第95話 記念硬貨の真価

「ずいぶん遠慮が、ないのね……」

「後日にしますか?」

「いいえ、今がいいわ」


 セラ様に魔力を一気に流し込んでいるため、セラ様の顔から脂汗のようなものが流れている。

 ヴィクトールの時と比べて流し込んだ魔力の量は少ないが、なにか違いがあるのだろうか?


 もうすぐ、反発の魔力の真髄が来るだろう。

 今回は火の魔力だからだいぶ危ない気がするけれど、治せるのだから気にしてはいけない。

 火傷、結構痛いんだよね……。


「っ、フユミヤ!」


 火の魔力の反発が来た。

 手どころか顔にまで火が来て焼ける。

 急いで治療魔術で治療を行う。

 水の魔力よりこちらにかかる被害が大きい。

 ……でもこれでセラ様も魔力の真髄が扱えるようになっただろう。


「治せたから大丈夫です。セラ様はどうでしょうか?」

「まだわからないわ……。それよりフユミヤ、痛かったでしょう。相当酷い傷を負っていたわ」

「でも治せましたし……」

「セラ、フユミヤになにをした?」

「セラ様が魔力の真髄に辿り着きたいとのことでしたので急いで会得させました」

「貴女達ね……。確かに暇だったのかもしれないけれど、ここは厄災の獣が出る場所よ。焦るのもわかるけれど魔力の真髄の会得はせめて王城でやってちょうだい」

「ごめんなさいお母様……」


 止めさせることはできたけど結局やったのは私、だからな……。

 この件に関しては私も同罪だろう。


「次の大厄災の獣は北東方向よ。急いで行きましょう」


 ミルリーナ様はセラ様の謝罪を受け入れずに北東方向とされる場所へ歩き出した。

 今日2体目か……。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 本日2体目の大厄災の獣はとても大きい角が生えた焦げ茶色の虫だ。

 角といっても柔らかく、垂れ下がっている。

 鞭みたいなものなのだろうか?

 高さはやっぱりそこら辺の家を超えている。


「さて、封印を解くけれどセラ、程々に解きに行きなさい。火の魔力の真髄を手に入れたのならいけるわよね?」

「えぇ、やってみせるわ」


 セラ様が封印を解きに大厄災の獣の方へ向かっていった。

 私も痺れさせる準備をしないと……。


「そうね。フユミヤちゃんはそれでいいわ。今回はある程度結果がわかっているから全員好きに戦って! 周囲にはしっかり気をつけること!」


 ミルリーナ様の指示もだいぶ適当になってきた。

 戦いに指示を聞いている暇なんて本来はないのかもしれないけれど……。


「フユミヤ、今回は俺がとにかく戦ってあの硬貨を手に入れるつもりだからなるべく攻撃は控えてくれ」

「主に治療魔術を使っていれば良さそうという認識で良い?」

「あぁ、それでいい。大厄災の獣の動きがすごいようなら攻撃はしてくれ」

「わかった」

「確かに硬貨を試すのならヴィクトールにがんばってもらわないと、よね。それじゃあヴィクトールは全力で戦うこと。魔力を使い切ってしまうくらい頑張ってね」

「わかりました母上」

「……今!」


 セラ様が大きい角の部分の氷を破壊したので魔力を放つ。

 厄介そうな場所なのでここから壊そう。

 ぶんぶん動き始める角の根元に電気の魔力を当ててしまったので氷が砕け散ってしまった。

 角の辺りの動きは鈍くなったが、脚は動く。

 その速度は遅いが、踏み潰されそうだ。


 これは動きを止めないと。


「俺達も行かないとだな。フユミヤ、さっきの話、忘れないでくれよ」

「うん」


 本日2体目の大厄災の獣との戦いが始まった。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 ……普通に勝てた。

