第99話 フェルグランディス王国国王ウォルスロム
本日3体目の厄災の獣がいる場所に着いた。
ヴィクトールは追いついてきたけれど、どこか不機嫌そうだ。
急いで離れたことがそんなにいけなかったのだろうか?
「さて、ヴィクトール。まず、フユミヤちゃんも触れる大厄災の獣の硬貨で錬金術ができるか試してくれるかしら?」
「承知しましたが、どちらがそれかどうかがわからなくなってしまったのでフユミヤを借りてもよろしいでしょうか?」
硬貨は1枚1枚絵柄が違うからさっき倒した大厄災の獣の絵柄が描かれている硬貨を使えばいいのでは……?
「構わないわ。フユミヤちゃん、お願いね」
「わかりました……」
釈然としないままヴィクトールに近づく。
「……待っていたぞ」
「その昨日倒した大厄災の獣が描かれている硬貨でいいはずだけど……」
「はず、だろう? 確かなものかどうか検証させてくれ。1日経ってしまったからな」
「…………アキュルロッテと検証したら問題なかったけど」
ヴィクトールに容赦なく左手を掴まれてタコの硬貨が乗ったヴィクトールの左手に触れさせられる。
……確認はできたけど手を離してくれない。
「もうわかったから良いよね?」
「アキュルロッテの名を出すな。なんでそこまで気安くなっているんだ?」
「いつもは偽名の方で呼んでいるからその名残、だけれど……」
「アキュルロッテ、偽名まで使っていたのか。全身変えて名前まで、となるとそれは捕まえられないな」
「事が起きるのを待つしかないのかしら?」
「それだとウォルスロムの跡継ぎはどうするんだ……?」
ミルリーナ様とヴェルドリス様が私達2人を見た。
……それはさすがに責任が重いのではないのだろうか?
いくら使える能力を持っているとはいえ半分は平民の子に王位だなんてとんでもない。
教育もどうすればいいんだ。
私には全然わからないよ?
「父上に母上、それはさすがに勘弁していただきたいです。いくらなんでも兄上がそのようなことをするとは思えませんが、フユミヤにかかる責任が重すぎます」
「だが、いずれにしろウォルスロムの後の王を決めねばならない。身分を落とした者達に引き継がせるとは到底思えないが……、お前達の子なら可能性はなくはないだろう」
「……アキュルロッテを探しに行けば避けられますか?」
「いや、アキュルロッテを王位に近い立場に据えるのは危険だ。大厄災の獣の硬貨を錬金術で凄まじい魔力に変えられることが判明した以上は止めておくべきだろう」
「ウォルスロムは隙があればあの子を追っているけれどね……。別の子がウォルスロムの“答え”だったらすでにこの問題も解決していたのだけれど、もう遅いわ」
……ルプアの婚約に関しても、私の結婚に関してもウォルスロム陛下次第、ということか。
「フユミヤちゃんの治療魔術ならなんとかなるのかもしれないけれど、少し厳しそうよね……。そんな話は後でにして今は大厄災の獣を倒しましょう。封印を解くわね」
今回の大厄災の獣はネズミみたいな丸くて大きな耳を持ち、毛の色は赤に青に黄色にと人工で染めたかのような色で8つ足の哺乳類だ。
ミルリーナ様は体の一部分の氷に穴を開けてそこから退いた。
「ヴィクトール、早速試してちょうだい」
「承知しました、母上。それではいきますよ」
また、あの強い魔力の衝撃のようなものを受けるのだろうか。
身構えるだけ身構えておこう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
今回も、前回と同じような感覚に襲われた。
この感覚がするのは仕方のないことなのだろうか?
それにこの方法で倒しても大厄災の獣の硬貨は手に入らないといった欠点はある。
狩る時間が短縮できるというのは確かに利点ではあるけれど、得る物がないような感覚もする。
……でもそうも言っていられないくらい封印されし大厄災の獣って多いのかな?
封印の地となっている領地もあるとかって話、なかったっけ?
