2 獲得した限りある命

 二人が一瞬躊躇ちゅうちょしたその隙に、人型の異形獣まものはヒースに向かって両手を向け、合わせた両手の平の先から勢いよく水流を噴出した!

 ヒースは瞬時に後退してけたつもりだったが、敵はすぐに位置を合わせてきた。

 ヒースを中心に直径二メートル、高さは三メートルほどの水の柱となって渦を巻きながら移動先を追ってくる。

 水の渦から抜け出せず、息が出来ないまま必死でもがいた。

 鼻の中から水が入って奥が痛い。


(こ、この攻撃、やはりマージだ……! 間違いない。だがどうして!?)


「これは前日に雨が降って地面にたっぷり水分が含まれてないと出来ないんだが、運が味方した」


 寒気がした。異形獣まものが言ったこの言葉はヒースも覚えている。

(やはりマージだ……!)


 ヒースはバック転を二回飛んでその渦から脱出すると彼に叫んだ。


「ゴホッ、ゲホッ、マ、マージ。マージだろ!? お前その姿一体どうしたんだ!」

 マージはかつて、ヒースとミツヤが初めて村でジェイク率いるイントルーダーグループの「ストーム」と交戦した際、そのチーム内にいた一人だ。


「覚えていたか。そうさ、オレはお前らに負けて護衛隊に連行されバスティール監獄に投獄されたんだ。こうなったのもお前らのせいだ、今ここで死んでびろ!」


 その一連の会話がミツヤの耳に届き、慌ててヒースのそばにやって来る。


「やっぱりか、ヒース。そいつはお前と相性合わないぞ!」


 ミツヤの言いたいことは百も承知だ。火と水なのだ、だがもう後には引けない。


「この姿になって威力まで今までのオレと同じと思うなよ、水流破ストリームガン!」


 「来るぞ!」

 ヒースは隣にいるミツヤへ注意を呼びかけると同時に炎斬刀えんざんとうを自分の前にかざした。


 マージの左手三本の指を右手で包んだその隙間から勢いよく飛び出した水流は、弾丸のスピードでヒースに向かって来る。

 咄嗟とっさに構えた炎斬刀の面を向け、もう片方の手も刃に添えて受けたが水流の勢いで体も持っていかれそうだ。

「うう――――ッ重い!」


 水の勢いはそのまま、刀から二股に別れてヒースとミツヤの斜め後方の木の幹を斬り倒した……!

 後ろを振り返ったヒースの顔に一筋の汗が流れる。

「う、うえぇ……!? あんなの食らったら一溜りもねぇぜ」


 次の攻撃が来る前にすぐミツヤが腰を落として構える。

「ヒース、僕に任せろ、雷光弾サンダーショット――ォ!」

 ミツヤが周囲の雷のエネルギーを集めて手から雷弾を発射する、遠距離からの攻撃も可能ないつもの技だ。


 だが、マージは冷静にそこから動かなかった。

 彼の胸元に直撃した雷玉かみなりだまは、命中した瞬間バチバチっと音はしたものの弾けたように消えたのだ。


「き、効かないだと……?」


「ミッチー離れてろ、爆炎奔流ファイアバースト!」

 即座にヒースが五、六メートル先のマージに向かって、思い切り炎斬刀を振り下ろした。

 数十センチ地面を深く掘りながら炎が走り、マージの前で方向を上へと変え、五メートル上空まで燃え上がる。

 が、マージは平然としていた。

「一体どうなってやがんだ……!」

 ヒースは生唾を飲み込む。


「その程度の力でオレに向かってきても無駄だ。この今のオレの実力はお前らのイントルーダーのドナムの数倍の威力がある」

 マージは異形獣まもの化と引き換えに能力を高めていたようだ。


「判らない。異形獣まもの化したことでドナムに変化が起きたのか? 明らかに以前こいつとやり合った時より強い。まずいな」

 ミツヤは他に方法がないかすぐに頭をフル回転させる。


「構わねぇ、炎の能力がなくてもクロード特訓の成果、見せてやるさ!」

 考えるより行動する方が性に合っているヒースは、剣術のみで臨むことに切り替えた。

 ヒースは刀を一度さやに納め、体を低く構えた。

 大きく息を吐く。

(落ち着け)


 マージがニヤリとして次の攻撃に入る。

「どうした、もう終わりか? ではこちらからいくぞ」

 マージは手の平から水を細長く出すと剣のような形に形成した。


水流剣ストリームサーベルだ。水流で出来たこの剣は高速の流動状態、要は細かく振動するミクロの歯がついたノコギリだよ」


 マージは《水流剣ストリームサーベル》を握り、不意に向きを変えてミツヤを狙ってきた。

 ミツヤはすぐにジャンプで回避したが、もと居た場所にあった木は水の剣で切り倒され、ミツヤの方へと倒れて来る。

「なんだこいつ!」

 ミツヤも防御に回るしかなかった。


「マージ、相手は俺だぜ!」

 一気に走り寄り、マージの水流剣ストリームサーベルを下から払ったが、それは瞬時に形態を変えてただの水になった為、手応えはなく炎斬刀はただ無駄に空を仰いだ。

 直後、バランスを崩したヒースの右肩に上から水流剣ストリームサーベルが入り、切り口から血が吹き出す……!

