第100話 確定されてしまったもの

 動揺が収まらないまま、夕ごはんの時間もまだなのにヴィクトールの部屋に案内される。

 ヴィクトールだけが一緒だ。


「……結婚が決まったな」

「い、今までは認めてなかったのでは?」

「兄上も考えていることはあるはずだ。多分俺達はたまたま選ばれた。俺としては嬉しい話だが、フユミヤはそこまで喜んでいないな?」

「…………」


 もう少し自由な立ち場でいたかったんだけどな……。

 後、ヴィクトール、いろいろと近いから勘弁してほしいところはある。


「なさそうだな。とりあえず、夕食の時間まではここで待つことになりそうだからもう少し中に入ろう。長椅子があるからそこに座ってくれ」

「……うん」


 とりあえずヴィクトールの部屋の奥の方に入る。

 土足で入っても問題ないらしい。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 これは一体なんだろうか?

 普通距離は取るべきでは?

 長椅子、ソファの端に座ったらヴィクトールがそのすぐ隣に座って距離を詰めてきている。

 少し狭いかな……。


「近い……」

「そうだな。チエは俺との結婚は嫌か? それとも結婚そのものが嫌か?」

「結婚そのものの方が嫌かな」


 私は結婚が嫌だ。

 面倒なことが多すぎるから。

 結婚式にしろ、その後の結婚生活にしろ、独身より面倒くさいのはわかりきっているから。


「なら俺自体はどうだ? 近づかれるのは嫌なのはわかったが、実際のところどう思ってくれている?」

「……あまり思うようなところはないよ。どちらかというと女の子ならまだしも男の人に近づかれるのが嫌、という方が大きいかな」

「……それはなんだか悲しいが、そうか性別か。例えば、髪を下ろしたとしても苦手意識はあるか?」

「体は普通に男の人だから……」

「そうか……」


 そう言ってヴィクトールの左手が私の右手を握る。

 苦手意識があるとは伝えたんだけどな……。


「確かにそうだな。俺は男でチエは女だ。当然問題はあるな。今のような状況でなければな」

「……うん」


 最後の関門かと思っていたウォルスロム陛下も刑罰にするかのように日程ごと私達の結婚を確定させた。

 50日後に結婚、か……。


 結婚式に必要な物がなにかは知らないし、そもそも50日でいろいろと間に合うのかな?


「とはいえ、俺達は夫婦になるんだ。そのうち慣れてほしいと言いたいところだが……、結婚式の日までが短いとなると準備をしなければならないものがたくさんあるな。明日にでも始めたいところだが……」

「やっぱり準備をしないといけないものがあるんだね」

「そうだな。まずは婚礼衣裳だが、これは初めに頼もう。本来なら純白の物であると良いんだが、それの手配ができるかだな。俺の手で作れればいいんだが、できないからな」

「……1から作るの? 借りる、とかはできないの?」

「魔力を抜くからできない。普段着ているような服はヒトの体に合わせてくれるが、魔力を抜いた生地で作るような服はそのヒトだけに合うように作られた服だからそれもできないな」

「魔力を抜かない婚礼衣裳を作るようなところとかはないのかな?」

「……戦闘にも使える婚礼衣裳を作るような変わった服屋はあるのかもしれないが、どうだろうな」

「防具職人に婚礼衣裳を作らせることはいけないの?」


 婚礼衣裳は服屋だけにしか作ってはいけない決まりでもあるのだろうか?

 個人的にはこの世界、魔力がある以上、嫌がらせで魔力の攻撃ができそうな気がするからなるべく防具としての性能も期待できる婚礼衣裳を用意した方がいいと思うけどな……。


「それは考えたことがなかったな。王都には色々な防具屋がいるから誰かしらはできるのかもしれん。基本的に社交の場では魔力の抜けた衣裳を着ることになっているからあまりいい目では見られない。が、時間がない以上は防具職人に頼るしかないか」

