3 先輩の正義

 ヒースの放った言葉に対し、「青い疾風ブルーゲイル」メンバーは、といった風で、得に驚きもしない。

 もうヒースのをよく分かっている仲間なのだ。

 しかしヒースの言葉には、その場の傭兵、民衆は騒然となっていた。

 それもそのはず、正体不明の異形獣まものに自分達の仲間の進退を賭けてまで助けようというのだ。


 一部始終を見ていたルシウスとレミーの胸に疾風が吹き抜けていく――。


 いさぎよいヒースの言葉で傭兵がためらっている間、騒ぎで集まった野次馬達が口々に好き勝手なことを言い始めた。


「イカレてるぞ、あいつら」

「ああ、あんなバケモノに何言い出すんだよ」

「何のグループって言ってた?」

「さぁな、何かバッジ見せて傭兵がビビってたみたいだが、どうせどこかの傭兵チームか自警団だろ」


 すぐに数名の衛兵が駆け付けてくる。その傭兵は衛兵達に訳を説明した後、ヒースにこう告げた。

「……そうですか、そこまでの考えであれば、仕方ないですね。仮にもブルタニー護衛隊お抱えの『青い疾風ブルーゲイル』です。けれど、念のためこの場を包囲させてもらいますよ」


 その緊張感溢れる中、ドクは八神やがみのズタズタになった体をあっという間に治療してしまった。

 八神の目が開く――。

 赤く、らんらんと光る異形獣まものの異様な目だ。

 衛兵は、その目を見ると恐怖からすぐに取り囲んで槍を向けた。


「八神さん! 気がついた、生きてるよ! ドク、ありがとう!」

 ミツヤの声に反応し、八神は顔の両端まで裂けたように大きな口を開く。


「よ、よぉ、久しぶり……元気そうでなによりや……この姿見て、俺やってよう分かったな」


「分かるに決まってます、だって、友達じゃないですか」

 ミツヤは「レンジャーズ」の二人を呼んだ。


「仲間も一緒に来てんのか? ……おれのこと、怖ないんか? つい声かけてしもうたけど、ほんまはこんな姿、見られとうなかったんや……」


 そこに「レンジャーズ」の二人が走り寄ってきた。

「お、おい、レン? お前、レンだな?」


 ルシウスとレミーが目の前で抱き合って泣くので、八神まで目頭が熱くなってくる。

「お前ら……迷惑かけたな」

 八神は右手の平で両目を覆う。鋭い爪をした手の隙間から熱いものが流れ落ちた。


 傭兵は勿論、荷台を取り囲む群衆も後から駆け付けた衛兵も皆、騒然となった。

 八神は所謂いわゆる、マージと同じヒューマンタイプに変化していたのだが、この国ではまだ異形獣まものが喋るということは誰も知らないし、見たことがなかったのだ。

 残念ながら、喋る度に口から見える牙の他、鋭い爪や赤く光る瞳も異形獣まものの特徴そのものだった。


 だが、その他は皮膚の色も髪も何もかも人間そのものだ。

 そんな彼が一体、村に何をしたというのだろうか――。


「先輩! それよりその風貌、故郷に帰りましたよね?」

 確信を持ってミツヤが言う。しかしやはりその表情は硬い。


「な、なんで分かったんや……!?」

「先輩、実は僕達同じような姿になったイントルーダーを知ってます。この近くに日本へ繋がる穴がありませんか?」

「……久利生くりゅう、なんでそんな事知っとる? せや、おれ、この間の異形獣まもの討伐依頼で偶然見つけて……空間が揺らいどったんで、つい覗いてもうたんや。そしたら」


 八神の話はつぎのとおりだった。

 三週間前の、ブランデルからゲネベへ入り込んできた異形獣まものを追いかけて森で仲間と討伐中、「揺らぎの穴」を見つけたという。

 どうしても気になった彼は穴を覗こうとし、中へ入ってしまった。


 元の世界で無事家族と再会し、周囲を大騒ぎの渦に巻き込むもその後、再度穴を見つけたのをいい事に仲間の元へ戻ってしまったのだ。何も言わず消えた自分を仲間が心配してるはずだと……。

