2 旅立ち

「さてと、みんな準備は出来たか?」


 王の謁見から一週間が過ぎた。

 アバロンの空にもアキアカネが飛び始めている。

 青空に爽やかなすじ雲が見えた。

 初秋の風が顔を撫でると、不思議に背筋もしゃんとする。


 国王からの報酬とは別に、馬車や食料、武器弾薬、その他旅の支度に必要なあらゆる物を揃えてもらった「青い疾風ブルーゲイル」は、気持ちも新たに全員馬車に乗り込んだ。

 御車台のヒースが隣のミツヤの顔をちらりと見る。


「なんだよヒース」

「いや、なんでもねーよ」

 そう言ったヒースの顔はとても嬉しそうだった。

(アビニオの町へ行く時を思い出すなって……けどもう二人じゃない。こんなに頼れる仲間が増えた)


「このアジトとも暫くお別れだな」

 ミツヤがヒースと暮らし始め、仲間が増える度に日用品を揃えていった住み慣れた場所――しみじみと出た言葉だった。


「出発――ッ!」

 一行はルエンドの故郷、ブランデルを目指してアバロンを後にした。

 彼らはこれから国境と隣接する七つの近隣諸国を回り、異世界へ繋がる穴を探しにいくのだ。まずはルエンドを王宮まで送り届けた後、ゲネベに入国する。穴を発見した場合は速やかにポチを使って護衛隊本部のクロードに連絡する手はずとなっていた。


 ◇ ◇ ◇


 馬車はブランデルの王都に向けて真っ直ぐ伸びる広い街道を軽快に走っていた。

 街道の両側にはブルタニーの樹木より背の高い針葉樹林がひしめいている景観が続いていたが、急に開けたかと思うと目の前はガラリと雰囲気が代わり、数キロ先に立派な街が見えてきた。

 早朝という理由だけではなく、ブルタニーより北に位置するため気温も下がってくる。

 ブルタニーと比べても若干肌寒い。

 一行はブランデルの関所を抜け、王都バーリンに入った。


「ルエンドちゃん、本当に帰っちゃうのか?」

 アラミスは顔面蒼白そうはくで握手を求めた。

 石畳の道をゆっくりと馬車が走る。

 三階建てのアパートが多く、ほとんどは赤い屋根の建物だ。


「もうすぐ王都バーリンのサン・ソーシ宮殿ね。随分と色々助けてもらった」

 ルエンドはワゴン内の皆と一人ずつ目を合わせた。


 ジェシカも宮殿が近付くにつれ、徐々に無口になっていた。


 そして宮殿の門前で馬車が止まる。

「次はいつルエねぇに会えるんだろう」


「うーん、あたしの方が皆がブルタニーに戻ってくるより早く護衛隊に復帰してると思う。お兄様や側近を説き伏せるのは至難の業でしょうけど! ふふ。今度会う時あたしは護衛隊員として皆の仲間になるから!」


