13 終焉(しゅうえん)

 六百体もの異形獣まものに立ち向かった自警団「青い疾風ブルーゲイル」と護衛隊員達。その中でも最後まで粘ったヒース、ミツヤ、ジャックの三人は、それからそう時間は経たずに仲間に発見された。


「いたぞ!」

 最初に森の中で見つけたのはクロードだ。


「ミッチー! ヒースもいた! ドク――ッ!」

 最期まで見つからなかった三人が同じ場所に固まって倒れているところへ、ジェシカが先に走り寄った。


「バカなの!? 誰がこんなになるまで続けろって言ったのよ!」

 相変わらずの怒号だ。


「……その声は、ジェシー……?」

 ミツヤが先に気付いた。


「ああ、よかった! 生きてる!」

 ルエンドとジェシカが抱き合った。


「ヒース、ヒース! しっかりして!」

 今度はルエンドがヒースを揺さぶる。

「うぇぇ……気持ち悪い……。ミッチーは……?」

「ミッチーも大丈夫。ああ、よかったよー。もう心配したんだから!」


「ジャックー!」

 少し遅れて来たヴァレリーが血相を変えてジャックに駆け寄ると襟首を掴んで揺さぶった。


 返事がないのでそのまま頬に往復プラス一発追加で計、三発ビンタを浴びせた。


「ジャック、生きてんのか!? 生きてんだろ? しっかりしろ――ッ!」


「……ヴァレリー、か……?」

「よかっ……。……無理すんなっつったろ! あんたも相当バカだな」

 ポカっと頭を小突いた。

「てっ」


 ◇ ◇ ◇


 国境付近の森が静まり返る頃、もう辺りはすっかり夕焼けの色に染まっていた。

 護衛隊各隊員は馬車で順次六百体もの異形獣まものを運ぶ手配をする為、既に引き上げていた。

 また、トージの張った罠のために木々に吊るされた人々は、護衛隊員によって教会へ運ばれそこで供養されることとなった。


 まずは、トージの陰謀でバスティールに長年幽閉されていた王を解放する手配が最優先だった。

 既にジャックがトージを幽閉の後、リシューに緊急の謁見を申し出ていた。

 勿論、その際は例のボイスレコーダーを再生して証拠を印象付けていたのだ。

 そのトージの声を聞いたリシューの胸中には、機能ではなくその内容に対して、驚愕きょうがく焦燥しょうそうが交互に押し寄せて来たであろう事は言うまでも無い。

 ジャックの素早い手配により、一足先に出発したウォーカーはリシューに報告する手間が省け、早急に対応することが出来たのだった。

 また、ウォーカーは異形獣まもの化されたイントルーダーのマージを引き取り、研究施設でひと月責任を持って保護すると自ら名乗り出ていた。


 後日王宮から褒美ほうびが出ると聞き、小躍りしたジェイクを含む「ストーム」も全員この森から引き上げていた為、森に残っていたのは「青い疾風ブルーゲイル」メンバー、クロード、ジャック、それにヴァレリーだけになっていた。

 ヴァレリーは動けないヒース、ミツヤ、ジャックをドクに診せた後、森から出た街道沿いで休ませていたところだ。

 その辺の岩に各自座り、専らルエンドが気になる点を掘り返していた。



「じゃぁジャック隊長、トージの企てを知ってたんですか? あっきれた……! 知っててムーランの町を異形獣まものに襲わせたんですか!?」

 その質問にはジャックが答える前にすぐにヴァレリーが応じた。


「あれは、あんたがムーランの町に自分で危険を伝えたんだろ? それで掲示板に依頼が出てしまった。あんな早く自警団や君達が現われる想定じゃなかったからな。本来はあたしがフォローするはずだったんだよ」

「ええ? どういう事ですか?」

「トージの思惑どおりに動いたように偽装したら、直ぐにあたしの第六隊が出向いて逃げ遅れた町の人を救出することになってた。出番なくなったぜ。見たよ、君達の腕前。正直ビビった」

