第97話 手抜きは許されない
クラリスさんの笑いが収まり、なんとか夕ごはんを食べ終えて寝支度を整えて翌日の朝。
身支度をしてから朝ごはんを食べて外に出て臨時拠点から男性陣やミルリーナ様、ヴェルドリス様を待っていると、泊まっていた臨時拠点が崩壊した。
……なんで?
ミルリーナ様とヴェルドリス様が泊まっている臨時拠点は無事だけれど……。
「キミ達が出てくれたようでなによりだよ。さて、ボクは総長達を呼んでくるから待ちたまえ」
ハリネルト様は私達が出てくるのを待っていたようだ。
男性陣は別の場所で待っていたらしい。
男性陣は1人、ゴルドルフ様に背負われて寝ている。
ネタロー様だ。
やはり寝太郎なのか……。
ネタロー様を担いでいるゴルドルフ様はエルリナさんの方へ向かってきた。
「……エル、ネタローはどうやったら起きるんだ?」
「ネタローは基本的に7時になるまでは起きないです。その前に起こすのは幼馴染である私であっても困難です。一応強い魔力の気配を感じれば起きますが、1日中不機嫌になります」
「そうか……。ならこのままの方がいいな。エルでも起こせない以上、そうするしかないか」
「万年寝太郎ですからね……」
「マンネンはネタローの苗字だろう? それをどうして逆で言ったんだ?」
「言葉の綾ですよ」
……ネタロー様の苗字、マンネンなんだ。
つまり平民だったらネタロー=マンネンということ……。
万年寝太郎そのままじゃないか。
明らかに偽名らしい名前だけれど、実際どうなんだろう?
転生者なのか、
名前を付けたのは少し考えすぎかもしれない。
そうなると、ネタロー様は転生者なのだろうか?
あまり首を突っ込むのも良くないか。
覚えていたらエルリナさんに聞ける機会があったら聞いてみるなりしてみよう。
そう思っていたらミルリーナ様とヴェルドリス様が泊まっている臨時拠点が崩壊した。
ミルリーナ様とヴェルドリス様は私達の方へ向かってきている。
それにしてもどんなに立派な臨時拠点を建てても壊しちゃうんだ……。
なんだかもったいないな。
「さて、みんな……、1人を除いて準備はできていそうね」
「悪いミルリーナ、ネタローはそのうち起きるはずだ。しばらく我慢してくれ」
「そのうち起きるのよね……?」
「ミルリーナ総長、ネタローは7時には起きますのでご安心ください」
「7時……、もうすぐだけれど、ものすごい眠るのね。野営の就寝時刻は18時のはずでしょう?」
「ネタローはとにかくたくさん眠るのです。無理に起こそうものなら指示を聞かなくなります」
「それは困るわね……。起きるのを待ちながら次の大厄災の獣の場所を目指しましょうか。ルルエルドくん、地図を見せてちょうだい」
「承知しました」
ルルエルド様は地図を広げた。
……大勢で囲んでも身長が原因で覗けないので、距離を取る。
私はこの中で2番目に身長が低い。
1番はもちろん4歳のユーリちゃんだ。
……この世界、背の高い人が本当に多い。
だから私が子どものように見えているのかも。
日本では平均身長だったのに……。
「フユミヤ、地図が見えないようだな。抱えた方がいいか?」
「そういうのはいらないかな……」
ヴィクトールは抱える気が十分あるようだが勘弁してほしい。
幼児じゃあるまいし……。
数歩ヴィクトールから離れる。
「フユミーお母様! わたくしも地図が見れませんわ。2人でこれからどこに行くか決まるまで待ちましょう!」
ユーリちゃんが横から抱き着いてきた。
ユーリちゃんも地図が見れなかったんだ。
「ユーリ、お前な……」
「フユミーお母様は渡しませんわよ!」
「ならこうするか」
ヴィクトールがこっちに寄ってくる。
……一体なにをするつもりなんだろう。
「ヴィクトール様!? わたくし達になにをするつもりですの!?」
「ヴィクトール、今は遊ぶのはやめてちょうだい。フユミヤちゃんとユーリちゃん、行先が決まったから待つ必要はないわよ」
「決まりましたのね! どの方面ですの?」
「それは秘密よ。でも今日も3体倒すのは確実ね」
「今日も3体の大厄災の獣を倒しますのね! どう倒しますの? すべて正攻法で行きますの?」
「3体目は夕方だったらヴィクトールの錬金術で倒してもらうわ。それ以外は基本的に正攻法ね。1体目はヴィクトールを中心に戦ってもらおうかしら。大厄災の獣の硬貨はヴィクトールかフユミヤちゃんが持ってもらった方が良いもの」
……1体目は3体目の大厄災の獣を倒すための硬貨を入手するため、なのだろうか。
一応私とヴィクトールが触ることができる大厄災の獣の硬貨が1枚あるけれど、それではダメなのかな?