「さて、今日3体目の大厄災の獣を倒せたとなると……、ドルケンルルズの丘の封印されし大厄災の獣は訓練用以外は全て狩れたわね! ということで今日は帰城したら好きにしていいわ!」
「城に着くまでが帰城だからな。王都ル・フェルグランへの寄り道はその後にしてくれ!」
そんな遠足のようなノリみたいに言われても……。
でも実際王都ってなにがあるんだろう?
王都というくらいだし、いろいろあるのかな?
……いや、この言葉は騎士団や魔術士団に宛てられた物だろう。
私はその対象ではなさそうだ。
どうやら遠足気分でいたらしい。
なんという体たらく。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
帰りは金欠だというユーリちゃんとクラリスさんが厄災の獣を狩り、なんの被害もなく王城に帰城した。
「……ゴルドルフ、ネタロー。お前達は騎士団に戻って無事を伝えてこい」
「エルとハリネルトくんも。貴方達は魔術士団に戻ってね」
4人は了承してそれぞれの場所に散った。
さて……、こちらに近づいてくるやけに主張の強い火の魔力の気配は……。
「兄上……、戻られたのか」
やはりウォルスロム陛下か。
ヴィクトールが私の前に立って見えないが、その気配は私たちの元へ来ようとしている。
「ヴィクトール、背後になにを隠している? そのような魔力、見たことも感じたこともないな?」
「ヴィクトール、フユミヤちゃんを隠さないで。治療魔術をかけてもらうから」
杖の小型化を慌てて解く。
初対面の人にいきなり治療魔術をかけるのもどうかと思うけれど、今やるべきなんだよね?
「母よ、治療魔術とは一体どういうことだ? この中の誰に異常があるとでも?」
「フユミヤちゃん、お願い!」
「は、はい!」
治療魔術をウォルスロム陛下にかける。
違和感がある場所があったのでその部分を消す。
これで良いのかな?
「……女、一体なにをした!」
「治療魔術です……」
かろうじて見えるのは銀髪だ。
顔の1つ見せた方が良さそうだけれど、ヴィクトールがとにかく邪魔するせいで見せられない。
「私の“答え”を掻き消そうとするな! 忌々しい!」
「ウォルスロム、いい加減諦めたらどうかしら? アキュルロッテ、名前も髪色も変えて市井に紛れ込んでいるって。そろそろ諦めたらどうかしら?」
「この私に、ウォルスロム=フラウディウス=フェルグランディスにアキュルロッテを諦めろと? ……嗤わせてくれる。私は彼女としか婚姻はしない。それよりもだ。ヴィクトール、その女の顔を見せろ」
「お断りします」
「全く……、お前はなにを考えているかが私には理解できないな。そして私よりも強い。今回の家出もなにを考えてセラフィーナと行ったかは知らないが………………、その子どもは……!?」
ウォルスロム陛下は恐らくユーリちゃんを見たのだろう。
「わたくし、ユーリと言いますの。母親はアキュルロッテではありませんわ。彼女とは一時的に師弟関係にありました」
「…………あまりにも似すぎているではないか。お前、本当にアキュルロッテから生まれたはずが……、ない。アキュルロッテが誰とも知らぬ男と恋に落ちて子を産むのなら私でも問題ないはずだ。……なぜだアキュルロッテ、なぜ私を捨てた!」
……あまり変わっていないような。
あの変な違和感、一体なんだったんだろう?
「なら新しい“答え”でも見つけてくださいまし。できるかどうかは知りませんけれど、いつまでも届かないものを追いかけても時間のムダだと思いますわ」
「こ、この……、私の愛を愚弄するな!」
「愛などではなく妄執なのではなくって?」
「ユ、ユーリちゃん!」
それは明らかに喧嘩を売っているかのような言葉だ。
王城から追い出されるのではないだろうか……。
「フユミーお母様、大丈夫ですわ」
「……子連れの女か。ヴィクトール、なにを考えてその女を庇う? お前はこの国がどうなってもいいのか?」
「兄上……」
埒が明かないので後ろに下がる。
ウォルスロム陛下は長い銀髪を後ろに括り、真っ赤な目を不機嫌そうに細めていた。
「フ、フユミヤ……」
「……母親にしてはずいぶん小さいではないか! よくもまあその小ささで子を産めたものだな!」
「兄上、フユミヤを侮辱するな! 彼女はユーリを産んでいない!」
「ならその子どもに母親と慕われているのはどういうことだ?」
ややこしいことになってきたな……。
どうやったら場が収められるんだろう?
