終章 疾風の旅立ち

1 王の謁見

 王都オルレオンのルーバル宮殿内。

 そのきらびやかな宮殿の内部に入るのはさすがに皆、初めてだ。

 長い廊下に敷き詰められた分厚い絨毯の上を、どこか不安な面持ちで全員きょろきょろしながら歩く。

 そして「青い疾風ブルーゲイル」の面々はヒース以外みな、緊張でカチンコチンになって謁見の間の扉の前に立った。


 意外にも服装についてはドレスコードを言い渡されておらず、むしろいつもの服装で充分だという話をクロードから聞いていたが、ルエンドの提案で全員、色だけは黒基調で統一することになった。


 その為、ヒースはいつもの白いステッチが入った黒いロングコートで中は白いTシャツに黒いパンツとブーツ。

 ミツヤも同じく白いTシャツに黒のジッパージャケッと黒デニムパンツに黒のスニーカーだ。

 ジェシカは、黒い糸で袖と襟に刺繍が施された白いブラウスに、黒のギンガムチェックのスカート。黒いブーツはバックルがお気に入りだ。

 アラミスはやはり、いつもの黒い上下スーツにネクタイでキメた。

 普通のスーツでありながら、やはりスパイ映画の情報部員に見えるとミツヤは思った。

 ルエンドは胸元が開いた黒いロングワンピースで、腰から下は大胆にスリットが入っていた。

 パンプスはやはり八センチヒールだ。

 ドクは上下黒のジャケットとワークパンツにブーツ。クールで動き易そうだとミツヤからも好評だった。

 六人が黒で統一した衣装を着て揃うと、なかなかの威圧感もあったが、そこは女性陣が華を添えていた。


 衛兵が両側から重厚な両開きのドアをゆっくりと開ける。

「ほぉお〜…………」

 ヒースの口から思わず声が漏れた。


 そこは豪華絢爛けんらんな装飾が施された広い空間で、周囲の壁や高い天井にまで美しい絵画が描かれていた。

 奥の床が一段高くなっているところの右側に護衛隊のウォーカーが、反対側にはジャックとクロードが正装で立っていた。


 その中央を開けて通路の両側には扉の方までずらっと並んだ護衛隊が正装で立ち、右手でマスケット銃の下部を、左手で銃の中央部を持って、「捧げつつ」をしている。

 整列した隊員の中にヴァレリーや、サバランなどの馴染みのある顔がちらりと見える。

 ヒースは知った顔が見えると、安心する反面、ずかしい気もした。


 謁見の間から楽団の管弦楽が流れ始め、一同はそれに合わせて扉の中へ入る。

 ホールの奥には初めて見る王の顔があった。まだ若く、幼い印象さえ感じさせた。

 ルイ王が王座から立ち上がる。

 床を引きずるほど長い裾のブルーの分厚いマントの表地には、美しい金の刺繍がほどこしてある。

 まだ若干やつれた感じはあったが、それでもさすがに威厳があった。

 王の隣には赤い衣装に身を包んだ宰相リシューもいた。

 

 ヒース達全員が王の前に立つと、音楽が鳴り止む。


 「此度こたびの働きはここにいる護衛隊の者から聞き及んでいる。この国の為に心血注ぎ困難に立ち向かって最後までよく戦ってくれた」


 ルイは王座からゆっくりと歩いてこちらへ来ると、リシューから六つの勲章が入った金のトレーを受け取り、六人の中央に立った。


 「ヒース、其方そなたの功績をたたえ、ここに勲章を授与する。前へ」

 国王は一歩前に出たヒースの胸に勲章をつけた。


 順に、他五名全員の名が呼ばれ、それぞれの胸に王自ら勲章をつけたのだ。

 これは異例のことだった。

 ファンファーレが鳴り響き授与式は無事終了すると一同から硬い表情が抜けたようだ。

 ヒースは元々緊張とは無縁のようで皆のガチガチな表情を面白がっていた。

 全員の顔にはもう不安も迷いもない。国が、王が認めた正式な一流自警団として認められたのだ。

 その上で、王は最後につぎのように問いかけた。


「ヒース、及び一同に問う。自警団も素晴らしいのだが、不都合でなければ我が国の護衛隊で活躍してもらえないだろうか? そこのウォーカーやクロード達から其方そなたら皆の者の剣術及び戦闘能力について、目を見張るものがあると聞き及んでいるのだが」

 それを聞いて一同はすっかり照れてしまい、みんな同時に頭に手をやってモゾモゾし始めた。

 ヒースはその件について、まさか国王自ら勧誘があるとはさすがに思いもよらなかったが、同じ質問を既にクロードから受けており、今後どうして行きたいかをメンバー全員に確認していたのだ。


