第96話 野営ザウルスね

 結局、あの後ルプアを捕まえる方法で悩むのも仕方ないので野営を行うことになった。


 今回は男女別々でミルリーナ様とヴェルドリス様だけは特別に同じ臨時拠点で過ごすこととなっている。

 今回臨時拠点を建設したのはハリネルト様だ。

 土の魔力の扱いが得意な人の臨時拠点は全然違う。

 とても……、住宅だ。

 2階建ての住宅を3つ分あっさり作り上げたハリネルト様はすごかった。

 居心地もいいし、食事をするための机やイスも普通に用意し、寝袋で寝るにも関わらず柔らかい床のスペースを用意してくれて至れり尽くせりだ。


 なんでこれが臨時拠点なんだろう、とは疑問に思うくらいしっかりしている。

 ハリネルト様曰く、慣れてしまえばこんなものすぐ作れる。

 とのことだったけれど……。

 今まで過ごした臨時拠点の中で1番質が良い。

 土の魔力が得意な人ってすごいな……。

 私もこのくらいできれば今頃僻地で1人暮らしができていたのに…………。


 現実は、むごい。

 私は家を建てることすらままならないのだから。

 家を建てられていたら、結婚とかそういうのから逃げられたのかな……。


「さて、食事ですわね。どうしますの? 普通に厄災の獣の肉を焼きますの?」

「……それしかないですね」

「あれ? 野営でも焼くんですかー? 王国側は変わっていますねー」

「単純に焼く派が多いだけだと思いますわ! フユミーお母様は焼く派ですものね!」

「……うん」

「主様が焼きたいのでしたらわたくしが主様の肉を焼きましょう!」

「全員分焼けばいいのではないかしら〜。エルリナも焼く準備、手伝ってくれる?」

「承知しました。……セラフィーナ王妹殿下、私をご存知なのですね」

「知っているもなにも同じ学園に同じ学年で卒業したじゃない。当然覚えているわよ〜」

「そうですか。それでは肉を焼く準備をしましょうか」


 セラ様とエルリナさんが鉄板のような物を机に置き始めた。


 現在、この臨時拠点には私とユーリちゃんとセラ様とクラリスさんとエルリナさん、シェリラ様がいる。

 全員分の厄災の獣のお肉はあるのだろうか?

 私の分は自前で持っていない。

 先程の厄災の獣との戦いでいくつかお肉は手に入っていればいいけれど、どうなのだろうか?

 でもそれをもらうのも良くないか。

 味にも色々あるし……。


「さて、後はお肉を並べて焼くといったところだけれど、今日のお肉にするの? それとも貯蔵しているお肉?」

「貯蔵しているお肉にしましょう。どういった味かはわからない以上、味見するのも手間かと」

「ここは早さを重視するのね。お肉を持っている子はいる?」

「わたくし、持っていますわ!」


 私は当然持っていないのでなにも言えない。


「私、持ってますが味見はしていませんよ〜?」

「わたくしは持っていますけれど同じく味見をしていませんね」

「じゃあユーリ、私の分も出すからいくつかマシそうなお肉をくれるかしら?」

「私も多少味の方は確認していますのでそれなりのものは出せます」

「わかりましたわ。マシそうなお肉を出せばよろしい、ということで良いですのよね?」


 ……マシそうなお肉、わりとマズい部類に入りそうなお肉だけれど大丈夫なのだろうか?