 と、ヴァレリーは腰に手を当て、ヒースに称賛も含めた言い訳を投げた。


「まだあります。この前『なんちゃってブルーゲイル』が村を襲ってましたが?」

 ルエンドはなぜあのようなやからが名前をかたっていたのかを問い詰めた。

 

「ああ、あれね。ジャックー、いくら適当にって言っても、キャスティングもうちょっと何とかならなかったのか? ルエンドの偽者、二の腕タプタプのオバチャンだったぜ?」

「そんな話じゃなくって!」

「はは、すまんすまん。あれも一旦トージの計画を遂行したように見せ掛けて、第六隊が直ぐにフォローする手筈だったんだ。怪我人が出る事態にするつもりもなかった。しかしあの時も君らの仕事が早くて参ったぜ。優秀だな」

 ヴァレリーはルエンドにもヒース達にも頭を下げた。


 ひと月ほど前まではジャックみずからが対応していたが、ここ最近のトージの悪事に対してはジャック一人では手が足りなくなっていた。

 彼のスタンスには反するが、仕方なくヴァレリーを巻き込む事態となり、基本的にはジャックの遂行に対し、彼女が対応をしていたのだ。


「けど、アビニオの町を異形獣まものに襲撃させる手配もしてたんだろ?」

 ミツヤはまだどこか信用しきれていない。怪訝けげんそうな顔をして聞くと、それに対して今度はジャックが口を開いた。


「ルエンドを追跡してあの町を見つけたのは本当だ。だが、爺さんと話してカーボンファイバーの釣竿作ってもらう約束しただけで、異形獣まもの出任でまかせだ」

「……へ?」

 ヒースも両肩を落とし、顔を突き出して口を開けたままになった。


「あの距離だぞ、テレポートのドナム使って異形獣まものを数体ずつ送り込むにも限度がある。誰がそんな面倒な事するか」

「ええー!?」

 ヒースとミツヤ、ルエンドは取り越し苦労にも程があるとばかり、三人そろって首を項垂れた。

 アラミスは安堵しつつも、ジャックのチカラに改めてゾッとした。

「しっかし、そんな事も出来んのかよ、こえーな、マジ」


 ただ、ヒースには許せない件がひとつあった。


「だがミッチーをさらって俺を殺そうとしたよな!」

(俺に対しては明かに殺意を感じたぞ)


「確かにな、すまなかった。言い訳になるだろうが、トージへの信用にくさびを打つにはああする以外他になかった」

 ジャックは二人に陳謝し、ヒースの体力にも言及した。

「実際驚いたよ。何をどうしたか知らないが五日で復帰しやがったじゃないか。だがな」

 煙草の煙を細く吐き出すとジャックは続ける。


「悪いが、やる時はやるさ。中途半端だと積み重ねてきた成果が全てす。バレたらそこでお終いだ。慎重にしないと……だろ?」


 そう言ってジャックはルエンドを見て右口角を少し上げた。

「なんて無茶苦茶で大胆不適」

 ジェシカがぼそっと言った。

「あたし全部バレてたのね」

 ルエンドは肩をガックリと落とし、顔を赤らめた。


「ジャック隊長、いつからトージのことに気付いてたの?」

「俺がこの世界に転がりこんで来たのが約二年前。トージにしてやられたよ、フフ。そこからそうだな、ひと月もしないうちに護衛隊の全貌が掴めた。それからは体に染みついた捜査の習癖しゅうへきが出て自分でもウンザリだ」