 治療魔術をかける場面は多々あったが、全員無事だ。

 そして今回の記念硬貨は……、


「フユミヤでも触れないのか……」

「大厄災の獣に1番ダメージを与えた人が触れるような仕組みだね。どうしてそんな仕組みになっているかはわからないけれど……」

「それならこれを錬金術で魔力に変換して大厄災の獣に攻撃するのはどうかしら?」

「魔力に変換できるかわからないのですが、大丈夫なのでしょうか?」

「大厄災の獣とはいえ厄災の獣が落とした硬貨でしょう? なら大丈夫でしょう。できなかったら今日3体目の大厄災の獣と戦うだけよ」

「……ならフユミヤ、魔力を分けてくれないか?」

「えーっと……」


 あの方法を婚約者とはなってはいるけれどヴィクトールにやらなければならないのか……。


「ヴィクトールに注意をしたいところだけれど、魔力がそれなりに減っているのよね……。やってもいいわ」

「母上も許可してくれているんだ。頼む」

「…………しょうがない、か」


 ヴィクトールの両親公認の婚約者であるうちは断ることはやめておいたほうがよさそうだ。

 腹を括ろう。

 ヴィクトールに抱き着いて魔力を分ける。

 …………今までの女の子達と全然感触が違う。

 やっぱり男の人は体が硬いな……。


「ヴィクトール様! フユミーお母様を返してくださいまし! わたくしのお母様ですわよ!」

「ユーリちゃんは魔力が十分あるようにみえるから我慢するのよ」

「そうだ。これは立派な治療と言ってもいい。俺の魔力が減ったからフユミヤは魔力を分けてくれるんだ。我慢してくれ」

「ずるいですわ〜!」


 ユーリちゃんが癇癪を起こしているようだけれど、そろそろ離した方が良いのかな?

 離そうとすると、ヴィクトールに手で止められた。


「……ヴィクトール?」

「俺が十分動けるようになるまでしばらく待ってくれ」

「普通に動けるんじゃ……?」

「まだだ。俺が離してくれと言うまで」

「ヴィクトールに任せるとすごく長くなりそうだから、次の大厄災の獣を決めるまではやってていいわよ。待っててね」

「…………つまりまだやるの?」

「そういうことだ」

「ヴィクトール様ばかりずるいですわ!」

「ユーリちゃんはこっちよ〜」

「連れて行かないでくださいまし〜」


 ユーリちゃんが連れてかれてしまった。

 これまだやるの?


「……実際もう戦えはするがな、こうしていられる時間も全然取れなさそうだから取らせてくれ。そろそろ正式なものになりそうだからな」

「そもそも私達偽装婚約では……?」

「偽装が本物に変わる、それだけだ」

「……偽装だから頷いたのに」

「まだ兄上という関門がある。兄上は簡単ではないからな。そこに関しては安心してくれ」

「安心と言われても、このまま通ったら……」

「それは俺からしたら悪くはないことだが、……そうなったら1年は2人でいような」

「1年……」


 500日ではあるけれど、それにしたって短いような気もする。

 もう少し結婚して子どもを産むに至るまでの時間って長いような気がするけれどな……。


「まあ、それは簡単に通ったらの話だ。兄上だったら俺がどこかの貴族の養子に入らせることを推奨するだろう。他の前王の子、叔父上や叔母上達にしたようにな」

「……それは権力を削ぐためにしているの?」

「そうだ。前王の子はあまりにも数が多いからな。就ける職業にも限りはあるし、王家の血という権威の意味も薄くなる。そのために結婚したがるような前王の子は貴族の養子に入れさせている」

「それってウォルスロム陛下の代になってからなの?」

「そうだな。まぬがれた前王の子も当然いるが、その叔父上叔母上達も兄上が権威を削いでいたな」

「そうなんだ」


 権力のことについて詳しいことは知らないけれど、ウォルスロム陛下はとても権力に執着していそうな人だと感じた。

 けれど王というものは偉大でないといけなさそうだし、そういった意味でも前王の子ども達は邪魔な存在なのかもしれない。


「俺もまあその対象になるとは思うが、今のところは他の貴族の養子になるつもりはないからな。急いで結婚しても大した意味はないだろう?」

「それはそう……」


 いきなり明日結婚ってなっても困るだけだし……、そんなことはないだろうけど。


「周り、特にフセルック家のやつらは養子に入れとうるさくなるだろうが、数年は入らないからな。その頃には魔力の真髄の方が広まって俺とフユミヤは自由になれるだろう。実際に大厄災の獣も倒せたしな」

「……私達がこの国に多くいる大厄災の獣を倒しに行く、とかはないの?」

「あるかもしれないが……、それを目的とした旅をするのも悪くはないな。俺とフユミヤだけでも大厄災の獣は狩れるからな」

「……そうだね」


 ……旅の方が気楽そうな感じはする。

 実際ヴィクトールでもあの記念硬貨が得られることはわかった以上、魔力の真髄の有力性は示せた。

 こうなった以上、魔力の真髄の会得方法は広まるだろう。


 つまりは私じゃなくて良くなってくるのだ。

 こうなったら、婚約とか結婚とか無しになっても良いのにヴィクトールは続けるつもりでいるらしい。

 そのうち風向きが変わって私の子孫が必要という声もなくなるかな?

 無理かな……?