「ええ、問題ないわ。おいしいお肉は自分のために取っておいてね」

「もちろん、そのつもりですわ!」

「それじゃあ準備に入りましょう!」


 ユーリちゃんとセラ様、エルリナさんがそれぞれの鞄から肉を取り出し始めた。

 私は……、なにもできることはなさそうだ。

 大人しく待っていよう。


「主様、ただ待っているのも暇ですし、わたくしと一緒にいませんか?」

「うん」


 クラリスさんがこちらに来たのでとりあえず並ぶ。


「それにしても主様の瞳、相変わらず暗い場所では光っていますね〜。すごいです」

「……眩しいなら閉じた方が良い?」

「いえ! そんなことはありません! 夜通しずっと見ていたいくらいです!」

「……明日もあるから寝た方がいいよ」

「主様がそうおっしゃるならもちろんそうしますとも! ただ」

「ただ……?」

「魔力の真髄に辿り着いたのにも関わらずあまり活躍できていないなと感じまして……、結局あの大厄災の獣の硬貨もヴィクトール王弟殿下が手に入れてしまいましたし」

「……もしかすると、魔力の真髄はその人の力を引き出すだけで、同等に強くなれるわけではないのかな?」


 だとしたらずいぶん残酷な話ではないのだろうか。

 広めてしまうとその時は魔力の真髄で強くなれていた人も、結局元通りの強さのバランスになってしまう。


「そうだと思います。ヴィクトール王弟殿下は魔術士にもなれそうなくらい魔力量が多いですからね」

「魔術士と騎士、魔力量に違いはあるの?」

「はい、基本的には魔力量が多い人が魔術士、少ない人が騎士になる傾向にあります。例外も十分ありますけどね」

「そうなんだ……。魔力量が多い人が騎士になったらどうなるの?」

「騎士団は身体強化がどれだけ上手くできるかが鍵の世界ですからね……。一撃は重くなるのではないかと思っています。けれど、魔術士になった方が基本的にはいいですね」

「確かにそうか」


 大厄災の獣との戦いでも、魔力の真髄に辿り着いていない人達が出していた攻撃でも魔力による攻撃の方がまだ効いていた。

 ……魔力による攻撃の方が有用ではありそう。


「だからといって魔術士だらけになっても魔術士をどう守るかが問題になりますからね! そのために騎士がいると言っても過言ではありません!」

「そうなんだ。でも、この国では騎士団と魔術士団と言った風に分かれているよね?」

「訓練の方法が違いますからね〜。真価が発揮されるのは合同訓練の時かと!」

「合同訓練……」


 あまり想像がつかないけれどなにをするんだろう?

 魔術士同士は基本的に戦えないよね?


「そうですね。その日のために作られた戦闘用ゴーレムを相手に騎士と魔術士がどのように戦えるかを試す訓練となっています。怪我をしても治療魔術士が治療するので安全ではあります」

「戦闘用はもしかして動くの?」

「動きますね。魔術士の訓練では魔術士自身が操作をしますが、戦闘用ゴーレムは厄災の獣のような動きをします。ただこちらは死者を出さないように調整がされているので問題はないです」


 思った以上にゴーレムの存在が便利に扱われているようだ。

 ……私が参加しても電気の魔力を使って瞬殺、という結果になりそうだけれど。


「フユミーお母様〜! お肉が焼けましたわ〜! 席に着いてくださいまし!」

「わたくしの分はどうなってますか?」

「まだ焼けていませんわ!」

「そう言ってわたくしと主様を分断させるおつもりなのでしょう? わたくしが主様の隣をいただきます!」

「ならわたくしはフユミーお母様の空いている隣の席をいただきますわ!」

「ユーリとクラリスにフユミヤの隣を取られちゃったわ〜。なら私はフユミヤの前をもらおうかしら〜?」


 ……なんだか私が包囲されているような気がするのは気のせいだろうか?








◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 お肉の味は可もなく不可もなくといったレベルだ。

 びっくりするくらいおいしくないお肉が出てこなくてよかったと喜ぶべきなのだろうか?