 すると真っ先にドクが右手を差し出した。

「また会えるの楽しみにしてるよ」

「うん! ドクはこの度が終わった後は、護衛隊に残るのよね? じゃぁ、また一緒に活躍出来るね!」

 ルエンドは第三隊に戻り、ドクは第二隊所属で研究所に残って隊員達への医療業務の他、イントルーダーと異形獣まものの状態を診ることになっている。


 彼らは宮殿の正門の前で馬車を止めていたが、せっかく衛兵が迎えてくれたというのに中へは入らなかった。

 皆、これ以上留まると別れがキツくなりそうだと思っていたからだ。


 アラミスが真っ先に馬車を降り、ルエンドに手を差し伸べた。

「ルエンドちゃん、足下気をつけて」

 ルエンドは遠慮なくアラミスの手を取り、ステップを降りた。

「アラミス、ありがとう。ジェシーの下着に手を出すと半殺しにされるから気をつけてね」

 と、ウインクひとつ飛ばした。

「だ、大丈夫さ! お気遣いありがとう。今のウインク一つで三か月は生きられる! ルエンドちゃんも元気で。また会えるのを楽しみにしてるからな」


 ジェシカも馬車を降り、少し踵を上げてルエンドをぎゅっと抱きしめた。

「ルエねぇ、待ってるからね。何とかお兄さんたちを説き伏せてね!」

「任せて!」


 ミツヤは馬車を降りてルエンドと握手をしたが、あまり色々言うと後が寂しくなりそうで、言葉は少なめにした。


「ルエンド、ダイナマイト使い過ぎに注意だよ、あと色々ありがとう。待ってるからな」

「うん! ミッチーも元気で。ヒースを頼むね、すぐ突っ走るから」

「おいおい」

 ヒースも馬車を降りた。


「短い時間だったが、あんたと自警団やった日々は忘れないぜ。次に会う時は、『護衛隊』だ!」


 ヒースはルエンドと固く握手をして別れ、その足で隣の国、ゲネベの国境に入った。


 ◇ ◇ ◇


 ブランデルの王都からゲネベの国境は遠く、到着したのはもう夕刻になっていた。

 石畳の路上は、行き交う馬車のひづめと車輪の音で賑やかだ。


「なぁヒース、ゲネベにもあっちの世界と繋がる穴があるのか?」

 ミツヤが真剣な目をしてヒースに聞いた。


「うん、ジャックが言ってた。この国からブルタニーに入ってきたイントルーダーが何名かいたらしいんだ」

「アイツかぁ。何か色々調べてやがんな。けど、どうやって穴を見つけるんだ? その揺らぎってのもよく分からんしな」

 アラミスは銃を手入れしながらヒースに問いかけた。


「こういう時はRPGロールプレイングゲームだと、村や酒場に入って聞き込みから始めたりするんだよな」

 ミツヤは誰にも分って貰えないと知ってて敢えて言った。


「……?」


 案の定だ。

 だが、皆はミツヤの意見に賛同した。確かにそれしか今出来ることはなさそうだ。



 一行は馬車で王都近くの町に入った。

「あそこの宿の一階、素敵じゃない?」

 ジェシカが指を指したのは、看板もおしゃれで小綺麗こぎれいな食事処だ。


 情報が集まるかどうかはともかく、宿の隣に馬留うまとどめがあったし腹ごしらえもしたかった。

 そこに馬車を繋いで一行は店に入った。


 店内ではゲネベの民衆で沸いていた。

「取り敢えず腹減ったし食べようぜ。この国の料理ってどんなだろうな!」

 ヒースはみんなと久しぶりの外食を楽しむかたわら、周囲の話にも聞き耳をたてる。


 ドクは大皿で出てきたジャガイモとソーセージのグリルを取り皿にとって口に入れた。

「ブランデルに似てるけど、ここのも美味い――! ビール欲しい」

「いいんじゃない? ドク。けどアラミスとドクだけね、このメンバーで飲んでいいのは」

 そう言って、ジェシカはパクパク口に入れていた。


「なぁアラミス、この店内の武装してる奴ら、何者なんだ?」

 ヒースは腹が減り過ぎて味わっていないようだ、口に頬張ほおばりながら聞いた。


「あいつらは自警団とは違う。この国は確かに戦争を放棄してしまって王の近辺を護る衛兵だけになった。だが、自警団でなく傭兵達が村や街を守っているそうだ」

「へぇ、そうなんだ。誰が傭兵を雇うの?」

 ジェシカはフォークの動きを止めた。


「そうだな、主にこの国だろうけど、外国からの傭兵もいるって聞いたことがある。最近増え続けている異形獣まものにどこの国も人手不足だからな」


 その時だ。ヒースを見て、一人の男が話しかけてきた。

 装備からしてやはり傭兵なのだろう。

「なぁ、あんた。ブルタニーから来たんだろ?」

「え、あ、ああ。そうだけど?」


「今年の異形獣まもの討伐合同作戦の会場で護衛隊にケンカ売ってたよな?」


 全員が椅子を倒して席を立った。

 一瞬でヒース達全員に緊張が走る。

 アラミスも後ろの腰ベルトに仕舞っていた銃に手が伸びる。

 椅子が倒れる音で周囲の客も注目してしまい、店内がざわつき始めた。


