本物婚約編

第101話 これからの準備の準備

 ……………………。

 やっぱり婚約用の装身具を作るの、やめておいた方が良かったのかな?


「さあ、見てくれ! この指輪を! フユミヤが作ってくれたんだ!」

「それ、もう5回くらい聞きましたわ。隙あらば指輪の話をしようとするのはやめてくださいまし」


 呆れているユーリちゃんの髪型は私と同じようになっている。

 クラリスさんが編んでくれたのだろうか?


 ヴィクトールは左手の薬指に婚約指輪があることが嬉しいのか、何度も何度もこの夕ごはんの席で自慢している。

 ちなみにその指輪の指輪部分はヴィクトールが作り、指輪にはまっている魔石は私の魔力を入れているので私の青色の魔石とは全然違う、黄色だ。

 ほとんどヴィクトールが作った指輪なのにどうしてこんなに自慢しているんだろう?


「フユミヤ、大丈夫? 疲れているような顔をしているけれど……」

「…………大丈夫。どうしようもならないから」

「お兄様、フユミヤも呆れているわ〜。そろそろ自慢をやめたらどうかしら?」

「セラ、こうなったら満足しても止まらないから諦めるしかないの」

「……俺も昔はこうだったな」

「ヴェルドリスくんの場合は今もでしょう?」

「そうだな!」


 ……どうやら止める手段はないようだ。

 どうにかならないのかなこの人……。


 夕ごはんはもう食べ終えたので全員が食べ終わるのを待つ。

 早く部屋に戻りたいけれど、戻されるのはヴィクトールの部屋なんだよね……。

 なんだかげっそりする。

 これが罰というものか……。

 安易に死刑にされるよりも精神的に効く。

 なんでウォルスロム陛下はこれが効くことを見抜いたんだろう?

 普通は不敬罪で首が飛ぶと思うのにな…………。


「それでですが、明日は防具屋で婚礼衣裳を作れないか王都ル・フェルグランを巡ろうかと思いますが……、問題ないでしょうか?」

「……防具屋で婚礼衣裳、ね。結婚式の日まで残り短いと考えるとそうせざるを得ないと思うけれど、服屋との繋がりもないものね」

「服屋ではないけれど、防具屋になったあの子ならもしかしたら受けてくれるのかもしれないわ。変わった防具を作るような子だし、大丈夫だと思うの」

「まずはセラと繋がりのある防具屋に行ってみるか。母上、明日俺達は自由に行動してもよろしいでしょうか?」

「構わないわ。ウォルスロムが急に決めてしまったことだもの。結婚式の準備を急がないと大変なことになっちゃうわ。しばらくはそちらを優先してちょうだい」

「母上、ありがとうございます」

「全く、ウォルスロムのやつ、王族の婚姻は1大行事だというのにたった50日という短い期間、しかも王城に来て数日もしていない女性の婚姻をそのように決めるとはな」


 王城、本来なら厳しいしきたりとか正しい立ち回りとかあるんだろうな……。

 それも王族の嫁、きさきになるとしっかりしていないといけないわけだけれど、私にはその素養がない。

 せいぜいあるとしたらこの世界のこの体にある光の魔力くらいだろう。

 でもそれが貴族としての生活に役立つかどうかはわからない。

 魔術士団に属することができればいいけれど、属したところで訓練すらゴーレムが作れない関係で厳しいから意味がなさそうだ。

 じゃあ私、なにができるの?

 ただの産み腹?


「私がフユミヤちゃんに治療魔術を使わせたのが悪いのかしら? ごめんなさい、フユミヤちゃん」

「いえ、いいんです。もう過ぎたことですから」


 実際、もうどうしようもないのだ。

 武力行使で王城を抜け出すこともできなくはないのかもしれないけれど、それをしたところでその先になにもないだろうし……。

 自由に生きるのはもう無理なんだろうな。


「ヴィクトール様、セラ様。明日はわたくしも同伴させていただいてもよろしいでしょうか? わたくし、やることがありませんわ!」

「……ユーリは特別だから、いいかしら」

「特別? なんのことですの?」

「あの子の防具、少し見た目が変わっているものもあるから子どもが見るのは問題がと思っていたけれど、たぶん問題ないわね!」


 子どもが見るのに問題がある防具とは一体……?

 そんな防具を作る人に婚礼衣裳を任せて大丈夫なの?

