第98話 本日2体目の大厄災の獣狩りは見学
……結構苦戦していそうな雰囲気がある。
治療魔術をかけるべきなのだろうか?
杖に魔力を込め始めたところでミルリーナ様に止められる。
「フユミヤちゃんは今回待機ね。フユミヤちゃんなしでどれだけ戦えるか試したいからセラにコルドリウスくんにハリネルトくん、行ってきてちょうだい」
「先程はすべてフユミヤが倒してしまったが、このハリネルト=リドルマン=シャルタール! 大厄災の獣と戦ってみせましょう!」
「ヴィクトール王弟殿下を支援できること、感謝いたします。このコルドリウス=アルゲルン=ゴルディアン、必ずやヴィクトール王弟殿下を生かしてみせましょうとも」
「それじゃあ行ってくるわね、お母様。私はほどほどに戦ってくるわ〜」
セラ様とコルドリウスさん、ハリネルト様はヴィクトール様達が戦っている場所へ向かっていった。
「さて、フユミヤちゃんを残した理由だけれど、フユミヤちゃんは戦い方が極端過ぎるのよね……。戦闘の訓練は受けたことはある?」
「ないです」
「なるほどね……。ちなみに異世界から来たなんて話だけれど、その異世界って戦わなくても良い世界だったの?」
「私の住んでいる国は戦いというものは遠い昔のことだったので、基本的に戦闘の訓練を受けることはありませんでした。厄災の獣呼ばれるようなものも存在せず、戦いがあったとしても基本的に人と人との戦いです。」
「……そんな世界なのね。想像はつかないけれど。それじゃあ、デンキの魔力を使えるようになったのもこの世界から?」
「そうです。デンキの魔力はヴィクトールに引き出してもらいました」
「……ヴィクトールが? どうやって引き出したのかしら?」
「ヴィクトールと出会った当初、私は魔力の使い方をなにも知らなかったのでヴィクトールに魔力の使い方を引き出してもらいました。当初は光の魔力を引き出せるのかと思っていたら電気が出ました」
あれがなければ私は魔力暴走を引き起こしていたのだろうな。
その場合どうなっていたんだろう?
「そうなると、魔力を扱えるようになって十数日で今のように戦えるようになったということ……、さらに戦闘経験も浅い……。危ういわね。訓練を積ませようにも実戦しかできないとなると……。」
ミルリーナ様が頭を抱えている。
厄災の獣がチラチラ見えているので倒しておく。
「そうね、魔力の扱いは力技でなんとかしている以上、それはなんとかした方が良さそうね。後は魔力壁膜のまとい方を覚えておいても良さそう。できることはそれくらいかしら?」
魔力壁膜のまとい方は覚えておきたい。
魔力壁膜があれば厄災の獣の攻撃で体調を崩すことはなくなるだろうし、アーデルダルド湖畔の大厄災の獣の花粉を吸った時みたいなこともなくなるだろう。
「……それはありがたいと思いますが、魔術士団の方はいいんですか?」
「私はフユミヤちゃんを魔術士団に入れるつもりよ。これから大厄災の獣を潰しに行くことになりそうだし、フユミヤちゃんの存在は貴重だわ。唯一無二の魔力の属性があるもの」
「光の魔力と闇の魔力、ですね」
「あら? デンキの魔力は違うのかしら?」
「電気の魔力は光の魔力の真髄として考えています。性質が違うので電気の魔力と呼んでいます」
「そうなのね。じゃあ闇の魔力というものは見たことはないけれど、使ったことはある?」
「ありますが、危ない力なのであまり使わないようにしています」
「……魔力を扱えるようになって十数日のフユミヤちゃんでも危ないと思う危ない魔力の属性ね。気になるけれど、もう使わないの?」
「はい、そのつもりです」
闇の魔力は厄災の獣を操れるという点は便利だけれど、このことは誰にも言わない方が良いだろう。
そのことはルプアに言わなくて正解だったとは思うけれど、結局ルプアに闇の魔力を分けてしまったから、試されている可能性もありそうだ。
大厄災の獣を狩っているとルルエルド様は言っていたけれど、大厄災の獣に闇の魔力を使って大厄災の獣でさえ操っていたらどうしよう?
ルプア、この国を壊すのかな……?