「ううぅ――ッ! か、刀落としちまった」

(こんな奴が異形獣まものだと……? どうすりゃいいんだ)


「ヒース、大丈夫か!?」

 ミツヤの不安そうな声にヒースは平静を取りつくろって返す。

「ああ、かすり傷だ!」


 ヒースとマージはしばらく並走したが、ヒースは木々の幹を駆け上がり膝をバネにしてマージに向かって飛びかかった、その時。

 刃が触れた瞬間、マージが水となって流れたのだ。


「な、なんだ今のは!?」

 ヒースは自分の驚く顔を、満足そうに反対側から眺めるマージに気づいた。

「マージ、そこにいたのか!?」


「今、お前が相手にしたのは水人形ハイドロフォームだ」

 マージは一瞬で自分の分身を水流で作り出していたのだ。

 うっそうとした木々の間をどんなに複雑な地形であろうと、ヒースは器用に立ち回っていたが、追い詰めてもマージは自分の分身を作り出し、ヒースの目を惑わせてスルリとかわしてしまう。

「くそーっ! このままじゃ、皆も危ない」


 このまま手をこまねいている訳にはいかない。

 ヒースは再度、炎のドナムを剣技と融合させて試そうとした。


「一か八かだ、火焔の旋風フレイムスパイラル!」


 風の力を剣に持たせるクロードの剣さばきと、炎のチカラを融合させてみたのだ。

 炎斬刀に炎をまとわせたまま前に突き出し数回、回転させて炎の旋風を巻き起こす。


 しかし一旦、熱く燃え盛る炎の旋風はまっすぐマージに前まで届いたものの、水の壁でさえぎられてあっという間に消失してしまったのだ。


 思考力と武器を持ち臨機応変に戦法を変えてくるこの敵に、ヒースは今までになく悪戦苦闘を強いられていた。

 そして、マージは再びヒースの周囲に渦を巻く水柱をつくり出すと勝誇ったように言った。


「勝負はついたな。自分を呪って死ね!」


 自分の体をすっぽり包む水の中でも、ヒースにはその叫び声が届いていた。

(こ、今度こそこれまでなのか……?)


 するとマージは水柱の中に鋭い爪を真っ直ぐ伸ばしたまま腕を突っ込み、ヒースの胴から背へと穴を開けてしまった……!

「ぐはっ!」

 あっという間に水柱が真っ赤に染まっていく――。


「ヒース――ッ!!」


 ミツヤが 《雷光弾サンダーショット》で雷のエネルギーを集め、指先から雷の弾を発射すると、マージは一旦大きくバックダッシュで距離をとった。

 しかしミツヤの声に対してヒースの返事はない。


 勝利を確信し、攻撃の手を緩めたマージは水柱を解き地面に倒れたヒースへと近付いてくる。


「そうだ、ドク! どこに?」

 うっそうと茂る木々がミツヤの視界をさえぎる。


 ミツヤは動かなくなったヒースのかたわらで何も出来ず、ただ周囲を見渡しドクを探した。


「いた! ドク――ッ! ヒースを頼む!」


 ドクはミツヤの声を聞き、全速力で走り出す。

 駆け付けたドクはヒースの腹に穴が開いているのを見て少し顔を歪めたが、すぐに膝をついてヒースの腹に手を当てる。

「大丈夫、助ける!」


 マージまで10メートル程の距離しかない。

 マージはドクのドナムに気付き、標的をドクに切り替えてしまった。


「邪魔立てするならお前も殺すぞ」

 マージはドクに向かって水流剣ストリームサーベルを投げつける!

