第103話 気疲れしつつも次の服

 私が着るべき婚礼衣裳が整った。

 白く透けた布がたっぷり付いているベールと、太もも丈の白い靴下となぜか付けられているガーターベルト。

 なんなら下着まで丸ごと変わっている。

 どういう形状かまではわからないけれど、試着の時よりかは布が増えたからやや安心と捉えるべきなのだろうか?


「……主様、これを着てヴィクトール王弟殿下と結婚式を行うのですか? わたくしの主様が盗られてしまうなんて……」

「布がたくさんありますわね〜。ところでこちら、おいくらですの?」

「1億リーフは頂きたいですけど、出せます?」

「出せます。着てた服の中に財布があるから取りに行かないと……」


 ドレスを引きずりながら履き慣れない靴で歩く。


「フユミーお母様! わたくしが裾を持ちますわ!」

「ユーリちゃんありがとう。……やっぱり歩きにくいね。ドレスって」

「……ドレスと言えば、フユミヤは社交用のドレス持っていないわよね?」

「持っていないです。……それも今日買うのでしょうか?」

「それはさすがにお兄様と選んだ方が良いわね……。ハニ、社交用のドレスも作れないかしら?」

「作れますが、フユミヤ様には先程の服装になっていただく必要があります。すでにあるものとして普段王城を歩けるような服装なら1階にありますね。髪飾りもそれなりにありますよ〜」

「……婚礼衣裳がこれくらいの時間でできたとなるとそこまで急ぐ必要もないかしら?」

「候補になりそうな物、作成しておきましょうか?」

「そうね、お願いしたいわ」


 ノロノロ移動している間に色々な物を買うことがどんどん決まっていく。

 あまり露出度の高い服は着たくないけれど、大丈夫なのだろうか?








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 なんとか試着室に着いた。

 この中に私の服があるけれど、動きづらい。


「フユミーお母様! 私がお財布を持ってきますわ! 服の中、ですわよね?」

「ポケットがあるからそこに入れてる。わかりそう?」

「ありましたわ! たくさん入っていますわね……」


 ユーリちゃんが赤い巾着袋を揉んでいる。


 そういえば、私は今どれくらいのお金を持っているんだろう?

 最近数えていないな……。

 10億リーフくらいはもうあったりして。


「さあ、フユミーお母様! 戻りますわよ!」

「……短い距離なのにすごい時間がかかるね」

「こんなに豪華なウェディングドレスですもの! 時間がかかるのは仕方のないことですわ!」

「……もう次は結婚式の日に着て終わりでいいかな」

「やっぱりフユミーさん、こういう服装は嫌ですの?」

「重いし疲れるし動きづらい」

「マイナスな感想3拍子ですわね。でも、確かにこんなに裾が長いと動きにくいですわね……」

「結婚式は生まれ変わっても今回ので最後にしよう……」

「そ、そこまでですの!?」

「絶対疲れる……。今回はもう避けられないけど、次回は絶対回避しないと」


 ウェディングドレスを着ただけでもうこんなに疲れ果てている以上、私はそもそも結婚式を行うべき人間ではないと痛感する。

 来世があったら今度こそ私は独身を貫こう。


「やはり今回の婚姻に関しては乗り気ではありませんのね?」

「まあ、うん。婚約からだけど……」


 疲れているのでいらない言葉が出てきてしまった気がするけれど、もう気にしない。

 どちらにしろ結婚が決まってしまった上に、婚約破棄はウォルスロム国王陛下の気が変わらない限りは無理だろう。


「やはり今の婚約は、ヴィクトール様の一方的な感情で成り立っていますのね……。どうにかしませんの?」

「もう、どうしようもない段階まで来ちゃったからね……。今更なしにするのはすごく難しいんじゃないかな?」

「でもフユミーお母様、まだ壊そうとすれば壊せますわよね?」

「……それはさ、ダメなんじゃないかな?」

「フユミーお母様、そのうち潰れてしまいますわ。これでは幸せになるのも難しいのではなくって?」

「結婚することが人生の幸せではないからね……。結婚は人生の墓場みたいな言葉、結構聞くから大変なのはこれからなんだろうね」


 結婚後、私は一体どうなるんだろうとも思う。

 さすがに独身のように自由に動くことは叶わないだろうし、子どもは何人産まされるのかな?