 いや、私が日本の味から離れられていないのが原因なんだろうな。

 他の人達は普通に食べている。

 あまり微妙だと言うのもよくないか。


「それにしても微妙なものを選んだだけあって微妙な味がしますわ〜」


 ……自分でお肉を出してそれを言うんだ。


「そうね。でも明日は王城に戻れるからそれまでの辛抱よ」

「そうですわね。王城に戻れば大盛りごはんが私を待っていますわ〜!」


 そこはおいしいごはんではないんだね……。


「ユーリさんはいつも大盛りご飯を食べられるのですか?」

「えぇ、たくさん食べたいですもの! たくさん食べられることは平和な証拠ですので!」

「よく知っていますね。それはどこで知ったのでしょうか?」

「……アキュルロッテからですわ!」


 ……エルリナさん、ユーリちゃんを探ろうとしている。

 ユーリちゃんは実際は転生者なんだけれど、エルリナさんはそれを知りたがっているのだろうか?

 ユーリちゃんは誤魔化したけれど、どうなるんだろう?


「セルクシア公爵令嬢からですか……。実の母親、ということではないですよね?」

「一時的に師弟関係にあっただけで、血のつながりは一切ありませんわ。わたくしの産みの母親は平民なので」

「実の母親を覚えているのですね?」

「顔は忘れましたけれど、わたくしを捨てたことはしっかり覚えていますわ!」

「それは一体いつ頃かは覚えていますか?」

「まだ自由に動き回れない頃のことでしたわ!」

「なるほど……」

「エルリナ、ユーリからなにか聞きたいことがあるの?」

「いえ、少し気になることがありまして……。魔力の器がしっかりしていない割にはずいぶん考え方が年相応ではないと感じていたわけですが」

「わたくしが大人に見えるということですわね! 光栄ですわ!」

「……後は口調、ですかね」


 …………確かに純粋なこの世界の人は私達の言葉の細かいニュアンスを感じていない、ほんのわずかな違和感だと処理している部分がある。

 エルリナさんはそこに気づいているようだ。


「口調? ユーリのなにがおかしいのかしら?」

「……セラ様、私は今から話し方を変えます。わざとですので気にしないでくださいね」

「えぇ、わかったわ」

「それでは……、ユーリ氏は本当に大人びているでヤンスねぇ……」

「そ、その口調は……!」

「やはり“そう”でヤンスねぇ。……以上です。確信が得られたので終わりです」

「…………今のでわかったの?」


 ……エルリナさん、その口調はわかりやすいけれど、無表情でやられるのはこちらも動揺する。

 それにしてもどうしてその口調にしたんだろう?


「はい。引っかかってくれました」

「セ、セラ様にはわかりませんでしたの? あの異様な口調が?」

「わからなかったわ〜。クラリスはわかっているみたいだけど……?」


 クラリスさんは笑いを押し殺すように姿勢を正し、目を瞑っていた。

 肩が若干震えている。


「わ、わたくしはエルリナさんの雰囲気を壊すかのような口調をなんとなくはわかりは……、しました、が……。くふっ……」

「クラリスさん大丈夫でヤンス?」

「主様までやめてください……、うぐっ……、ひぅ!」

「フユミーお母様!?」


 クラリスさんにはこの口調はとてもウケが良いようだ。

 ……なんでわかるんだろう?

 人によるのかな?


「な、なにが違うんですかねー?」

「私も同じ感じがするけれど……」


 セラ様とシェリラ様にはこの異様な口調がわからないようだ。


「今のはここまでといたしまして夕食をいただきましょうか」


 この状態のクラリスさんを放置するのはどうなんだろう?


 ……私とクラリスさん以外は夕ごはんに手を付け始めた。

 とりあえずクラリスさんが落ち着くまで背中を擦ってあげよう。


「あ、主様……、ありがとうございます……。も、もう、変な口調で話しませんよね?」

「うん」

「よ、よかった……。これで次に話したら……、変な、口調に……」

「ならないならない」


 クラリスさんはとにかく笑いを堪えるのに必死になっているけれど、想像したものでさらに笑いがこみ上げてきているようだ。

 これで妙な語尾を乱用したらとんでもないことになりそうザウルスね。

 クラリスさんのためにも言わないでおくけれど……。

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