場を乱したのは私達だけれど……。
「ユーリはフユミヤの養子、それだけだ」
「養子……、ならその子供が私のアキュルロッテとあまりに似ているのはどういうことだ?」
「それに関しては俺は知らん。ユーリが知っているだろう」
「わたくし詳しいことを話すつもりはありませんわ。説明するのも面倒ですもの」
「ならその花飾りを捨てろ、今すぐに」
「ならこの飾りごと差し上げますわ!」
ユーリちゃんは青い花飾りの付いたカチューシャを外し、風の魔力を使ってウォルスロム陛下の頭にカチューシャを無理矢理はめた。
括っていた髪紐が解け、ウォルスロム陛下はドリル髪になってしまった。
ユーリちゃん、
「……ウォルスロムがアキュルロッテとそっくりな髪型になったぞ。ど、どうするんだ?」
「構わん。私のアキュルロッテの所持品が手に入ったからな!」
ウォルスロム陛下はルプアの物が手に入って機嫌がいいようだが、それはそれとしてもうルプアの所持品なんてものは私は持っていない。
「が、私とアキュルロッテを引き離そうとした貴様は許さん。さてどうするべきか……。ん? その指輪はヴィクトールからの物か?」
「……そ、そうですが」
指輪がウォルスロム陛下に把握された。
捨てろとでも言うのだろうか?
「ヴィクトールの方にはないと……、ふむ……、ではこうするか」
……一体どうなる?
「ヴィクトールと貴様は50日後に結婚してもらう」
「……へ?」
どうして結婚することが決まったんだろう?
や、やめてほしい。
「精々恥をかかぬことだ。私が王になってから初めての王前の結婚式になるからな」
「なんでそうなるんですか?」
顔を引きつりが止まらない。
結婚できないかもしれないという話、一体どこへ……?
「……やはりな。これは罰として正解か。貴様には精々苦しんでもらうぞ」
「お待ちくださいまし! どうしてフユミーお母様とヴィクトール様を結婚させますの!?」
「気に食わないようでなによりだ。この決定は強制とする。そしてこの婚姻においては離縁は認めん。良かったな、フユミヤという女。
「……うっ」
「フユミヤっ!」
体が崩れ落ちそうになるのをヴィクトールが受け止めてくれた。
……そうではないんだよ。
どういう理屈で結婚が決まったのかも謎だし、そもそも50日後に結婚式を行うとのことだし、最後の関門が関門してないしで頭が混乱している。
普通は罰として結婚させるとかないのでは!?
50日後には私は人妻になるの!?
た、助けて……。
「……母よ、フユミヤは王城に滞在しているか?」
「えぇ、客室に滞在してもらっているわ」
「ならば、フユミヤ。今晩からこの愚弟の部屋で過ごしてもらうぞ」
「なっ……、なっ……」
なんでそうなるの!?
この国おかしいよ!
婚前の男女を同室で過ごさせるのはおかしいでしょ!
結婚後ならわかるけど、これじゃほとんど結婚しているのと変わらないよ!
「そんなの
「それはならぬ。なにいずれにしろ夫婦になる。ならば同室でも問題ないだろう?」
「貴方が決めたこととはいえまだフユミーお母様は未婚ですわ!」
「未婚だからなんだ? ことを進めて置くほうが大事だろう?」
「兄上、願ってもない話だが、どうして俺とフユミヤの結婚を進める?」
「直系ではないとはいえ、そろそろ子が必要だ。私はアキュルロッテとの子以外は求めない。どうしたものかと思ったらヴィクトール、お前が手頃な女を連れてきてくれたおかげでこの国も安泰だな」
「……なるほどな」
「というわけで私はヴィクトールとフユミヤの結婚のための書類制作に取り掛かる。せいぜい準備でもすることだな」
高笑いをしながらウォルスロムは王城の奥へ行ってしまった。
……ど、どうしよう。
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