第5章 きしる烈風

1 能力使いの異形獣

 ドクが一時的に仲間に入ってから一週間が過ぎた。


 男部屋に四人はキツいとのアラミスの提案で、一階のヒース達の部屋と反対側のリビングをアラミスとドクの寝室にしている。

 人数も増え、日用品も買いそろえて生活も随分と安定し始めていた。


 そんなある日の午後。外出していたルエンドが街の表掲示板から久しぶりに自分達のチームに名指しの依頼を持ち帰った。


「みんな! 集まってー!」

「何ルエ姉、仕事!? 仕事見つけたの?」

「出た、仕事虫――ぃ!」

 ヒースがルエンドの「仕事」というワードに反応したジェシカを、横目でチラッと見てニヤリとした。

「誰が虫?」

 ジェシカがヒースの後頭部にグーで一撃入れる。


 大抵皆が集まる場所はヒースとミツヤの部屋だった。

「ね、どう? ちょっと遠出になるけど、悪い話じゃないでしょ?」

 ルエンドが丸テーブルを囲んだ皆をぐるっと見ながら言った。

 よくよく思い出すと、「偽ブルーゲイル」事件以来、久しぶりのまともな依頼だったのだ。


「まぁな、俺達が悪者ではないと知っている人もいるんだな。後はそのことを証明するいい機会になるといいな!」

 ヒースの期待に全員頷いた。


 翌朝、装備も整え支度を終えると早速馬車で国境の近くの森へ向かった。

 国境付近は隣国との戦争が終わってから護衛隊もそう頻繁ひんぱんには巡回していない。

 しかしあまり安心も出来ない。そこは昼でも暗く、樹木が生い茂った場所でよく迷い人が出るという。


 今回の依頼はその森で行方不明になった商人を探し出す、単純な人探しだ。

 ひとつ懸念けねんがあるとすれば最近、この森でおかしな能力を使う異形獣まものを見たという噂だった。

 彼らは森の入り口に馬車を止め、そこから歩いて森の中へ入って行った。



「なんかこの雰囲気って、僕の国にある富士山のふもとの樹海に似てる気がするよ。そこも、入ると迷って出られなくなる事もあるとか……。ここも気を付けた方がよさそうだ」

 晩夏とはいえ、まだ日中は気温が高い。しかし森の中はやたらとヒンヤリとして空気が冷たかった。


「ここら辺で迷った商人を探してくれっていう女性の依頼だったよね。異形獣まものが怖いから家族を探しに行けず、困ってるって……」

 六人での行動は初だ。


「人探しだからちょっとバラけて探した方がいいよな?」

 ヒースが提案すると、ミツヤが突っ込む前にジェシカが苦言くげんていしてきた。


「はぁ、ヒース。ミッチーが言ったのちゃんと聞いてた? 今さっきの話よ? 樹海みたいだから気を付けろって――」

「はい。すんませんでした」


「もう随分歩いた気がするんだけど、どこから来たか分かんなくなっちゃった」

 ルエンドも不安そうにキョロキョロし始める。

「確かに。しかもさっきから嫌な臭いしてないか?」

 と、ヒースが鼻の下をこすった時だ。


 上からポタっと何かが肩に落ちたのでヒースは肩の雫を指で触った。

 感触だけで判った。

(血だ……!)

 すぐに木の上を見上げる。


「お、おい、あれ……」

 ヒースが見たのは、木の枝に吊るされた人間だった。まだ死んで間もない遺体のようだ。


「ヒース、あっちにも!」

 ミツヤの声と同時にジェシカが悲鳴を上げた。全員武器を構える……!

 その辺り一帯の木にはいくつも遺体が吊るされていたのだ。この辺り一帯の遺体は皮膚の色からしても、数日前には死んでたようだ。

 そこへ異形獣まものの気配もしてくる。匂いと声で疑念が確信に変わった。

「数が多いぞ!」

 ヒースは警告した後、数メートル先の木の根元に商人がもたれかかっているのに気付いた。


「ミッチー、あの人じゃないか? まだ生きてるかもしれない!」

(このままじゃ、喰われちまう!)