「まぁ、待ってくれ。よかった、やっぱり君たちだ! なんでこんな所にいるのか知らないが、聞きたいことがあるんだ」


 その男が人探しをしていると言うので、一旦落ち着いて様子を見ようと全員武器から手を離し、もう一名の連れの男といっしょにヒース達と同じテーブルについてもらった。


「俺はルシウス、こいつはレミーだ。君たちの噂はこの国でも聞いてるんだ」

 それを聞いて、グラスを持ってテーブルに肘をついていたヒースが、テーブルの大皿をルシウス達の前に差し出す。


「いや、参ったな。まぁ、これ良かったら食べてくれ、美味いんだ」

「ヒース、そこは照れるとこじゃない。腕っぷしの噂じゃなくて単に『頻繁に騒ぎを起こす目立つ輩』的な噂だ」

 ミツヤはヒースをチラリと見てグラスの水を飲み干した。


 するとチームの雰囲気を察したのか、ルシウスは思い切って皆に切り出した。

「なぁ、『疾風迅雷しっぷうじんらいのミツヤ』っていう雷使いの少年いるか?」

 ミツヤの二つ名に一同が顔を見合わせた。

「なんだよ、ミッチー! 知らないうちに、かっけー名前付いてんじゃねぇか?」

 ミツヤの顔が少し赤らんでいた。ヒースは腕組みして視線を外し、真剣な目で何やら考えている。恐らく自分に付けたい二つ名だろう。そんなヒースは放っておいて、ミツヤが名乗る。

「僕? だけど、何……?」

 するとレミーがホッとした表情になった。


「僕達、『レンジャーズ』です」


「え? 『レンジャーズ』って、八神やがみさんの?」

 ヒースはポカンとしていたが、すぐに思い出したようだった。

「ミッチーが先輩って呼んでたあいつか?」

 ルシウスは八神 練やがみ れんの話を皆に聞かせた。


「レンは僕達七人の傭兵部隊の隊長だ。いつも君の話をしていたよ、雷を使うすごい少年がいるって。レンと同じ国の出身で気が合うんだって言ってた」

「八神さんだって……先輩だって剣捌けんさばき、かっこいいんです。僕のことをそんな風に言ってくれてたのか」


 ルシウスはソワソワして本題に切り込んだ。

「三週間くらい前から見ないんだ。どこを探しても、家にもいないんだ。見てないか聞きたかったんだが……その感じだと君達も知らないみたいだな」

 レミーが深刻な顔で後に続けた。

「隊長はどんな危ない時でも仲間を置いていかないんだ。その隊長が僕達に黙っていなくなるなんて今までなかった」


「そんな……行方不明? 心配だな。最後に見たのはどこですか?」

 ミツヤは身を乗り出した。


 ルシウス達の話によると、三週間前トージの罠にはまったゲネベ王がブランデルへ六百体の異形獣まものを放ってしまった際、国内に侵入することを想定していくつもの傭兵チームを前線に出していたのだった。

 その時「レンジャーズ」も森へ向かったという。


 そこで夕方になり、六百体という驚異的な数の割には思いの外、異形獣まものが片付いてしまった事で引き払おうとした時だった。

 彼らは森のどこを探しても八神がいないことに気付いたというのだ。


 しかしその日は夜になっていた為、今から森を捜索するには困難を極める。

 翌日から捜索を手伝うことにして一行は二階の宿屋に宿泊したのだった。


 ◇ ◇ ◇


 さて、次の朝――。

 ヒース達はルシウス、レミーの二人と店の前で待ち合わせしていた。

「そうだったのか、君たちもあの日、異形獣まもの退治で出てたんだな」

 そう言って、驚いたような顔をしつつも、もしや、と納得していたのはルシウスだ。

「どうりで異形獣まものがそんなに居ないと思った!」

 それを聞いて、ミツヤ以外のメンバー全員が照れていた。



 と、その時――。

「おーい、例の異形獣まもの捕まえたぞ、こっちだ!」

 朝っぱらから町民が騒いでいた。一同が声の方を向くと、馬車の荷台でロープに縛られた異形獣まものが多くの人前にさらされていた。

 一番先に気付いたのはミツヤだった。


「八神さん!!」


 その言葉に全員がミツヤと「異形獣まもの」を交互に見る。

「ミッチー、今何て言った!?」

 皆、ミツヤの言葉で一斉に人込みをき分けて馬車の荷台へ走り寄った。


「八神さんじゃないか? 僕だよ、久留生くりゅうだ!」


「おい君! 危ないからこいつから離れてろ!!」

 荷台に集まり始めた野次馬を、武装した傭兵が追いやろうとしている。

 当然ミツヤを子供だと思っている。


「この少年の保護者は」

 そう言いかけた時、ミツヤの「子供スイッチ」が入る前にヒースが飛び出していた。


「おっと、その先は言わない方がいいぜ。 あと、ちょっとコイツと数分話す時間をくれないか」


「バカなことを言うな、相手は異形獣まものだぞ! 会話など出来るとでも思ってるのか? しかもコイツは一見人間みたいだが、この先の村を男の子一人残して全滅させちまった狂暴なヤツだ! あの惨殺事件を知らないのか!?」


