第102話 面倒なお支度

 王都ル・フェルグランはこの世界の時計のように24番街を一番北側として6番街が東、12番街が南、18番街が西といった具合に分かれている。

 とは言っても王都自体はそれなりの楕円形の形をしているのでそれぞれの街ごとの建物の数は偏っているようだ。


 今回行くことになっている22番街の防具屋は住宅街の中にあるらしい。

 確かに立地としては変わっているが、クレニリアの町のルシテアさんの工房もわかりにくいところにあったし、その職人の性質のようなものがあるのだろう。


「ここが、ハニの防具屋かしら……?」


 セラ様が立ち止まった場所は赤紫色の壁と屋根が特徴的で、いかにもショーウインドウのようなものがありそうなところは透け感のない真っ白なカーテンで閉められている。

 他の建物は普通に住宅のようで、この建物だけが異なる雰囲気を放っていた。

 防具屋が並んでいるような場所に店を構えないのは不思議ではあるけれど、入れるのだろうか?


「……セラフィーナ様!? 王都に戻られたのですか!?」

「あら、ハニじゃない。ちょっと頼みたいことがあるのだけれど店に入れてもらってもいいかしら?」

「セラフィーナ様でしたらぜひ! まだ営業前ですけど入っちゃってください! お連れの方もどうぞ入ってください〜」


 扉を半開きにしてこちらを見ていたのは黄褐色の髪をした女性だ。

 王城で見たような貴族令嬢が着ているような服にフリルが増やしたような服装をしている。

 服装だけで貴族か平民かを判断するの難しい。


 とりあえず、ハニ様の店に入ってみよう。

 セラ様の後を着いて店の中に入る。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 私達全員が店内に入ったのを確認したハニ様は急いで扉を閉める。


「それで、セラフィーナ様。ご依頼したい内容とはどのようなものでしょうか?」

「フユミヤとお兄様の結婚式が49日後にあるのだけれど、そのための婚姻衣裳を作れるかしら?」

「……えっと、王族の結婚式となると、今の国王陛下になってからは初、ですよね? まだそのような話を聞いたことがありませんが……」

「昨日決まった話だもの。広まっていないのは当然だわ」

「昨日決まったんですか!? それは服屋には頼めませんね……。特急料金かけても間に合う保証はない以上、作りの早い防具屋に頼むというわけですね」

「話が早くて助かるわ。それで、できそうかしら?」

「できなくはないと思います。婚礼衣裳は作ったことはないので胸を張って作れるとは言えないです」

「それでいいのよ。可能性があるのなら今はそれに縋りたいの」

「わかりました。今日中に完成させる勢いで行きましょう!」


 ……今日中に完成させる勢い、か。

 本当に今日中にできたらすごいとは思うけれど、そんなことできるのだろうか?


「それではフユミヤ様には早速着替えて貰うための準備をして頂きましょう。女性の婚礼衣裳が一番時間がかかりますからね!」

「在庫があるのかしら?」

「いえ、試着室で作りながら調整を行おうかと考えています」


 ……これは速攻で決められるような、そんな気配がする。

 特にこだわりはないと思うので、無難な物ができたらそれにすればいいだろう。


「ただ試着室にあまり男性を入れたくはないんですよね……」

「じゃあ、お兄様とコルドリウスはどこかで待ってもらえばいいのね?」

「待て、俺はフユミヤの婚約者だぞ。俺にもフユミヤの婚礼衣裳を決めさせてくれ!」

「それは結婚式当日のお楽しみということでなんとかできませんかね……?」

「お兄様の分まで私が決めてくるわ〜。だから安心してちょうだい」

「安心じゃない。俺も色々なフユミヤが見たいんだ!」

「セラフィーナ様、私が作る防具の説明、ヴィクトール様にはされていないのですか?」

「あら、学生時代から作っているものは変わっていないの?」

「はい。なので男性にはなるべく入ってきて欲しくはないのですが……」

「そうね。ならお兄様、ハニがなにを作っているかについてだけれど……」


 セラ様はヴィクトールだけに聞こえるようになにかを囁く。


「なっ……、そ、それは入らないでおこうか。…………セラ、フユミヤのものを頼む」

「……わかったわ〜。イイ物を選んでおくから期待して待っててね〜」


 一体なにを話したのだろうか?