 それは八神もまた、単純に何度も行き来出来ると思い込んでいたからこその行動でもあった。


 このようにして数日後すぐに気軽な気持ちで再度この異世界へ戻ってしまった八神は、自分の見た目の変化に気付いて助けを求めるように「レンジャーズ」の仲間を探していた。

 気付けば国境付近の村へ入っていた。

 そこで彼が見たものは、村人を惨殺した後、嬉々として立ち去ろうとする四人のヒューマンタイプの異形獣まものだったと言う。


「……じゃぁ、当然放っておけるはずないですよね、よく一人でその四人を相手に」

 と、当たり前のようにミツヤは八神の行動を推察した。


「いや、けどあいつらが家に火を放って立ち去って行くところしか見てへんで。恐らく無抵抗の村人を面白がって惨殺したんやろうな。見渡す限り血が降り注いだ惨状で、誰か息のある者はおらんかと探しとったんや。すると意識不明の子供を見つけて……その子だけでも助けようと抱きかかえたところで傭兵に見つかってな。勘違いされてボコボコ、この通りや」


「やっぱり……。先輩は自分の正義を貫いたんですね。あそこで暴れると嫌疑も拭えない上に他のイントルーダーの評判まで落としかねないと、衛兵に対して一切の抵抗もせず」


 ヒースもミツヤと同じ思いだった。八神に向き直り、ニッと笑ってみせた。

「レン、あんたイカしてんな」


 そこまで確認できたことで、一旦は衛兵達も槍は引いてくれたが、やはりすぐには信じてもらえていないようだ。


 ヒースは一人の衛兵へ近付いていく。このままだと埒が明かないと感じ、思い切って提案した。

「なぁ、ゲネベの衛兵の皆んな。まだ信用出来ないだろうが、彼の身柄を引き取らせてくれないか。迷惑はかけないと思うが?」


 するとヒースの話を聞いたジェシカが早速ポチ笛を取り出し、ヒースの合図も待たずに吹いた。

 彼らが現在いるゲネベの国境付近はブルタニーのすぐ隣だ。

 ヒースとミツヤが以前、自警団を結成したその日に「二人で二分」という偉業を成し遂げたロアンヌという村は、数キロ先になるがここからまっすぐ西にある。

 異国ではあるがハヤブサにとっては国境は関係ない、ここは行動範囲内なのだ。


「分かりました。そういう事でしたら引き渡しましょう。あなた達が〝ブルタニーの護衛隊″であるという証もありますし」


 なんとか一件は落着し、あれ程周囲を取り囲んでいた野次馬達も姿を消していった。


「先輩。もう大丈夫です。何があったか、なんでまたここに戻って来たかも大体分かります。だから今から言うことをよく聞いてください」

 ミツヤはヒースを一度チラリと見て、やることが決まったと言わんばかりの顔つきで八神に言った。


「まず、先輩が発見したという『揺らぎの穴』の場所を教えてください」

「お、おお、分かった。けどそれを知ってどうすんや?」

 すっかり体が元通りになった八神は、ミツヤの憧れる大剣を背に装備し、颯爽さっそうと歩いている。


「先輩だから話しますが、まだ民間の人たちには口外なしでお願いします。ただでさえイントルはあまりいい印象を持たれてないのに、これがいっぺんに国内全土に知れ渡ると場合によってはパニックになるかもなので」