 大慌てでヒースは商人らしき人に走り寄り、その体に触れようとした。

 その刹那、違和感を感じたドクが叫ぶ――。


「ヒース! 触るな、ブービートラップだ!!」

 その途端、爆発したがドクの声が届き、間一髪でヒースは受け身をとることが出来た。しかし商人の上半身はバラバラで見る影もない。

「大丈夫か!?」

 ドクが真っ青な顔をして駆け寄る。


「見ろ、この商人は元から死んでたんだ、これは罠だ!」

 困惑する皆を前にドクは自分の戦時中に体験したことを聞かせた。

「仲間の遺体を回収しようとした僕達を狙って、南ベトナムのゲリラ兵が遺体の下に爆弾を仕掛けることがあった」

 そこでようやく彼らも罠にはまったと気付いた。


 ドクは眉間にしわを寄せ、声を張って言った。

「トージだ。この悪質な手法は面白半分にあの戦争をかじってる奴の仕業だ。こんなものじゃない! 本当の地獄を知らない奴が知ったかぶりして、再現してるつもりだろうが許せない!」


 ヒースは刀を抜いて構える。

「気を抜くな……異形獣まものが木に吊るされた死体の匂いで……来るぞ!」


 ◇ ◇ ◇


 一方その頃。王宮内、護衛隊本部駐屯所の総隊長執務室。


「私の趣味だったサバゲーがこんなところで生きてくるとはね」


 トージは高笑いをしていたが、その大声は部屋の外にも聞こえているだろう。

 トージの横には第二隊隊長のジャックもいた。

 隣で聞いたジャックの眉がピクリと動く。


「総隊長殿、私もあの仕掛けくらいは知ってますが、まさかあれを実際にやってしまうとは」

(……さすがの俺もドン引きだぞ)


 トージはジャックを結構気に入っているようだった。

 しかしジャックのうっすらとした嫌悪感に気付いていない為、時には用も無いのに彼をしばしば総隊長執務室へ呼んでいた。


「ドクは恐らく『青い疾風ブルーゲイル』側についた。あれから行方不明だからな。くそっ、あの完璧な治癒能力を失うのは痛いが、国境の森では『生き恥のドク』も今頃はさぞ懐かしい物を見てる頃だろうな?」


 その時ノックの音が三回、トニーが入ってきた。


「総隊長殿、あ、ジャック隊長もいらしてましたか。国境の商人探しの件で女性が総隊長に御目通おめどおりを望んでいますが、如何致しましょうか?」

(総隊長、楽しそうだな、何をはしゃいでたんだろ?)