「ありがとう国王様。すっげー嬉しい。けどそれ、後でもいいか? 折角だが、俺達自警団としてまだちょっとやりたい事があるんだ」

 こんな場面でもタメ口だ。

「ヒース君、言葉遣い!」

 小さい声でクロードから指示が飛んだ。


「ああ、構わない。私はそういったことより皆の本音が知りたいのだ」

「あんた、いい奴だな!」

「ヒース! 陛下に向かっていい奴って……!」

 ツッコミどころ満載のヒースを前に、ずっと我慢してきたジェシカがシビレを切らし、ついにダメ出しだ。

「プッ!」

 ミツヤとルエンドも思わず噴き出した。


「やりたい事とは……?」

 王の問にヒースは胸を張って堂々とやるべきことを告げた。


「何か月かかるか分からないが、俺達は近隣諸国を回る。どうやら異世界へ通じる穴が他国にも存在する可能性があるらしいんだ、目星はついてる。そこのジャックから聞いた」

 ジャックはニヤリとした。

「第二隊隊長、ジャック。それはまことか?」

「恐れながら。まだ実際にこの目で見たわけではありませんが、トージ元総隊長の話とこれまで見て来たイントルーダー達の出身地から、かなり高い確率で存在すると思われます」


「ヒース、其方そなたは他国で異世界へ通じる穴を発見したらどうするのだ?」

「俺達がやるのは異形獣まもの討伐と穴の発見だ。そこから穴をどう管理するかはウォーカーやクロード達に任せる。あいつらの方が適任だ」

 それを聞いたウォーカーとクロードは、彼らには絶対に出来ない、〝王に対して普通に話す″という、そのヒースの度胸に呆れて顔を見合わせると、ついに吹き出した。


 異世界へ通じる穴はそこを通ったイントルーダーにしか見えない。

 他国でそれを見つける為には聞き込みなどの調査が必要となる為、発見は困難を極めるだろう。

 だが、その穴を信頼できる人間が管理していかなければ異形獣まものが一方的に増え続ける。

 今後、皆が安心して暮らすためにはひとつでも、少しでも早く発見することが世界の平和に繋がるとクロード達は考えていたのだ。

 トージの謀略から端を発したとはいえ、このイントルーダーと異形獣まものの関係はブルタニーとして、他国にも情報を伝える責任があった。


「だが俺達は他国を回って、何か月先になるか分からないが必ずここへ戻ってくる。その後は全員、自分の夢を叶えるため護衛隊としてこの国を護るよ! 皆、この国が好きだからな」

「なんと、それは楽しみであるな」

 彼らブルーゲイルが護衛隊に組み込まれたとしても、剣を使うのはヒースとルエンドのみだ。

 しかもメンバーを別々に切り離さない方がその力を発揮できると考えた隊長達は、彼らをそのまま特別編成部隊、つまり「護衛隊特殊部隊」として迎えるつもりでいた。

 ヒースの話は続いた。


 ミツヤは護衛隊の隊員をしながら異形獣まもの討伐が落ち着いた頃に、この国に少ない学校を増やしたいと言った。「学校」に対する嫌悪感はまだ健在だが、バレーを教えて、いつかチーム戦を実現するために向き合うようだった。

 ジェシカは隊員として活躍しながら、EIAのトップと折り合いをつけ、時間はかかっても必ずEIAを解体をすると誓った。夢は、ハヤブサや手紙以外での連絡手段を見つけること。

 ルエンドは隣国のブランデルに戻って一年間は現国王である兄を助けるつもりだ。そのため、これから入る最初の国ブランデルまで同行した後、一旦チームから離れることになるが、その後はブルタニーの護衛隊に隊員として復帰するという。「王女」の身分を完全に捨てることを果たしてブランデルが許可するかという問題は残っているのだが。夢はジェシカと二人で世界一周旅行をすることだ。

 アラミスは護衛隊の任務をこなしながらも護衛隊専属のガン・スミスとして父親の後を継ぎ、護衛隊の銃の性能と射撃の質を向上させる意気込みだ。誰にも言ってはいないが、いつか護衛隊の女子隊員達と合コンを実現させたいらしい。

 ドクはつぎの国境周りの「揺らぎの穴」調査の旅までは同行するが、その後は異形獣まもの化してしまった人のために研究施設に残ることになった。

 帰国後は「青い疾風」はヒース、ミツヤ、ジェシカ、アラミスの四人のみで旅が続くことになるが、ドクが残ることは護衛隊としては大助かりだった。落ち着いたら、湖のほとりにログハウスを建て、そこで仲間とバーベキューパーティーをしたいと言っていた。



 当初、ヒースは護衛隊に憧れていたとはいえ、後にミツヤと一緒に気でいた。

 アラミスに至っては初めから護衛隊を憎んでいた。


 その三人までもが護衛隊に入隊を決めたのは、トージの悪事を暴くことが出来たことで、今後は兆楽じっちゃんが総隊長だった頃の勇猛果敢ゆうもうかかんかつ、クリーンな護衛隊に戻していけると、はっきり展望が見えたからだった。