「もしかして社交の場って武器を持ち込めないの?」

「警備をするのは騎士や魔術士だからな。俺達には近衛騎士がいるから基本的にあの2人に頼むとして、結婚式の日は父上や母上に何名か出してもらった方が良さそうだな」

「自分でなんとかできないのは少し困るね……。武器を小型化して持ち込めればいいんだけれど……」

「男は帯剣できるが、女は警備の騎士や魔術士でなければ武器の持ち込みはできないな。相当わかりにくくて取り出しにくいところに隠せば武器を持ち込むことはできるといえばできるが……」

「持ち込めるのなら持ち込みたいけど……」

「脚にでも巻きつけないと気づかれるからやめておいたはうがいい。その場合自力では取り外せなくなる」


 ドレスのような衣裳で隠すには確かにその場所は最適なのかもしれないけれど、脱がないと取れないね……。

 それかスカートに潜ってもらって取ってもらう、とか?

 …………諦めるしかないのかな?


「……武器を持ち込むのは諦めるよ。厳しいことは十分わかったから」

「そうか。……俺が別にドレスの中に潜って取る方法でも良かったんだがな」

「それはちょっと……」

「だよな。最悪の場合が起きたら魔力威圧でなんとかなるだろう。チエの魔力量なら大抵のやつは怯むはずだ」

「魔力威圧のやり方は……、ここでやるとマズいかな?」

「そうだな。効いているかどうかもわかりにくい。厄災の獣が湧く場所に行ったら試してみてくれ」

「わかった」


 魔力威圧も覚えなければならないようだ。

 威圧感、どうやって出すんだろう?


「……俺も練習しないとな」

「なにを?」

「チエの髪を編むのを練習しないといけないんだ。結婚式では基本的に夫となるものが妻となるものの髪を編むことが慣習となっているんだ」

「普段は近衛騎士が編むと聞いたけれど、代わりにやってもらうのはダメなの?」

「……それは聞いたことがないぞ。クラリスのやつめ……。結婚式の日は俺が絶対編むからな」


 クラリスさんが髪を編みたがっていたのはどういうことだったんだろう?

 とは言っても私は髪を編むことはできないし……。


「身支度は基本的に自分でやるものだが、チエは苦手、だよな」

「うん」

「俺も形になるまでは時間がかかるからしばらくの身支度はクラリスに頼むか……。歯痒いな……」

「……ヴィクトールが私の髪を整えるの? なら私がしっかりした方が良さそう?」

「いや、俺がやる。俺がクラリス以上に上達すればいい話だ」

「練習ってどうするの私の髪でするの?」

「そうだ。寝る場所は同じになるからな」

「……え?」


 ……結婚が決まっているとはいえ同衾するのはどうなんだろう?

 いや、1回クレニリアの町で同衾してしまったことはあるけれど、あれは人を起こすわけにはいかなかったからそうしたわけで……。


「ここは俺の部屋だろう。ベッドは当然1つしかないぞ」

「じゃあこのイスで寝れば……」

「なら俺もここで寝るぞ」

「…………どうしても一緒に寝ないといけないの?」

「寝たいが?」

「……そっか」


 ヴィクトールが引いてくれる気配がないので受け入れるしかない。

 ……これから毎晩ヴィクトールと眠らないといけないのかな?

 そろそろ1人で寝たいと思っていたんだけど……。


「俺としても想定外ではあるがな。まだ一緒に眠るだけだから安心してくれ」

「…………」


 まだ、なんだよね。

 いつかはあるんだよね……。


「1年、1年はなにもしないからな! 安心してくれ!」

「安心もなにも……」

「チ、チエ……、せめてそこは信用してくれないか? さすがにそれを破るようなことはしないからな?」


 とは言われてもその気になれば破られるんだろうけど、どうしたものかな……。


「そもそも兄上が結婚を許すとは思わなかったんだ。だからそう、想定外というか……」

「わかってる。私もそうはなるとは思っていなかった」

「積み上げるべきものを積み上げずにするべきではないと感じてはいるが、チエが俺の部屋にいると、どうもな」


 ヴィクトールの左手が私の右手を這う。

 …………手を引っ込めようにも追ってくるからどうしようもない。

 手つきがどうもいかがわしいんだけど、なにもしないとは一体……?