 でも、今はそこに賭けてみるしかないか。


「子どもが見るには問題がある……、どういったものかは心当たりはありませんが着いていきますわ! クラリス様とコルドリウス様ももちろん着いていってもよろしいんですのよね?」

「着いてきてもらうぞ。近衛騎士だからな」


 クラリスさんとコルドリウスさんは安心したような顔をしている。

 ……しばらくは6人で外に出る機会が多くなるのかな?


「明日は朝食を食べたらそのまま王都だ。セラ、防具屋は何番街にある?」

「確か……、22番街にあるはずよ」

「中々変わった立地だな。……相当変わった物を作っているのか?」

「しっかりした防具よ〜。そこは安心してちょうだい」

「ならいいんだが……」


 22番街、ということは何番街まであるのだろうか?

 ドルケンルルズの丘に行った時はそこまで複雑な道を行かなかったからあまり複雑な街という印象は受けなかったけれど、単純な区画分けなのだろうか?


「さて、それじゃあ明日の予定も決めたところだ。今日のところはこれで終わりにしよう。明日からは俺とミルリーナは食事を共にしない予定だ。なにかあったら会議室で話をさせてもらうぞ。いいなヴィクトール?」

「はい、それで構いません」

「じゃあ、今日のところは解散だな! 全員ゆっくり休んでくれよ!」

「……それじゃあフユミヤ、戻るぞ」

「うん」

「待ってお兄様、私も一緒に行くわ〜」


 ヴェルドリス様とミルリーナ様が席を立った後に私達も席を立つ。

 ……私も客室に戻りたいんだけどな。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 セラ様とは途中で別れて本日2度目のヴィクトールの部屋だ。

 最初に入った時は大して内装を確認してなかったけど、とても広い。

 壁は王宮全体が赤色なのに対してこちらはヴィクトールの目の色が元なのか少し青緑色っぽい青色をしている。

 室内に置かれている家具も一般家庭にありそうなものと違って全体的に高そうだ。

 到底私なんかが寝泊まりするべき場所ではない。

 そもそも異性の部屋に寝泊まりするべきではないと思うが、結婚が確約された上に王からの命令のせいでたぶん私はこれからずっとここで寝泊まりしないといけないのだろう。


「チエ、洗浄魔術の前に髪を解いてもいいか?」

「……うん」


 編まれた髪は自分で解くことができるのかもしれないけれど、ここはヴィクトールに任せよう。


「じゃあこのまま解くぞ。痛かったら言ってくれ」

「わかった」


 ヴィクトールが私の髪を解き始めた。

 ……これ、自力で解かないほうが良かったのかも。

 ピンとか取るの難しそうだ。


「匂いが強いな……。香水でも付けたのか?」

「クラリスさんの洗浄魔術に匂いが付いているからそれの匂いかな」

「またクラリスか。この匂いは後で洗浄魔術でなくすからな」

「……? うん」


 ヴィクトールは私の髪に付いている匂いが気に食わないようだ。

 気に食わないのはクラリスさんがやったこと、なのだろう。

 ……近衛騎士は主の身支度を手伝うって話があったけれど、ヴィクトールはそれをわかっているのだろうか?








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「よし、これで解けたな」


 ヘアピンの残りがないかヴィクトールは手で私の髪を梳いて確認する。

 なさそうだね。


「それじゃあ洗浄魔術を使うぞ。目を閉じてくれ」

「うん」


 ヴィクトールに言われるまま目を閉じる。

 少し間を置いて洗浄魔術が発動した。

 ……ヴィクトールに洗浄魔術をかけられるのは久しぶりだけれど、なんだか丁寧になっている気がする。


 体感少し長めの洗浄魔術から解放された。

 私はこの後どこに行けばいいんだろう?


「チエ、先にベッドで寝ていてくれて構わない。長椅子では寝るなよ?」

「……わかった」


 どうせ長椅子で寝ても宣言通り寝に来そうだ。

 私はためらいながら天蓋付きのベッドの方へ向かった。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 本当にここで眠らないといけないのだろうか?

 ベッドはだいぶ広いけれど枕が1つしかない。

 枕も大きいけれど、そういう問題ではなく、寝床に上がるのにだいぶ抵抗がある。

 まだ長椅子で寝た方が楽な気もするけど、ヴィクトールはベッドで寝てもらった方が良いから、ここは一度我慢してヴィクトールが寝るまで寝たふりをしてから長椅子で寝れば良さそうだ。


「チエ、どうした? 上がらないのか?」

「あ、上がるから……」


 靴を脱いでヴィクトールのベッドの端に座る。

 ベッドは広いし端で1人寝るのも悪くはないのかもしれない。


「チエ、あまり遠慮するな。もっとこちらに寄ってくれ」

「エッ、ちょっ……」


 ヴィクトールに抱えられるかのように引きずられる。

 力が強くて抜け出そうにも抜け出せない。

 これ、寝たふりをして抜け出すことってできなさそう?