「……そこを頼むよ」

 といってブルタニー護衛隊のバッジを見せたのはアラミスだった。片手で握れる程のサイズだ。

 周囲がざわつき始める。


 このバッジは今回の「揺らぎの穴」調査の一環で、他国を回る際、面倒事に巻き込まれた時のみ使用を許されたものだった。

 一般の民衆はともかく、ブルタニー近隣諸国の衛兵、傭兵でこのバッジの紋章を知らない者はほぼいない。

 今では随分格式も落ちてしまったが、それでも歴史も深く他国にも名が通っている、ブルタニーの護衛隊とはそういう軍事組織なのだ。


 この紋章入りバッジは、この旅が終わった際に、「特殊部隊」の認証バッジとして彼ら「青い疾風ブルーゲイル」に渡される予定であったが、王やクロード達から既に携帯の許可が下りていたのだ。


「こ、これは、ブルーに金色の獅子……! では君達はブルタニー国の? ま、まさか三週間前の異形獣まもの討伐の前線にいたっていう元自警団「青い疾風ブルーゲイル」では……」

 アラミスはミツヤが八神の名前を呼んだ時、提示の必要性を感じて準備していたのだ。

 揉めるより見せるほうが話が早い、と感じた行動だった。


「ちぇっ、アラミスめ、てめぇだけいいよな!」

 携帯するのはヒースでなく、アラミスというのが微妙だったが、そこはクロードの判断だった。

 不貞腐ふてくされるヒースを尻目に、ミツヤとルシウス、レミーは荷台の上でロープでがんじがらめにされた「異形獣まもの」に声をかける。


「八神さん、一体どうしたんですか」

「レンなのか!」

「隊長! その姿は……!」


 八神はヒューマンタイプの異形獣まものになっていた上に、重体だった。

 イントルーダーでもない者に対して一切の抵抗をしない八神に、恐ろしい異形獣まものだと判断した傭兵達は一斉に襲い掛かり暴力的な制裁を加えたのだろう、荷台でぐったりしている八神に話かけても応答がない。


 そもそも息があるのか?

 不安になるミツヤにドクが近付いてきた。


「大丈夫、まだ生きています。助けますよね?」

 と言って、荷台の上に上がり、グリーンに光り始めた手を当てようとした時だ。


「ちょっと待ってくださいよ、いくらあなた達が「青い疾風ブルーゲイル」の人だからと言って、この進化した凶悪な異形獣まものを手当でもして、万一誰か犠牲にでもなった場合、一体誰が責任を取れるっていうんですか!」


 その言葉で冷静さを欠いたヒースとミツヤが同時に叫んだ。


「彼は仲間だ!!」


 その二人を見た「レンジャーズ」のルシウスとレミーの胸は熱くなり、二人で目を合わせていた。

 

 更にミツヤは傭兵達に悲痛の叫びを浴びせる。

「彼は僕の友達だ。信じてくれ、彼は誰も傷つけたりしない!」


 それでも傭兵達は荷台とミツヤの間に槍と剣で割って入る。

「まずは本人から事情を聞いて欲しいんだ。彼はそんな事をする人じゃない、僕を信じてくれ」

 だが、それでも誰も警戒を解こうとはしない。

 それ程に壊滅したその村の惨劇は見た者の胸を苦しめたのだろう。


「なんでそう言い切れる? その確信はどこからくるというのだ!」

 ドクの手を制して、緊張感ではち切れんばかりの傭兵がミツヤを非難した。


 するとミツヤは、誰も言葉の意味を理解してもらえないと分かった上で妙な説得を始めた。

「変な言い方だと思うだろうけど、分かるんだ。そもそも本当に異形獣まものならこんなに痛めつけられるまで黙ってないし、こんなロープくらい切って逃げられるじゃないか。それに……彼は日本人なんだ! だって、君らだってそう思ったことないのか? 理由なんかなくても信じられるって……!」


 最近ミツヤの人に対する態度が変わってきたと感じていたヒースが、隣でミツヤをじっと見つめていた。

 そこでヒースはたまらず、チームの立場を左右する発言をしてしまう。


「じゃぁ、今ここでドクが治療して、そこで彼が暴れ出したら俺が責任もってここで仕留める。出来なきゃ代わりに俺達全員の身柄を拘束してくれて構わない。これでどうだ!?」

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