「結婚のことだけではなくやるべきことはたくさんあるからな。古代魔術について学園で調べることや、封印されし大厄災の獣を倒すこと、まずは古代魔術について調べよう」

「古代魔術、私にはわからないんじゃ……?」

「確証がないが、チエの世界の文字で書かれたものがあるのかもしれない。文字は当然違うだろう?」

「うん、こっちの文字はインクで書かれていないと読めないよ。

 私の国の文字とは全然違う」

「ならユーリみたいにテンセイしているヒトが過去にいてそいつが残した記録が紛れているのかもしれない。そういった記録の解読を手伝ってくれ」

「それならできるかな……」

「なら学園の制服も作っておかないとな」

「制服……」


 異世界の学園にも制服があるんだ。


「いや、別に今は休みの期間だから堂々と普段の服で入っても全然問題はないんだが、学生を驚かせないように着ておいた方がいいんだ」

「……そうなんだ。そういえば学園って私でも通えるの?」

「俺と結婚後に通うとなると……、厳しいんじゃないか? 貴族の子どもが大勢通う以上、困ることもあるだろう。俺は王弟のまま結婚することになっているからな」

「ならいいかな……」


 知らない人に囲まれるのは苦手だ。

 勘弁してほしい。


「制服は作るけどな。婚礼衣裳の手配が済んだら買いに行こう」

「制服は防具職人? それとも服屋?」

「どちらかというと防具だな。制服職人と呼ばれるヒト達が集まるような場所がある」

「制服職人……。そうなると制服を作ることを専門としている人達なんだ。すごいね」

「毎年約100人が入学するからな。基本的な型はあるが、着こなし方は多々あるぞ。女子なら100は超えているんじゃないか?」

「そんなに……。1番普通の物でいいかな」

「普通かどうかはその年によってだいぶ変わってくるぞ。いろいろな制服を着てどの制服にするかじっくり決めていこう」

「……そうだね。…………?」


 でも本来は卒業しているであろう15歳の2つ上、地球換算24.5歳が今更学生の制服を着るのってキツくないか?


「チエ、どうした?」

「……今更学生の制服を着るのもどうかと思って」

「チエなら大丈夫だ、問題ない」

「問題ないとかではなく……」

「実際に17歳で入学をしている平民はいるぞ? 貴族が年齢を合わせているだけだ。入学する条件が10歳以上なだけだからな」

「ならいいのかな?」

「いいんだ。どういう制服か見ておくか?」

「女の子の制服を持っているの?」

「違う、そうじゃない。片方の性別でもどういう雰囲気の制服か知っておけば役に立つと思ってだな……」

「当日でいいと思う。着こなし方が100超えているならだいぶ違うと思うから」

「……そうか」


 ヴィクトールはなんだか悲しそうにしているが、無視をする。

 制服、制服か。

 できれば地味めなものがいいけれど、あるのかな?


「後はもしかすると社交の場に出る可能性があるか。その衣裳の手配もしておかないとだな」

「それも防具職人でなんとかならないの?」

「短期間だとそうなるか。今から頼むとなると服屋だと難しいからな」

「服作り、そんなに時間がかかるの?」

「魔力を抜く工程で少なくとも数週間かかるからな。そう考えると防具の方が圧倒的に作る速度は格段に速い」

「……どうして魔力を抜く工程が必要なんだろう?」

「そこは俺にもわからない。ただ、手間暇かけたものに価値はあるといった理由で性能の割にはだいぶ価格も高く設定されている」

「防具で良くない?」


 暗殺とか起こったらどうするんだろう?


「そう、だな。防具で新調しておくこともアリか?」

「そっちの方がいいと思う」


 治療魔術が必要な場面はなるべく減らした方が良いからね。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 ヴィクトールが懐中時計を取り出したのでそれを覗く。

 ……24時間時計の見方がわからない。


「まだ15時だな。どうする? 夕食まで後3時間もあるぞ」

「……婚約用の装身具、作れそう?」


 ……結婚も決まった以上、そろそろ作らないとマズいのかな?

 どのくらいの時間があればできるのだろうか?


「つ、作ってくれるのか?」

「結婚、決まっちゃったし……。作れるかどうかはわからないけれど」

「俺も手伝うから作ってくれ!」


 ヴィクトールは乗り気のようだ。

 ……作るか、婚約指輪。

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