第104話 選別は丁寧に

 私達が入ってきた場所で、ヴィクトールとコルドリウスさんはイスに座って待っていた。

 果たして何時間待たせてしまったのだろうか?


「戻ってきたか。どうだった?」

「無事にフユミヤの婚礼衣裳は作ってもらったわ〜。どんな婚礼衣裳かは当日のお楽しみよ〜」

「……なんとかして見れないのか?」

「婚礼衣裳はクラリスが持っているから当日にならないと着せることはできないわ〜。試着も十分やってフユミヤも疲れているけれど、まだ買わなくてはならないものがあるからお兄様も選びに行きましょう?」

「まだ買わないといけないもの……、なにがあるんだ?」

「貴族令嬢が普段着るようなドレスに、夜着でしょう? 後は髪飾りを複数買った方が良いと思わない? 婚礼衣裳は選べなかったのならそれくらいは選んでもいいのではないかしら?」

「……選んでいいのか?」


 ……特にこれといった希望はないし、選ばせてもいいのかもしれない。

 あまりにも変なものだったら拒否すればいいだろう。


「フユミヤが嫌がるような物でなければいいのではないかしら? ただ、社交用のドレスはまた今度作ってもらおうと思うからそのことは覚えておいて欲しいわ〜」

「……社交用のドレスは選べないのか?」

「社交用のドレスは作っていないから準備しておくとのことよ。試着もするからお兄様が直接のはそういった場面がある時ね」

「……そ、そうか。なら俺の魔石を混ぜることはできないか? 装飾に使えると思うが……」

「ハニ、できそう?」

「そうですね〜。できます。魔力保護はそちらでかけていただければ魔石の色も保てますね。何個でも受け取りますよ」

「……それなら」

「魔石は後でお願いします。今はフユミヤ様の衣装を選びに行きましょうか」

「……そうだな。よし、選ぶぞ」


 ヴィクトール、なんだかやる気に溢れているようなそんな気がする。

 ……普通こういうのって男の人は興味を持たない気がするけれど。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 ハニ様の案内で1階の売り場のような場所に出る。

 ……この防具屋、女性用の服しかないような?

 どういうわけかわからないけれどスリットの入ったミニスカメイド服があったり、薄い布でできたチャイナドレスのようなものもある。

 ……ここにも転生者がいるのかな?


 もちろん普通の服もあるけれど、やたらと異彩を放つエリアが妙に気になる。


「フユミヤ? そっちが気になるのか?」

「いや、なんだか知ってるような雰囲気の服だから見てただけ」

「あの服はヘローナが作っている防具ですね。布地としてはだいぶ薄いですがすごく丈夫なのが特徴で今人形に着せているのはヘローナの新作なんですよ。着ますか?」

「わ、私はいいかな……」


 ミニスカメイド服も丈の短いチャイナドレスも堂々と着れるような年ではない。

 アレを着るには相当な勇気が必要だと思う。


「……冗談です。では貴族向けの服の場所へ案内しますね」


 ハニ様に案内されて貴族令嬢が着そうな服のある一角へ案内される。


 ……確かに貴族令嬢が着そうだけれど、なんだかだいぶ胸が強調されているような気がする。

 今の流行りなのだろうか?

 そういった服を着た首無しの人形がずらーっと並んでいる。

 探そうとすればハンガーのようなものにかかっている服からかな?

 流行に逆らうけれど、あまり露出度があるようなものは避けたい。


「さて、ここが貴族令嬢風の服の場所になります。あくまで私達は貴族からの依頼を主に受けているわけではないのでここにあるのは想像上の貴族令嬢の服という表現が近しいです」


 ……だからあんなに胸が出るような服装が並んでいると。

 服の雰囲気的にこれもヘローナさんが作っていそうだ。


「とは言いましたけれど、この中にある服をとある男爵令嬢が購入し、社交で着た結果、こちらの服のような服が流行りました。流行を追うならこちらのほうがよろしいかと」

「えっと……、もう少し布地がある服は……」

「ありますね。こちらは人形が着ていませんが見ていきますか?」

「はい、見せてください」


 よかった。

 普通の布面積の服もありそうだ。


 ハンガーにかかっている服はあるべき場所に布がある。

 こっちの服の方が普通に着れそうだ。

 ……後は布の色とか質感で選んでいけばよさそうかな?