 トージはトニーが現れると、取りつくろうように真面目な顔をして指示を出した。


「わかった。通してくれ。ジャック君、手配ご苦労だった。もう下がってくれ」

「は、失礼致します」


 トニーとジャックは部屋を出てドアを閉めた後、何となく目が合った。

「な、何でしょうか!?」

 トニーは緊張からか、例によって体をらし気味で気をつけの姿勢だ。

「プッ、面白いねトニー君。何でもないよ」

 そう言って笑いながらジャックは廊下を歩いて行った。


「ジャック隊長、『処刑台のジャック』なんて呼ばれて怖いけど、たまにいい顔するんだよねー。お、そうだ面会があったんだ!」

 トニーは急いで女性を総隊長室へ通し、その場を後にした。



「さて、謝礼の件だね」

 トージは女性に麻袋に入った50万ゲインを手渡す。

「あ、ありがとうございます!!」

 貧民街の三人の子供の母親だ。夫は異形獣まものの餌食になって三ヶ月、生きるのが精一杯の生活を強いられていた。

 彼女たち親子にとっては当面生活に困らない額だ。

 先日その村にトージが一人、馬で現れて人探しの依頼を掲示板に出すようお金で釣ったのだった。

 依頼先を「青い疾風ブルーゲイル」に指定し、国境付近で行方不明になった一人の商人を探し出すという内容だった。


「フフ、スキップで帰って行ったな。さて、こっちもいよいよ決着をつける時だ。罠にかかった奴らの悔しがる顔でも拝みに行くとするか」

 独り言を呟きながら、窓の外を見て自分の計画に満悦だった。


 ◇ ◇ ◇


 話は再び、国境付近の森の中へ戻る。

 罠にかかってしまったヒース達に向かって、タイプ2からタイプ4の異形獣まもの達が何体も集まってきていたが、それとは明らかに他とは違う一体の異様な異形獣まものが出現した。

 距離にしてヒース達からおよそ七、八メートルほどまで迫っていた。

 だが、異形獣まものというより、見た目は人間と然程さほど変わりなかった。


「ミ、ミッチー……俺の見間違えか……?」

「ああ、僕も自分の目を疑ってるよ」

「お、おいお前ら、何の話だ……? こいつは一体?」


 アラミスがマスケット銃で異形獣まものの頭を狙っているが、銃口はわずかに震えていた。

 なぜなら、その個体は人間の顔や体の形はほぼそのままで、どこかの球団のロゴ入りTシャツを着ていたからだ。

 しかし口だけは左右に大きく裂けており、突出した牙は異形獣まもののよくある特徴と一致していた。

 また、手の先に長い爪が鋭い光を放っている他は、耳が多少尖っている程度であり、表情さえみ取れそうな程だ。今まで自分達が見て来た異形獣まものとは明らかに違っていたのだ。


 ただ、赤く爛々らんらんと光る眼の中にどこか寂しい色が差していた。


「ちょ、ちょっと後ろからも来る!」

 ルエンドが悲鳴に近い声で危険を知らせる。

 気付くともう、数十体の異形獣まものに取り囲まれていた……!

 ヒースは一気にオレンジ色の光をまとうと、この得体の知れない敵を一人で引き受ける覚悟を決めてミツヤに後を任せた。


「ミツヤ、俺はこの見覚えのある『ボス』を引き受ける! 後は皆と後ろの奴らを頼む!」


 ヒースは周囲の木々をオレンジ色に染める程の強烈な光を放っていた。

 同時にミツヤも周辺まで黄色に染めるほど眩い光を纏う。


「ヒース! 一人で無茶するなよ」

 ヒースはミツヤに手で合図するとすぐに目の前の人型の異形獣まものと対峙した。

「分かってるって! 今度危なくなったらちゃんとお前を頼る!」


「オッケーこっちは任せて! く、来るわよ!」

 ジェシカがクロスボウに矢を装備して二歩、後ろへ下がると小枝を踏んでパキッと音がした、途端――。


 一気に周囲の異形獣まものがジェシカ達四人に襲い掛かってきた!

 ジェシカはそれでも慌てず、見えた敵から矢を放つ。だが、ジェシカは至近距離の戦闘には不向きだ、矢を番える前にもう爪が目前に迫るのだ。そこをアラミスが援護していた。


 アラミスのマスケット銃は軽さと特別な弾丸に対応するための特製とはいえ、護衛隊仕様の一般的なものと同じく一回ずつ玉を込めなければならないが、彼は恐ろしく早くそして正確だった。しかもその日は亡くなった父親が隠していた数少ない銀の弾丸を持っていた。


「アラミスあなた、護衛隊の誰より早撃ちなんだけど、どうなってんの!?」

 ルエンドは爬虫類系タイプ2の異形獣まものの腹部に剣を刺しながら、彼のあまりの作業の速さに目を疑った。


「ルエンドちゃん! ジェシカちゃん! 君達の為ならどんなことだってやっちゃうよ!」

 アラミスの声が響くが、ジェシカは冷静に返す。

「あー、はいはい、口より手を動かしてくれる?」

 ジェシカは一瞬も無駄にせず矢を素早くつがえ、次々と放つ。

 急所が不明な時に、彼女が狙うのはいつも〝目″だ。鋭く放たれた矢が異形獣まものの目を正確に射抜く。倒すには至らなくても、その動きを封じることはできる。

 これで二体連続――タイプ2の異形獣まものの進軍を止めたが、まだ数えきれない程の数が押し寄せてくる!