「わかりましたわ。基本的に正攻法ですのね。ところでヴィクトール様は大厄災の獣の硬貨を持っていましたわ。そちらは使わないませんの?」
「フユミヤちゃんも持つことができるというのが気になるのよね……。なるべく条件は同じにしたいからヴィクトールだけが持てる硬貨を確保しておきたいのよね」
「そういうことですのね。ヴィクトール様は問題ありませんの?」
「フユミヤ、1体目の大厄災の獣を倒した後、また俺に魔力を分けてくれるか?」
……またそれをやるの?
人に見られながらやるのはさすがに抵抗感があるけれど……。
「ヴィクトール、その必要はないわ。2体目の大厄災の獣はフユミヤちゃんに全力を出してもらおうと思うから……、人を2組に分けるわよ」
「母上、正気ですか?」
「倒せているから大丈夫よ。ヴィクトールに倒してもらう大厄災の獣の組は魔力の真髄に辿り着いている子を中心に、フユミヤちゃんにはそれ以外の子と組ませるわ」
「……母上、フユミヤを危険な目に合わせるつもりですか!?」
「そう? ヴィクトール達の方が危険だと思っているわ。内訳としては……」
ミルリーナ様の話した組の内訳はこうだ。
まずヴィクトールの組。
ヴィクトール、
クラリスさん、
ゴルドルフ様、
ネタロー様、
エルリナさん、
ユーリちゃん、
ヴェルドリス様、
ルルエルド様、
シェリラ様の9名。
次に私の組。
私、
セラ様、
コルドリウスさん、
ハリネルト様、
ミルリーナ様の5名だ。
…………私の方が危なくないかな?
騎士の人、コルドリウスさん以外ヴィクトールのところにいるけれど……。
「私にはわかるわ。フユミヤちゃん、手を抜いているってこと。どういうわけか知らないけれど、ひたすら支援に回っていたわよね?」
「……そうです」
ヴィクトールの言葉に従い過ぎていたのがマズかったのだろうか?
でもケガをしている人達を放っておくのもなんだか危なかったし……。
「はっきり言ってデンキの魔力の方がよく効いていたもの。魔力の真髄による攻撃は確かに大厄災の獣に届いていたけれど、デンキの魔力には及ばないわ」
「…………」
「と言っても魔力の真髄を広めた方が良いのはわかっているわ。魔力の多い騎士を中心に広めればヴィクトールのようになるだろうというのも十分理解しているの」
……電気の魔力の大元、光の魔力が遺伝するかどうか、そもそもそれを持った子が生まれる子を生産するのにも時間がかかる上に確実性はない。
だからこそ魔力の真髄が広まってほしいとは思っている。
けれど……、光の魔力も同時に重要だ。
「だからこそ、フユミヤちゃんの本気を見たいの。デンキの魔力で大厄災の獣を倒す光景を見たいわ」
「それにしてもこの人数は危ないのではないのでしょうか?」
「だってフユミヤちゃんのデンキの魔力で大厄災の獣が動けなくなる姿を見てきたもの。ヴィクトール達にはそれがない分、ヒトの数は多めにしないと大変でしょう?」
……そこまで観察できていたんだ。
ミルリーナ様、恐ろしい……。
「フユミヤちゃんの方にはヴィクトールの近衛騎士のコルドリウスくん、後はゴーレムを作れるハリネルトくんを入れたわ。クラリスちゃんは魔力の真髄が扱えるからヴィクトールの組よ」
「ミルリーナ総長、ゴーレムなら私も作成できますが、どういった理由でヴィクトール王弟殿下の組に入れられているのでしょうか?」
「治療魔術よ。エルは治療魔術も扱えると公言しているでしょう? フユミヤちゃんの代わりにやってもらえるかしら?」
「承知しました。9名の補助は大変ですがなんとかしてみせます。」
「さて、質問はそろそろいいかしら? 終わったら合流よ。場所はそれぞれ近くにあるから魔力の気配を検知できる子ならお互いの位置は把握できるはずだからすぐに分かれて出発よ!」
「ヴィクトールの組は俺に着いてきてくれ! すぐに行くからな!」
当然ヴィクトールの組のほうが多いので長い列で大厄災の獣がいるであろう方向へ向かっていった。
「さて私達は遅れていくわよ! フユミヤちゃんの方が早く終わりそうだもの!」
「そ、そんなことってあるんです?」