 その前に大きさの表示がない。

 ここは聞かないと。


「……そういえば大きさとかはどうなります? 私、背が小さい方なので、それに合った大きさの服はありますか?」

「服屋の服とは違い、こちらは防具なので、着た人の体の大きさに調整されるようになっています。例えばこの服も小さなお嬢様に着せてもちょうどいい大きさになります」

「そうなんですね」


 防具って便利だな……。

 ユーリちゃんが着ても、私が着てもちょうどいい大きさになるのはとても便利だ。

 本当のフリーサイズということなのかもしれない。


「フユミーお母様、わたくしもフユミーお母様の服を買ってもよろしいこと?」

「ユーリちゃん、お金があまり持っていないって言ってなかった?」

「あれは緊急用の貯金に届いてしまいそうだから言っただけですわ。そして緊急用貯金の切り時は今ですわ!」

「えぇ……。そんなことに使わなくてもいいから」

「いいえ、わたくしはあちらの場所に行って買いたい物がありますので! フユミーお母様、ぜひわたくしの選んだ服を着てくださいまし!」

「あ、あの方向って……」


 ミニスカメイド服とかがある方向にユーリちゃんが行ってしまった……。

 あの類の服は絶対に着たくない。


 でもあの方向に行っただけで、必ずしもそこの服を買うわけではないだろう。

 そう信じよう。

 コスプレをする趣味は私にはないのだ。


「主様、わたくしも主様に来ていただきたい服を見つけたのです。わたくしも行きますね」

「えっ、クラリスさん……?」


 クラリスさんもユーリちゃんと同じ方向に行ってしまった。

 き、着たくない……。

 コスプレは嫌だ。


「……あの2人、一体どうしたのかしら?」

「愚妹の行動はわたくしにもわかりません。着せたい服を見つけてしまったのでしょうね」

「私とお兄様で普段着るような服を決めてしまいましょう。もちろんフユミヤが着たいと思う服があるのなら当然言ってね。私達で買うから」

「い、いや自分で買えるので大丈夫です」

「遠慮しなくていいのよ。私達も買えるから。ね、お兄様」

「そうだな。俺達が強制的に留まるように仕向けたような物だ。詫びの品として受け取ってくれ」

「お金の使いどころ……」


 時計かこういうところしかないと思うけれど……。

 この服のように見える防具がどれくらいのお値段かはわからないけれど多分高いのだろう。

 だからこそそれなりの枚数を買ってお金を消費しようと思ったけどなぁ……。


「王都には金が必要なところがたくさんある。今無理して使わずにそういう場所で使ってくれ。俺も着いていくがな」

「……その時は私のお金を使わせてくれるよね?」

「場合による」

「…………」


 大抵のものを奢られるような気がする。

 お金は私の方が多い気がするんだけれどな。


「さて、選ぶか。着たくない物があったら言ってくれよ」

「そうね〜。フユミヤが着たい服があればそれが良いと思うわ〜」

「ぬ、布が多い物がいいかな……」


 あの露出度の高いものは勘弁してほしい。

 ……私も服、選ぶか。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 地味なやつ、それなりにある。

 色の組み合わせもそこまでキツい服もない。

 目立たなさそうなやつを3着持つ。

 背中に大きな切れ込みが入っていることもないし、これでいいかな。

 それにしても服屋といってもなんだか地球にありそうな服屋のような防具屋だ。

 ハンガーらしき物はそのままハンガーだったし、ハンガーに服が掛けられているものの多くが銀色の金属の棒にかけられている。

 値札がないことが気がかりだが、ハンガーの交点に付いている色の筒が値段を表していそうだ。

 一体何色が何リーフなんだろう?


「フユミヤ、着たい物は決まったか?」

「決まったけど……、な、なにその量は? 2人共……?」


 ヴィクトールとセラ様はそれぞれ10着は持っている。

 私の持っている物と合わせると合計23着となるけれどそんなにいらない。

 これは選別しないといけなさそうだ。


「フユミヤに着てもらおうと思って選んでいたらこんなことになってしまったわ〜。選んでくれるかしら〜?」

「さすがにこの量は選ばないとですね……」

「そうだな。というわけで選んでくれ」

「……うん」


 全部買っても着ない服が出てくるからね。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 まずはセラ様の服から確認しよう。

 赤が含まれている服が多い。

 セラ様の瞳の色に合わせているのだろうか?