「そう、でも今は光の魔力、というよりもデンキの魔力よね。魔力壁膜を難なく貫通していたけれど、それは魔術士が辿り着いた魔力の真髄だからかしら?」
「どうでしょう? 例が少ないのでわからないです」
「それなら魔術士団の子達を魔力の真髄に辿り着かせて増やせばいいわ。エルリナには確実に辿り着かせるとして他の子にも広げないといけないわね。フユミヤちゃん、痛い目に遭わせちゃうけど大丈夫かしら?」
「大丈夫です。魔力の真髄は広めるべきなので……」
「そうね。若い子に広めたいわ。これからはその子達が中心となるもの。私とヴェルドリスくんはもうすぐ引退だしね」
「引退、ですか?」
「魔力の衰えがね……。今はかつての経験で乗り切っているだけに過ぎないから私達は引退したほうがいいのよ」
「引退、ですか……」
魔力の衰えというもの、やはりあるのか。
厄災狩りとして長く生きていこうにも魔力の衰えのせいで長く続けられない例もあるんだろうな。
「引退といってもまだ数年はいることになりそうなのよね。これでも王の母だから次にふさわしい人がなんだで揉めているの。私としては実力があって書類仕事ができる子が総長になってもらえればいいけれどね……」
「目星はつけているんですか?」
「理想はエルなんだけれどね……。出自が平民であること、若過ぎることによる経験不足が許してくれないのよ。本人はそういうものは望んでいないと言うし」
「エルリナさんは16歳、ですよね? なら総長という立場は重いような……」
「と言っても魔術士団は総長かただの団員か、それ以外の役職はないのよ。総長と言っても団員を取りまとめた上で雑務もこなすことが必要なだけよ? 私なんて22でこの役職に就かされちゃったんだから」
ミルリーナ様は不満そうに言う。
そうなるとミルリーナ様が総長であった期間が相当長いのだろうか?
「……そろそろ終わりそうね。行きましょうか。」
「はい」
サボって話しているだけで良かったのだろうか?
指示に従ったこととはいえとても悪いことをしてしまったのではないかとも思う。
ヴィクトール達は大丈夫なのだろうか?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
現場に着くとすでに大厄災の獣はすでに姿を消していた。
無事に倒せたようだ。
色々とボロボロな人達がいるので治療魔術をかけておく。
治療魔術を使っていたエルリナさんは肩で息をしている上に、魔力の残りも少なそうに見えるので代わった方が良いだろう。
「……フユミヤ、来たのか」
「大厄災の獣、ものすごく厄介でしたよ。一撃一撃が重く、魔力の真髄に目覚めていなかったら呆気なく吹き飛ばされてしまうくらいのすごさでした。主様のおかげでわたくし達今までなんとかなっていたんですね……」
ヴィクトールもクラリスさんも髪が乱れている。
ヴィクトールに至っては高く結っていた銀髪が解けて下ろされていた。
「フユミヤちゃんがいなくてもなんとかなったでしょう? これが魔力の真髄頼みで戦う戦い方なのだけれど、ヴィクトール、どうかしら?」
「……フユミヤの力が欲しくなる時はありますが、それだけではうまくはいかなくなるでしょう。さらなる研鑽を積み、安定して大厄災の獣と戦えるようになる必要があると感じました」
「……そうね。やはりヴィクトールは諦めないのね。じゃあネタローくん、どうかしら?」
「僕ですか? それはフユミヤがいるならいた方がいいですよ。楽して倒すなら動きを止める魔力の属性がある上に治療魔術の腕もエルより上。士気の低いやつらはフユミヤに依存せざるを得なくなりそうですよ?」
……私頼みになるということか。
あの惨状を見る限り、相当な理由がないと戦う気にならない人を動員させても良くないということだろう。
「……なるほどね。忌憚のない意見をありがとうネタローくん」
「ミルリーナ、3体目の大厄災の獣はどうする? ヴィクトールの錬金術で倒すのか?」
「そうするつもりよ。硬貨の実験も兼ねてね。ヴィクトール、いけるわね?」
「はい、俺は問題ないですが、魔力の補給をさせてください」
「そうね。ヴィクトールにはがんばってもらったようだし、構わないわ。」
…………やらないといけないんだ。
またアレを。
「フユミヤ、頼むぞ」
「……わかった」
今回は手短にやれないかやってみよう。
一々十数分もしがみつくのは婚約者という立場であろうと異性にやるのはキツいものを感じる。
勢い良くヴィクトールにしがみついて魔力を送る。
「……フユミヤ、早く終わらせようとしているな?」
「終わりにした方がいいと思う。早く3体目に行って王城で休むべきだと思う」
「まだ10時よ? 時間には十分余裕があるわ」
「というわけでゆっくりやってくれて構わない」
……いや、キツいからとっとと終わらせる。
早く終わるならそれに越したことはないだろう。
「これで終わりで」
「フユミヤ、待ってくれ!」
十分魔力は送ったのでヴィクトールの元から去る。
ヴィクトールの動き出しは遅いように見えるためユーリちゃんの方に行く。
「フユミーお母様! わたくしにもやってくださいまし! わたくしもやりましたわ!」
「……そうだね。やろっか」
「フユミヤ……、ユーリならいいのか?」
「わたくし達は血が繋がっていないとはいえ親子ですもの。このくらいやりますわよ〜!」
ユーリちゃんを後ろから抱きしめる。
ユーリちゃんの方はカチューシャや青い花の髪飾りに損傷は見られない。
遠いところで戦っていたのだろうか?