「これ程の数、今まで見たことないぞ、一体どうなってやがるんだ」

 ミツヤは焦りながらも、黄色い残像を残して疾走し、ジャンプしては木々の枝の上から電撃を放つ。全力で、自分の身体能力を駆使して次々と異形獣まものを仕留めていく。

 その動きを見ていたドクが、ミツヤに大声で注意を促す。


「ミツヤ君気をつけろ! まさかとは思うがトージなら、足元にもいくつか地雷を仕掛けてる可能性があるぞ!」

 

 ミツヤはメンバーの中でいつも一番、縦横無尽じゅうおうむじんに走り回っているからだ。


「は? 地雷?」


 その瞬間だった。五メートル後方で爆音が聞こえた――と、同時に異形獣まものの足が吹き飛んでいたのだ……!


「やりやがったなトージ! まさかとは思ったが、物資的にはヨーロッパ17世紀程度の物しか造れないこの世界で、地雷なんてどうやって開発したんだ……!」


 ドクは今までにない怒りをあらわわにし、拳を握りしめた。その言葉を聞いた瞬間、ルエンドの顔が青ざめ、何か思い当たることがあるかのように激しく動揺する。


「ご、ごめんなさい……! 去年、総隊長に頼まれて知人に協力してもらって……でもまさかこんな事に使われるとは思わなかったの」


 ルエンドの声は震えていた。

 ドクが状況を飲み込めず戸惑っていると、アラミスが苦笑いしながら口を開く。

「ルエンドちゃんが……開発したのか!?」

 その言葉を聞いて、ドクもようやく全貌を理解した。そして、ルエンドの異名を持ち出してしまう。

「えええ? ルエンドさんが? どうやって……いや、すごい才能だ、さすが『最終兵器』!」

 ルエンドは恥じ入るように肩を落としながら、小さな声で謝罪する。

「言われちゃったぁ。でも、でも本当にごめんなさい」


 ルエンドはその時のことを思い出していた。彼女は対異形獣まもの目的で六三郎に協力してもらい、試作品を作ったのだ。しかし今や異形獣まものの正体を知った彼女にとって、自分の作った武器がこんな恐ろしい用途で使われていること、さらには異形獣まものまでも戦いの道具として利用されている現実に限界が訪れていた。


「ルエンドちゃん!  次にトージを見かけたら俺が必ずぶっ飛ばしてやるから気にするな!  君の作った武器を奴らに二度と使わせやしない!」


 アラミスの力強い言葉にルエンドはホッと胸を撫で下ろす。気持ちを切り替え、彼女は素早く丸筒を肩に担いで異形獣まものに向けて狙いを定めた。

「ああ、もう木が邪魔!」

 ボン! っという音と共に直径八センチほどの網玉が勢いよく飛び出すと、網玉が広がってタイプ1を二体まとめて生け捕りにした。

「ちょーっとここで大人しくしててね!」


 一方、ヒース以外の四人がタイプ1からタイプ4のよく見かける異形獣まものを相手に格闘している中、ヒースは一人、人型の異形獣まものと対峙していた。そして、その異形獣が口を開いた瞬間、ヒースの顔は驚愕きょうがくに歪んだ。


 ――異形獣まものが、しゃべったのだ。


水渦地獄ストリームインフェルノ!」

「なんだと!?」

 その声で少し離れていたミツヤも振り返る。

(お、おい……あれは本当に異形獣まものなのか……!?)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る