「……今日のところはこれで終わり、か」

「ヴィクトール! フユミヤ! 行くぞ!」

「行こうフユミヤ、置いていかれる前に急ぐぞ」

「うん」


 私達は歩き始めたヴェルドリス様達を追いかけた。

 ……今日3体目の大厄災の獣か。

 私とルプアの記録、超えるんだ。








 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 本日3体目の大厄災の獣は…………、地球にいそうな生物ではない。

 そうめんみたいな細い触手がとにかく首の下からたくさん出ている、頭の両脇に角が生えている哺乳類の生首だ。

 そうめんみたいな細い触手の長さはこの中で1番身長の高い、ゴルドルフ様の身長を越えている。

 動いたら結構怖そうな大厄災の獣だ。


「さて、これの封印も解くけれど、まずは大厄災の獣から出てきた硬貨が錬金術の対象になるかの検証ね。私が封印を少し解くからヴィクトールは錬金術の準備をお願い」

「承知しました母上」


 そう言ってヴィクトールは今回狩る大厄災の獣の方へ駆けて行った。

 私は杖に魔力を溜めておこう。

 錬金術に使えなかったら普通に戦いそうだし。


「そうね。全員、錬金術が使えなかった場合に備えて戦闘準備はしておいて! それじゃあ、封印を解くわ!」


 ミルリーナ様が火の魔術を大厄災の獣へ向かって放つ。

 今回溶かしたのは生首の頭頂部だ。


「母上! 大厄災の獣のが落とす硬貨も錬金術で使えます!」

「そう! ならそれで攻撃してちょうだい!」

「わかりました!」


 錬金術で攻撃するとは一体どういうことなんだろう?

 お金を魔力に変えてそれで攻撃するのはわかってはいるけれど……。

 どれくらいの魔力になるんだろう?


「あっ……」


 ヴィクトールの魔力の主張がとんでもなく強くなった。

 爆音が鳴るわけでもないのに耳を塞いでどこかに隠れたくなるような、そんな恐ろしさを感じる。


 そして、大厄災の獣の気配は爆散した。

 ……爆散?


「なんですのなんですのなんですの? 凄まじい威圧感が一瞬しましたわよ!」

「……大厄災の獣が、一瞬で消え失せるなんて信じられないわ。ヴィクトール! 無事!?」

「母上! 俺は無事です! そちらは問題ないですか!?」

「全員無事よ!」


 全員無事ではあるけれど、私も含めて戦闘態勢が解けている。

 唖然としている人がいたり、不安そうな素振りをしている人がいたり、悩むような素振りを見せていたりと様々だ。


「あの硬貨、ヴィクトールとフユミヤちゃんにアキュルロッテも持っているのよね……。アキュルロッテも錬金術が使える以上、この使い方を知っているのかしら?」

「……知っていると思うわ。けれど、アキュルロッテは飛行魔術を扱う上に髪の色まで変えているのよ。見つけるのは相当困難よ」

「あの子、髪の色まで変えているの!? それは見つからないけれど、そこまでしてまで……?」

「髪の色をピンク色にしたアキュルロッテを見たことがあるの。髪型も全然違う上に別人のような話し方もしていてさらに魔力の気配も隠していたわ。」

「…………ものすごく徹底しているわね。それは見つからなくてもしょうがないとしか言いようがないわ。ウォルスロムと婚約させたのは間違いだったのかしら……?」


 ……ルプア、婚約を嫌がっていたし、多分婚約したのが間違いだったと思う。

 ルプアはなにも言わずに出ていったけれど、否定の言葉の1つや2つは言ったのだろうか?


「でも、大厄災の獣が落とす硬貨の危険性がわかった以上、アキュルロッテを探すしかないわね。ヴェルドリスくん、後で捜索隊の相談をさせてちょうだい」

「あぁ、わかった。とは言ってもセラの話す情報の通りなら見つけるのは困難だな」

「とは言っても探すしかないのよね……。捜索隊より修行を目的として旅に出した方が会えるかしら?」

「悩ましいところだな……」

「セルクシア公爵令嬢なら今は大厄災の獣を狩っているので場所は絞れるかと思います」

「ルルエルドくん、それは本当なの?」

「はい、僕達はフセルック侯爵家には封印されし大厄災の獣の封印を解いた者の魔力の気配と大体の場所を設置することができます。なのでそれを利用すればセルクシア公爵令嬢は見つかりはすると思います」

「……そうね、見つけることはできるのよね」


 でもルプアは飛行魔術で逃げるだろうから捕まえることは困難だと思うけれど……。


「風の魔力を扱えて、飛行魔術を扱える子の魔力の真髄を引き出せば可能かしら? ……けれど、その条件に当てはまるような子はいるけれど、気難しい子なのよね」


 ……ルプアが捕まる確率は低そうだ。

 でも私、ルプアに数枚あの硬貨を渡してしまった。

 私が行けるのなら行きたいけれど、多分無理だろう。

 魔術士団に所属しているわけではないし……。

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