 瞳が赤いといえばウォルスロム国王陛下もそうだけれど、あの人はどちらかというとオレンジ色に若干寄っていた気がする。

 今回の赤色は若干赤紫に寄っているような、そんな色だ。

 さて、確認しよう。


「…………これは却下ですね」

「フユミヤに合うと思ったのにダメなのかしら?」

「そこまで肌は出したくないので……」


 やけに襟ぐりがえげつない、胸の谷間が終着点まで出てくるようなものを選んできた。

 これは却下。

 普段からこんな服は着たくない……。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 セラ様が選んでくれた服は10着中7着却下させていただいた。

 流行りの服を着るべきなのはわかるけど、布面積が多い物を着させてほしい。


「……紛れ込ませればうまくいくと思ったのだけれど」

「7着はそういう服でした。紛れ込ませるとかそういう次元ではなかったですね……」

「でもフユミヤ、襟元と背中の方ばかり気にしていたけれど、大丈夫?」

「あっ、スカート丈……、は普通ですね」

「そうね〜。そういうところも気をつけるのよ? お兄様が短いものを選んでいたわ~」

「選んでないからな!?」

「さて、私が選んだ物は決まったし、例の物を買ってこようかしら? ハニ、地下に行ってもいいかしら?」

「そうですね。構いませんが、着いていってもよろしいでしょうか? 内密にご購入されたい物ではございませんか?」

「そうね〜。そうしたいからお願いしようかしら」


 セラ様は一体あの地下でなにを買うつもりなんだろう?

 私の方を見ているけど、なにを……?


「さて、私が選んだ物はここに掛けておくから買う時は忘れちゃだめよ〜。それじゃあハニ、向かいましょう?」

「はい」


 セラ様がハニ様を連れて地下の方へ行ってしまった。

 なんだか怖いな……。


「フ、フユミヤ……、俺の方も選んでくれないか?」

「……そうだね」


 ヴィクトールの声が少し裏返っているような気がする。

 でもヴィクトールは地下の中を見ていないはずだ。

 ……どういうことだろう?

 とりあえず選ばないと。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 ……セラ様の言われた通り、スカートの丈がやけに短い青い服が存在していた。


「ヴィクトール、これはなしで」

「部屋の中で着るのはどうだ……?」

「……それもなしかな」


 今のところは部屋にいようがヴィクトールがいるのは確実だし、あまりこういうものを着るべきではないような。

 それにしてもこの服、この貴族令嬢風の服が並んでいるこの場所じゃなくて別のところから取ってきているような気がするのは気のせいだろうか?


「ね、寝る時はどうだ?」

「……今のところ、ヴィクトールと一緒に寝ることは変わらないから」


 なるほど夜着が並んでいる場所から持ってきたのか。

 ……スカート丈が長ければ着てもいいけれど、服のバランスを見た感じから察するに、太ももの真ん中より上のところに裾が来る以上、この服はとにかく却下だ。

 寝返りをして起きたら大変なことになったらどうしようもないだろう。


「ど、どうしてもダメか?」

「却下で」

「……わかった。フユミヤは着なくていいから買う」

「えぇ……」


 そこまでしてこの服を所有するの?

 まあ着なければいいか。


 引き続き服の選別をしよう。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 ヴィクトールが持ってきた服は6着却下した。

 結果的に買うのは5着となるが、ヴィクトールが持ってきた服は深いスリットが入っていたり、布はあっても透けていたりとまあ生々しくいやらしい物だ。

 目を皿のようにして見ておいて良かった。

 最初にセラ様が選んだ服を見ていなかったらうっかり通していた服もあったのかもしれない。

 それくらいには隠し方が巧妙だった。

 却下した服も部屋で着てくれとも言われたがとにかく断った。

 自腹を切って買うのも止めさせた。

 全体的にヴィクトールはどういうわけか必死なんだよな……。

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