 ヴィクトールが慌てて着いてこようとしていたのも落ち着いているし、なにかを噛み締めるかのように目を閉じていて、顔も少し赤い。

 ……この防具屋にはなにがあるんだろう?


「コルドリウスはお兄様の護衛ね」

「はっ、承知しました」

「男の人は着いてこないことが決まったからハニ、試着室に案内してね〜」

「承知しました。それでは行きましょう」


 ハニ様に着いていく形で試着室に案内されることになった。

 それにしてもどうして女性限定なんだろう?








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 …………これ、私が入るべきではないような店ではないような。


 地下の部屋には女性用の下着がとにかくたくさん展示されていた。

 トルソは肌色だし、なんだか直視するのも恥ずかしい。

 男性出禁なのもわかるような気がするけれど、この広い地下室全体に女性用の下着がこんなにもあるのは異様だ。

 ハニ様1人でこれを作ったのだろうか?


「それにしてもすごいてすね〜。これハニさんが全部作ったんですか?」

「私だけではなく同好の士が他にも数名いるんです。その子達と一緒に作ったらこんなに量が増えちゃいました。でも全部防具としての機能があるので厄災狩りにも普通の人にも使えるんですよ〜」

「地下室にはこれがあるから男性は入ってはいけなかったというわけですの?」

「いえ、試着の際にほとんど脱いでもらいますのでその関係です」

「そこまでやってしまうの? それはどうなのかしら?」

「今回は婚礼衣裳ということですよね? 試着しながら作り上げていくのでどうしてもそのようになってしまいます。フユミヤ様にはご不便をおかけしますがよろしくお願いしますね」

「……わ、わかりました」


 ……服を脱ぐのもだいぶ久々のような。

 だいぶ抵抗感はあるけれど、どうしても必要なものだしやるしかないか。


「試着室まで後少しです。それでは行きましょう」


 ハニ様はどんどん先に進んでいく。


 ……よく見るとなんだかすごいのもある。

 ここはまともな防具屋なのだろうか?








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 試着室は相当広い場所にあった。

 先ほどの部屋とは違う、小さいソファ複数個以外なにも置かれてない広間には8部屋分の鍵付きの扉が見える。

 多分あれが試着室で間違いないだろう。


「さてフユミヤ様、まずは靴と靴下を脱ぎ、婚礼衣裳に相応しい靴に履き替えましょう」

「……も、もうそこからですか」

「はい、ここは女性だけの場所ですので安心してください」


 仕方がないので小さいソファに座って靴を脱ぎ、黒いタイツも脱いでいく。

 ……靴自体は寝る時は脱ぐけれど、タイツはだいぶ久々に脱ぐ。

 というより周りの人達はハニ様以外は目線を逸らしてくれているけれど、あまり脱ぐのって良くないんじゃないのかな?

 でも今回は必要だから仕方ないか。


 タイツはとりあえず鞄に入れておけば良いけれど、靴はどうするんだろう?

 わからないのでとりあえずタイツだけは入れておく。


「それでは靴の方を準備させていただきます。それでは作りますね」


 ハニ様はそう言いながら真っ白で爪先部分の尖ったハイヒールを私の足に生成した。

 …………ハイヒールで歩いた経験がない。

 10センチくらいの高さはあるけれど大丈夫なのだろうか?


「立てるかどうか確かめてみてください。ダメなようでしたら別の靴に変えさせていただきます」


 言われるがままに立ち上がる。

 接地部分が普段とは違う地面だからバランスを取るのが難しい。

 これで歩くのは無理ではないのだろうか?

 地球の人、よく歩けるな……。


「……少し、別の靴に変えましょうか。すみませんが座ってください」

「は、はい……」


 これでハイヒールから解放される。

 1分くらいしか履いていないけれどだいぶキツさはあったので解放されるならなによりだ。


「それではこちらにしましょうか。……少し、背丈が低く見えてしまいますが」


 ヒール部分が半分くらい削られて、地面との接地面積が多そうな靴になった。

 それにしたって普段履いている靴よりヒールが高そうだけれど我慢するしかなさそうだ。

 多分この世界、私みたいな159センチの身長でさえ低身長で子どもと扱われるからヒールを高くしてくれたのだろう。

 ……結果としては無様によろけていたが。


「それでは立ち上がってください。今度は大丈夫そうですかね?」


 普通に立つことはできる。

 歩けるかどうかはわからない。

 多分、歩けるとは思うけれど……。


「歩けますか?」

「…………はい、歩けてます」


 慎重に歩みを進めている。

 自分が座っていた小さいソファの周りを一周しても問題はなかった。


「なら問題はなさそうですね。では、好きな試着室でこの服と下着に着替えてきてください。」

「……エッ? 下着?」

「はい、婚礼衣裳は普通の下着では着れないので、この下着なら問題なく着れるはずです」

「そ、そうですか……」


 受け取った服の中に包まれているであろう下着の硬い感触が服からしないけれど大丈夫なのだろうか?