「まあ予想だけれどね。どちらとも早く終わる確率は十分あるわ。……さて、行きましょう。全員、覚悟はできているわよね?」
とりあえず頷く。
無理やり分断させることで私頼みの状況を作り上げてしまったけれど、もしアーデルダルド湖畔のような大厄災の獣と戦ってしまったら今度こそ死ぬ気はするけれど、もうどうにでもなれ、だ。
「それじゃあ行きましょう! 私達が戦う封印されし大厄災の獣はあの方向にいるわ!」
ミルリーナ様の後を着いていく。
ミルリーナ様のすぐ後ろが私なんだけれど、良いのだろうか?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
今回倒す封印されし大厄災の獣は私の苦手な植物系ではなかった。
まずはそうではないことを喜ぶべきだろう。
それにしたって大厄災の獣は大きい。
今回の大厄災の獣は首がとても長く、キリンのようだ。
足は6本あるし、地面に着くくらい長い尻尾もある。
色は真っ白だけれど神秘的かというとそうでもない形をしていた。
氷漬けになっていても身体的な情報はわかるくらいには透けている。
この大厄災の獣が攻撃してくるとしたら、長い首を使うのだろうか?
「さて封印を解くけれど、フユミヤちゃんの準備はいいかしら?」
「…………はい」
杖の小型化を解いて魔力を溜める。
今回は昨日魔力の真髄に辿り着いたセラ様はいるけれど、私とセラ様以外で大厄災の獣に有効な攻撃を出せる人がたったの2人というのは不安だ。
ルプアといた時はそうとは感じなかったけれど、有効打を持たない人が3人いるというのがなんとも不安。
その人達に傷を負わせるわけにはいかないので。
……というより治療魔術を使えるの私しかいない?
それなら速攻で終わらせないと危険だ。
「今回も一部分の封印を解くからフユミヤちゃんはその部分を攻撃してね」
「わかりました」
「他の子達は封印が解けかかってきたら攻撃していいからね。ハリネルトくんはゴーレムでフユミヤちゃんを守れるような体勢を整えておいて」
「承知しました。総長」
ハリネルト様はいつの間にかゴーレムを用意していた。
今回のゴーレムは浮遊しているが丈夫そうだ。
一時的な壁役、ということだろうか?
「さあ、行くわよ!」
ミルリーナ様が火の魔術を放った。
複雑に練られた火の魔力の動きで今回封印されている大厄災の獣の首の根元の氷が解ける。
……確かに、首が厄介そうだから狙うならそこか。
真っ白な首の根元を狙って電気の魔力を放つ。
今度は露出している首元を重点に攻める。
封印の氷に当てると氷が砕けて大厄災の獣が動き出してしまうことが考えられるため、なるべくそれは避けたい。
できることなら首と胴体を切り離せればいいけれど、それはできるかな?
考えごとは今はしなくていいか。
とにかくあの大厄災の獣を倒さないと。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
……結論、私だけで倒せた。
飛んできた硬貨を手にして一息つく。
「……守るまでもなかったわね。フユミヤちゃんの魔力の残りは、相当使ったのにまだ余裕そうね」
「封印の氷があったので近づいて戦えたのが大きいと思います。ロトスの町の時はとにかく距離を取っていたことによる、魔力の消費が多かったため倒れましたから」
「なるほどね……。それじゃあヴィクトールの組に合流しましょう」
セラ様とコルドリウスさんとハリネルト様にはなにもさせていない。
邪魔だとかそういうわけではなく、手っ取り早くこの戦いを終わらせるために帯電させた杖を大厄災の獣に突き刺して一気に魔力を流し込んだら数分もせず大厄災の獣を倒せてしまった。
前にもこんな感じで厄災の獣を倒せたから大厄災の獣にもいけるのではないかと発想がよぎったので試しにやってみたらいけてしまったのだ。
大厄災の獣ってなんだろう?
強力な魔力壁膜を持って、体が大きい厄災の獣なのかな……?
それはそれとしてヴィクトールの方は大変なことになっていそうだ。
無事なのだろうか?
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