 今回の結婚の目的、光の魔力を持った子どもを作ることが前提だろうし……。


「……良いか、もう。とりあえずセラ様達のところへ戻らないと」

「そうですわね……」


 気づけば足が止まっていたようだ。

 今着ている婚礼衣裳の支払いに行かないと。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 疲れたな……。

 という感想を抑えて私はなんとかドレスを着させられた場所に戻った。


「フユミヤ、支払いは済ませておいたわ」

「……エッ」

「だってこれは兄上が直々に結ばせた婚約だもの。王家の人間がお金を負担すべきだと思うの。私にも蓄えはあるから安心してほしいわ〜」

「私もお金の余裕があるので私が払っても良いのではないでしょうか?」

「フユミヤにはね、この後の買い物に付き合ってもらうから、その手間賃といったところかしら?」

「それにしたって1億も負担してもらうほどでは……」

「そう言うのならいっぱい着せ替えちゃおうかしら? 貴族の生活、なんだかんだで貴族生活、服も相当な数が必要だもの」

「……まだ服を着るんですか?」


 ウェディングドレスを着るだけでどっと疲れたのに、まだ着替えるんだ……。

 いっそのこと着ないで購入しても良いと思うけれど、着替える場所がないか。

 ヴィクトールの部屋で着替えるわけにもいかないし。


「えぇそうよ。婚礼衣裳の試着で疲れちゃったかしら? でもねフユミヤ。これからいろいろな服が必要になってくると思うからその用意はしておくべきよ?」

「……試着する服は動きやすいのでしょうか? 着るのが楽な服だといいのですが、どうでしょうか?」

「この衣裳よりかは動きやすいわよ。この衣裳が特別動きにくいだけなんだけれどね」


 なら良いのかな?

 けれど、貴族女性が着るような服、動きにくいイメージがある。


「そうなりますと、婚礼衣裳は脱いで頂いて元の服装に戻っていただきましょう。フユミヤ様、もう1度試着室に戻ってください。試着室の中でドレスを緩めます」

「わ、わかりました」


 ここでドレスを緩められたらとんでもないことになってしまう。

 急いで試着室に戻らないと……!








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 靴以外、元の服装に戻った。

 やっぱりこれが1番落ち着く。

 今履いている靴は小さいソファの近くにあるので、それを履き替えれば、完全に元戻りになる。

 やっぱりヒールが高い靴は歩きづらいな……。


「さて、婚礼衣裳ですがどうしましょうか? このまま持ちます? それとも直前まで預かっておきますか?」

「わたくしが持ちます。当日は主様に服を着せるのはわたくしの役目になることが考えられますので!」

「それでは収納した状態でお渡ししますので少々お待ち下さい」


 ハニ様は、試着室ではなく壁の方へ向かったのかと思ったら隠し扉が現れた。

 隠し扉の先で婚礼衣裳を収納するのだろう。

 その扉の先へ消えていった。


「……呆気なく作れちゃいましたね! 主様の婚礼衣裳!」

「普通ならどれくらいの時間がかかりますの?」

「服屋に頼むと1年以上、特急料金で依頼しても25週間以上はかかるから今回の場合、どうやっても間に合わないのよね。ハニがいて助かったわ~」

「25週間ですと今回の結婚式には間に合いませんわね……。この短期での結婚式、フユミーお母様に恥をかかせるのも目的のうちに入っていそうですわ」


 ……そういう目的もあるんだ。

 そうなると、


「ヴィクトールの婚礼衣裳はどうなるのでしょうか?」

「王族にはあらかじめ婚礼衣裳が用意されているの。だから問題ないのよ〜」

「結婚を行わない王族もいるのかもしれませんのに婚礼衣裳を作りますの?」

「基本的には学園の5年生になったら体の成長も落ち着いているからその頃に作って卒業までにはできあがっているの。私も一応持っているのよ〜」


 慣習のような物なのだろう。

 ……ヴィクトールの婚礼衣裳に関してはこれで問題ないことはわかった。

 少なくとも衣装は揃ったから1番大事な物の準備は終わった、という認識で良いのかな?