 極秘の事だがミツヤは八神を信用し、「揺らぎの穴」とイントルーダー、異形獣まものの関係を説明した。

 その上で「揺らぎの穴」の管理云々うんぬんの話までは明かさなかった。

 異形獣まものが増えていかないようにする為の管理体制については、国の最高機関同志でするべきであると決定されたからだ。


「そ、そうだったんや……それで銀に触れると気持ち悪いんやな」

「あ、先輩もですか、そうなんですよー。けどやっぱ、異形獣まものの弱点が銀だというのは知ってたんですね」

「噂はすぐに広がってあっという間やったな、国内から銀が無くなったんは。結局カネのある傭兵は銀メッキの武器で仕事しとったな」

「どこの国でも同じですね」

 そう応えると、ミツヤはそれからテキパキと指示を出す。


「ああ、それとここからが一番大事です。先輩はブルタニーの護衛隊施設で一旦預からせていただきます。ヒース、いいだろ?」

 ヒースは素っとぼけた顔をして首を掻きながら、「いいというか、そうでないとダメだろ?」と答えた。


「先輩はそこで一か月断食です。それでもとの人間に戻ります! でいいですよね、ドク?」

「ああ、手筈はそれでいいと思うよ。まぁよかったよ、まずは友達が無事で」


 そのトントンと話が勝手に進んでいく様子に八神もルシウス達もポカンとしていたが、とにかく信頼できる知人の言う話で安心したのか、八神はその場にしゃがみ込んでしまった。


