第105話 服選びは続く

「フユミーお母様、服を選んできましたわ!」

「主様、わたくしも服を選びました!」


 ……見るのも恐ろしくなるような場所から取ってきたであろう2人が戻ってきた。

 マシな服を持ってきていることを祈りたいが、どうだろうか?


「わたくしはこれですわ」

「……普通だ」


 なんなら冬頃の日本で着れそうな服だ。

 黄色くて縦筋が複数本入ったタートルネックに、黒い足首丈のタイトなスカートだ。

 ……明らかにこの店、転生者が関わっていそうだ。

 それも日本人の……。


「普通か?」

「私達からしたら全然普通の服ですわ! ね、フユミーお母様?」

「うん。こっちの世界には合わないだろうけど……」

「……なんでフユミヤ達の世界にあるような服がこっちにあるんだ?」

「多分、この世界に転生された方がこの服を作られたのだと思いますわ」

「意外とテンセイしているヒト、多いんだな」

「まだ確定しているわけではありませんが、ヘローナ様という方がそれらしい服装を作ったのだと思います」

「確かに変わった服だが……」

「フユミーお母様も絶妙に見覚えのある服装が着せられている首無し人形、見ましたわよね?」

「見たけど……、私は着ないよ?」


 完成度としてはだいぶ高いとは思うけど、あれを着るなんてとんでもない。

 あれを着るくらいなら却下した服を着た方がマシだ。


「……着ませんのね。……ではなく、ああいった衣装はわたくし達の世界の記憶でも持っていないと作り上げるのは難しいですわ。この世界では衣服は簡単に作り上げられますけれど、それでも難しいはずですの」

「服自体はこの世界に存在してはいるけれど、あまりにも異質だからね。街の人の服装でああいうのは見たことがなかったし、着てたとしてもだいぶ浮くと思う」

「確かに変わった服が多かったですね。ユーリちゃんが選んだ服にも謎の切れ込みがある似たような物がありましたけれど、そちらにはしなかったんです?」

「そちらを選んだらフユミーお母様は拒否しますわ。悪い服ではないのですけれど……」


 ……謎の切れ込みがある方ではなくて良かった。

 どこに切れ込みがあるというのはわからないけれど、多分ろくでもないところに入っていそうだ。


「さて、フユミーお母様、こちらの服は買っても構いませんわよね?」

「大丈夫だけれど、お金は足りるの?」

「全然足りるはずですわ! 1着1億リーフということでなければ買えますもの!」

「こんなに服が並んでいるのならさすがにそれはないと思うけど……」

「住宅街の中にあるんだ。安いことも十分考えられるぞ」

「ハニ様が戻ってこないことにはわかりませんわね……」

「なら、その間に……、主様、わたくしが選んだ物はこちらです」

「……フード?」


 クラリスさんが持ってきたものは、クラリスさんの髪色と同じ青い色をしたフード付きのケープだ。

 ……ただ、なんだか三角の耳のような物が付いているような?


「主様、こちらの服に触れてみてください」

「……わかった」


 クラリスさんが持ってきたフード付きケープの端の方に触れる。


「……え?」


 フードが一瞬で黒くなったような……。

 手を離した今も少し黒い。


「これはですね。触った人の髪の色によって服の色が変わるような加工がされています。ユーリちゃんの時は黄色に変わったんですよ〜」

「じゃあ、黒くなっても問題ないの?」

「そうです。なんなら持ってください」


 ハンガーごと差し出されたのでとりあえず受け取る。

 フード付きケープ、真っ黒になっちゃった……。


「……動いていますね」

「動く?」

「この服、厄災の獣の耳のようなところが動きます。一瞬、ペタッとしていたんですけれど、今は元通りになっていますね」

「……なんで動くの?」

「着ている人の気持ちによって変わってくるのではないのでしょうか? そうだとしたら嬉しいのですが……」

「だとしても着ていない状態で動くのはおかしいような……」


 このハンガーを持っている状態で動くのはなかなか怪奇的ではないだろうか?


「わたくしはこれを着ている主様が見たいので買います」

「まあ、着ても問題ないけど……」


 この服に関しては特に問題はなさそうなので良しとする。

 こういう服はユーリちゃんに着せた方が良いのではないかとは思うけど……。

 なぜ私に着せようとしているんだろう?