「聞きましたか? リシュー殿。なんと明るく未来を語る若者だろう」

 国王ルイは人を疑うことを知らない。

 国王投獄の罠はトージひとりの責任となっていた為、リシューに対して微塵みじんも疑っていなかった。それを汲んで、クロードやジャックは投獄について彼が一枚嚙んでいたことは証拠もない為、報告してはいない。

「陛下、私もそのように任せるべきだと存じます」

 リシューの言葉を聞いたジャックはトージの話を思い出した。

(なるほどな、赤タヌキか。トージのヤツ、上手い事言うぜ)


 それに対し、国王は比較的誠実であった。ルエンドがブランデルの王女だと知り、彼女に国の代表として自ら直接陳謝ちんしゃしたのだ。

 トージの悪行を止めることが出来なかったことについて、自分はトージの陰謀で幽閉されていた事すら、言い訳になると考えていたのだ。


 リシューは国王が解放されてしまった以上、今後は再び政治に口を挟むことが困難となる。

 これはつまりエテルナ教の大教皇も巻き込んだ、異形獣まものを使って邪魔な国を亡ぼすという策略も、とんしたことになるわけだ。

 それをトージ一人の悪事に仕立て何事もなかったかのように立ち振る舞っていた。

 リシュー宰相の、その老獪ろうかいに立ち回る様子が手に取るように分かったのは、トージと深く関わってきたジャック一人だけだったかもしれない。


 ジャックのリシューを見る目はトージを見るそれと同じだった。


 何はともあれ、こうしてトージの陰謀は「青い疾風ブルーゲイル」と一部の護衛隊隊長面々の活躍によって幕を閉じたのだった。



 「青い疾風ブルーゲイル」の勲章授与が終了すると、引き続き「ストーム」との謁見が行われた。

 彼らは勲章までは与えられなかったものの、褒美として一人50万ゲインを渡され、メンバーはホクホクだった。

 謁見の間から出た控室で、ヒース達はジェイク達「ストーム」と再会する。



「おお、ジェイクじゃねぇか」

 ヒースはジェイクを見るなり、すぐに駆け寄った。

「ヒース! 元気でやってんな! それよりお前らの今日のナリは何だよ、やけにカッコつけてんな」

 と、ジェイクはまるで久しぶりに出会った仲間に言葉をかけるように、嬉しそうな表情でヒースを指さす。


「イカすだろ、これからこれが俺達のコスチュームになる。お前らも正式に自警団になったんだろ?」

「おうよ。けど聞いたぞヒース、今後は護衛隊の特殊部隊に迎えてもらえるんだろ? お前らならいずれそうなると思ってたさ。けど負けねぇぜ」

 ジェイクはすっかり更生しており、仲間と前向きに自警団として活躍すると決めていた。


「立場は違えど、俺達やることは同じだろ。ライバルだな、こっちも負けねぇ!」

 と、ヒースも意気込みを伝えた。あれ程総力を挙げてぶつかり合った彼らは、いつしか仲間意識でつながっていたのだ。


「来月から俺達はブランデルへ行く。そこから当分この国には帰らない。お前らのチーム名がどこまで俺達のいるところにとどろいてくるか楽しみに待ってるぜ」

 ヒースが当面の予定を伝えると、ジェイクは少し眉を動かした。

「なんだ、そりゃ寂しくなるじゃねぇか。まぁ、お前らならどこでもやっていけるさ……と、あれ?」

 ジェイクはその場でルエンドを見つけて駆け寄って来た。


「ちょ、ちょっと待ってくれよ。すっげぇ、今日はまた一段と眩しい! あんたあのアビニオ付近のバーにいた人だろ?」

「な、何、知り合いか? ルエンドちゃん!」

 アラミスが早速食いつく。

 ルエンドは人差し指を口もとに当て、目線をすこし上にあげて考える。


「あー、あの時の? でもあなた、知り合いっていうかナンパ……」


 ルエンドが言いかけるとすぐにジェイクが食い気味で割って入った。

「い、いやぁ、あの時はほんっとうに済まなかったよー!」


「ふふ。あたしは全然気にしてないから大丈夫。あなたこそ、頭カチ割れなかった?」

「頭カチ割れるって……一体何の話?」

 ジェシカも興味深々だ。


「き、気にしてないのか?? しかも俺の心配までしてくれんのか!? じゃあまだワンチャンあるな!」


「ねえよ!!」


 ジェイクの言葉に全員が声をそろえて手の甲を一打、ジェイクに振った。


 ――そんな彼らは、慌ただしくも一週間後には見知らぬ土地へ向けてブルタニーを発つことになる……!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る