「おれ、元に戻れるんか……? ええ? マジでもうダメや思っとった」

「あと補足ですが、人間に戻ったらもうドナムは使えないようですよ。でも先輩は元々、能力なしの技オンリーであの強さ、今後も変わらずですね!」

「そうなんや。そういう事なら剣技一本でやっててよかったー」


「それから、誰にも見つからないよう一旦、僕らの馬車に隠れていてください。ブルタニーから大急ぎで護衛隊の迎えを寄越よこします」

「久留生、皆んな、本当にありがとう」

「僕は自分に出来ることをしてるだけです」

「おーお、カッコつけちゃって」

 ヒースが茶化した。

「はは。けど久留生、そろそろ敬語は止めにせんか?」

「先輩?」


「その先輩も変やろ。けど……あんた前より……なんていうか、しっかり前見とるっなって気ぃすんで……?」


 ミツヤはちょっとドキっとした。


「こんな異形獣まもの姿のおれが言うのも何やけどな!」

 と、八神に付け加えられて、早朝の肌寒い町に笑い声が響いた。



 そんな話をしている間にたまたま近くにいたのか、早くもハヤブサのポチが飛んできた。

 案の定、ヒースの頭にとまり、いつもどおり一筋の血がヒースの顔面に流れる。

 ジェシカは早速ポチの足にメモを取り付け、ブルタニーのクロードまで飛ばした。

 昼前までにはクロード隊長のもとへ連絡が入るはずだ。


 ポチを介しての連絡については今回の外国遠征には問題がある。あまり遠くのエリアになると笛も聞こえない。

 しかし近隣諸国までであれば連絡がとれるはずだということで、ポチにクロードを覚えてもらい、同時にポチ笛も渡しておいたのだ。


 八神の確保という任務は第二隊のジャックが受けた。

 彼のテレポートのドナムは、一度は自分の足で立った地でないと使えない。

 その為ジャックは行きにドナムを使わず馬で一旦王都オルレオンから森を抜け、そのまま東へ一直線にゲネベのヒース達がいる場所までやって来た。


 その後ジャックは八神を「揺らぎの穴」まで案内させるとその場を地図に記載し、テレポートのドナムを使って一瞬で八神を護衛隊の施設まで送り届けたのだった。


 八神は一か月、断食を強いられたが元の姿に戻ったとその後、ミツヤの元にポチを返して知らせが届くことになる。


 ◇ ◇ ◇


 それから約ひと月して「青い疾風ブルーゲイル」一行はベルガーという、ブルタニーと国境を接する四つ目の国にいた。

 ルエンドのブランデル国に隣接しており、西側は海に面している。

 舗装されていない路面を行く馬車は、キャビンもかなり揺れ、荷物は少しずつ移動する始末だ。国によって路面も随分違う。


「ジェシー、ポチを取ってくれよ、マジで俺いつかハゲるぜ」


 揺れる馬車の御車台でヒースの頭にジェシカのハヤブサ、ポチが止まっていた。

 いつものように額から一筋の血が流れる。


 御車台に座っているミツヤは、「禿げる」と騒ぐヒースの隣で手紙を読んでいたが、興奮から御車台の上で立ち上がろうとした。

 案の定、御者台から片足を滑らせる。


「ミッチーいきなり立ち上がんなっ! びっくりしたー! 足大丈夫か?」

「痛ってぇ……。だ、大丈夫だ。それよりヒース、クロードからだ! 八神さん、元に戻ったって!」

 その様子はキャビンの中の仲間にも届き、馬車の中は沸き立った。


 ヒースは後ろを振り返り、キャビン内の仲間に同意を求めるように言った。

「なぁ皆んな、俺達が今からやっていくこと、キツいし重いけど、こうやって結果が出ると嬉しいよな!」

 ジェシカはヒースの頭からハヤブサのポチを受け取り、頭を撫でている。

「うん! マージも元に戻ったって言うし、今までの失敗や辛かったことを全部成功に変えて行こう!」

 アラミスはジェシカの隣でクロードへの返事の手紙を書きながら彼女の顔を見てウィンクする。

「ジェシーちゃん、いいこと言うな!」

 アラミスのウィンクを見てしまったジェシカは目を細めて微妙な表情をした。


 ドクは医療セットを手入れしながらアラミスに話しかけた。

「昨日ゲネベで発見した異世界に繋がる穴はゲネベの王都で管理することになったそうだね、まだ異形獣まものはどこかで暫く潜んでいたり発見するかもしれないけど、奴らを見なくなる日もいつか来ると思うよ」


「そうだな、世界各地でそうなる時が来ればいいな」


 そう言ったアラミスの目は少し陰りがあった。

 ヒースとミツヤ、ジェシカがはしゃいでいる中、アラミスは二通目の手紙に書いてあった内容をドクと共有していた。

 ビタリ国内のバチケーネの動きに奇妙な点が見つかったのだ。


 今ヒース達がいるベルガー国の穴の調査の後、最南端の近隣諸国を回るとその後は一旦帰国することになった。

 この大陸最南端でありブルタニーと国境を接している残りの二つの国は、ポチの行動範囲を超える。

 何かあっても連絡はつかないが、そこはまだ彼らだけでなんとか切り抜けられる。

 だがバチケーネともなると「相手が相手なだけに出方を考えないといけない」と、アラミスが忠告したのだ。


 今、入国しているベルガーという国だけではなかった。

 他の北に国境を接する小さな国、ルクサンバールでも異形獣まものを積んだ馬車がバチケーネへ向けて輸送されていたのを目撃されていた。

 バチケーネという国は、世界でも珍しい、他の国土の中心に位置する独立国家だ。

 この世界で最小の面積でありながら、大教皇によって統治されている。

 世界の八割はエテルナ教の国であり、そのトップである大教皇に逆らう国は皆無であった。


青い疾風ブルーゲイル」がブルタニーの出向くのであれば、世界の頂点に君臨する大教皇に何かしら刃を向けることになる。

 それは、ブルタニーの為に避けなければならなかったのだ。


 キャビンの外の御者台はヒースとミツヤがはしゃいでいる。

 ジェシカはポチの元気な様子を確認でき、安心して顔周りを撫でている。ご機嫌な様子だ。


「さて、どうするか……いよいよ腹をくくる時がやってきたってことか……?」

 アラミスは深刻な目の色でドクを見た。


「……うーん、これから回る南方の国で調査した後、帰国してからだね」

 ドクは皆より60年程人生の先輩だからか、ニッコリ余裕のある笑みで返した。


 さて、帰国を前にした彼らに、再び敵が現れることになる――。

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