「さて、これで買う物は決まったか?」

「いいえ、まだ髪飾りがありますわ! この際ですからフユミーお母様の分も買いますわよ!」

「私の分も……?」

「この際ですから色々買いますわよ! どんな髪型にも対応できるよう、様々な物を買いますわ〜!」


 奇抜なものでなければいいか……。

 ユーリちゃんも髪飾りが欲しいと言っていたし、売り場を探すか……。


「持つぞ」


 セラ様が選んだ服を持っていこうとしたらヴィクトールに持ってかれてしまった。

 なんなら自分が持っていた3着分の服も持ってかれる。

 そんなに持たなくても良いと思うんだけどな。

 女性服11着も抱えているのはどうなんだろう?


 買い物カゴでもあればいいけど、見た感じなかったから仕方ないのかな?

 というより、そもそもこんなに買うのはおかしいのかもしれない。

 もう少し厳選するべきだったのかな?


 悩んでも仕方がないのでユーリちゃんの後を追う。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 ユーリちゃんはある一角で足を止めた。

 ……夜着のような雰囲気を醸し出している服がたくさん並んでいる。

 モコモコしているような物が見えた。

 ああいうのなら買ってもいいのかもしれない。


「なるほど、ここが夜着の場所ですわね! フユミーお母様の分を買ってしまいましょう!」

「夜着って別に不要なんじゃないかな?」

「せっかくなので買ってしまいましょう! ふわふわしているのもありますわよ!」

「それは気になっているけど、お金大丈夫なの?」

「貯金を崩せば問題ないですわ! それと、今回はヴィクトール様が選ぶのはなしですわ!」

「な、なぜだ?」

「結婚していないのに夜着を贈るのはふしだらだと思いましたわ!」


 確かに男の人に夜着る服を贈られるのは嫌かも……。


「婚約はしているだろう?」

「婚約はしていますけれど、良くないものは良くないですわ! 諦めてくださいまし!」

「結婚したら買いに行けば良いということか……」

「そこまで行ったら止める理由はないですわね……。精々フユミーお母様に愛想尽かされないようにがんばってくださいまし!」

「あ、あぁ! そうだな!」

「そういうわけで選びますわよフユミーお母様にクラリス様!」

「わたくしは良いんですか?」

「女性が女性に夜着を贈ることは問題ないですわよ! ただし、今回選んだ夜着は着用されている姿を見れる可能性は低いですわ!」

「そうですよね……。しばらく王城に滞在する以上は主様はヴィクトール王弟殿下の部屋に主様が……、ゆ、許せません」


 ……それも考慮して夜着を選ばないとだよね。

 長袖で長い丈のスカートか長ズボンのふわふわした物はないだろうか?


「それでは選びますわよ!」


 ユーリちゃんの声で私達は服を探し始める。

 望んだものはあるのだろうか?








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 望んだものは存在したけれど、どういうわけかワンピース状の服しかない。

 冬、降雪期に足を出して寝ていたら寒いと思うけれど、なぜかズボンの形状をしているものはなかった。

 この店、スカート状の服しかないのだろうか?

 クラリスさんは動きやすいパンツスタイルだからスカート以外の女性の負荷があってもいいと思うけれど、難しいのだろうか?


 でも、考えてみると街の人達、女性でパンツスタイルも中々見ないような……?

 騎士団や魔術士団もはっきり見ることができた訳じゃないけれど、ミルリーナ様やエルリナさんはスカート状の服を着ていた。

 クラリスさんの格好が珍しい目で見られていないのなら騎士団の女性辺りがパンツスタイルだと思うけれど、どうなんだろう?


「フユミーお母様、選べましたの?」

「うん、私の分は問題ないよ。ユーリちゃんは……、そのフリル、めくれる?」

「あっ、ちょっとお待ちくださいまし……」

「……ユーリちゃん、それはちょっとどうかな?」


 胸元辺りのフリルをめくったら思いっきり胸の谷間が見える白いワンピース状の服だ。

 そういう服は女性だけの時にしか着たくはないかな?