「それではわたくしはフユミーお母様とこうしておりますので、ヴィクトール様はどこかに行ってくださいまし」
「……ならこうだ」
「な、なんてことをしてくれていますの〜!?」
ヴィクトールがユーリちゃんを抱きしめている私ごと抱きしめてきた。
……そんなバカなことをやっている場合なのだろうか?
「貴方達〜! もう行くわよ〜! 最後の1体を倒しに行くからね〜!」
「終わり! ヴィクトール離して……」
「……ほんの少ししかフユミヤに触れられないのか?」
「フユミーお母様、行きますわよ!」
ユーリちゃんがヴィクトールから私を引き剥がしたのかと思ったら、私をお姫様抱っこして空へ飛んだ。
……魔力の消費量が多いのでは?
「お、おい! ユーリ! フユミヤを連れて行くな!」
「ミルリーナ様のところに運ぶだけですわ〜!」
「俺も飛行魔術が使えれば……」
ヴィクトールの呟きは無視してミルリーナ様の元へ辿り着く。
ヴィクトールは後方にぽつんとしているけれど、大丈夫なのだろうか?
「ミルリーナ様、フユミーお母様を運びましたわ」
「……もしかしてヴィクトールとの結婚、嫌な方なのかしら」
「……えっと、それは」
返答に困る。
ここで嫌なことを認めると、私は他の人との結婚が決まりそうだし、とは言っても嫌ではないというのはヴィクトールが鬱陶しいというか……。
距離が近くなければ我慢はできるんだけれど……。
「ヴェルドリスくんもああだったの。慣れざるを得なくなる時がそのうち来るわ。婚約を無くして欲しいといった相談はお断りするわ。だってフユミヤちゃんの力が欲しいもの」
「…………そうですか」
婚約、どんどん固くなってる。
もう破棄するのは難しいのだろうか?
「ヴィクトール様を父と呼ばざるを得ない日が来てしまいますのね……」
「無理して父と呼ぶ必要もないと思うわ。でも、私達のことはおばあさまなりおじいさまと呼んでも構わないわよ」
「それはずいぶん乗り気ですのね……」
ユーリちゃんも平然と受け入れられている。
この国において魔力というものは重要な存在なのだろうか?
確かミルリーナ様、ユーリちゃんの能力に対しても高い評価を出していたはずだ。
「当然じゃない。アキュルロッテより強くなりそうなんだもの」
「あの人よりも、ですの? ……壁は高いですわね」
「まだ4歳くらいでしょう? 無理のないレベルで鍛えれば超えられるはずよ」
「だとよろしいのですけれど……」
「アキュルロッテの功績を超えろ、とまでは言わないわ。強く育ってね」
「わかりましたわ」
ミルリーナ様がそっとユーリちゃんの髪を撫でる。
「……髪質もある時のアキュルロッテそっくりね。どうしてここまで似ているのかしら?」
「この髪飾りですわ」
「…………魔道具だったの。あの髪」
「そうですわ。でないと維持するのが大変ですもの。フユミーお母様の子になりましたのでそろそろ変えようかとは思っていますわ」
「あら、どうするつもりなの?」
「黒い髪飾りが欲しいですわね! 完全に髪型を変えますわ!」
「フユミヤちゃん、髪の色が黒いものね。いい考えだわ。王都に髪飾りの店はたくさんあるから買っていくといいわ」
髪飾りの店と言えば、セラ様と行かないといけない約束をしていたはずだ。
自由な日にちを得られたら行かないと……。
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