「それでは準備をお願いします」

「わ、わかりました……」


 セラ様との繋がりがあるとのことだけれど、本当に大丈夫なのかな?

 なんだかとても怪しいような……?


 ためらっても仕方ないので1番近い試着室の扉の方へ向かう。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「…………これってさぁ」


 頭を抱えたい。

 下着として渡されたものはだいぶ布面積が心許ない、辛うじて局部が隠れる程度の物だった。

 俗に言えばエロ下着、そういうものに分類されるものだ。


 なんてものを渡してきたのかと憤りたくなるけれど、とりあえず着よう。

 一応透けない太もも丈のペラペラのワンピースを着ればわかりにくいだろう。

 …………本当にこの防具屋、大丈夫なのかな?








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 渡された服に着替え、普段着ている物は鞄に入れて試着室から出る。


「あ、主様!? なんて格好を……?」

「店主!? フユミーお母様になんて服を着させていますの!?」


 ……やっぱりこれはとんでもない格好のようだ。

 ユーリちゃんとクラリスさんは今にも戦おうとしているけれど、待ってほしい。

 多分この服でなければならない理由とかがきっとあるはずだ。


「さて、それではここから服を変えていきます。婚礼衣裳ならこれはどうですかね? せいっ」


 白い布が変化する。

 どういう仕組み化はわからないけれど服を着ながら、布が増えたり切れ込みが入ったりしている。


 …………。

 これはちょっと露出度が高いような……。


「主様の胸周りは隠してください! こんなのヴィクトール王弟殿下に見せつけるわけには行きません!」

「背中側もお尻まで空いていますわ! フユミーお母様を痴女にする気ですの!?」


 う、嘘、そんなところにまで切れ込みがあるの!?

 そんな婚礼衣裳は良くないんじゃ……。


「……それではある程度は塞ぎます。頭からヴェールで隠れると思いますが」

「それでもそういった露出はフユミーお母様は好みませんわ! でしょう!? フユミーお母様!」

「う、うん。もう少し布が多い方が良いかな……」

「そうですか……」


 ハニ様は悲しそうに私の服の布を増やした。

 これでもまだ露出度はそれなりにあるだろうけれど……。

 まあ許容範囲内というところになっていそうだ。

 妙なところに切れ込みがなければいいけれど……。


「…………まあ問題ないですわ! 後は他の部分もやってみてくださいまし!」

「主様の髪は編んだほうがよさそうですね……。解きましょうか」


 今の私の髪型はヴィクトールが結ったポニーテールだ。

 確かに婚礼衣裳には合わないのかもしれない。


 クラリスさんは私の髪を解き、手で梳いてから髪を編み始める。


「……49日後、10週間もしないうちに主様が結婚してしまわれるなんて、わたくし、嫌です」

「わたくしはフユミーお母様と一緒に追い出されるために国王陛下に嫌な言葉を言ったのに追い出されませんでしたわ〜!」

「……だからユーリちゃん、結構な暴言を国王陛下に向かって言っていたんだ」

「でなければあんなこと言いませんわ〜! 最後の結婚回避チャンスでしたのに!」

「それどころか結婚が許されてしまいました……。わたくしはどうしたらいいのでしょうか?」

「……私の近衛騎士辞める?」

「辞めません!!」


 そこは強く否定されてしまった。

 ……どうしてそこまで続けようとするんだろう。


「主様の髪を編める機会もヴィクトール王弟殿下に奪われていますし〜……。わたくしはただ、主様に触れたいと思っているだけの無害な近衛騎士ですよ〜」

「お兄様が聞いたら怒りそうね〜。……本当に無害なのかしら?」

「…………秘密です! それはそれとして終わりましたよ、主様! これでベールが付けられますね!」


 クラリスさんが髪を編み終わったようだ。

 これで次の段階に行ける、ということか。

 ……婚礼衣裳、装飾が多いなぁ。

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