 動かない標的だ、それは効果的にドクの肩の肉を削りながら後方の木に刺さった後、瞬時に水へ戻り流れ落ちた。


「ドク! その肩……!」

 苦痛に耐えつつヒースの腹に手を当てているドクを見て、ミツヤはまだ完全に傷がふさがっていないヒースから遠ざけようとした。

「このままじゃ、全滅だ。ドクだけでも逃げてくれ!」

 ドクは大きく深呼吸すると、絶望に満ちた表情のミツヤに念押しをする。


「言ったはずだよ。痛みは感じるが僕は不死身だ、大丈夫」

 ミツヤがドクの言葉で肩に視線を移すと、徐々に傷がふさがっていく。


「それに、日本人でも聞いたことないか? 海兵隊は絶対に仲間を見捨てない。僕はもう海兵隊ではなく、だがね……!」


 そう言ってドクはヒースの腹に再び手を当てた。

「ドク……!」

 その言葉を聞くとミツヤは覚悟を決め、ありったけの力でヒースの前に雷でバリアを作りだした。

雷鳴の加護サンダーシールドォ! 頼む、少しでも足止めになってくれ」

 だが、マージはバチバチと音を立てながらその壁の中をすり抜けて行く。

「一体どうなってんだ、こいつの体は」


「なるほど、お前が不死身のイントルか。 はは! 聞いてるぞ、そいつの息の根を止めるには首を落とすか、もしくは……」

 ミツヤは再び《雷鳴の加護サンダーシールド》を作り出そうと手を前に出す。


「心臓を狙えってね! 水流剣ストリームサーベル!」


 ミツヤの《雷鳴の加護サンダーシールド》も間に合わず、マージの放った水の剣が、バリアの下方から滑り込んでしまう。

「まずいッ!」

 ミツヤが後ろを振り返ると水の剣がドクの胸から背へと貫いた後だった。


「ドク――ッ!」


 ミツヤの叫びもむなしくマージはドクを蹴り飛ばす。その衝撃で後方に飛ばされ木の幹に激突し、仰向けで地面に倒れてしまった。


「ドク、大丈夫なんだろ!? 不死身なんだろ!?」

「ミ、ミツヤ君……。すまない、早く僕の手を胸に置いてくれな……ゴフッ」

 口からも血を吐き、胸に穴が空いたドクを前に絶望的な顔をしたミツヤだったが、慌ててドクの手を取ると言われたように胸の傷の上に置く。

 すると淡いグリーンの光が傷をふさいでいくのが見て取れた。


「ドク? な、治るんだろ?」


 ドクはドナムで自分の体を治療していたのだ。

 しかしこれにはある重大な問題があった。それを知る者はドク本人だけだったのだが――。


 その時、タイプ3の異形獣まものを相手にしていたジェシカがドクの異変に気付き、マージに矢を放つ。

 だが敵は今まで見て来た異形獣まものとは違っていた。装甲板の如く硬いのは体だけではない。

「目を狙ったのに! いったいどこなら矢が入るの?」


 マージがジェシカを見つける。ジェシカの放った矢を片手で折ると、ギラギラとした赤い目で睨みつけた。

「あの女、あの村にいたやつか!」


 マージがジェシカに狙いをつける寸前に、アラミスはその恐るべき視力で、数十メートル先の木の陰からドクとミツヤの危険を見てとったようだ。

「くそっ! あいつ、もっと早く助けを呼べよ!」

 アラミスは最後の銀の弾丸を込め、マージの胸を狙い撃つ!


「う――――ッ! 痛ぇ! この弾はなんだ? 体から力が抜けていくようだ」

 マージの胸に数センチは入ったものの、なんと、自分の爪を胸に差し込んで取り出してしまった。


「あ、あいつ……本物のバケモノだ……!」


 それを見たルエンドがダイナマイトを投げたが爆発の中、平然と煙の中から現れる。

「そんな……何をやっても効かないっていうの?」


 その時だ、やっとヒースの意識が戻った。そしてようやくドクの様子がおかしいことに気付き、慌てて近寄る。


「ヒース君、まだ完全には治っていないよ、動くと出血してしまう……」


 ドクは肩で息をしながら上半身を起こしてそばの木にもたれかかった。

 ミツヤはまだ流れ出たばかりの血が残っているドクの胸のあたりと顔を交互に見て戸惑う。

「ドク、え? もう大丈夫なのか?」

「あ、ああもう大丈夫だ」

 そう言って立ち上がったドクだが、心臓を一突きされていたのだ、すぐには全快とはいかないようだ。

 たった今、地獄からい上がって来たばかりのような顔をしていた。


「ただし、治癒ちゆのドナムを使ったことで、もう不死身ではなくなったようだよ。60年振りかな、心音の響きを感じるんだ。治癒のドナム自体は使えるけどね」


「なんだって?」

 ヒースとミツヤは同時に叫んだ。


「はは……! そんな顔するなよ、むしろ願ったりだ! だってそうだろ、これでもう僕は君達と同じ時間を生きていけるんだからね!」


 ドクは全快していない様子にもかかわらず、表情は今までになく清々しい表情をしていた。それを見たヒースは子供のような笑顔を見せる。刀を握る手にも力が漲る気がした。


「……そうか、じゃぁ、これが終わったら一緒にパーティーだ。これからはちゃんと食べねぇとな!」


 ヒースはドクの安全を確認すると立ち上がり、ミツヤとドクを自分の後ろに下がるよう指示を出した。

 その目はしっかりとマージを見据えていた。

 そこで、まだ向かっていこうとするヒースにアラミスの声がとどろく――。


「今やらねぇでどうすんだ! お前ら連携だ――ッ!」

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