 ジャックは誰にも知られないように水面下で動いていた。

 特に「ルエンドの独自調査」に気付いてからは、隣国王女の身に万一の事態が起きないよう気を配っていた。

 つい動いてしまう自分に辟易へきえきとしながら、周囲の動向に注視しつつトージの悪事を暴く時期を待っていたことは、今でも誰も知らない。


「あっきれた!」

 ルエンドがまた同じことを言った。


「もっと早くあたしらに教えてくれても良かったんじゃないか? 正直、何やってんのか不思議だったぜ。信じろとしか言わねぇしな」

 と、ヴァレリーがジャックを横目で睨むと、クロードも同意して頷いている。


「言った筈だ、悪いがリスク回避の為だと。こういう事はギリギリまで周りは知らない方が成功の確率も上がる」

 ジャックは遠くを見ながら、忘れたくても切り離せない、どこか郷愁にも似た感情と一緒に煙を吐き出した。


「さて、これをどう処理するか。リシューがどう納めるか、見ものだぞ」

 ジャックはニヤリ、顎に手を持っていった。

「リシューってやつに裁かせていいのか?」

「そうですね。一番大事な部分ですが、今はまだ王の判断に任せるしかありません」

 ヒースの鋭い問かけに、クロードは真剣な目で答えた。


「幽閉されていた王はすぐに解放されるでしょう。しかし問題はそれからです。恐らくは全てトージの悪だくみとして終結させてしまうのでしょう。また大教皇と結託して画策しないとも限りません。猊下からは目を離すべきではないでしょうね」

「その為にも護衛隊のトップを早くどうにかしろ。そうだクロード、あんたがやれよ」

 ヒースの一言で一瞬静まり、空気が変わった。


「さっきから聞いてりゃ、てめェどこから目線の指示だ?」

 と、アラミスが突っ込むと次の瞬間、みな大爆笑に包まれた。


 少し休むとイントルーダー達は何とか動けるようになったので、クロードが立ち上がって切り出した。

「そろそろ動けるかな? 帰ろう。申し訳ないですが君達は自分の足で帰ってください。我々は馬で駐屯舎へ戻ります。追って国王謁見の案内状が出ます」

「だってよ! 皆んな、帰るぞ!」

 ヒース、ミツヤ、ジェシカ、アラミス、ルエンド、それにドクも全員「帰る」という言葉で、ようやく無事でよかったと心から安堵した。


 全員で力を合わせて止めた六百体弱の大量の異形獣まものは、すぐにでも手の空いている護衛隊員達が銀のかせを持ってやってくる手筈になっていた。

 全てをその日のうちには運びきれない為、簡易的な仕切り付きの檻を森に設置してひと月間、見守ることになった。




 夕暮れの街道沿いを全員帰途につく――。

 皆、同じ方向に歩いていた。

 その先にヒース達の馬車をつないでいる場所がある。

 ヒース達六名は疲労困憊ひろうこんぱいとはいえ、軽い足取りだ。

 その後方から三人の隊長はそれぞれゆっくりと馬を歩かせた。

 ヴァレリーが長い髪をほどいて頭を数回横に振る。


「疲れたー。ジャック、後で一杯やる?」

 解いた長い髪に包まれている小さな顔は、とても護衛隊の隊長格を務めるような女性に見えない程優美で、かつ愛らしい。

「断る理由ないな。クロードも来るか?」

「そうですね。場所と時間は任せますよ」

「えええー?! 三人ともその体で今から打ち上げですか?」

 数歩先を歩いていたルエンドに後方から隊長三人の会話が聞こえてきた為、振り向いて呆れ顔を見せた。

「おおっと、ルエンド。君も来てくれるのか? ああ、上官が誘ったらパワハラだったか?」

 ニヤニヤしながらジャックが言った。

「該当しませんが、遠慮します!」


 ◇ ◇ ◇


 それから数日が過ぎた。

 「青い疾風ブルーゲイル」のアジトとなっているアバロンにも平和な朝が訪れていた。


 いつものように、ジェシカが大声で男子部屋に入ってきて、ヒースとミツヤを叩き起こした。

「えー、もうちょっと寝かせろよぉ。昨日遅くまでミッチーと花札やって眠いんだよ」

「バカなの!? 何呑気なこと言ってんのよ、今日は『国王の謁見』の日でしょ! 『ハナフダ』って何よ! それ謁見より大事なの!?」

 ジェシカはいつもの剣幕で、ぐるぐる巻きにした掛け布団をいでヒースを床に落とした。

「いてー!」

「なんだよ、ジェシー。朝っぱらから」

 ミツヤもようやく目が覚めた。

「朝じゃないし! もう昼前だし! 大急ぎで身支度すんの!」

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