

「俺も覚えたぞ!」

「なら買ったら早速付けましょうか」

「エッ、いきなり……?」


 そういうのは滞在先の部屋で整えた方が良いのでは?

 さすがに良くないような気がする。


「ハニにはこの階の試着室の使用許可は取ったわ〜。ゆっくり使って構わないとも言っていたもの。夜になるまでいろいろ試しましょうね〜。これから服とか髪飾りを買ってからフユミヤを着せ替えましょう」

「えぇ……」


 ……着せ替え人形にされてしまうのか。

 もうウェディングドレスで疲れたんだけどな……。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 服と髪飾りのお会計が済んでしまった。

 防具としての機能を強化する加工のオプションも付けるとのことで合計5000万リーフくらいのお金を飛ばしてしまった。

 私は一銭も払えていない。

 私が着るのなら私が支払うべきではないのかな……?


 そして、試着室に着いてしまった。


「お兄様、入っちゃダメよ〜」

「俺はフユミヤの婚約者だ! 入る権利は当然ある!」

「服を着せるために脱がせるのだから婚約者でもダメに決まっているわ〜」

「エッ、脱ぐんですか!?」

「当然よ〜。全部脱いでもらうわけではないから安心してね~。というわけで、脱ぐわよ〜」

「そ、そんな……」


 セラ様が私の服を脱がせに来た。

 背中の紐あたりの部分をするすると外されてしまう。

 私はだいぶ苦戦したのに……。


「これは元に戻す時も私達が着付けてあげた方が良さそうね〜」

「そうですね〜。さて、セラフィーナ王妹殿下、まずどの服から着せますか?」

「その前に靴下を変えるわ〜。白色の方が良さそうだもの」

「……靴下って買いましたっけ?」

「地下に売ってたから買ってきたわよ〜」


 あのセラ様だけ地下に行った時か……。

 どうやらあの場所に靴下も売っていたようだ。

 直視していないのでよく確認していないが。


「タイツではありませんのね」

「そうね〜。基本的にタイツは厄災狩りや騎士が身に付けるものだから貴族令嬢は身に着けないわ~」

「そして少し透けますのね」

「そうね〜。透けない白い布を作る技術がないと言っていたわ〜」

「では、その靴下はわたくしが主様に履かせますね」


 ……着せ替え人形の時間が始まる。

 私はクラリスさんに大人しくタイツを脱がされた。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 靴を白いブーツに変えられて1着目、セラ様が選んだ貴族令嬢風の服。

 全体的に赤いドレスだ。

 この服も背中側で締めたり緩めたりをして服の脱ぎ着をするようでクラリスさんにそれは任せた。

 服を着たら試着室の外に出され、ヴィクトールやコルドリウスさんがいる場所に出る。


「……セラ、俺が選んだやつも着せるよな?」

「さすがに着せるわよ〜。だからフユミヤ、後9着がんばってね?」

「はい……」


 私はもう疲れている。

 正直、休みたい。

 治療魔術で疲労って回復できるのかな……?