「わたくし達はいつもどおりの服装で構いませんわよね?」

「ユーリは大丈夫だと思うけれど、クラリスは……」

「わたくしには学園の制服がありますのでそれで出席しようかと思います」

「……クラリス、貴女学生だったの?」

「今は長期休暇です。……と言っても主様の結婚式の日には長期休暇も終わっていますので授業を捨てて出るつもりです! わたくしの取りたい授業はもう取り終わっていますので!」

「……それでいいの?」

「え~っと………、ま、まあ? 大丈夫ですって!」


 ……クラリスさん、それでいいのかな?


「単位、大して取っていなさそうね〜。フユミヤは王弟妃となるのに勤勉でなくていいのかしら〜?」

「座学が苦手なだけなんです! 実技は上手くいってはいるので……」

「学園の授業はほとんど座学よ? ……あまり首は突っ込むべきではないと思うけれど、フユミヤは真面目そうな子がいいんじゃないかしら?」

「ぐっ……、でもわたくしは主様の傍にいたいのです……」

「まずは勉強の方が大事だと思うけど……」

「主様!?」


 せっかく学生という身分なんだし、学べる時に多くのことを学んで欲しいとは思うけれど、それは言いすぎなのだろうか?


「主様が言うのでしたらがんばるしかないですが、……その、歴史の先生が話す歴史が先生ごとに異なるのだけはどうにかなりませんかね?」

「それは同じ先生の授業を受けるしかないと思うわ〜」

「確かに同じ先生の授業を受けたらいいのはわかりますけれど毎年歴史の授業を受けないといけないじゃないですか〜」

「そうなると授業をまとめて受けているのかしら?」

「そうです。フェルグランディス史Ⅰは貴族だったら誰でも知っているので早期単位確保の試験を受けて単位は獲得済みで、ⅡとⅢはその年で取りました」


 ……クラリスさん、授業に寝坊する割には結構要領が良いのかな?

 それにしても歴史だけでも3教科以上あるなんて面倒くさい学校だ。

 私もいくらか覚えておいたほうが良さそうだけれど覚えられるのかな?


「フェルグランディス史のⅡとⅢもそれなりに勉強してから学園に来るものね〜。まとめて取りたくなるのもわかるけれど、先生ごとの領地びいき、だいぶ酷かったでしょう?」

「それはとても酷かったです! 試験問題もだいぶ偏っていました!」

「それはもう仕方ないのよね〜」


 ……偏りってどれくらいあったんだろう?

 私は学園に通うことは難しいけれど、試験か……。

 やっぱりあるんだね。


 クラリスさんとセラ様の会話を聞きながら隠し扉の方を見る。

 ハニ様はそろそろ出てくるのだろうか?


 ……出てきた。

 手には首のない、私がつけていたベールに包まれた白いドレスを着た小さな人形のような物を持っているが、これは一体?


「お待たせしました。こちらがフユミヤ様の婚礼衣裳を持ち運べる形にしたものになります。これから服を脱がせるとヒトが着れる程になるまで服が大きくなりますのでお気をつけてください」


 ……どういう理屈なんだろう?

 周りは納得しているような雰囲気を出している。

 よくあることなのだろうか?


「それではこちらはわたくしが受け取りますね。結婚式当日、主様にドレスを着せるのはこの近衛騎士たるわたくし、クラリス=クーデリア=ゴルディアンですからね!」


 クラリスさんの鞄に首なしウェディングドレス人形が収納される。

 これでもう大丈夫なのかな……?


「さて、次はお兄様も巻き込んでフユミヤの色々な物を買っていくわよ〜!」

「わたくしもなにか買いますわ〜」

「それでは1階に戻りましょうか。元の場所まで案内しますね」


 ハニ様に案内されて1階の入ってきた場所に戻る。

 ……またあの視線をどこに向けたら良いかわからない場所を通るのか。

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