「わたくし! わたくしと眠る時だけこちらを着用していただければよろしいですわ!」

「ヴィクトールみたいなことを言うね……」

「ヴィクトール様もこのような悪あがきを?」

「…………したな」

「それでも構いませんわ! 自腹で買いますわ!」

「また似たようなことを……、もういいや。買っていいよ」

「やりましたわ。これで昼寝の時に着て頂ければ……」

「昼寝だと……?」

「夜だとヴィクトール様がフユミーお母様を専有するでしょう? なら昼寝ですわ!」

「小癪なことを考えるんだな……」


 昼寝なのに夜着とは一体どういうことだろうと思いはするけれど、そこまでしてユーリちゃんは私と寝たいんだ。

 妙な熱量を感じるけれど、クラリスさんと一緒に寝てもそこまで変わらない気がするんだけどな……?

 日本の記憶があることが必要とか、そういう条件?


「次はわたくしですね。わたくしが選んだ物はこちらです」

「肩が空いていること以外は普通、かな?」


 胸元から首までは白い透けた布があるけれど、これなら許容範囲だ。

 後は基本的に長めの丈の白いワンピースだ。

 それにしても2人共、揃って白い夜着を推してくる。

 確かに白い夜着が多いけど、黒や紺色もあったけれどな……。

 まあいいや。


「これなら普段の就寝の際にも着られるかと思います。……わたくしはその場にいることができないことは歯痒いですが」

「俺の部屋だからな。近衛騎士でも基本的に入室はできない」

「……あれ? 身支度はどうするの?」

「近衛騎士が身支度を行うのは主が独身の時ですね。……現状の状態だと、愚妹クラリスはもうほとんどフユミヤ様の身支度はできなくなります」

「兄上、その現実をわたくしに突きつけないでください!」

「着れない服があったら俺が着れるようにしておくからな」

「……それはちょっと」


 ……思ったより同室の状態がマズいような。

 客室に行ってクラリスさんに整えてもらうことはできないのだろうか?

 そうなるとこれから買う貴族令嬢風の服、構造までしっかり確認しなかったのは普通にミスだな。


「このようなことしか言えないのは歯痒いですが、なにかあったらわたくしのいる客室に駆け込んでください……。わたくしも主様の身支度はいつでも整えられますので」

「うん、ありがとう」


 それにしてもこの国の文化は一体なんでこんなことになっているんだろう?

 男性が女性の身支度を整えるのってあまり良くないような気がするけどな……。


「フユミヤ、大丈夫だ。俺もそのうち技術を上げる。その髪型も俺ができるようにしておくからな」

「主様の髪は編ませてくださいよ〜……」

「フユミヤは俺の妻になるんだ。フユミヤの身支度は全部俺がやらないとな! 精々剣の腕でも磨いてくれ!」

「ひ、酷いです……」

「どうして夫となる方が妻の身支度を整えますの? そういうのは専門となる方に任せた方がよろしいのではなくって?」

「仲が良いかを示すためだな。1人で身支度を整える、近衛騎士に身支度をさせるようだと付け入る隙があるとみなされる。それを避けるためだ」

「そんなものがありますのね……」


 なるほど浮気の防止策。

 と言っても他の人、男の人と関わるつもりはないので私には関係なさそうだけど……。


「夜着も決まったことだ。髪飾りを見に行こう。どこにあるんだろうな?」

「探しに行ってきますわ〜」


 ユーリちゃんはせかせかと色々な場所を見回りに行ってしまった。


「ありましたわ! 皆様来てくださいまし〜!」


 すぐ近くにあったようだ。

 ユーリちゃんがいる場所を私達は目指した。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 ……髪飾り、わからない。

 どうやってこの状態で髪に付けるのだろうか?

 カチューシャタイプなら辛うじて頭に付ければ良いのはわかるけれど、他が全然わからない。


「いろいろな髪飾りがありますわよ〜。大輪の花にリボンに金属の物まで! 選び放題ですわ〜」

「…………うーん」

「フユミーお母様、どうしましたの?」

「簡単に付けられるような物が少ないなって……」

「そこはわたくしにお任せください!」

「いや、俺がフユミヤの身支度を整えるから俺が選ぶ」

「……なら勝負です。どちらが主様が気に入る髪飾りを選べるかを決めましょう。わたくしが勝ちましたら主様の御髪に触れさせていただく機会を頂きましょうか」

「勝手に決めるんじゃない。ただ、そうだな。その勝負、乗ってやる」


 なんだかよくわからない戦いが始まろうとしている。

 ……ヴィクトールはまだ私の髪を編めないよね?

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