「やっとこうできる……。王城に着いてからは部屋は別々で、さらにはドルケンルルズの丘の臨時拠点では建物ですら別だった……」

「……これ、毎日なの?」


 ヴィクトールからするとずいぶんと待ちわびていたらしいけれど、これが毎日続くのは鬱陶しいようなそんな気もする。

 ……毎日じゃないといいんだけど、厳しそうな気がしてきた。


「もちろんだ! 俺達は国王公認で婚姻するからな!」

「……そうだね」


 ……ヴィクトールは浮かれに浮かれまくっているらしい。

 私はもう疲れた。

 現状がどんどん酷くなっているし、もう好きに動くこともままならないんだろう。

 多分1人になるのも難しそうだ。


「……チエはあまり嬉しくはないか。完全に俺だけが喜ばしい形となってしまっているな。それにしてもどうして兄上は俺とチエの結婚を命じたんだろうな?」

「私に対する嫌がらせだと思うけど……」

「……嫌がらせ、か」

「普通は追い出すか殺すかすると思うけどな……」

「それはないな。チエと戦うなんて悪手を兄上がするはずはない」

「ウォルスロム陛下、弱いの?」

「……そうだな。兄上に武芸の才はそこまでない。さらには、知略の才もそこまでない」

「ないんだ……」


 ……確かウォルスロム陛下って4年前にアキュルロッテが逃げ出したからこの国の国王になれたんだっけ。

 国王なのに武芸にも知略にも優れていないというのは大丈夫なのだろうか?

 でもそういう国王って物語上で味方として出てくるような国王だから現実はこのくらいでいいのかな?

 王位についてまだ4年しか経っていない上に年齢も私やヴィクトールの少し上だろうし、未熟とも捉えられてしまう部分があるのは仕方のないことなのかな?

 人のこと言える立場ではないけれど……。


「チエはその気になれば全てを壊せる魔力があるんだ。兄上もそこまで愚かではないからな。戦うような真似はしないだろう。」

「全てを壊せる……」

「過言ではないだろう。魔力壁膜を貫通するデンキの魔力がある以上、チエは全てを壊す覚悟さえあれば自由になれるぞ」

「……全てを壊したところでその先には」

「なにもないな。騎士団の連中とセラが魔力の真髄に辿り着いているとはいえ大厄災の獣と単体で倒せるのはチエとアキュルロッテとギリギリ俺くらいだろう。大厄災の獣は封印頼みになりそうだな」

「そうしたらこの先、この国は……」

「現状維持か、さらに酷いことになるだろうな。でもチエがそこまで気負うことはないだろう? チエはこの世界に突然現れたんだ。愛着もない国を無理して守ろうとする必要はない」

「……でも、力があるのならそうした方が」

「…………ずいぶん無理をしているんだな。させているのは俺達だとは思うが……」

「無理はしていないと思うけど……」


 厄災の獣との戦いでケガをしたことはないし、魔力切れを起こしたのは最初の大厄災の獣との戦いぐらいだろう。

 そこまで酷い無理をした覚えがない。


「……チエ、しばらく戦いの日々からは離れるぞ。休息になるかはわからないが、婚礼衣裳の買い出しや学園の図書館でしばらく気を紛らわせてくれ」

「婚礼衣裳はともかく、学園はすぐに入れるの?」

「俺は王族で卒業生だから問題ない。学園に関しては基本的に制服を着ていれば誤魔化せる。特に図書館は重要視されていないから注意はされないはずだ」

「警備とかどうなっているんだろう?」

「基本的に緩いぞ。下手に魔力のある者を刺激するわけにもいかないからな」

「……そっか。魔力があるということは常に武器を持っているような状態と言っても過言ではないんだ」

「そうなる。警備になるようなやつは基本的に雇われな上に大人には負けるようなやつらばかりだからな。まあ、制服を着ていれば問題ないだろう」


 警備の人、弱いんだ……。

 学生の安全とか大丈夫なのかな?


「今日のところはもう寝よう。明日は婚礼衣裳の準備だ。セラとの繋がりのある防具屋はどんなものを作ってくるかはわからないが、いろいろと試着すると考えられるから覚悟してくれよ?」

「……うん」


 婚礼衣裳、か。

 死んでも着るつもりはなかったんだけどな……。

 こだわりは特にないので即決できるなら即決してしまおう。

 ……変な物ではない限り。

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