「あら? いきなり治療魔術を使ってどうしたのかしら」

「疲れました……」

「治療魔術だとあまり疲労は取れないのよね〜。錬金術士の治療薬なら取れるとの噂があるのよ〜」

「でもこの場にはないですよね……」

「そうね〜。錬金術師の治療薬も長い間放っておくと効果が薄くなっちゃうから、意味がないのよ〜。疲れるなら私の体に寄りかかってもいいのよ?」

「それはちょっと……」


 人にもたれかかるのは良くないだろう。

 次は髪飾りを色々調整するけれど、座る場所の背もたれは高いからやりずらそうだし……。


「フユミーお母様、少しの辛抱ですわ」

「まだ10分の1だよ……?」

「髪の調整はそこまでしないのでしょう?」

「とは言ってもニジ色はやりたいのよね〜。耐えられるかしら?」

「帰りは俺が抱えていこう」

「いいえ、わたくしが抱えます! わたくしは主様の近衛騎士ですので!」

「……うーん、クラリスさんにお願いしようかな?」


 ヴィクトールがこれから私を抱えて歩く機会はいくらでもあるだろうし、クラリスさんにお願いしよう。

 私の体が重ければヴィクトールに任せればいい。


 多分着せ替え人形になった後の私はすごく疲れて歩く速度も遅くなって周りに着いていけなくなる気がするのでその対策だ。


「フユミヤ……? 俺達、婚約者だろう?」

「わたくしは主様の近衛騎士ですので選ばれて当然です!」


 ヴィクトールは信じられないような顔をしているけれど、抱えようとすれば抱えてくるだろうし、ここはクラリスさんのままにしよう。

 私は最終的にどういう服装になるかもわからない以上、女性の方がスカートのめくれやすさとかわかるだろうし……。

 その前にクラリスさんが私の体を持ち上げられるかが問題だけれど、体格差も私のほうが小さいから問題ないと思う。


「さて、主様。髪飾りに合う髪に変えますね」

「うん、お願い」


 髪の毛もこれから変えられるようだ。

 クラリスさんの選んだ髪飾りは花飾りもあればリボンに装飾用の魔石が合わさっているようなものといろいろある。

 一体どうなるのやら。


「赤が基調の服ですと青があまり合いにくいですね。……そうなると」

「私の選んだ髪飾りの出番ね〜」


 セラ様は髪飾りを30個以上は購入している。

 なのでとても色も形もバラバラだ。


「赤い服には赤い髪飾りは合うけれど少し足りないから……」

「オレンジ色や黄色でまとめたり、白色を入れてみたりと色々できますわね〜」

「……青の入れどころがなくないか?」

「この服装ではないわね〜」

「そうなりますと虹色の組み合わせを試すのはフユミーお母様が買った服になりますわね」

「そうね……、でもこの服装でもなんとかなりそうな気がするわ〜。どうかしら?」

「試してみましょうか」


 クラリスさんが髪飾りの調整を行っている。

 ……その間私はなにもできない以上、じっとしているしかない。


「……やはりこの組み合わせは難しいですね」

「そうね〜。赤色とニジ色の主張が強くて少し残念かもしれないわ〜」


 色を組み合わせるのに失敗したようだ。

 この服自体が9割赤1色だからなのだろうか?


「それなら服を変えた方が良さそうね〜。フユミヤ、試着室に戻りましょう?」

「……はい」


 もう着替えるんだ……。

 早いな〜。


 軽くふらつく体を支えられながら、試着室の中に入れられる。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 10着分の貴族令嬢風の服と今回買った全ての髪飾りの試着が終わった。

 結論としては虹色の組み合わせは私が選んだ地味めな服にも合わないといった結果だ。

 虹色は派手なので社交用のドレスに合う可能性を今度検証することになった。

 私の予想としては白いドレスかドレス自体に虹色のなにかがあるのなら合うのではないかと考えている。

 大した服を着たことがないから言ってはいないけれど。


 そして今の私はヴィクトールが選んだ青い貴族令嬢風の服とクラリスさんとヴィクトールが選んだ髪飾りを付けられた状態でクラリスさんに抱えられている。


 ……つかれた。


「主様、お疲れ様です」

「つかれた……」

「婚礼衣裳に10着分の服も着せてしまったものね〜。疲れて当然よ〜」

「ところでどうして一気に買った後の服の試着を行いましたの? 王城に戻ってからもできるのではなくって?」

「王城だと着替えさせる場所がないのよ〜。お兄様の部屋にクラリスやユーリを入れるわけにもいかないし、客室を使っても良かったけれど、だいぶ騒いじゃうからここしかいい機会がないのよね……」

「つまり、決まってしまった婚約のせいですわね!」

「そうなるわね〜。それに、お兄様は私が贈った服をフユミヤに着せると思わないもの」

「…………そうだな!」

「ほらね? フユミヤ、服は自分で選ぶのよ~」

「わ、わかりました」


 さすがに自分が着る服は自分で選ぶ。

 ……王城にいる間は元々自分が着ていた服は着れなくなるのかな?

 そんなことはないか。


「さて、明日はフユミヤの制服を買いに行くからな。行きたいやつは着いてくるんだな」

「それは聞いていないわ〜! 当然ついていくわよ〜」

「フユミーお母様の制服、ですの?」

「学園の図書館に行く必要があってな……。それで制服が必要なんだ」

「主様は学生ではないですよ?」

「クラリス、制服を着たフユミヤは見たくないのか?」

「当然見たいに決まっているじゃないですか! 明日は学園の制服を着ていきますか! わたくし、学園の2年生ですから!」

「お前、学生だったのか!?」

「わたくしは今年12歳になる学生ですよ?」

「と、年下……」


 私、この世界だと5歳以上年下の人に抱えられて……?

 なんでそんなに若いのに主を決めてしまったの……?


 そんな困惑に包まれながら、私達は少し暗くなった王都を歩き王城へ帰城した。

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